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かつての長崎

 


 ――――――――――










 1945年 8月9日 木曜日 午前10時30分 




 この日、本土空襲の要となっているテニアン島から、二機のアメリカの爆撃機、B-29が第一攻撃目標である福岡県小倉市(現在は北九州市)の上空を飛んでいた。


 その内、機長であるチャールズ・スウィーニー少佐をはじめとした計十三名の乗組員が乗っている一機の名を、米軍はこう名付けた。



 ボックス・カーと。



 しかし、この日は前日の八幡大空襲の作戦による誤算で起きた大量の煙により、投下目標を目視できず、天候も悪化し、また福岡にある二つの基地からは、撃墜命令を受けた日本軍の戦闘機が出撃し、こちらへやって来るという情報が無線機に流れ、搭乗員はやむを得ず、目標を小倉市から第二攻撃目標へと変更した。



 それが、長崎市である。













 その頃、長崎では、市民はいつもと変らぬ厳しい生活を送っていた。


 戦時中の過酷な暮らしを強いられて苦しむ人々は、なんとしてでも食べ物を手に入れる為に働き、行動し、工夫して、明日を生きる為に尽力していた。



 そんな中、とある小学校の教室にある二人の少女がいた。



(ねえねえ、この際、授業サボって遊ぼうよ)


(え~? 先生怒らせたら怖いのに?)


(だって、授業つまんないんだもん)



 教室では、教師が戦争教育を熱心に小学生に叩き込むように教える姿があり、その生徒達と共に授業を受けていたその二人は退屈そうな表情で、教室内で意思疎通をして会話をしていた。



(いいじゃないナミちゃん。ぶたれるのはいつもの事なんだから)


(そうは言ってもリセちゃん)



 二人の少女の名前は、井口リセと斉藤ナミ。イタズラ好きの問題児として名高い小学三年生である。



「先生! 厠に行っても良いですか?」


「え? あ、じゃあ先生、あたしも!」


 幼馴染の二人は手を上げ、教師にトイレに行きたい事を伝える。



「またか! お前らこの前も、そうやって授業を抜け出してただろ!」


 教師は厳しい口調で二人を指差した。


「駄目だ! お前ら二人がこっそり遊びに行くのは目に見えてんだ!」


 教師はそう言うと、再びチョークで黒板に書き続ける。



「先生! どうかあたし達の目を見て信じて!」


 すると、教師は振り向き、二人のキラキラと輝く目を見ると、



「すごい遊びたがってるような目だな」


 教師は二人の心の内を読んで、見破る。



「駄目だ! 授業が終わってから厠にでも、なんでも行くんだな!」



 教師は再び黒板に戻ると、二人は最後の手段に出る。



「じゃあ、いいもん。ここで漏らすから」


「あたしも」


 二人のその言葉に、チョークを持った教師の手が止まる。



「勝手にしろ。その手には乗らんからな」


 教師は構わずに、授業に集中するが、



「ふぅ~、んっ!」


「っんん……!」


 二人は突然、頬を染め、椅子に座ったまま踏ん張り始めた。



「だあああああああああ!! 分かった! 分かったから、はよ行けバカタレ共が!!」


 教師は遂に観念し、二人をトイレに行かせる許可を与えた。



「「いやったぁーーーーーーー!」」



 二人は喜ぶと、すぐさま走りながら教室を出た。



「用を足したらすぐに戻るんだぞ! 分かったな!」



「はぁ~~~い!」


「ああ~、漏れちゃう漏れちゃう!」



 二人は教師の耳を貸さずに、廊下を走る。



「たく、あの悪ガキ共め……!」



 その後、二人は教室には戻らなかった。




「やったねナミちゃん!」


「リセちゃんこそ!」


 教室を抜けだし、学校の校門へと向かう二人は笑いながら走る。



「いつもの、川へ行こう!」


「うん!」


 二人は学校から少し離れた山にある秘密の場所へと走っていった。








 やがて、二人が辿り着いたそこは、緑に覆われた山中で綺麗な水が流れる川がそこにあった。


 その川に、ある金髪の少女が川で水浴びをしていた。歳は二人と同じくらいで、肌は白く、目はエメラルドとブルーのオッドアイを持ち合わせた白人である。



「ミ~アちゃん!」



 リセが呼ぶと、金髪の少女が笑顔で振り向く。



「リセちゃん! ナミちゃん!」



 少女の名は、ミア・リル・キャンベル。外国人収容所から脱走し、その後、空襲のどさくさで死亡を偽り、この川で隠れ住んでいるアメリカ人の少女である。



「寂しかった?」


「全然そんなことない! この子達がいるから!」



 すると、ミアの傍らには、小さく不思議な生き物が、たくさん現われた。



 日本本土に生息する水の精霊、ミツチである。



 ミツチは綺麗な川や水辺などに宿り、善良な子供にしか、その姿を見せない不思議な精霊である。



 リセとナミはそのミツチ達に手を差し伸べると、彼らは何の警戒もなく手に乗り、腕を伝って肩に移動する。



「あはは!」


「えへへ!」



 二人は、はしゃぎながら川の水に足を入れ、踊るように舞うと、ミツチ達は水滴が飛び舞うその流れに乗って、透明な川へと飛び込み、魚のように泳ぐ。更にその周りにある岸や岩場などの上にも沢山のミツチが乗っており、笑いながらこちらを見つめる。



「「ミアちゃん!」」



 二人は目の前にいる金髪の少女を見ながら、声を上げる。



「「あ~そぼっ!」」



「うん!」



 再会した三人は、笑顔でお互い手を繋ぐ。



「何して遊ぶ?」


「そうだね~」



 三人が首を傾げながら考える中、ナミがピン!と閃いて手を上げる。





「かくれんぼ!」





 すると、リセとミアが笑顔で納得する。



「うん! いいね!」


「やろうやろう!」



 そう言うと、三人は手を腰にやって握り始める。



「じゃ~んけ~ん、ぽい!」



 その時、ナミはパー、ミアはチョキを出すと、リセは後出しでチョキを出した。



「ナミちゃん鬼決定~!」


「リセちゃんずる~い! 反則負け~!」



 金髪少女のミアはリセに指を差しながら、文句を言うが、



「別に良いよ。あたしが鬼で」



 ナミはニコッと笑いながら、鬼役を引き受けた。


 しかし、ミアはそれに納得いかず、ナミに問いかけた。



「ナミちゃんはそれで良いの?」


「いいよ。あたし鬼が好きだから」



 心優しく笑顔で答えるナミに、外国人であるミアは呆れる。



「本当に日本人って、よく分からないね」


「あたし達だってそうだよ!」



 ナミはミアの手を両手で掴みながら見つめた。



「あたし達もアメリカ人をよく知らない。それであいこでしょ?」


 ミアはそんなナミの無邪気な笑顔を見て、つい微笑んでしまい、許してしまう。



「ほら、さっさとやるよ!」



 リセは早くかくれんぼがしたいみたいで、幼馴染の親友のナミを急かす。


 すると、ナミはその辺にある巨大な岩に頭をつけ、数をかぞえ始めた。



「いーち、にーい、さーん」



「隠れろ~!」



 リセとミアは逃げるように隠れる。






「きゅーう、じゅーう! もーいーかい!」






 ――まーだだよ!







「いーち、にーい、さーん」





 リセはまだ二人が隠れていない呼び声を聞くと、再び十を数える。






「きゅーう、じゅーう! もーいーかい!」






 ――もういいよ!





 二人の声が聞こえると、ナミはリセとミアを探しに向かった。



「さて、どこに隠れてるかな?」



 ナミは首を傾げながら、顎に手をやる。


「こういう時に頭を使わなきゃ!」


 すると、ナミはある場所に向かった。


 透明な水が落ちる滝と、断崖絶壁から登れる岩場にミツチ達の溜まり場があり、その頂上に登ったナミはある者を呼ぶ。



「山神様!」


 ナミはそう叫ぶと、ふと、後ろに一人のおかっぱ頭の少女が舞い降りた。



 こちらも善良な子供にしか姿が見えない、山と森を司る神、山神である。


 森に迷い込んだ子供を神隠しに巻き込み、連れて行くと言われた妖怪に近い神であるが、実際は子供を秘密の遊び場へ連れてきて遊び、子供が帰りたくなったら、ちゃんと家まで案内して、帰してくれる善良な神である。



「山神様、リセちゃんとミアちゃんを探してるんだけど、どこにいるのか教えてくれる?」


 すると、山神はニコッと笑い、人差し指で、南の方へと指を差した。



「ありがとう山神様!」


 ナミは笑顔を返すと、そのまま南へ向かった。



「あっちの方向で隠れるのにうってつけの場所と言ったら、防空壕か祠しかない!」



 ナミはそう確信して足を進めた。




 やがて、少女がたどり着いた先は、とある小さな洞窟の祠であった。


 祠には地蔵が立っていたが、ナミが後ろを見ると、聖母マリアの姿が彫られていた。



 かつて隠れキリシタンが作った祠である。


「リセちゃーん! ミアちゃーん!」


 ナミは辺りを見回しながら、二人の名を呼んだその直後、



「バァ!!」



 突如、能面のお面が目前に現れ、ナミは驚愕した。



「きゃあああああああああああああああああ!!!」



 ナミは洞穴の中で悲鳴を上げると、その能面を被った者はお面を剥がして正体を見せる。



「ごめんね! 怖かった?」


 そこには金髪オッドアイの少女の素顔が現れ、笑顔でナミに謝罪する。


「それは?」


「なんかそこにあった」


 祠に指を差すミア。


 隠れていた金髪少女は遊び心で、鬼役のナミを驚かせようと仕組んでいたのだ。


「もう! ミアちゃんったら〜!」


 ナミはクスクスと笑いながら、人差し指をさして宣言する。



「ミアちゃん、みーつけ!」



 ミアはえへへ〜と笑いながら、自らの頭を撫でた。






 その後、日本人と外国人の少女二人は洞穴の外に出ると、少し休憩を取る為に腰を下ろし、ある会話を持ちかける。



「日本は負けるのかな?」


「さあ、どうだろうね?」


 二人はしばらくその場で考え込んだ。




 三日前、広島にアメリカの新型爆弾が投下され、大勢の広島市民が焼き殺されたという話しを昨日授業で聞いてしまった。



 日本だけでなく、地球上の歴史に大きな爪痕を残した悲劇である。



 まだ八歳の少女、ナミ、リセ、ミアの三人はこの号外を聞いて、嫌でも日本の敗北を察してしまった。



 しかし、同時に戦争の終結も確信してしまった。



「戦争が終わったら、ミアちゃんアメリカに帰れるのかな?」


「それはどうか分からないけど、アメリカに行っても、帰る場所はないと思う」



 ナミの言葉にミアは自分の故郷を思い浮かべる。



 ミアの両親は外国人収容所で脱走を企てたが、逃げる途中、捜索命令を受けた日本兵に見つかり、ミアを逃がすために身代わりとなって、射殺された。


 その後、ミアは何とか命からがらに逃げられたが、両親を失い、どこにも行くあてがないまま泣いていたところをナミが見つけ、実家である斉藤家に連れてきて、匿ってもらったのだ。



 最初は家族全員が猛反対したが、隠れキリシタンの末裔である斉藤家は、長年、幕府の目から逃れてきた経歴を持ち、外国人であるミアを哀んで、彼女を受け入れた。



 また長年、幕府から逃れてきた斉藤家は忍者並みに人や物を隠す術に長け、憲兵の目から外国人であるミアを隠す事など容易い事であった。



 しかし、戦況が厳しくなり、本格的な本土空襲が始まると、流石の斉藤家も匿いきれず、ミアを山の中に隠し、別々に暮らすことにしたのだ。



 食料はナミが小さな芋一つを半分届けてくれるが、困難な時は、セミやカエルなどを食べて飢えを凌いでいた。



 そんな生活をしてきたミアはある悩みを抱えていた。


 戦争が終わったら、本当にアメリカに帰れるのか? 


 また、故郷に帰っても自分には居場所があるのかを。



 ミアはそんな不安をずっと抱えていた。



「大丈夫だよ! きっと帰るところはある!」


 だが、ナミはそんなミアに笑顔を向けながら励ます。


「ありがとうナミちゃん」


 ミアもまたそんな少女に笑顔を返して礼を言う。



「帰れたらいいね」


「うん! そして、いつかの日か私は、ナミちゃんとリセちゃんに恩返しをする為に、二人をアメリカに連れてきて、私のお家に招いて、大きなパーティーを開いてたくさんおもてなしするから!」


「うん! 楽しみにしてるよ!」



 明るい笑顔に満ち溢れる二人は、そんな夢を抱えながら、戦争の終わりを願っていた。




 しかし、この時、彼女らはまだ分かっていなかった。




 太平洋戦争の終結を決定づけさせた広島の悲劇とは別に、もう一つの悲劇が起こる事を。








 午前10時50分頃 高度1,800〜2,400メートル




 ボックス・カー号が長崎の上空を飛んでいた時、ここでもまた雲が覆われて、攻撃目標を目視するのは困難であった。


 テニアン島から出撃してきた為、燃料も残りわずかとなっていた。



 万が一、今回の任務で投下を目視することが不可能と判断して断念すれば、搭乗機に積んである物を太平洋に捨てなければならない。


 機体を軽くして、帰る為に。


 しかし、極秘任務の下で命がけでテニアン島に届け、その後、日本軍の魚雷を受け、沈没していったインディアナポリス号に乗っていた大勢の水兵達の死は決して無駄には出来ない。


 今回の任務も失敗は許されなかった。


 しかし、天候上、誰もが任務失敗を余儀なくしたその時、搭乗員の一人であるカーミット・ビーハン大尉が突如叫んだ。


『Tally ho!』


 その指の先には、雲の切れ目から姿を現わす長崎市があった。







「さて、そろそろリセちゃんを探しに行こうか!」


「うん!」



 アメリカの搭乗機が上空で飛んでいる中、ようやく二人は今も隠れているリセを探しに行こうとする。













 そして、午前10時58分 高度9,000メートル







 アメリカの搭乗機、ボックス・カー号から、一つの塊、『太った男』が投下された。







「ナミちゃんナミちゃん」


 その時、ミアはあるものに気づいて、ナミの服を掴みながら呼ぶ。


「どうしたのミアちゃん?」


 ナミは首を傾げながら振り返ると、ミアは空を見ながら指をさした。



「あれ何かな?」



 その指先には、黒い巨大な塊が落ちるのが見えていた。



「さあ?」



 二人は首を傾げながらそれを眺めていた。






 やがて、人類の手によって作られ、この世に生まれた『太った男』は、広島に降臨した双子の『小さな少年』と同じように、地球上の歴史に爪痕を残す超越者の一人として、長崎市へと降臨する。










 午前11時02分 上空500メートルでそれは炸裂し、太陽の数千倍の熱線と閃光が長崎市全体を浴びた。




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