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目覚めの呪文

 


 ――――――――――





「ア……アア……ア……アアア……!」



 現実世界にいた黒焦げのナミは、わなわなと震えながら、まるで泣いているかのような声を上げる。


 すると、讃良の身に付いていた小さな焔が徐々に消えていく。


 時を越える生贄として捧げられる筈だった讃良の命が、助かったのである。



「七瀬!」


 その時、讃良のいる深層部に、ようやく翼彦とリセがやって来る。


「七瀬、大丈夫か!?」


「ナミちゃん……!」


 リセは目の前にいる黒焦げのナミを見て戸惑い、翼彦は木の根に巻かれて磔にされ、ぐったりとしている讃良を見て、すぐさま、彼女の元へと駆けつけた。


「七瀬を返してもらうぞ!」


 そして、彼は力尽くで木の根を解き、讃良の体を強く抱き締めながら、黒焦げのナミの手から彼女を引き剥がす。


「大丈夫か!? 七瀬!!」


 彼女の華奢な体を両手で抱えながら、呼びかける翼彦。


 だが、彼女は何も答えてくれない。


「頼む! 返事してくれよ!」


 翼彦はそのまま木の根が張り付いてる壁岩から離れ、ゆっくりと讃良を地面に寝かせて、改めて彼女の名を呼びかける。 


 だが、讃良は一向に目覚めようとしない。



「やっと見つけた!」


「無事か嬢ちゃん!?」


 すると、そこへようやく刑事二人が後から駆けつけ、彼らは合流する。


「ちょいと、失敬するぞ!」


 そう言うと、佐野刑事は讃良に近づき、その首元を掴みながら、口と鼻の辺りに耳を寄せる。


「大丈夫だ。脈はある。息もしてる」


「良かった……!」


 佐野刑事の言葉に、翼彦は一安心する。



「獅童……くん……」


 その時、目を閉じていた讃良が寝言を呟く。


「一緒に……いて……側に……いて……離れ……ないで……」


「な、七瀬……」


 讃良のその寝言に、翼彦は頬を染めてしまう。


(ふふん。なるほどね、面白い事を思いついた!)


 ところが、ここで佐野刑事は何か良からぬ事を思いつき、一瞬だけニヤリと薄く笑うと、すぐにその表情を悟られないように平静に保つ。



「まずいな。脈が段々と弱くなってる」


「えっ?」


「このままだと、目を覚まさなくなるぞ!」


 佐野刑事は真剣に答えると、ここで隣にいた杉浦刑事が、一つの矛盾に気づいて首を傾げてしまう。



「ん? 佐野さん。彼女、息してんのに脈が?」


「お前はちょっと黙っとけ!」


 佐野刑事は相棒の言葉を強く遮った。


「ど、どうすればいいんだよ刑事さん!? 頼むから、七瀬を助けてくれよ!!」


 翼彦は佐野刑事の袖を掴みながら、讃良を助けるよう懇願する。



「いいか、落ち着け! 嬢ちゃんを助けられる方法はある! それはお前にしか出来ないんだ!」


「俺にどうしろと……?」


 すると、佐野刑事は翼彦の両肩を掴んで、真剣な視線を向ける。



「よく聞け。大体、こういう時、おとぎ話的に眠っている女を叩き起こせる、唯一の方法があるんだ」


「女を叩き起こせる方法?」


 翼彦は首を傾げると、佐野刑事は平然と答える。



「決まってるだろ? ちゅーだ。ちゅー」



「ち、ちゅー!!?」



 その時、翼彦の顔面が、蒸発するかのように真っ赤に染まる。



「む、無理……! 七瀬にちゅーなんて、出来ねえよ! 第一、そういうのは付き合ってる人間とするものだろ!?」


 慌てふためく翼彦を真剣な目で見つめる佐野刑事だが、その目の奥は内心面白そうに笑っていた。



「てか、そもそも、それは息してないやつにするものだろ!? 七瀬は息してんだろ!?」


「バカ言え! 息と脈は違うんだ。それに俺はこれまでいくつもの事件で、人工呼吸以外にも、ちゅーをして脈を取り戻し、助かった人間を大勢見てきた」


「そ、そうなのか?」


「プロの俺が言うんだから、間違いねえ!」


 その隣でぷくくく!と笑いを堪える杉浦刑事。



「で、でも……ちゅーなんて……! 第一、そんな事をしたら、七瀬に悪いだろ? 七瀬の気持ちはどうなるんだよ!?」


「大丈夫だ。俺から見たら、既にこいつはお前に脈ありだ。脈が弱まってるなら、その脈を取り戻せばいいだけだ。脈ありなだけにな」


 言ってる事が全く分からない、無茶苦茶なダジャレであった。


「で、でも……!」


「命がかかってんだ! 嫌なら、こいつはこのまま目を覚さないままだぞ? それでも、いいのかぁ〜?」


「そ、それは……!」


「でなきゃ、俺が代わりにするかだ」


「そ、そんなのダメだ!」


 ニヤニヤと薄く笑う佐野刑事に、翼彦は彼女を守ろうと言わんばかりに遮る。



「だったら、こういう時、男を見せな」


「お、俺が……七瀬に……!」


 赤面しながら狼狽える翼彦は、目を瞑っている讃良を見下ろす。


「早くしないと! 一刻を争うんです!」


「そうだ! 嬢ちゃんを助けたければ、ビシッと行け!」


 何故か杉浦刑事も参加し、刑事二人は翼彦を煽って遊び始める。


「……!」


 彼は赤面しながら、眠っているような可愛いらしい素顔をした讃良を見下ろし、ゆっくりと顔を近づける。



 彼女の吐息が彼の鼻と顔をくすぶり、その艶やかな唇を凝視しながら、翼彦は自らの唇を近づけ……



 チュッ



 その柔らかい頬に、小さく優しいキスをした。



「こ、これで……勘弁してください……!」



 翼彦は小さく呟いた。



「お前ってやつは……」


 佐野刑事は翼彦のそのヘタレっぷりに、ガックリと肩を落とす。



「こういう時、率先して唇だろ!?」


「出来るわけないだろ! そんなマネ!!」


 顔を真っ赤にしながら拒絶する翼彦に、佐野刑事は呆れてしまう。



「このヘタレが! もう一度やれ!」


「なんで!?」


「今ので、起きるわけないだろ!? ちゃんと唇にしなきゃ、嬢ちゃんは絶対起きねえんだ!」


「根拠はあるのか!?」


「プロだから、俺を信じろ!」



 そんな言い争う彼らではあるが、その時、



「ん……あれ? 獅童くん……?」


 突如、讃良が目を覚ました。


「な、七瀬!?」


 翼彦は、頬にキスしたことで起きた彼女を見て、驚きを隠せなかった。


「って、さっきので起きたのかよ!?」


 佐野刑事は予想だにしなかった展開に、突っ込みを入れる。


「よかった七瀬! 心配したんだ!」


「なんか、ほっぺに気持ちいい感触がしたような……」


「さ、さあ……!? なんだろうな……!?」


 翼彦は頬を染めながら視線を逸らし、顔中にダラダラと汗を掻き始めた。


「ああ、そりゃあな。こいつがお前さんのほっぺにちゅーを……グボッ!」


「口を閉じてろ! この強制わいせつ刑事が!」


 ニヤニヤと笑う佐野刑事の顔面に、裏拳を叩き込む翼彦。


「お、お前……! 公務執行妨害で逮捕するぞ!」


「やれるもんならやってみろ! 俺を弄びやがって!」


 すると、ここで佐野刑事は、もう我慢出来ないと言わんばかりに笑い始める。


「ぷっ、くはははは! だってよ! 普通、ただのちゅーで人が目覚めるわけねえだろうが! 人工呼吸なら、ともかくよ!」


「うるさい! 覚悟しろ! この腐れ刑事!!」


「わー! わー!」


 耳を塞ぎながら、面白そうに逃げる佐野刑事とそれを追いかける翼彦。



「獅童くんに……キス……された……」



 自らの頬に手を当て、顔を赤らめながら俯く讃良。


「な、七瀬……! 違うんだ! あれはあの刑事(デカ)が無理矢理……!」


 翼彦はついつい言い訳をしてしまうが、やがて、すぐに潔く彼女に謝罪する。



「ご、ごめん七瀬! そんなつもりじゃなかったんだ!」


「別に嫌じゃないけど……?」


 讃良はそんな頭を下げる翼彦を、あっさりと許してしまう。


「えっ? 良いのか……?」


「だって……獅童くんのだし……」


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」


 その時、翼彦は羞恥心が頂点に達し、今にも死にたいような気持ちに押しつぶされそうになる。



「それにしても、なんで頬っぺのキスなんかで起きたんでしょうね?」


「さあ、女の性じゃね? 女って意外とちゅーに関しては敏感だって聞くし」


「そうなんですか?」


「知らんけど」


 刑事二人の何気ない会話に、翼彦はキッ!と睨んだ。


「あんたら、後で覚えとけよ!!」


 翼彦に因縁を付けられた刑事二人は、またも面白そうに笑いを堪える。





「獅童くん……キス、好きなんだ……」





 讃良は自らの頬と唇に手を当て、何やらしばらく思い悩む。





「あれ? そういえば、リセさんは?」


 すると、ここで讃良はある事に気がつく。


 三人の男達の周りには、事件解決の鍵となるリセの姿が見当たらなかった。


「おっと、いけねえ!」


「リセさん!」


「どこだ!?」


 すると、ここで三人はようやく異変に気づくと、彼らは慌てながら周囲にライトを照らし、辺りを探り始めた。



 そして、杉浦刑事のライトが捉えたその先に、深層部の奥にある木の根が張り付く壁岩に、リセともう一人、黒焦げのナミの姿があった。



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