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核兵器の子

 


 ――――――――――――




 過去を見せ終えたナミは手を掲げて反すと、周辺の視界が突然変わり、真っ白な異空間の世界へとやって来てしまう。



 ナミの過去を見てしまった讃良は、心の中の世界にいるとはいえ、いつの間にかその目に涙がこぼれ落ちていた。


「こ、こんなの……こんなの……!」


 口元に手を当てた讃良は、息を詰まらせるあまりに、何も答えられなかった。


 あまりにも壮絶かつ、悲しい経緯を見せられ、言葉が出なかったのである。


 彼女は涙を拭い、目の前の少女に問う。



「じゃあ、あなたは……過去を変えるつもりなの……?」


『うん』


 ナミはコクリと頷く。



「歴史を変え、原爆の悲劇を変え、大勢の人々を救う為に、これまで多くの人達を生贄として、殺してきたの?」


『変えるのは長崎だけじゃない! 広島の人々だって救ってみせるよ!』


 ナミはファットマンだけでなく、リトルボーイの殺戮までも止めようとしていた。かつて、原爆の犠牲になった人々、全てを救うつもりである。



「火の海に焼かれた帝都の人々も、アメリカの標的にされた沖縄の人々も、戦地で散ってしまった兵隊さん達も、全て私が救ってみせるよ! この世から、戦争と新型兵器をなかった事にしてあげる!」



 東京大空襲、沖縄戦、その他、大勢の兵士が連合軍との戦いで犠牲になった日本軍をも救おうとするナミのその強い意志に、讃良は圧倒された。


 だが、讃良自身は不思議な事に、そんなナミを見て、止める気がしなかった。


 むしろ、いま目の前にいるこの少女に肩入れをしたく感じたのであった。


 原爆と戦争そのものの歴史をこの世から抹消し、誰もが安心して暮らせる平和な世界を築き、大勢の犠牲者を救おうとするナミが、まるで救世主のように見えたのである。



「で、でも……過去に戻ったとしても、そう簡単に変えられるものなの?」


『変えられないという事はない。絶対変えさせてみせる。私には、山神様に受け継がれた、この時の流れを読む力があるの』


「時の流れを読む力……?」


 讃良は首を傾げる。



『この現代から過去までの流れそのものを、全て読む事が出来る力よ。過去の原因やきっかけ、現代の影響なども全て含めて』


「そんな力があるの……?」


 時の巫女として選ばれたナミの能力に、讃良は内心、半信半疑になる。



『例えば、そう。讃良ちゃん」



 すると、ナミは讃良に指を差し始めた。


「わ、私……?」


 突然、自分に指を差された彼女は狼狽える。


『時の流れを読み、それを修正する巫女として、讃良ちゃんには、真実を教えるね』


 そして、ナミは讃良にある衝撃的な真実を告げる。




『讃良ちゃんはね、本来、あの新型兵器がなかったら、この世には、生まれて来ない筈の人間だったの」




 ナミのその言葉に、讃良は一瞬何を言ってるのか理解出来ずに呆然とする。


「な、何を……言ってるの……?」


 思考が追いつかない讃良は、やがて徐々に狼狽えていく。


「言ってる意味が分からない……あなたは一体何を……」


 そんな讃良にナミは真実の全てを語る。




『あの日、新型兵器が日本に落ちて、大勢の人々が死に絶え、その影響で本来、結ばれる人達によって生まれてくる大勢の子達も、大半が狂ってしまったの』



『はっきり言うとね。あの新型兵器による殺戮により、本来、結ばれる筈の人達が、違う人達と結ばれてしまった事により、本来、この世に存在する筈の命が存在しなくなり、この世に存在しない筈の命が存在してしまう世界になってしまったの』



『讃良ちゃんはね。その後者、新型兵器の殺戮がなかったら、本来、この世には存在していない命なんだ』




「私が……この世に存在しない筈の……命……?」



 讃良は奈落の底に落ちたかのように絶句する。



「そういえば、私の曾おじいちゃん、原爆で前の奥さん亡くして、曾おばあちゃんと再婚したって言ってた……』



 讃良は過去に祖母から曾祖父と曾祖母の話を聞いたことがあった。当時、讃良の曾祖父は前妻を長崎に置いて、南方戦線に出兵し、その後、長崎原爆で前妻を失い、後の曾祖母と再婚して祖母を産んだのであった。


 そしてそれは、やがて母を生み、讃良という一人の少女が生まれるきっかけとなった。



「ウソよ……! そんな……私が……!」


 讃良はそのあまりにも残酷な真実に、頭を抱えながら、その場で取り乱してしまう。



『ウソじゃないよ。讃良ちゃんは、本来、あの新型兵器がなかったら、この世には存在しない筈の命だったんだよ。あの惨劇がなかったら、讃良ちゃんの曾おじいちゃんは、前の人との子が出来て、今頃、違う人がこの世に……』


「ウソよ!!」


 讃良はもうそれ以上聞きたくないと言わんばかりに耳を塞ぎながら、その場で泣き崩れる。


「ウソよ……こんなの……ないよ……!」



 絶望に歪んだ彼女は、ある意味、大量殺戮兵器によって生まれた子であった。


 核兵器こそが、ファットマンこそが、讃良の親と言っても過言ではない。


 原爆の存在は、それだけ現代に強い影響を与えたのである。



『讃良ちゃんだけじゃないよ。他にも大勢の存在しないはずの命がこの世に生まれて、大勢の存在するはずの命がこの世に生まれて来なくなった人達はたくさんいる。私が選んだ生贄の人達だってそう」


「生贄の人達……? じゃあ、これまでの事件の犠牲者は……」


『そうだよ。讃良ちゃんと同じ、この世に生まれて来ない筈だった人達だよ?』


 それを聞いた讃良は、この事件に巻き込まれた謎がようやく解け始める。


「となると、まさか獅童くんも……」


『そうだよ。翼彦くんの場合はどちらかと言うと、広島の方のだけどね』


 ナミはそう答える。讃良だけではなかった。翼彦もまた原爆によって生まれた子の一人であった。


 彼はリトルボーイの殺戮によって生まれた子である。



「やっと、分かったよ……私達が狙われた理由……」



 彼女は、ようやく自分が何者なのかを自覚する。



「私達には、生まれる資格がなかったんだね……」



 原爆によって生まれた子供達の一人である讃良は、ただ落胆するしかなかった。


 ファットマンがきっかけで生まれた讃良、リトルボーイがきっかけで生まれた翼彦、事件に巻き込まれた二人の唯一の共通点は、原爆であったのだ。



『私には、普通にこの世に生まれた尊い命を生贄にする事なんて出来ない。ならばせめて、新型兵器によって生まれた、本来、この世に存在しない筈の命を、生贄にする事にしたの』


 ナミはそう答える。少女も好きで人を殺してる訳ではなかった。だが、何も犠牲なしに過去に行く事は一切出来ない。


 だからこそ、ナミはせめて自分が唯一、憎んでいる兵器の殺戮がきっかけで、この世に存在してしまった命を使う事を選んでしまったのだ。


 少しでも、人の命を奪う躊躇いの感情をなくす為に。



『そして、何年も時間をかけて、今日ようやく過去に戻れるんだ。あと一人の命さえあれば』


 ナミは目の前にいる讃良を見下ろす。



「私なのね?」



 ナミは無言で頷いた。


 讃良は滅亡の長崎に連れて行かれた時から、少女の霊が執拗に自分を追いかけてきた理由がなんとなく分かってしまう。


 翼彦を道連れにしようとしたのも、万が一失敗した時の予備の生贄として、手を出したのであろう。


 彼女はそう悟った。



『讃良ちゃんの事は可哀想だと思うよ。例え、讃良ちゃん以外の子を犠牲にして過去を変えても、その先の新しい世界には、讃良ちゃんは存在しないんだもの。あの惨劇そのものをなくすわけだから」


 更に残酷な事に、過去を変えれば、讃良は生まれて来なくなってしまう。実質、死に等しい行いであった。



『でもね。それ以上に、私は、あの新型兵器が許せない!』



 その時、ナミの口調が強くなる。



『私は、ただ友達に、会いたかっただけなの!』



 ナミは七十年以上も溜めていた思いを曝け出す。



『長い間、苦痛と渇きに耐え続け、死にたいと思った時も数え切れないぐらいあった……』


『でも、それでも生きたかったの。それでも生き続けたかったの……リセちゃんに会いたくてね……』



 やがて、ナミのその目からは、涙がこぼれ始める。



『だけど、今となっては、もう無駄よ! 本当はもう分かってたんだよ! リセちゃんはもうこの世にはいないって!』



 ナミは頭を押さえながら狼狽える。


『あの日、リセちゃんは、アメリカの新型兵器に殺されちゃったんだ……ああああ……あああああん!』


 讃良は泣きじゃくるナミを見て、誤解を解こうとする。



「ち、違……リセさんは……!」


『私は許さない! ミアちゃんを殺し、リセちゃんを殺したこの世界を許さない! 戦争を引き起こしたこの世界を許さない! 新型兵器を作ったこの世界を許さない!』



 キッ!と鋭い眼差しをするナミに、讃良は圧倒された。


『讃良ちゃんだって、分かるでしょ? 大切な人に会えずに生きる辛さを? 大切な人が死んでしまった辛さを……?』


「そ、それは……」


 彼女は否定出来なかった。自分だって、つい最近、大切に育てていた愛犬がこの世から去ってしまい、酷い悲しみに暮れてしまった事があった。


 讃良はナミの気持ちが、痛いほど分かっていた。



『この力さえあれば、過去は変えられる。万が一、過去に戻って失敗したとしても、やり直す事も出来る。それこそ、また同じような事をしてさえいれば』


 それを聞いた讃良は、ナミに問い詰める。


「あなたは、歴史を変えるまで、私達みたいな生まれる筈のなかった人間を犠牲にし続けるの?」


『そうよ。変えるまでは絶対諦めない。平和な世界を築くまで何度でも繰り返す。たとえ、何百年、何千年が経とうとも』


 ナミは真っ白な異空間の中で、そう宣言した。



『私が日本を……いや、世界を変えてみせる。戦争も新型兵器もなく、リセちゃんとナミちゃんが、安心して暮らせる優しい世界を作る』


『私がこの狂った世界を変えてみせるよ!』



 ナミは本気で世界を変えるつもりであった。核なき世界を実現するために。



『だからね。讃良ちゃんお願い。世界を救うために生贄になってちょうだい。讃良ちゃんの分まで、私働くからさ』


 ナミのその願いに、讃良は心が揺らいでしまう。




 ――私、一人の命だけで、50万人以上の人々が助かるの……?



 ――私なんかの命一つで……?



 讃良は自分一人の犠牲だけで、どれだけ多くの人々が救われるのかを自覚し始める。


 犠牲者だけではない。今だにこの現代で、被爆に苦しんでる人々も救う事が出来る。


 唯一、全ての被爆者を救えるのだ。


『お願い。もう時間がないんだ。体も、もう持たない。このままだと私、本当に死んじゃうよ』


 ナミは自らの死期を彼女に伝える。



 ――私が生贄にならなかったら、ナミさんが死ぬ……? 生贄になった人達の死は無駄になる……?


 ――過去は変えられず、大勢の人々が原爆によって死に……苦しむ事になる……?


 自らの命一つで、どれだけの責任が掛かっているのか、彼女は自らの生に対する重荷を感じ始める。



『讃良ちゃんの犠牲は絶対無駄にはしないから! 絶対、良い世界を作るから! だからこの通り、お願い!』



 そして、遂にナミはその場で土下座し、深く頭を下げた。



 讃良は、これまで命惜しさで怯えていた恐怖の感情が徐々に失せていき、自らの定めと責務に従わざるを得なくなってしまう。



「分かったよ……」



 そして、遂に讃良はそれを承諾してしまう。



「たった一人の命、私一人の命だけで50万人以上の人々が救われるのなら、お安いものよ。私は新しい平和な世界を作る為の人柱となる」


 その言葉を聞いたナミは、深い感謝を込めた思いで讃良に礼を伝える。



『ありがとう。讃良ちゃん』



 ナミは内心、この頼みを聞いてくれないと思っていた。だが、今この場にいる彼女の意思に、ナミは讃良を称えた。



『讃良ちゃんこそ、本当の救世主だよ』



 こうして、讃良は新世界を築く為の生贄として選ばれ、核なき平和な世界の実現の為に、その身と命を捧げようとした。



 歴史の惨劇を修正し、新時代の幕開けとなる瞬間である。



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