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待たされる居場所

 




 ――――――――――――――






 一方、長崎市にある、とあるパトカーの中で、刑事二人の尋問はまだ続いていた。



「リセさん。いい加減、正直に答えてくれ!」


「でなければ、いつまで経っても、この事件は解決しませんよ!」


 二人の問い詰めに、リセは首を横に振る。


「や、やっぱり、言えないよ!」


 二人に対して拒絶してしまうリセ。


「何でだ!?」


 佐野刑事の問いに、リセは震えながら答える。



「あたしはあの時……ナミちゃんを見捨てたんだ……!」


「どういう事だ?」


 怪訝な表情で首を傾げる佐野刑事。


「原爆が落とされたあの日、たまたま通りがかった兵隊さんが、あたしを掘り起こした後、すぐに友達を探しに行ったんだよ」


 リセはかつて過去に起きた事を説明する。


「あの秘密の山で遊んでたあたしは、すぐに心当たりがある場所に向かったんだよ。だけど、そこにあったものは……」


 その時、リセが口に出そうとした瞬間、


「うっ……!」


 ひどい吐き気に襲われる。


「おい、リセさん!」


 佐野刑事は心配そうな表情で老婆を見る。


「やっぱ無理だよ……!」


 一旦呼吸を落ち着かせたリセは、改めて答える。


「変わり果ててしまった友達の姿なんか、あたしは見たくない!」


 だが、刑事二人はそれでも諦めなかった。



「頼む! 答えてくれ!」


「あなたにしか、この事件を止められる人はいないんです!」


 パトカーの中で、三人が言い合ったその時、




 ♪~ ♪~




 佐野刑事のスマホから着信音が流れ始めた。


「へい、佐野刑事」


 こんな時になんだという表情を浮かべる佐野刑事が、しぶしぶと受話器に耳を当てると、


「刑事さん! 俺だ! 獅童だ!」


「お? その声は!」


 佐野刑事の表情は、徐々に歓喜に満ち溢れる。


「お前さんの女はどうだ!?」


「お、俺の女だなんて……そんな、違……!」


「いいから、早く答えてくれ!」


 佐野刑事は手早い答えを求めた。


「無事です! ちゃんと連れて帰ることが出来ました!」


「よくやった!」


 佐野刑事は受話器から耳を離して、杉浦刑事とリセに状況を伝える。


「二人とも無事だ」


 すると、それを聞いた杉浦刑事とリセはホッと一息をする。


「よかった!」


「そうかい」


 とりあえず、一件落着ということで、パトカー内にいた三人は一安心する。


「ったく、心配かけさせやがって!」


 佐野刑事は翼彦の活躍ぶりを称えながら、笑みを浮かばせる。


「だが、刑事さん! ちょっと急ぎでお願いがあるんです!」


「なんだ?」


 佐野刑事は、受話器越しから聞こえてくる翼彦のその様子に、どこか慌ててるようにも感じた。


「今すぐリセさんに会わせてください!」


 何やら、とても大事なことが起きたかのようなその言動に、佐野刑事は頷く。


「分かった。場所は?」


 そう言うと、佐野刑事は、お互いすぐに合流できる場所を話し合った。





 ――――――――――――――






 長崎市、原子爆弾落下中心地碑





 そこは原爆資料館のすぐ近くにある公園であった。



 かつて、アメリカのマンハッタン計画の研究開発で作られ、この世に生まれた『mark3、ファットマン(太った男)』が投下され、この地へ降臨し、長崎市に破壊のかぎりを尽くした中心地である。


 奥にある塔の前には、『原爆殉難者名奉安』と掘られた石碑があり、その右側の奥には、当時、被爆して崩れた一部を移築した浦上天主堂遺壁と呼ばれる石柱が立っていた。


「一旦、ここで降りるぞ」


 佐野刑事は近くでパトカーを止めると、三人はそのまま公園の中へと入る。


「よう! お前ら!」


 すると、佐野刑事は塔の前にいた二人に気づき、声をかけた。


「刑事さん! それにリセさんも!」


 二人の元に駆けつけた三人は、ようやく合流する。


「よく連れてこられたな!」


「ああ! 七瀬は無事です! 助ける事に成功したんだ!」


 佐野刑事はその隣にいた讃良を見て、無事、無傷の姿でいるのを確認し、翼彦に感心する。


「だが、今はそんな場合じゃない! 七瀬!」


「うん!」


 だが、二人は何やら急いでるようで、すぐに本題に入り始めた。


「あなたが、リセさんですか?」


「そうだよ」


 讃良の質問にリセは頷く。


「あなたに電話です」


「あたしに……?」


 通話中と表示された讃良のスマホに、リセは挙動不審になる。


「あたしに電話をかける人間なんて……」


 リセはそう呟きながら、電話を取る。


 もう、自分には友達も家族もいない。


 あの日、原爆で家も家族も親戚も友達も全て奪われ、何も残されてない身一つで戦後を生きてきたのだ。時代も驚くほど移り変わってしまう中、被爆で恐れられた自分は結婚も出来ず、子もいない。歳も九十近くになる。そんな孤独な自分に今更、知り合いなど……



『リセちゃん?』



 しかし、受話器越しに、その老婆の名を呼ぶ者がいた。


「誰だい?」


 リセは不信感を抱きながら、通話を始めると。


『アタシだよ! アタシ!』


 元気で明るい少女のその声が、受話器から流れた。


「そ、その声は……!」


 若干のカタコトっぽい口調をしたその声に、リセは聞き覚えがあった。



「ミアちゃん!?」



 それはかつて、リセが初めて出来た外国人の友達、在日アメリカ人の少女、ミア・リル・キャンベルであった。


「なんで、ミアちゃんが……?」


 リセは余りの衝撃で狼狽える。


「だって、ミアちゃんはあの日……」


『そんな事、どうでも良いでしょ?』


 ミアはクスクスと小さく笑う。



『わざわざ、三途電話交換所に通して、そっちに電話をかけたんだよ? ちょっと手違いで色々とあって、違う人の電話に繋がっちゃったけど』


「三途電話交換所?」


 初めて聞くその言葉に、リセは呆然とする。



『リセちゃん。アタシね、ナミちゃんに見つかってから、ずっとここで待ってるんだよ?』


「ずっと……?」


 一体、何を言ってるのか理解できないと言わんばかりの表情を浮かべるリセ。


『忘れたの? かくれんぼの続きだよ? でも、なんかもういい加減、待つのも飽きちゃったから、そろそろリセちゃんには、ナミちゃんに見つかって欲しいと思って、電話をかけたんだ』


 早くナミに見つかって欲しいと伝えてくるミアに、リセは更に狼狽える。


『またリセちゃんとナミちゃんの三人で、かくれんぼの続きしたいよ。ずっとここに待たされっぱなしはもう嫌だな〜。だから、早く見つかってくれない?」


 また改めてかくれんぼがしたいと言って、待ち続けるミアに、リセは問いかける。


「ミアちゃん? 今どこにいるの?」


 恐る恐る、リセが受話器越しで金髪少女に聞くと、ミアは答えた。


『決まってるじゃない? ずっと長崎にいるよ?』


「長崎……?」


 リセはそう答える少女の言葉に取り乱す。


「ウソつかないでよ……! そんな筈はない……! だって、ミアちゃんはもう(、、、、、、、、)長崎にはいないんだよ(、、、、、、、、、、)!」


『でも、実際、ここにいるのは間違いないし』


 リセは不信に思いながら、かつての友達を問い詰める。


「大体、今は何日なの!? そっちでは何年何日なの!?」


『リセちゃんったら、カレンダー見てないの?』


 ミアはクスクスと薄笑いをしながら答える。



『1945年の8月9日だよ?』



「1945年……つまり、昭和20年……! 8月9日……長崎!?」



 リセはその瞬間、ゾッと青ざめた。



「駄目! ミアちゃん! 今すぐそこから逃げて!」


 過去のトラウマが蘇ったリセは、慌てながら受話器越しにいるミアに伝えた。


『え〜? なんで〜?』


「いいからお願い! そこにいたら危ないよ! 早く離れて!」


『でも、アタシね。ここ以外に居場所もないし、どこにも行く当てないんだ』


 呑気に構えるミアに対し、リセは声を荒げながら必死な思いで逃げるように伝える。


「そんなのはどうでもいいの! とにかく、何でも良いから、どんな手を使ってでもいいから、早くそこから逃げてぇ!!」























『リセちゃん。今どこに隠れてるのかな?』




















「……っ……!」



 その時、リセは悲痛な表情を浮かべる。







 ――リセちゃん!







 片方の耳からは、かつて、そう呼んでくれた金髪少女の幼馴染の声が過ぎると、リセは当の昔に封じていた過去の記憶が、まるで走馬燈のように流れていく。












 ――リセちゃん。この子がミアちゃんだよ。




 ミアと初めて会ったのは、隠れキリシタンの末裔であるナミが、ある日、自分を秘密の場所に呼び寄せ、匿っていた彼女を紹介してくれたのだ。



 ――ナミちゃん! なんで外国人なんかを!?



 あの時、リセは驚いた。一番の敵であるアメリカ人をナミが匿っていたことに。



 ――こんにちは。アタシの名は、ミア・リル・キャンベル。どうか、アタシとお友達になってくれませんか?



 とても同じ八歳とは思えない、ちょっと片言混じりの上手な日本語で挨拶するミアに、



 ――あたしに触らないで!



 リセはその手を叩いて拒絶したのだ。



 ――ちょっ、リセちゃん……!



 ナミはそれを見て動揺する。この時、リセはミアの事を嫌っていたのだ。


 去年の空襲で、リセは唯一、可愛がっていた赤ん坊の弟を亡くしてしまったのだ。



 ――弟を機銃で撃ち殺した、あんた達アメリカ人なんか、絶対、許さないんだから……!!



 あの時のリセは涙ながらにミアに強く訴えた。弟の命を奪った憎き敵であるアメリカ人を、リセは心底嫌っていたのだ。



 ――ごめんなさい……。



 だが、ミアはそんな拒絶するリセを嫌わないどころか、逆に謝ってきたのだ。



 ――あなたの弟さんの命を奪って、ごめんなさい……。



 ミアは俯きながらそう言うと、ポケットから、ガムを取り出して、リセに差し上げたのだ。



 ――これ、アタシのお父さんから受け取った食べ物。良かったら、弟さんの命を奪ったお詫びとして受け取ってちょうだい。



 それは日本兵に射殺された亡き父が遺した、たった一つのガムであった。


 この時代、貴重な食べ物である筈のガムを、笑顔でリセにあげようとした途端、ミアは腹の音をぐぅ〜と鳴らし、それを聞いたリセの表情はみるみると引きつっていく。



 ――なんで!? なんでそんなものを!?



 リセは唯一の命綱である、たった一つのガムを渡してくるミアに狼狽える。



 ――あんたは、あたし達の敵なんでしょ!? それはあんたの命綱なんでしょ!? 


 ――うん……。



 俯きながら答えるミアの言葉に、リセはまたも訴えるように言い放ち続ける。



 ――だったら、あたしに構わず、目の前でそれを食べて見せびらかしてよ! くちゃくちゃと音を立てて噛みつきながら、あたしを見下してよ! 今まさに嫌い始めてるあたしを悔しがらせてよ!!



 涙まじりに訴えるリセに、ミアは答える。



 ――ほら、食べて。美味しいよ?



 その時、ミアは隙を突いて、たった一つしかないガムをパクッとリセの口の中に入れた。


 甘い味わいが口の中で広がり、空腹に苦しんでいたリセは、満たされる思いと、申し訳ない思いと、ミアの優しさを受けた思いと、自分のした事による罪悪感など、あらゆる複雑な思いが絡み合い、涙を流してしまう。



 ――ね? 美味しいでしょ? アタシも好きなんだ!



 じゃあ、なぜ?なぜ、あたしなんかの為に?両親の遺品であり、命綱である食べ物を自分に食べさせた事に、リセはますます理解に苦しむ。



 ――遺品は大丈夫! もう一つ、お母さんの形見のメダリオンがあるから!



 そう言うと、ミアは首にかけてある聖母の姿が彫られたメダリオンを見せて、心配ないと言わんばかりに答える。



 ――だから、アタシとお友達になってくれませんか……?



 たかが、友達になりたいが為にこんな事を?リセはそう思った。



 ――アタシ、お父さんもお母さんも、もういなくて一人ぼっちなんだ……。だから、無理にとは言わないけど、出来ればあなたのお友達になりたいな……。



 ミアは俯きながら、寂しそうに呟く。


 収容所を脱走し、両親は日本兵に殺され、憲兵から追われる身となったまだ幼いアメリカ人の少女は、ナミ以外、誰も味方がいなかった。


 目の前にいる金髪少女は、凄い寂しがり屋だったのである。




 リセは断れるわけがなかった。唯一の命綱であるたった一つしかないガムを犠牲にしてまで、リセと友達になりたいと願うミアの気持ちを踏みにじる事が出来なかった。





 それからというもの、リセはミアと嫌々、交友関係を築き、ナミを含む三人で、誰にも知れない秘密の場所で遊び続けてきた。





 ある時は鬼ごっこを。



 ――リセちゃん、捕まえた〜!


 ――うう……! 悔しい……!



 ある時は川で水遊びを。



 ――キャハハ! リセちゃん! 冷たいよ!


 ――問答無用!



 そして、ある時は、かくれんぼを。



 ――リセちゃん、みーつけ!


 ――見つかっちゃった〜!



 そんな風に遊ぶ度に、東と洋、お互い敵国同士の関係を越えた絆を共に深めてきたのだ。



 そんなとっくの昔に忘れかけていた過去の記憶が蘇ると、八十半ばのリセは、涙を流し始めた。





「隠れる場所なんて……もうないよ……!」





 リセの涙は止まらない。1945年、8月9日に原爆が投下されたあの日、リセは二人の幼馴染を探しに、心当たりのある場所へと向かったのだ。


 焼け野原と化して、森林も何もかも燃え尽きてしまい、丸裸同然の山を駆け周りながら、リセは二人の無事を祈った。



 だが、リセが遂に辿り着いた先にあったものは、全身黒焦げかつ、皮膚が服のように溶け、焼魚のような白い目をして、母親の形見である溶けたメダリオンを首にかけ、体内の水分が一気に蒸発した事で『ミ、水ヲ……ジャナ……キャ……コロ……シテ……コロ……シ……テ……』と何度も懇願する無惨なミアの姿があったのだ。





「だって、跡形もなく、みんな消し飛んだんだからぁ……!」





 両手に受話器を持つリセは、『原爆殉難者名奉安』と彫られた石碑と塔の前で、嗚咽を漏らしながら泣き崩れる。



 祖国が作りだし、祖国の手によって投下され、同じアメリカ人である筈のミアが核兵器の生贄によって、その炎と熱線で体を焼き尽くされ、まるで焼き過ぎて失敗した黒焦げの焼き肉のように、使い捨てられたゴミ食材同然の無様に焼き殺された元金髪少女の姿ほど、目に焼き付いたものはなかった。



「リセさん……」



 その場にいた讃良を含む四人は、泣き崩れるリセのその姿を見て、胸が痛くなった。




「ミアちゃん。ずっと寂しい思いをさせてごめんね……ごめんね……!」



 リセは受話器越しで何度も謝った。



『別に良いよ。こうやって、やっと話す事が出来たんだから!』


「そう……そうね……!」


 リセはゆっくり立ち上がると、涙を拭ってミアに思いを伝える。



「安心して……あたし、もう長くはないから……もうすぐ、ナミちゃんと一緒に、そっちに行くからね……」


『え? 本当に!? そしたら、リセちゃん! またかくれんぼしてくれるの?』


「もちろんよ! 約束する。また三人で一緒に……やろうね……」



 リセは『原爆殉難者名奉安』と彫られた石碑の前で、ミアに誓った。



『やったぁあああああああ!』



 リセのその言葉に、ミアは受話器越しで大喜びする。



『あ、でも、リセちゃん! 無理して、すぐに来なくても良いからね? アタシはここで、いつでもかくれんぼが出来る準備をして待ってるから!』


「準備って、かくれんぼに準備するものなんて、何も無いでしょ?」


『そうだった! テヘヘ』


 かつての幼馴染との親しい会話に、リセは優しい薄笑いを浮かべる。



『じゃあ、そろそろ時間だし、もう切るね? リセちゃん』


「もう切っちゃうの?」


『うん。あまり長く電話出来ないんだ』


「そうかい」


 リセは残念そうに呟く。正直、もう少しだけ話したかった。しかし、リセはミアだけでなく、もう一人欠けてはいけない存在である人を思い浮かべ、通話を終える事を受け入れた。



『じゃあ、リセちゃん。待ってるからね!』


「じゃあね。ミアちゃん」


『バイバーイ!』



 プツン――



 それから二度と、受話器からミアの声が流れる事はなかった。



「リセさん……」


 讃良は切なそうな表情で見つめながら、リセに声をかける。



「分かってるよ。あたしがバカだった……」



 俯きながら答えるリセに、刑事二人が声をかける。



「リセさん。やっぱいいです」


「俺たちこそ間違ってた。後は俺たちでなんとかするわ」



 刑事二人はリセの辛い思いを気遣い、この怪死事件から外させようとするが、



「いや良い。もう本当に覚悟を決めたよ」



 リセはそれを拒否した。



「刑事さん。今度こそ、あたしは腹を決めたさ」



 そう言うとリセは『原爆殉難者名奉安』と彫られた石碑と塔の前で、原爆の中心地であるその公園で彼らに宣言した。





「終わらすよ。何もかも」










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