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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

献上品

作者: 南うり




 ある晴れた日の朝。

 セミの声が五月蝿く、学校に着いた頃にはもうみんな汗だくだった。


「おはよ!」


 まだ朝の挨拶まで三十分ほどあるにもかかわらず、すでに半分以上クラスの席は埋まっている。


「おはよ〜、今日少し遅いじゃん、どうかした?」


「んー、何を献上するか迷っちゃって!やっぱみんなとは違う物がいいじゃん?」


 そう言いながら僕は教室の真ん中の、すでに様々な物で埋め尽くされた机の上に昨日くじで引き当てたアニメのグッズを置いた。


「うぉっと、」


 置いた拍子に小さい山が崩れ、物が落ちそうになったのを慌てて両手でキャッチする。ナイスキャッチ!という声が周りから聞こえ、僕はみんなもっと上手く置いてくれよ〜と笑いながら言った。





 それから数分経ち、ガラリと教室の前のドアが開いて一人の生徒が入ってくる。ドアを開ける音なんて対してみんな変わらないだろうに、何故だか彼の時だけ違う、品の良い重厚感ある音がするような気がした。

彼はそのままゆったりとした動作で静かな教室の中央の席へと向かう。そして山盛りになった机を見て一言、


「おはようみんな、今日もありがとう」


と言った。その言葉と共に教室に音が戻って来る。側から見れば不自然極まりないその光景だったが、僕たち3年5組では極ありふれた、当たり前の光景だった。




   ✳︎




「ねぇこれ、神野くんに似合いそうじゃない?」


 始まりはそんな、クラスの女子が放った一言だった。その子の手には美しい花束が握られている。彼女の家は花屋を営んでおり、こうして時折教室に飾るための花を持ってくるのだ。


「神野くん、持ってみてくれない?」


 そう言って彼女は本を読んでいた彼に声を掛ける。普通読書を邪魔されたら怒るだろうに、微笑みながら顔を上げた彼は穏やかだった。いつもずっと同じ本を読んでいるため、そこまで真剣に読んでいるわけではなかったのかもしれない。


「いいよ」


 本を閉じ、丁寧に花束を持った彼の姿にクラスの誰もが視線を奪われる。そのくらい、彼と花束は相性が良かった。


「うわ、流石……」


「そう?」


 彼はにっこりと微笑み、花を渡した子は顔を真っ赤にして口元を抑えている。

しばらくして彼がはい、と言って花を返そうとすると彼女は、神野くんが持ってて欲しいと言って受け取らなかった。


「その花、もらって欲しい。神野くんみたいな人に持っててもらった方が花だってきっと喜ぶから」


 神野くんは一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、その後ゆっくりと微笑み、ありがとうと言った。

その時誰かが小さい声でまるで献上品みたいだね、と言ったのが僕らの、おそらくクラス全員の耳に入る。


――献上品。身分の高い人へ差し出す品物のこと。


 その単語は真っ白な布にインクを垂らした様に、じんわりと僕たちの心の中に染み込んで行く。今まで僕らが神野くんに対し感じていた気持ちが、具体的な形を持った瞬間であった。


 それからというもの、ポツリ、ポツリと神野くんに物を渡そうとする人が増えて行った。文房具から花束、そして高価そうな指輪に至るまで、それはもう様々な物が彼の手元に集まるようになる。

たかだか一生徒に対し、そんな大袈裟なことをする必要なんて全く無い。

最初はみんなちょっとしたおふざけだった。習ったばかりの単語を使いたいとでもいうような、可愛らしい軽い気持ち。でも受け取るたびに彼がこちらの目を見て、ふっと優しく微笑むから。その整った唇でありがとうと感謝の言葉を紡ぐから。いつからかみんな取り憑かれたように彼に物を献上することをやめられなくなって行った。


「献上品は決まって月に一度。第二水曜日の朝、机の上に置くように。決して彼がいらないと思うような物を渡さないように」


 気づいた時にはそんなルールも出来上がっていて、僕もなんとなくそれにしたがって彼に献上品を差し出していた。





   ✳︎






「あと数回しか渡せないんだな、献上品」


 一学期から始まったその風習は、気付けばもう卒業間近まで続けられていた。


「えー?もう僕、ネタ尽きてきたんだけど」


「葉月〜、お前もう少し敬う気持ちを持った方がいいぞ??」


 そう言う友人は例に漏れず神野くん信仰にご執心のようだった。


――もしかしておふざけ感覚でやってるのって、最早僕だけなのかな……


 確かに彼は浮世離れした雰囲気を纏っている。美しい容姿と言うだけでなく、なんというかこう、、周囲の人間に彼の周りだけ流れている時間が違うような、そんな印象を与えるのだ。


「この前なんてな、神野くんが廊下を横切った時……」


 友人の話に適当に相槌を打ちながら、僕は何となく疎外感を感じ深くため息を吐いた。











「―――――それじゃあ皆、卒業おめでとう!」


 そう言って先生が解散の合図を出す。わっと一気に賑やかになった教室では、あちこちからカメラのシャッター音が聞こえていた。

卒業の日は偶然にも第二水曜日。神野くんへの最後の献上品には、卒業記念という名目も相まって皆いつも以上に気合を入れている。そんな彼の前には長蛇の列が出来ており、みんな献上品を手に一緒に写真を撮っていた。僕と言えば結局、何をあげれば良いのか思い付かず、一人ぐらい渡さなくても大丈夫だろうと思って何も持ってきていない。おかげで彼と写真を撮れないことが少々悔やまれるが仕方がないだろう。


――渡す方が普通じゃないのに、渡さないってだけでこんなに後ろめたいの、変な感じだな


 他のクラスメイトと写真を撮り、なんだかんだと話をしているうちにあっという間に時間が過ぎる。だんだんと家に帰る者が増え、僕もそろそろ帰ろうと思った時、


「葉月くん」


と呼び止められた。凛としたその声に、ピタリと身体の動きが止まる。ぎこちない動きで振り返ると僕を呼び止めたのは紛れも無い、神野くん自身だった。


「えっ?」


「今日、ボクの家に遊びに来ない?」


 面と向かって話したことの無かった僕は、なんで返せば良いのか悩むことに気を取られ、苗字ではなく名前で呼ばれたことにまで気が回らない。


「えと、」


「今までのお礼がしたいんだ」


 みんなに一人ずつ、来てもらってる____そう言われてしまうと僕だけ断るのも悪い気がして、慌ててうんと返事をした。


――あ、でも僕今日何も渡してない、、、


 思ったことが顔に出たのか、彼はゆっくりと微笑み、今日の分は含んでないよと言った。


「そ、そっか、」


 “ごめん”も“ありがとう”も何か違うような気がして僕はそのまま言葉を詰まらせた。行こうと言う彼の言葉に素直に従う。当たり障りのない世間話をしていると、見たこともないような豪邸に辿り着いた。


――献上品って言葉、本当に的を射てたんだなあ


 門を潜って広い屋敷の中へと案内される。その細部まで凝った作りの家の装飾に気を取られ、気づいた時にはふかふかのソファに座り僕は彼と共にお茶を飲んでいた。


「神野くん、ほんっとうにお金持ちなんだね……」


「ふふ、偶々だよ」


「偶々?」


「偶然、ボクがこの家に生まれ落ちただけって事。一分でも一秒でも、一ミリでも二ミリでも間違ったらボクはここに居なかったよ」


「ふぅん……」


 神野くんの分かるけど分からないような話に耳を傾け、ふむふむと頷く。


――神野くんって見た目だけじゃなくて、こういう所も浮世離れしてたんだな


 この時やっと、僕にもクラスメイトたちが彼を敬う気持ちが分かったような気がした。そこへガチャリとドアが開き、品の良いメイド服を着た女の人が綺麗に包装された箱を持って僕の方へと歩いてくる。


「?」


 僕がきょとんとそれを眺めていると、彼はクスリと笑ってその箱を指差す。


「それ、ボクからの贈り物。開けてみて?」


 そう言われて僕は、やっとこの家にやってきた目的を思い出す。そっとその箱を女の人から受け取ると、彼女は浅く礼をして部屋を出て行った。一体何が入っているのだろうと少しワクワクしながらリボンを引っ張る。こんなちゃんとした贈り物をもらったことなんて無かった僕は、なかなかリボンが解けなかった。そんな僕を、彼はニコニコと微笑みながら見つめている。


「あ!開いた!……」


 箱の中にあったのは丸く弧を描く紐のようなもの。手で触ると思ったよりも質感が良く、それが厚みのあるしっかりとした物であることが分かる。僕は万が一にも壊さないよう丁寧にそれを取り出した。


――ベルト……?いや、これ、


「あの、神野くん。悪いんだけど僕んち動物飼ってないんだ……」


 ごめん――そう言って彼の方を向くと、いつの間に距離を詰めたのか、鼻と鼻が触れ合いそうな距離で彼が知ってるよ、と囁いた。


「貸して」


 言われるままに首輪を手渡す。白くて美しい彼の手は、ゆっくりと鍵を外して首輪の内側を僕の方に見せてきた。


――なんか、書いてある?


 よく目を凝らすと何か文字が彫られているのが分かる。その文字を理解した瞬間、僕はスッと身を引いた。


「神野くん、流石にこれはタチが悪いよ」


 やはり最後に献上品を差し出さなかったことを怒っているのだろうか。


――でもあれは別に、必ずやらなきゃいけない事とかじゃ……


 僕の心中を知ってか知らずか、彼はクスクスと楽しそうに笑っている。


「その、献上品ならまた今度持ってくるから」


「それはもう貰ったから大丈夫だよ」


「………?」


 なんだろう、これ以上この家にいちゃダメな気がする――そう思った僕は横に置いたリュックを持ち、部屋を出ようとしてドアノブに手をかける。




――ガチンッ




 え、鍵がかかっている――そう思った時にはもう遅かった。ヒヤリと首に冷たくて硬いものが巻かれ、カチンと無機質な音が耳元で鳴った。恐る恐る振り返ると、そこには今まで見たこともないぐらい美しい笑顔を浮かべた彼が立っている。







「ほら、最後の献上品をボクに頂戴」
























 首輪の内側に書かれていた文字は


〝 h . a . z . u . k . i 〟だった。

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