Episode.21 因縁の決闘
「先輩お疲れさまです!」
「ああ、何とか生き残ったぜ……」
バトルロイヤルを終えたシンは大規模闘技場を出て、応援しに来てくれた彩葉、風花、柚葉と合流し、二時間後にトーナメントが行われる迷宮統括協会本部へと向かっていた。
「そういえば市ヶ谷さん、既に一回戦の対戦相手は確認したんですか?」
「あっ……そういえばしてなかった」
柚葉に言われたシンは、スマホを取り出し、迷宮統括協会のホームページを開く。そして、第七回冬季レベル戦クラスLv.4の部分を見る。すると─────
「えっと……俺はAブロック七組目……対戦場所は迷宮統括協会本部二十階……対戦相手は──」
“市ヶ谷シン vs 岩倉晃太”
「──げっ……」
「先輩?」
シンが表情を歪めて固まるので、彩葉はシンのスマホを覗き込む。
「岩倉晃太……あれ? どこかで聞いたことがあるような……?」
「あれだよ……結構前に、学校で決闘した……」
「あっ……ああ……」
シンと彩葉が複雑な気持ちになる。それを見た風花と柚葉は怪訝な様子で尋ねる。迷宮統括協会本部に向かう途中、シンと彩葉は、二人に事情を説明した。
─────迷宮統括協会本部。二階、観戦ルーム。
多くの探索者が利用する一階の上にある、大きな画面がいくつも設置され、座席も無数にある大広間。その大画面には、トーナメント戦に使用されるフィールドがA、Bブロック別に映し出されていた。
「では市ヶ谷さん、私達はここで中継映像越しに応援していますから、頑張ってください!」
「まあ、一回戦から因縁の相手……良いんじゃない? 貴方が負けることはないだろうけど、一応応援しておくわ」
柚葉と風花が、Aブロックのフィールドに向かおうとしているシンに言葉を掛ける。シンは「ああ。」と一つ頷き、二十階に向かうべく、エレベータのある方へ歩き出す。
すると─────
きゅっと、シンの袖が引っ張られる。そちらへ視線を向けると、彩葉がシンの袖を摘まんでいる姿があった。
「どうした?」
「絶対……勝ってくださいね? 私、応援してますからッ!」
可愛らしい笑顔を見せてシンに言う。シンは、そんな後輩の頭に手をポンと置く。
「任せとけ!」
そう一言言って、再び歩き出した。彩葉はそんなシンの背中を見送っていた。
─────トーナメント第一回戦開始時間。
『さあ、トーナメント第一回戦が始まりますッ! A、Bブロックそれぞれ、準備は出来ているでしょうかッ!? Aブロック第一回戦、一組目は──』
実況アナウンスで、対戦者の名前と職業が読み上げられていく。
『そしてAブロック最後の七組目は、市ヶ谷シンさん──えっ……えっと【魔法具製作師】? 対、岩倉晃太さん【剣士】です!』
そのアナウンスが流れた瞬間、二階の観戦ルームが一気にざわつき始める。
「えっ……今なんて言った?」
「ま、【魔法具製作師】ッ!?」
「間違いじゃない……よな?」
「おい……今Lv.4の【魔法具製作師】ってことは……ッ!?」
「あッ!? まさか噂の『天上の愚者』かッ!?」
「市ヶ谷シン……『天上の愚者』の名前は市ヶ谷シンって言うのかッ!?」
観客がそんな会話で盛り上がる。シンの応援の彩葉、風花、柚葉はそんな会話を聞きながら苦笑していた。
─────そんなざわつきを知る由もないシンは、前の戦いが終わるまで、二十階の控室で待機していた。
そして、Aブロック第一回戦最後の組───シンと晃太が再戦することとなる七組目の順番はすぐに来た。
シンは頬を両手で挟み打って気合を入れ、フィールドへ足を向けた。
特に障害物や変わった地形の歪みなども一切ない、無機質な床が百メートル四方にわたって敷き詰められており、その回りを床と同色の高い壁が囲っている。
シンがそんなフィールドに入ると、反対側からやって来た対戦者───晃太と目が合う。
(うわぁ……見てるよ、めっちゃ見てるよ……)
シンはあからさまにも嫌そうな表情を浮かべる。(ちなみにこのときの表情なども中継に映し出されており、シンと晃太の関係を知っている応援組少女三人は、腹を抱えて笑っていた。)
「やぁ……こうやって向かい合うのは久し振りだね……シン」
「あ、ああ」
「あのときは僕が負けたよ……完敗だった。正直君を侮っていたんだ……」
「……」
「けど、今回は僕が勝つ! あのときのお礼は、この場でたっぷりとさせてもらうよッ!? 君の応援に来ているであろう後輩ちゃんに無様な姿を晒すがいいさッ!」
(コイツ……変わらねぇーな……)
シンは呆れたようにため息を一つ吐くのだった。
『両者、準備は良いでしょうかッ!? では、探索者能力を起動してくださいッ!』
シンは探索者バッジを握り締めて、晃太は胸に付けてある探索者バッジに手を添えて─────
「「探索者能力起動──ッ!」」
シンの身体にダークグレーのロングコートが纏い、諸手に白い手袋、脚にはブーツが装備される。
対する晃太は、軽いプレートメイルを身に纏い、腰には一振りの細剣が吊るされている。
『それでは~~ッ! 開始ッ!』
「「──ッ!」」
シンと晃太が同時に駆け出す。シンは固く拳を握り、魔力を込める。晃太は腰の鞘から細剣を抜き放ち、その切っ先をシンに向ける。
「シーーーーンッ!」
「ふ──ッ!」
晃太の細剣が一直線に突き出される。銀色の煌めきがその鋭さを物語る。シンは僅かに顔を右に傾ける。すると、左耳の横数センチを、刃が通過する。
躱したシンは、透かさず右ストレートを叩き込む。しかし、晃太は身を捻って交わす。
シンと晃太が互いを通り過ぎ、瞬時に向き直る。
シンは晃太に対し、身体をやや半身に拳闘の構えを取り、油断なく見据える。晃太はフェンシングのような構えを取る。
一呼吸の間を置いて再び動き出す。先に動いたのは晃太だ。
晃太の細剣が赤く発光する。
「やぁあああああッ!」
力強く地を蹴って、連続で突きを放つ。職業【剣士】の剣技───コンセキティブ・シュートだ。超速で突きを無数に出す技で、まるで同時に二、三回の突きを出しているかのように見える。
「ちぃ──ッ!?」
シンは後ろに下がりながら、刃の届かない距離を保つ。しかしこのフィールドは百メートル四方、いつまでも下がり続けているわけにはいかない。しかし、この連続の突きを身体捌きだけで避けるのは厳しい。
やがて、シンが壁に追い込まれる形になる。シンの後方残り数歩で壁だ。
そして─────
「終わりだぁあああああッ!」
晃太の細剣の色が青色に変化して輝く。シンを壁に追い込んだ晃太は、ぐっと細剣を引き─────
(この構え……この発光色は──ッ!)
「シューティング・スピアッ!」
一条の青い軌跡を宙に描き、鋭い突きが繰り出される。シンの身体に突き刺さるまで一瞬。
勝負は決した─────
晃太と観戦ルームで見ていた観客がそう思った。しかし、シンとそれを応援する三人の少女はどこか余裕に笑っていて。
「な……ッ!?」
晃太が目を剥く。
そこには、晃太の細剣が問題なくシンに突き刺さっている光景があった。あったのだが─────
「手で……防いだ……ッ!?」
シンの突き出した左手に細剣が刺さっている。その白銀の刀身はシンの左手を貫通している。しかし、シンは余裕の笑みを浮かべて─────
「はぁあああああッ!」
右手の甲の魔法陣が浮き出て緑色に輝き、高速回転。空気に流れが生じ、その手に集い、風のベールが纏う。そして、放たれた右ストレート一閃。
右ストレートと風圧が合わさった運動量が、晃太の身体をその方向へ吹っ飛ばす。シンの左手に突き刺さった細剣は晃太の手から外れる。
シンは瞬時にその細剣を左手から抜き捨てて、左手にも同じく風のベールを纏わせる。
そして─────
フッとシンの姿が消えた。
【愚者の外套】と【ジェットブーツ】の特殊効果によって、瞬間的にAGIを爆発的に飛躍させたのだ。
刹那の間に、現在進行形で宙を飛んでいる晃太の上に現れたシン。風のベールを纏ったその諸手を交差させている。
「くぅ──ッ!? シンッ!?」
晃太は何が起こっているか理解すら出来ないといった風にシンを凝視する。
そして─────
シンは交差させていた手を左右に振り払う。すると、風の刃がX字に飛び、晃太の身体を斬り開く。そして、晃太の身体の断面から光の粒子が勢いよく噴射される。
四つに別れた身体は地面に付くと同時、光の破片となって四散した。
「「「うぉおおおおおおおお──ッ!!」」」
観戦ルームから大歓声。二十階にいるシンにさえ届きそうな盛り上がり具合だ。
『しょ、勝者は……【魔法具製作師】市ヶ谷シンだぁあああああッ!?』
そんなシンの勝利を告げる実況アナウンスによって、Aブロック第一回戦は幕を閉じた。




