Episode.2 初探索
Cクラス迷宮門─────
シンは遂に人生初、念願の探索者の第一歩を踏み出した。迷宮統括協会公認探索者のバッジの力により、その身体をエーテル体と化し、汗水垂らして稼いだ金を全て叩いて購入した、いかにも新人臭い装備を身に纏う。
(無理はしないようにしないとな……。死んだら全てお仕舞いだからな)
シンは、初探索に昂る気持ちを抑えるため、深く息を吸って吐いた。
「よしッ!」
そう言って、門を完全に潜り抜ける。パッと明るい輝きが目に飛び込み、網膜を焼く。シンは目を一瞬細め、再び開く。すると、そこに広がっていたのは─────
「これが……迷宮……ッ!」
辺りに広がる広大な草原。そこは、なだらかな丘陵地帯が続き、薄く霧掛かっている。
───迷宮には様々な種類がある。ここのように草原地帯のものもあれば、砂漠や岩山、湿地帯、そして多くの人が迷宮と聞いて真っ先に想像するであろう、入り組んだ洞窟状のものもある───
迷宮は広いので、門から入ってきた多くの探索者達の姿は、霧掛かっていることもあって、すぐに分からなくなる。
シンは、探索者の目的である怪物を討伐するため、その姿を探す。モンスターからの不意打ちを喰らわないよう、辺りに細心の注意を払いながら進んでいく。
少しすると、目前十メートル程先の小高い丘陵の麓に、人間のものとは異なる、歪な形をしたシルエットが見える。
(モンスターだ……)
シンは、若干身を低くし、腰の後ろに装備してあるナイフの柄に右手を当てる。なるべく足音を立てないように、気配を悟られないように近付いていく。距離およそ五メートル。はっきりと見えたその姿は、まるっとした体躯から伸びる短い四本の脚。突き出た鼻辺りまで伸びる白い牙。
(イビルボアか)
新人探索者がレベリングのためによく狩るモンスターだ。ゲームなどでも初盤に出てくる系のいわゆる雑魚モンスターだ。
シンはナイフの柄を固く握り、鞘から抜く。銀色の刃が鋭く光る。野生の勘と言うものだろうか。殺気を感じ取ったイビルボアが、鼻を鳴らしながらシンの方へ振り向く。蹄をガリガリと地に擦り付け、突進体勢に入る。
シンの初めてのモンスター狩りの開始を告げる、イビルボアの嘶き。テンポの良い足音が、シンに向かって素早く近付いてくる。
シンはイビルボアの突進の軌道をよく見て、左飛びで交わす。イビルボアはそのまま真っ直ぐに駆け抜け、やがてUターンし、再び突進してくる。シンも再び横っ飛びで交わそうとするが、脇腹を掠めてしまう。
HP:950/1000
(くッ! 意外と削られるんだなッ!?)
シンは、エーテル体になったときから、脳裏に無意識のうちに浮かぶHPゲージの減りを感じ取る。
「はぁああああッ!」
二回の突進の後、動きを止めたイビルボアに、今度はシンが向かっていく。右手でナイフを逆手に持ち、イビルボア目掛けて駆ける。駆け抜け様に、イビルボアの右横腹に斬り込みを入れる。イビルボアはその痛みから鳴き声を上げる。興奮したイビルボアの目には、鋭く赤い光が灯った。
─────十分後。
HP:750/1000
シンはイビルボアに最後の斬り込みを入れる。すると、断末魔の叫びを上げたイビルボアは、そのまま倒れ付し、黒い塵となって四散した。跡には、小さな薄茶色の結晶が落ちていた。
シンはナイフを鞘に納め、その結晶を拾い上げると、腰に装備してある小さなポーチに入れる。そして、その場に座り込む。
「ふぅ……」
(いくら初心者と言っても、イビルボア相手に十分も掛かった……攻撃も五回は喰らった……。やっぱり──)
─────非戦闘系職業ではこんなものなのか。
と、シンは思った。目を閉じ、沸き上がってくるのは、初のモンスター狩り成功の喜びではなく、雑魚モンスター相手にこの残念な戦いっぷりを披露してしまった無念さ。入り混じる複雑な気持ちを、胸に仕舞い込んだ。
「──初討伐、おめでとうございます!」
あの後、他のモンスターを狩ることなく迷宮を後にしたシンは、拾った結晶を手に、迷宮統括協会本部に来ていた。
探索者登録をしたときとはまた違う受付職員が、シンのモンスター初討伐を祝っている。
「初討伐を成功させるとLv.1にレベルアップします。それに伴って、ステータスポイントが100ポイント付与されますので、あちらのステータス更新機で、自分のステータスに好きに割り振ってください」
シンは受付職員に言われた通り、受付カウンターの右手の方にいくつかある、ステータス更新機の前に来た。タッチパネル式の液晶画面と、その下に探索者バッジを嵌め込む窪みがあった。シンは第七高等学校指定のバッグからバッジを取り出し、その窪みに嵌め込む。
『スキャン開始。該当探索者検索中──』
ステータス更新機から発せられる自動音声を聞きながら、シンは数秒待つ。すると。
『市ヶ谷シン探索者。初討伐成功によるレベル更新と、それに伴うステータスポイント付与が行われます』
その自動音声と共に、タッチパネル式の液晶画面にシンの今のステータスが表示される。そして、画面の上の方に『ステータスポイント102』と表示されている。100はレベルアップによる付与ポイント。2はシンがイビルボアを討伐したことによって入手したポイントである。
シンは少しの間頭を捻って考えると、右手の人差し指で、液晶画面に写し出される自分のステータスのSTR(力)の部分をタップする。すると、何ポイント加えるかが表示され、シンはそこに52ポイントを加えた。次も同じようにして、AGI(敏捷)に残りの50ポイントを加えた。
市ヶ谷シン
【魔法具製作師】 Lv.1
HP :1000
MP :250
STR:152 (↑52)
INT:100
VIT:100
MND:100
AGI:150 (↑50)
《スキル》
・魔法具製作
『更新完了──』
自動音声がそう言って、液晶画面が暗くなる。シンは嵌め込んだ探索者バッジを取り、バッグの内ポケットに入れる。その後シンは、換金カウンターで、イビルボアから落ちた薄茶色の結晶を、500円で買い取ってもらった。
(そういえば、八時からバイトだな……。帰ろ)
シンは、沈み行く初夏の日差しを浴びながら、とぼとぼと家に帰った─────