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1:掃除の聖女、召喚

連載の息抜きに始めました。よろしくお願いします!




「お疲れさまでしたー!」


 私は青部潔子、二十五歳独身の会社員。趣味は掃除である。

 タイムカードを押して会社から退社すれば、まだホームセンターが開いている時間帯だった。

 そろそろ冷蔵庫も空になってきたからスーパーで食材も買いたいけれど、まずはホームセンターの洗剤コーナーで癒されたい。ここ最近は残業続きで趣味どころではなかったので、新しい洗剤が発売されたのかどうかも分からずじまいだったのだ。


 私の掃除好きは独り暮らしを始めたことがきっかけだ。それまで暮らしていた実家ではまるで掃除をしなかったのに、あっという間にハマってしまったのだ。


 そもそも実家はめちゃくちゃ汚い家だった。


 土地だけは安い田舎なので、実家はそこそこ大きかった。

 そして両親は「もったいない」が口癖の、いわゆる物を捨てられないタイプの人間だった。

 だから道端でもらえるポケットティッシュが二十年分も使わず取ってあったり、ペットボトルのおまけについていたキーホルダーがそこら辺に転がっていたり、両親の二十代の頃から今に至るまでの洋服で二部屋埋まっていたり、その程度のことは序の口だった。

 いずれお客さんが遊びに来たときのために、という名目のもと、いったいいつの結婚式の引き出物かわからない食器や、重たい布団が大量にあった。

 祖母の遺品だと言う着物や祖父が残した骨董品、一時期手を出したスキーの道具、いつか使うかもしれないという可愛い缶の入れ物、いつか修理に出したいらしい家電、旅行先で買い集めた置物たち。

 家の外には枯れた植物たちの鉢が転がっている、ゴミ屋敷一歩手前の状況だった。


 それだけ物がたくさんあると、物をどけるのが面倒になるので、家族みんなが掃除を嫌がる。ゴミ出しの日にかろうじて生活ゴミを捨てる日々を送っていた。


 不甲斐ないながら、それまでの私はそれが“当たり前の普通の生活”だと思っていた。今思えば洗脳されていたのだと思う。両親の「もったいない」という言葉に。


 けれど大学進学にあたり独り暮らしを始めて、私は知ってしまったのだ。


 私の今の生活に小学生時代のリコーダーや鍵盤ハーモニカは必要ないし、中学校の教科書は使わないし、高校時代三年間履いた安物のローファーは合皮なので加水分解してボロボロになっていることに。


 これらは捨てていい物であり、不要な物であり、私はとっくにこれらの物から卒業しているのだった。


 こんな当たり前のことに気付かずに生きていた自分に驚きつつ、私は不要な物をどんどん手離していった。


 最初は本当にボロボロな物だけを捨てた。

 それなのに自分の半身を削るような罪悪感がつきまとった。

 せっかく両親に買ってもらったのに、だとか、一目惚れして買ったのに長持ちさせられなかった、とか。

 そんなことを考えては自分がダメな人間のように思えてきて、ゴミ出しの度に泣いていた。


 でも今思い返せば、当時の私はマジでゴミしか捨てていない。

 虫食いだらけの衣類とか、加水分解でベタベタになった鞄とか、最初からインクの出が悪いボールペンとかだ。


 そのうち、まだ使えるけど使わない物や、使わないまま放って置かれていた物も手放せるようになった。最初は寄付したり買い取りに出したりして、最終的にはすべて吹っ切れてガンガン捨てた。


 そしてアパートに最後に残ったのは、生活必需品と私の好きな雑貨や本や洋服、大切な思い出の品、ーーーーそして清潔な空間だった。


 綺麗な部屋は空気さえ澄み渡っている。

 その事実に私はめちゃくちゃ感動した。


 なにこれ、ここが私の聖域じゃん……!


 私はそれから掃除にハマった。


 時には継母にいじめられるシンデレラになりきって雑巾掛けをし、時にメイドになりきってお仕えするお嬢様のためにベッドを整え、時に新妻になったつもりで旦那が疲れを癒すであろうお風呂場の漂白をする。

 妄想込みで楽しかった。


 時おり訪ねてくる両親も、私のきれいな部屋を見ていろいろと思うことがあったのだろう。たまに電話をすると「最近は要らない物を頑張って捨てているの」と言うようになった。

 クリーンセンターに壊れた風呂釜を軽トラで持ち込みに行ったという話など涙が出た。風呂釜まで取っておいてたのかよ。うちバスルームリフォームしたの何年前だと思ってんの。


 友人から「潔子って潔癖性なの?」と聞かれたこともあるが、ネットで調べた潔癖性はもっとすごい人達ばかりだったので、私などただの掃除好きにすぎない。しかもまだまだひよっこだ。


 私はそれからも掃除を愛し、重曹やクエン酸やセスキ掃除にハマったり、海外製のエコな洗剤を使い比べたり、プロ用の洗剤を買い漁ったり、便利な掃除グッズの新作にときめいたり、一周回って雑巾掛けだけで最強じゃねぇ? と思ったり、新作のロボット掃除機を家電量販店へ見に出掛ける日々を送った。


 その間に彼氏ができたり別れたり、大学を卒業したり、就職したりしつつも、私の趣味は変わらない。

 今日も今日とてホームセンターに新しい洗剤が入荷されていないかチェックするのだった。





「在庫が減っていた重曹にクエン酸に、セスキ炭酸ソーダ、酸素漂白剤。それからお風呂場用の塩素系漂白剤、初めて見たプロ用のトイレ洗剤! 実に満足な買い物だったわ! ああ、いつか高圧洗浄機も欲しいけれど……そこまでの汚れが私の部屋にはないのよね……いっそ実家の掃除用にどうだろう……」


 実家の油汚れがギットリな換気扇掃除とか、汚れきった車庫の掃除に使えるんじゃないかしら。でもホームセンターで買える高圧洗浄機と、本格プロ用って威力がどれだけ違うのかしら。

 そんなことを考えつつ、食材を買いにスーパーに寄って帰ろうーーーと思った瞬間だった。


 歩いていた歩道から突然光が発生する。光はなにやら文字のようなものを描きながら私の周りを丸く囲う。


「なにこれ……!?」


 私の口から出たのはそれだけだった。

 通勤用の鞄とホームセンターで購入した掃除道具だけを持って、私は光の渦に呑み込まれた。





「成功しました……! 聖女様が召喚されました!!」


 先程の光のせいで、まだ目がチカチカする。視界がぼやけている。

 けれど私の聴覚は無事で、周囲からたくさんの人が喜びの声を上げているのが聞こえていた。拍手の音が鳴り止まず、私を包んでいた。

 何度も瞬きを繰り返し、どうにか視界を確保する。まだハッキリとは見えないが、周囲を見回せばやはりたくさんの人がそこにいた。


「初めまして聖女様、私は神官長です。どうぞ貴女のお名前をお教えください」

「…………」


 床に座り込んでいる私は、目の前でひざまづいた男性の言葉を考える。


 聖女、神官長、そして召喚ーーー。

 なるほど、これが古来から神隠しなどと言われて警察でも太刀打ちできなかった異世界拉致問題ねーーー!?


 恐怖でバクバク高鳴る心臓を抑えるように、荷物を両腕でぎゅっと抱き締める。

 警戒心マックスで周囲を観察すれば、ヨーロッパのどこかの廃城かという雰囲気のおどろおどろしいホールだった。壁に垂れ下がったタペストリーは擦り切れ、窓は風雨に汚れ、なにより床が汚い。座り込んでいた私は慌てて立ち上がった。


 あれ?


 そこで私は自身の体に違和感を感じた。

 なんか体が軽くて、目線の高さがいつもと違うようなーー?


「聖女様はまだ少女のようだ」

「だが異世界でも高貴な身分の姫君なのだろう。肌も髪もあんなに手入れされているぞ」

「不思議な形の衣類だが、汚れひとつないな」


 周囲の人々がなんやかんや言っているが、私はそれどころではない。

 自分の体を見下ろせば、先程までいっしょにくっついていたはずの大事なCカップおっぱいがまったくないんですけどぉぉぉ!?

 異世界転移の途中の時空におっぱい落っことしてきちゃったんですかぁぁぁあ!?

 いや、変化は胸だけではない。なんだか背も低くて手足も小さくて、肌がぷるんぷるんで……。


 二十五歳青部潔子、異世界転移で十歳若返りました……。


 周囲の状況判断をしようと思っていたのに真っ先に気付いた自分の変化に、私はぶったまげたのである。


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