白い彼が、眠って
セラフィムは、また眠ってしまったジルを抱きながら言った。
「ジルのめんどうは、王宮のほうでみるよ。アリサは、予定通りジル専属のメイドになるから戻ってきてもらうよ。」
周りはその言葉に目を見開く。
アリサのことに関しては、もともとジル専属として王宮から移ってきていたので、ジルがそちらで過ごすなら戻るのも当然だと言えるだろう。
問題は、今まで子供に一切興味を示さずに後宮に放置していたセラフィムが、ジルだけは自分のほうで面倒を見るといったことである。
しかし、その言葉に何故と問える者はこの場にはいない。
そんなことが出来るのは、同族とギリギリ側近でもある執事のアランだが、前者はこの国に来るのは集会の時くらいで後者は出産直後の女性の部屋ということで入ってきていない。
リリアーナは、自分の色んな感情を抑えて声を絞り出した。
「っ、了解しました。ジルベールをよろしくお願いします。陛下。」
セラフィムは、リリアーナが言葉に詰まったのに対して一瞬目を細めたが、ジルを抱いたまま部屋を去った。
アリサもすぐに退室したが、部屋はしばらく静かなままだった。
リリアーナの部屋から出てきたセラフィムを、アランは出迎えた。
ジルを見て一瞬目を見開いた後、言葉を発する。
「第4皇子ジルベール様でございますね。陛下がお抱えになるのですか?」
「ああ、私が抱える。転移で王宮に戻るよ。すぐに隣の部屋を、ジルの私室として用意させろ。」
「はい、了解いたしました。」
セラフィムの部屋、いや皇帝の私室の隣とは本来正妃であるリリアーナが過ごす筈だった寝室どうしが繋がった部屋である。
急にそんなことを言われたアランは、しかしさすがセラフィムの側近をつとめられるだけあると言うべきか、最初以外は冷静に指示に従った。
そして、転移で私室に移った後もセラフィムは、隣の部屋の用意が出来るまでソファに座ってジルを抱えながら考えていた。
「同族のやつらが、互いをあそこまで大事にする理由が今日初めて本当の意味で分かった気がするよ。
ジルベール、お前は特別な子なんだ。何かを作るのも、遊ぶのも、壊すのもお前の好きにするといい。ほとんどのものはすぐに壊れる玩具で、同族は……少しだけ壊れにくい玩具だからね。欲しいものは何でもあげよう。」
セラフィムは、眠っているジルにそう囁く。
アランは、セラフィムの紅茶を用意しながら控えているが、何も言わない。
ここで水を差そうものなら、いくら幼い時から共に成長してきた側近でも、当然のように殺されるだろうことを長年の経験で理解していた。
しかし、これをきっかけに陛下の性格の苛烈さが少しは改善されればいいなと、少し遠い目で祈っていた。
そんなことは気にせずに、セラフィムは先程のことを思い出した。
自分と同じ金色の瞳、生まれたばかりの筈なのに理性を宿したような色であった。
もしすでにある程度の自我が芽生えていたとしても、超越者なのだしそれくらい珍しくはないかという結論に至った。。
超越者とは、それほど枠から外れた存在なのだ。
だが、そうだった場合には自分の母親の顔を覚えた可能性がある。
セラフィムにとってその存在が今は邪魔でしかないが、ジルと接触しない限りは放置しておいてやろうと思う程度にはジルを生んでくれたことには感謝していた。
セラフィムは脱線した思考を戻した。
まあ、頭は良さそうだな。
「まずは、本で言葉を教えてみるべきか。ジルの契約精霊がいると楽なんだが。」
「呼びましたか?」
突然、なんの前触れもなく部屋に若い金髪に虹色の目をもつ青年の姿をしたものが現れた。
神々しい、まさにその言葉が似合う彼にセラフィムもアランも特に驚くことはなかった。
彼からは、魔力の塊のような気配を感じる。
このような気配を纏うのは、誰もが生まれた時から契約している精霊と呼ばれる者たちだけである。
髪の色は属性を、瞳の色は強さを表す。
色が深く濃いほど、魔力が強大でコントロールも上手くなるため強いものがほとんどなのだ。
その中で唯一例外なのは、虹色の瞳。
その色は、最高位精霊だけがもてる強者の証なのだ。
「ジルの契約精霊か。」
「ええ、私はジルの契約精霊です。ユーリともうします。以後、お見知りおきを。」
そう言って笑うユーリに、セラフィムもいつもの微笑で応えた。
「こちらこそ。私は、セラフィム・カイザー・フォン・センティネラだよ。
ジルの魔力のことを聞かせてくれないかい。」
「疑問形に聞こえませんね。」
ユーリは、苦笑した後に喋りだす。
「私は、固有魔法が結界なんです。だから、魔力もそれをコントロールする力も強大なんですよ。」
一見すると、ジルの話ではなくユーリの力の自慢に聞こえるこの言葉。
しかし、精霊の意味を知っている者には分かるのだ。
この世界の者が精霊と契約した状態で生まれてくるのは、身に宿す魔力を暴走させないためである。
自ら制御する力をつけさせるために最低限の補助しかしないから強い感情で暴走することもあるが、加減しようとする自我すらない幼少期に魔力を暴走させないのは精霊がいるおかげである。
しかし、精霊が皆膨大な魔力をもちコントロール出来ているわけではない。
だから、ある程度相応しい力を持った相手と契約する。
初級精霊は魔力の少ない者と、中級精霊は平均的な魔力の者と、上級精霊は魔力が多い者と。
そして、最高位精霊は人の身に余るほどの魔力を持った者と。
多少の例外はあれど、基本的には魔力で決まるのだ。
そして、ユーリの固有魔法である結界というものも特殊なもので、結界は基本的にその障壁はまんべんなくムラなく展開しなければならない。
結界内への転移すら拒むのなら、そこにも魔力を流す必要がある。
特定の者だけ侵入を許可するのなら、さらに魔力が必要だ。
持続的に。
そんな結界魔法をまともに使う者は、たくさんの魔力、たくさんの集中力、そしてそれをコントロールする力が必要だ。
つまり結界を操るユーリは、最高位精霊の中でも強いのだ。
そんなユーリがパートナーとなるほどに、ジルは魔力が強いということでもある。
「超越者だから暴走のリスクは少ないと思うけど、幼いうちは不安定なこともあるだろうから気をつけたほうがいいか。
ジルの魔力のことは理解した。一番最初の言葉や文字を教えることに関してはどうする?」
「ええ、もちろん構いませんよ。主のためになるでしょうから。」