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亡者よ、明日をつかめ  作者: イシハラブルー
3章 揺れる絆と変わらない思い
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第八編・その3 この一時の救世主




 やって来たリョウキは顎を撫でながら、見知った顔の混じる、倒れ伏した累々を順繰りに見渡した。


「なるほどなるほど……これをやったのはあなたか?」


 そして最後には、唯一この場で立ち続けているケルベロスのごとき霊獣に丁寧語で話しかけた。返ってくるのはくぐもった唸り声ばかりだが、リョウキは面白そうに笑っていた。


「間違いなさそうだ。なら強さはもう疑いようがない。いやはやわたしも運がいい、ちょっと体がモヤモヤするんだよ。だからそれが晴れるまで、ほどよーく暴れさせてもらうとしましょうかね」


 首と指を鳴らし、リョウキは目を据えてくる霊獣に歩み寄っていく。


「………………うっ……」


 と、その足下でテツリはリョウキが歩いた振動に目を醒ました。

 誰か来たのか?

 しかしそれが気になりはしても、体はまともに動かない。ただその視界には、底の潰れた靴があった。そして驚くことに頭上の足取りに、恐怖は感じられなかった。


「さて、まぁつき合っておくれよ、死ぬまでさ!」


 言うなり肩を回し軽快に駆け出したリョウキ、そして霊獣は猛々しく駆ける。

 ピィィッッ!!

 と空気を切り裂く音が。霊獣が爪を、リョウキの顔面を貫こうと突き出した音だ。だが串刺しの響きは無い。

 代わりにドボォッと、肉が潰れる音が。残像を残したリョウキがクロスカウンターを腹へ突き刺したのだ。


「ハハハ! 硬いなぁ、凄い手応え! 」


 引き抜いた手に着いた血を撒き散らしながら、リョウキは乱れ踊る。肉弾戦ではほとんど独壇場で、パワーは劣っていても、リョウキは流れるような手数で圧倒していく。


「すごい……あの霊獣を、一方的に押してる……」


 その光景にテツリは釘付けになっていた。

 自分らが2人がかりで、しかも変身して身体能力を強化しても赤子の手をひねるような散々なザマだったのに、たった1人、それに生身であそこまで戦えるのか……と。

 だが霊獣も黙ってやられはしない。唸りを上げた三つ首が火球を吹く。距離さえ取れば、という目論見が霊獣にあったかは定かではないが、ひたすら避けるのに徹するリョウキと霊獣の間合いは離れていく。


「ハッ、熱ぃ。力任せかと思ったら案外小賢しい」


 リョウキは髪をかき上げ、鋭い目を覗かせる。その心は怖いほど落ち着いていた。霊獣が火の玉となって突撃してきても、終始冷ややかであった。

 そして霊獣は地を黒く焦がし、その身を擦りきりながら滑った。瞬間移動と見紛うほど素早く移動したリョウキが、横から蹴り飛ばしたのだ。両脚が燃えていたが、リョウキはそのまま霊獣に悠然と歩いた。

 さらに立ち上がろうとする霊獣を掌打の一撃で吹き飛ばし、笑いながらボコボコにしていたが、やがてその手と笑顔が止まる。


「なんだなんだ? さっきので芸はみな終いなの? もっと他にあるだろう、そんだけ頭があるなら。それとも残り2つはお飾りか?!」


 威嚇ばかりして後ずさる霊獣に、リョウキが詰め寄っていく。


「おいおいまさか……獣のくせに怯えてるのか? 1回死んだくせに、死ぬのが怖い? なんだそれ、こんなのもう、わたしの勝ちじゃないか」


 そう言って、リョウキは霊獣が吐く火も片手で弾き飛ばしていく……。さしもの霊獣も目を白黒させ、子犬のような声を上げて。


「ハハ、信じられない。……こんな体たらくじゃあ、カオルの方がよっぽどマシじゃないか?!」


 リョウキを拒むように霊獣は腕を振り下ろしたが、彼がそれを弾くには労せず、また反射的に打ったその拳は霊獣の心の臓まで届いていた。

 何をしてこようが全くの無駄。リョウキが全てを跳ね返す。さっきまでの戦いとは真逆のことであった。

 リョウキは大きなため息をついた。

 その間にも白い毛を染める程の血を滴らせる霊獣が襲い来るが、リョウキはつまらなそうに何度も何度も何度も、そのたびに同じように打ち据える。


「ガッカリだ……期待してたんだけどなぁ。なんだか、余計にモヤモヤするよ。……お前のせいで」


 もはや興味を失った。

 リョウキは霊獣の膝を蹴り抜き、たちまち霊獣が前のめりに膝を着くと、その首に手と足をかけた。

 又の部分には、ちょうど良く力を入れるに適している。

 力を強めていくと霊獣からは掠れた悲鳴のような声があがり、そしてブチ……ブチと、不穏な音が次第に大きくなって……。


 ブチィィィッッッ!!!!


 ついに首と胴体がサヨナラした。

 脊髄が根っこから引きちぎれ、首が生えていた跡から滝のように血が噴き出している。


「GYAaaaaa!!」


 霊獣は手をジタバタさせながら転倒、のたうち回る。

 が、リョウキは馬乗りになって、霊獣の頭部が潰れるまで、返り血で顔が真っ赤に染まっても一切容赦なく殴り続けた。

 いくら人間を喰らう霊獣といえど、可哀想に思ってしまうほどに凄惨な、もはや殺害現場である。

 戦いと呼ぶにも値しない片殺しが、延々と繰り広げられている。


「す、すごい……」


 けれどテツリは、目の前の凄惨な光景には気づいていなかった。ただその者が持つ、絶対的な強さに心奪われていた――


「あの、力が……」


 思わず喉が鳴った。その凄惨な光景が移る目は、羨望に染められていた。

 夕暮れの街に肉を潰す音は響き渡り続けた。その果てに、もはや何が原因で死んだかも定かでないほどに叩きのめされた霊獣は、灰と化し散った。


「……終わりか」


 リョウキは立ち上がった。大して息も上がっていない、全身から蒸気と血が滴っているが、全て返り血だ。

 と、帰りを促すチャイムの調べに赤いサイレンの音が混じって聞こえてくる。


「やれやれ警察のおでましか」


 まだ迎えられる訳にいかないリョウキは、ズボンのポケットからスマホを取り出した。

 そして送られていた特別な地図を見ながら、黄昏を走り去って行く。その背中をテツリは見つめていた。


「う……」


 テツリは何とかその場で立ち上がれた。思ったよりも傷の治りは早い。

 だが起き上がれなかった方が、幸せであった。


「ヒカル君、フラムさん、みんな……」


 守りたい人が影と溶け合い転がっている。 

 どうすれば、こんなことにならなかったのか……。さっきまでの蹂躙を目に浮かべ、テツリの意識は途方に暮れた。




⭐︎




 いっそ、あのまま死んだ方が幸せだったかもしれない……。

 そんなことを思いつつ、カオルは陽を失いかけた路地裏を死に体で這っていた。背骨を砕かれ、内臓も何カ所か破裂したせいで絶えず吐血しながらでも、生きていれば幸せなのだろうか……。

 その答えは分からないが、少なくとも今カオルの頭にあるものは、突きつけられた現実だった。息苦しいのは、体が傷ついたからだけではない。


「ふざけんな……今までずっと、本気を出してなかっただと……」


 カオルは怨嗟のこもった独り言を、絶え絶えに吐き出した。


「それなのに俺は……追い詰めた気になって……幻にぬか喜びして……挙げ句このザマか……。全てを見透かす眼を手に入れたのに…………俺の目は節穴か……?」


 (おぞ)ましいことを口に出し、カオルの顔は赤みを帯びる。

 さて、今の自分にかけるべき言葉は何だろうか?

 間抜け、阿呆、愚か者……いや違う、もっと相応しい言葉がある。


「……世間知らずの……身の程知らず」


 いやはや、一体何十年越しに返ってくるブーメランだ?

 思わずカオルは笑ってしまう。

 自分の能力を過信し、自分しか見えなくなって、見落としたモノが原因で破滅を招く。

 昔この目で見て、蔑んで、憎悪し、この手で殺してみせた、あの男と同じだ。


「親父……どうやら俺はアンタの子から逃げられないらしい」


 その血から逃れようと、ひたすらに走り続け、走り続け、昇り詰め、成功と言う名の塔から見下ろしていたはずだった。

 けれど結局、違う道を選んでつもりで、同じ道を辿っていただけだ。そして、きっとこれからも……。


「少し、アンタの気持ちが分かった。俺もまだ…………諦められない」


 あんなに実力差を見せつけられたというのに、人智を越えた力をその身に刻まれたというのに、まだ悔しいままだ。

 どうしても、どうしても、振り払えずあの顔が浮かんでしまう。

 闘志がまだ残っている。次こそは……と。


「リョウキ……う……グ……ガハッッ!!」


 カオルは血の塊を吐き出した。

 この体は今すぐにでも燃え尽きておかしくない。どこかで処置をしなければ……。霊獣が現れたせいで人気は無いが、通りに出れば一人ぐらいは捕まるはずだ。

 そう思って、諦めずに這いつくばっていたのだが、地面を這う顔の前に、足が踏み出された。


「!? リョウキ……か?」


 いや違う。暗いからか、それとも目がよく見えないのか、理由はともかく顔は見えないが、目の前の人影はリョウキではない。気配が違う。

 と、町に街灯が灯されだし、朧気ながら見下ろす顔が照らされた。


「!? お前は!?」


 カオルの目は、その顔が飛び込んできた途端、大きく見開いた。


「どういうことだ!? お前がここにいるはずがない! 何故お前がここ――」


 言い切る前に、朧な影がゆらり揺らめく。そしてカオルの背中で、銀色の光が煌めく。襲う鈍痛は刺さった包丁のせいだ.


「…………言葉は必要?」


 たった一言告げただけ、影はコツコツと足音を鳴らし歩き去って行く。

 肩口に見やるカオルだったが、次第にその視界は薄くモヤがかかって……


「か……体が……!」


 崩壊が始まっていく。

 死ぬ、今度こそ死ぬ、絶対的に一分の奇跡もあり得ず死ぬ。

 呼吸が荒い。頭が痛い。だんだんと自分が、消えていく。

 その刹那――頭が破裂するほどの、知らない光景が流れ込んできた。


「これは、まさ……か……この、ゲ……ム…………」


 カオルは走馬灯に未来を視て、そして悟った。己の愚かさと……この世界というものを。




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