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亡者よ、明日をつかめ  作者: イシハラブルー
3章 揺れる絆と変わらない思い
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第八編・その2 強いという悪




 霊獣がその口を裂かんばかりに広げ、曇天の空に向かって()えると、大地は震え、木々はざわめいた。


「な、何が起こったんですかぁ、一体!?」


 暴風に見舞われるミウが腕で顔を隠し、良く通る声で叫んだ。

 しかしあいにく答えはない。テツリたちにさえ、こんなの未知の事象であった。初めての経験である、霊獣の首が三叉に分かれ、より強大な姿へ進化するなんて。


「これはこれは……出るタイミングを失ってしまいました。しかし何とも不思議な現象ですねぇ。命失った亡者である霊獣が、進化するなんて」


 1人潜伏するマイは、物陰から様子を覗う。壁にもたれかかる余裕の構えだったが、懸念もある。


「しかしこの状況、一旦ヒカルとフラムの回収は諦めた方が良さそうですね。どう動くかは成り行きを待ちますか」


 果たして彼女の望むように、事が動くだろうか。

 やがて霊獣は口を閉ざすと、三つ首であたりを見渡しだす。

 風が止むとヒカルは喉を鳴らしつつも一歩踏み出した。


「とにかく慎重にいこう。この感じ、コイツ相当やるぞ。なんとしても力を合わせて……上手いこと倒さねーと、大変なことになる……」


「けどヒカル君、もう変身解けそうですよ……」


「なにッ!!」


 言われてヒカルが自分の両腕を見れば、変身したヒーローのボディからは黄金の泡沫が漂っていた。つまり変身は、持っておおよそ1分だ。


「クソ、こんな時に……悠長できないのかよ!」


 荒い息で憤るヒカルは目線を上げ、恨めしげにケルベロスと化した霊獣の姿を見やった。テツリもミウも、揃って同じように視線をやる。立ち振る舞いだけでむせかえる強さを匂わせるこの番犬に、さっきから3人は眼差しを送るばかりだ。


「はん、コイツか頭痛の種は。えらく図体デカくなりやがって」


 しかしその様子を遠く離れた屋上から覗っているハレトは強気であった。


「霊獣ごときがボクの邪魔をするな。この前みたく、さっさと散れ! 【やれお前たち!!】」


 駆除指令を下すにも逡巡(しゅんじゅん)なかった。

 だが迷いがなかったのは、彼がただ1人その場におらず、肌での直感というものがなかったから。マイという頭脳も側におらず、今日の彼は大層イライラしていたから。何より戦うのは彼自身でなく、自分の命は掛かっていなかったから……。

 つまりハレトの決断は著しく思考を欠いたものだった。故に彼の楽観した笑顔はすぐに崩れ去る。


「ダメ!! 行っちゃいけない!!」


 ミウが叫んだ。まだハレトとの契約下にいる彼女には、下された命令も知れていたのだ。だからこそ止めようと、流石はアイドルなだけあってその声量は目を見張るものがあった。


「え?!」


「ミウちゃん?!」


 だが振り向いたのはテツリとヒカルだけだった。そして2人が視線を切った最中、魔法少女たちはケルベロスに攻撃を仕掛ける。

 ボウリングの球よりも硬く重い、凝縮した岩の砲弾に、濁黒の水流弾。ケルベロスを討つために、撃たれた弾は2つ。

 だが短絡な主人が哀れな魔法少女に撃たせた弾丸は、逞しき両腕の前には無力だった。首を捻るように振り向いたケルベロスは弾丸を片手ではね除け、一切たじろぎもせずにアスファルトに足跡を残して猛然と駆けた。

 その巨体からにわかに信じられない俊敏さで、魔法少女たちが死の間合いに入られたのに気づいた頃には首根っこを掴まれ、命まで軽々しく持ち上げられていた。


「テツリ行けるか!!」


 少女たちの危機にヒカルが叫ぶ、その脇を走り抜けていく影一つ。


「テツリ?!」


 愚問だと言いたげな走りっぷりだった。すかさずヒカルもその後を追った。

 テツリはそのまま霊獣の後頭部を飛び蹴る。だがその手応えは、まるで大木を蹴ったようである。


「離せ! 離せこの野郎!!」


「っ、コイツなんてパワーだ!」


 追いついたヒカルもテツリと共に縋り付き、力を振り絞って立ち向かう。

 だが霊獣のパワーは予想を遙かに超えていた。2人の息の合った連携をもってしても倒すどころか、ただの一度のけぞらせるにも及ばない。

 火花散るパンチも、キックも、虚しくいじらしい。ヒカルとテツリの顔には焦りと必死さが色濃くなっていく。

 このままでは2人とも殺されてしまう……と。ヒカルとテツリも冷静ではなくなってきていた。その時――


「……Grururu!!」


 霊獣は一層声低く唸った。

 微力でもイラつかせるくらいの威力はあったのだ、ちょうど蚊が人間をそうさせる程度には。

 そして振り上げた両腕を振り下ろし、イライラを発散するかのように少女たちを地面に叩きつけた。


「な……」


 思わず2人とも息を呑んだ。だが安否は気になるが、一瞥くれた、霊獣の目と自分の目が合った時、ヒカルは確かに感じた。赤い眼の中に孕む殺意を……。


「んふっっ!!」


 暴れ狂う霊獣が腕を振り回すと、すぐに悲鳴が上がった。

 たった一撃、ただ単にしならせた腕で殴りつけただけの攻撃で、大の大人が一人、たやすく吹っ飛んでしまう。


「ヒカル君?! ッおのれ!」


 呆然としていたテツリも激情に駆られ、すかさず殴りかかるが空を切る。

 巨体だが決してパワー頼りの一辺倒ではない。次いでの回し蹴りもまた霊獣はかわす。首下に掴みかかると、捕まえることはできた。だが力尽くで振り払われてしまい、いきなり至近距離から霊獣が炎を吹いた。


「うぁぁああッッ!!」


 首三つ分の火炎を身に受け、テツリは悲鳴をあげた。


「へぇ、いくらボロボロとは言えど、あの2人も弱くはありませんのに。全く太刀打ちできてませんねぇ。まぁ元を辿れば、私の責任もありますが。流石にここまでとはね……」


 ここまで見物人に徹していたマイも、そろそろホウキに仕込んだ長刀の刃を光らせる。このまま霊獣による虐殺が繰り広げられるのは、望ましい展開ではない。


「スピードも、パワーも、進化前を凌駕している」


「体が……全然力が入らない……」


 ヒカルとテツリは共に片膝を地面につく。


「こっちも手負いだけど……こんな強い奴が、あ、現れるとは……」


 爆煙の中に迫る霊獣の影がそびえ立つ。

 が、近づく霊獣は足を止める。止めた理由は2人もすぐに察知する。


「……冷気?」


 気づかぬ間にあたり一帯に立ちこめた白い霧。ヒカルたちには見覚えがある。


「ホワイトプリズン……」


 澄んだ冷たい声が響き、空から氷の杭が霊獣を囲って突き刺さる。たちまち杭同士は冷気を発しあい、霊獣を氷塊の中に閉じ込めた。


「ハハハッ、学習能力がねぇな。これでどうだ!」


 ハレトは口角を上げた。

 だが勝ち誇ったその瞬間、霊獣は唸りをあげる。氷塊が小刻みに震えたかと思えば、全身を炎上させた霊獣が、一瞬にして氷塊を水一滴残らず蒸発させてしまった。


「ウソだろ……」


 一転してハレトは絶望の声を上げる。進化した今、もはや氷の封印は足止めにすらならない。

 やがて霊獣は太陽と化し、この氷の杭を打った魔法少女、フィオナに向かう。

 まんまと合間を縫われたヒカルとテツリから「まずい!」と声が上がった。そして封じられた感情、恐怖を呼び起こされ、一瞬体を強張らせたフィオナは赤く照らされるが、


「フレアヴェール!!」


 と、ミウが白き炎の壁を貼って割り込んだ。


「くぅっ………ダメ……抑えきれ……」


 だが力の差は歴然で、押し合いに負けたミウはフィオナごと吹っ飛ばされた。白い肌が地面と擦れ、熱を帯びる。


「逃げるんだフラムさん!」


 テツリが叫ぶ。


「ハッ、ハッ……負けない」


 けれど剣を杖に立ち上がるミウの顔には闘志が燃えていた。


「私も、私も戦う……」


 火球を剣先から連発する。だが霊獣はものともせずに跳びかかる。押しつぶされそうになって、なんだか時間がゆっくり流れ始めた時、彼女の目には金色のヒーローも飛び込んできた。

 そのままミウはヒーローに抱えられ、地面を転げた。


「テツリさん」


「ハァハァハァ、なんて無茶なことを……。せっかく取り戻した自由を、棒に振るようなマネ……」


「けど見捨てられません。私も、2人みたいに……手を伸ばせば救えるかも知れない人を、見て見ぬ振りなんてできない……」


「僕だって、君を死なせるわけにはいかないんだ。ここは僕たちに任せて、君は他の子を連れて早く逃げて!!」


「嫌です!!」


 と、ミウが迷いなく叫んだ時――


「GaAAAッッッ!!」


 霊獣が突っ込んできていた。

 万事休す。

 テツリは殴り返すよう構えたが、力負けは免れない。立ち上がろうとしたヒカルも崩れ落ちる。これでは2人とも突進に()かれてしまう……はずだったが、突如2人の前に1人の女が、ロングスカートをなびかせながら立ち塞がる。


「【動くな!!】」


 女がそう一声上げると、霊獣は金縛りにあったように動きを完全停止させた。

 突然の予期しない乱入者にテツリたちは目を白黒させるも、ただちに二手に分かれて飛び退く。その間を火炎が突き抜けた。


「やれやれ止められたのはたった2秒ですか。意思のない獣が相手では、催眠も意味ありませんね」


 割り込んだマイは諦念の表情でため息ついた。


「お……あなたは?」


 そう言ってテツリは不用意に近づきかける……が、


「気をつけてくださいテツリさん!」


 今度はミウが遮って立つ。


「と、突然どうしたの?」


「この人は、私たちを操る氷上ハレト……彼の傍らに立つ女」


「え?」


 テツリは思わずマイのことを二度見する。


「この人は、助手ってこと?」


「ある意味で彼女の方が、氷上ハレトなんかよりもずっと恐ろしい。彼女こそが、私たち魔法少女を縛る真の元凶……」


「フフ、言い得て妙ですね」


 マイは悪びれることもなく、あっさりとした様子であった。


「何の用……なんで私たちを助けたの……?」


 問われるとマイは笑顔を手で覆う。


「いやはや、そう怯えないでください。今この瞬間だけは敵の敵、私はあなたたちの味方です。というかフラム、勘違いしないで下さい。あなたはまだ味方ですよ、私たちの」


「違――」


 言い返そうとしたものの、マイは唇の前で人差し指を立てて静かにしなさいのジェスチャーを。


「まぁ言いたいことはあるでしょうけど、今はこのピンチを乗り越えるため、お互い協力しましょうよ。このままだと私たち、みんな死んじゃいますよ?」


 マイは首にチョンと手を水平に当てた。

 何となく、初対面のテツリもこの女が中々食えない奴だというのは伝わった。だがこの際、


「分かった……協力しましょう。例えあなたの本性が、悪魔だったとしても」


 協力するほかないだろう。横でミウは心底嫌そうな顔を隠そうともしなかったが、敵が1人でも手に余るというのに、増やす余裕なんてとても作れない。


「賢明ですね。さて、また来ますよ」


 猛然と駆ける霊獣、だがその時、叫び声が轟く。


「サンシャインスパァァァクッッ!!」


 そして両脚に炎を纏うキックが、霊獣の首筋に突き刺さる。


「ヒカル君?!」


「うおぉぉぉッッッ!! くたばれぇぇえええッ!!」


 このまま首をへし折れれば……どれほどよかっただろうか。

 だが現実は、気合いの一撃を耐えきった霊獣は、ヒカルの両脚を掴み、地面に叩きつけた。

 跳ね転がるヒカルはついに時間どころかダメージも許容を越え、変身は強制解除、そのまま死んだように倒れ伏せる。


「Gruuu……」


「!? ブルーロードっ!!」


 ミウはヒカルににじり寄る霊獣を、地を這う青き炎の道で塞ぐ。

 おかげで一旦ヒカルは救われたが、代償に爛々と輝く霊獣の顔が振り向いた。

 と、マイがその背後を取る。そして背丈より長い長刀を一閃させた!


「…………あら?」


 ところが深手を負わせるには至らず、振り向いた霊獣が腕を叩きつける。紙一重で、髪をなびかせ飛び退くも、既に次の一手が眼前だ。マイが地に足をつけるよりも早い。


「【動くな!!】」


 苦し紛れに催眠を試みるも、霊獣の突き出した爪からは血が滴り落ちる。


「2回目はもうお効果無しですか……。ちょっと……私の手には到底負えませんね」


 幸い大事には至っていないが、内臓を少々傷づけられ、血が止まりそうもない。

 もっとも彼女は【痛みを感じるな】という催眠を自身にかけたため、この窮地でも笑みを絶やさなかった。

 

「ちょっと火ィください」


 ミウの下に舞い降りたマイは、有無を言わせずその手から炎剣を引ったくった。痛みを感じないことを利用した荒療治で、傷口は焼かれ、血はせき止められる。


「……何か?」


「いえ、別に……」


「ああこれ、お返しします」


 と、使い終えた炎剣を返そうとした矢先……


「危ない!!」


 テツリの声が響く。

 だが遅かった。2人は爆炎に飲まれ、カランカランと金属音が転がった。

 炎の魔法少女故か、ミウは転んだ弾みに膝をすりむいた程度で済んだが、マイは完全に意識を失っていた。


「あ……私の剣……剣」


 爆発のドサクサでどこか行った炎剣を探し、ミウはキョロキョロと。


「あ、あった」


 ちょうどマイの傍らに転がっていたので、四つん這いになって取ろうとした……が。


「GyaooOOO!!!」


「え?」


 霊獣が唸りを上げながら迫っていた。

 ますます加速していき、全身を炎を纏い、地を焦がす。


「させるかぁああッッッ!!」


 テツリが躊躇無く、肉壁として飛び出した。両者は真っ向から衝突し、特攻のごとき爆発が起きた。その爆発によってテツリはもちろん、庇いきれずミウもまた地面を転げ回った。


「ハァハァハァ……う……ぅ……」


 限界を当に超えていたテツリもついに力尽き、変身を維持できず地を舐めた。


「こ……これ、は……」


 眼前に紅色のコンパクトが、そのコンパクトはミウの懐から滑り落ちたものだ。それは小刻みに震えながらガラスのように粉々に砕け散った。そしてミウの赤い髪も、黒髪へと戻り、服装も魔法少女の衣装から学生服へ戻る。

 もはや誰もが戦う力を失い、このバケモノを止めることはできない。

 けれどただ1人、世界にたった1人存在する。この霊獣を討てる者がその場に現れた。最も彼は救世主でも、勇者でも、ヒーローでもない。


「ハハハハハ、こりゃあひどいなぁ……」


 ひたすらに振り切れて強いだけの、人間の姿をした化け物である。



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