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亡者よ、明日をつかめ  作者: イシハラブルー
3章 揺れる絆と変わらない思い
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第七編・その7 日の陰




 成人が両手を隆々と突っ張れるほどの幅しかない裏路地に建つ、まるで塔のように縦長い雑居ビルはくたびれたみすぼらしい鼠色をしていた。郊外ならともかく都会の町並に位置するには背も不相応に低く、だものだから表通りに面するたくましい周囲のビルに埋もれて、すっかり存在感を消していた。

 普段足早に道行く人が見向きもしない、見向くのはゴミ漁りに来るカラスぐらいのこのビルの最上である3階には、唯一店を構えるフィギュアショップがあるが、閑散とした時が流れすぎたのか、看板代わりのコルクボードの枠に虚しく埃が積もっている。

 そして肝心の店内は品揃えこそ豊富で、棚数もそこそこあるが、ところどころ蛍光灯が外されて薄暗い。

 これは少しでも経費を削りたい店長の涙ぐましい倹約の成果だが、アルバイトの店員はこの薄暗さと、滅多に客が来ないことを逆用し、もっぽら賃金の生じる惰眠を貪っていた。

 それはこの日も同じだった。

 無責任アルバイター筆頭・平山ハジメは、一応指導通り、店の奥にあるディスプレイも兼ねるガラスケースのカウンターに座ってはいたものの、天井に向け大口を開けて、彼を見つめる人形たちのつぶらな瞳を全く気にすることなく眠りこける。余りに気持ちが良いのか、口元にはキラリ光るよだれまで。彼がつけているエプロンは、決してよだれかけ用ではなかったのだが……。

 しかし、そんな彼にもいよいよ天罰と言うべき悪夢が近づいてきていた……。

 トゥルルトゥルルトゥルルル。

 と、懐かしさを覚える、固定電話の単調なコール音。その調べが序曲だった。


「フガッ……」


 結果的にそれが目覚ましとなった。

 安眠妨害。平山は理不尽にも舌打ちしたい気持ちを抑え、コードのついた受話器を取った。

 この店に滅多に電話なんて来ないが、応対のマニュアルは存在する。ちなみに3コール以内に取れていないので既にワンアウトである。

 そして繋がったら店名と、氏名を告げねばならないのだが、今回は相手方の出足が早かった。


「もしもし平山君!」


 うわずった声が聞こえてきたのは、通話が繋がってから0秒。そしてそれが誰の声なのか、寝ぼけ眼を擦る平山が理解するのにかかった時間は2秒強だ。


「あ~……どうしました店長?」


 普段店長が店に電話をかけるなんて、この店ではあまりないことだ。平山がここでアルバイトを始めて3ヶ月、初めてのことであった。

 頬をポリポリ掻きながら平山が言うと、受話器越しに明らかなため息が聞こえた。


「どうしましたじゃないよ。そっちは大丈夫なのか!」


「はえ? 大丈夫と言われても、別に何もないですけど?」


「おいおい何寝ぼけたことを……ていうか実際寝ぼけてるな?! お前たちときたら、俺があれだけ店番中に寝るなって口酸っぱく注意してるというのに……!」


「い、いや寝てナイッスヨ。ヒドいなぁ偏見だぁ、僕たちは心を入れ替えて、一生懸命やってるのに……」


「そ、そうなのか? ……ていうかそれはこの際不問で良い! 今大変なんだぞ、そっち。こんなコントしてる場合じゃない」


「……何があったんすか?!」


 そう聞きつつ、内心そんなでもないだろ……と高を括っていた平山は、このクソダルい会話の気を紛らわそうと、カウンターに放置していたスマホをたぐり寄せていた。


「最近何かと話題だろ、人食いの化け物。ソイツがほんのついさっき店の近くの地域で目撃されたそうで、大騒ぎだ」


 店長が要点を手短に伝える。


「マジッスか? やべーじゃないですか」


 流石に聞いてすぐは驚きを禁じ得なかったが、熱さが喉元を過ぎるのも早かった。


「でもまぁ、建物の中なら安心でしょ? どうせこんな狭いビルの3階まで、辿り着きやしないっすよ」


「いや、そうとも限らんだろう」


「今更外に出るよりは安全でしょ。それに化け物って人を食うんでしたよね? だったらウチなんかに来るわけないですよ、ハッハッハッハー」


「人いないからなぁ……ってコラ! ……まぁとにかく用心なさい。店にあるものは好きに使ってくれて構わないから」


「りょーかいです……っと」


 平山は通話が切れたとほぼ同時に受話器を置いた。足を組み、背もたれをミシミシ言わせる彼の姿には、緊張感なんてものは微塵もない。大あくびを1つすると、平山はポケットからスマホを手に取った。

 真面目に仕事をする気は無いが、かといって今更帰るのも面倒くさい。

 そんな怠惰な精神の極みだ。

 すぐそこに危険が迫っているというのに。それを自分の身に降りかかる事だとまだ認識できていない。


「はーやれやれ、心配性すぎんだろ」


 なんとなく自分は大丈夫だろう……と。何も考えないからこそ自分の事を信じて、油断している状態。

 そして、そんな(たる)んだ精神が蝕む中で……。



 ガッシャーンッ!!!



 ガラスの砕け散る轟音が響き渡る。

 驚く平山は一瞬身を縮ませた後、音を立てないようつま先から立ち上がった。


「…………え?」


 まさかホントに出たのか……。

 平山は恐る恐る、乱暴すぎる入店をした奴の顔を拝もうとカウンターから身を乗り出した。


 ズガガガッッ!


 しかし立て続けに、白い煙と破裂音と共に壁に横一列の風穴が開く。

 恐怖心が好奇心を凌駕し粉微塵にする。

 平山は頭を抱えてカウンターに潜り込んだ。


「ひぃぃいいッ!! ……な、なんだ一体」


 平伏す頭を上げることはできなかった。

 頭の上で、暴虐な何かが暴れている。

 

「戦争でもしてんのかよ……」


 たとえどんなに恐ろしくとも、何が起きているのか、状況くらい把握しないとと思った平山は、背中をつけていたガラスケースから店内の様子を覗く。

 目を凝らし、鼻先がつく程のめり込む。だが薄汚れたガラスと、充満した煙が視界を悪くしてしまってよく見えない。

 と、その時だ。ダンッという音を頭上で聞き取り、平山は上を見上げた。するとボサボサの前髪の向こうにある、鋭い目と目が合う……合ってしまった。


「…………ぅ」


 思わず威圧感に息を呑んでしまう。その男の眼力にはそうさせる強い作用があった。

 決して飼い慣らすことのできない獣の目。それに睨まれた時、もはや命は握られているのだ。

 平山は声も出せず、ただ身をすくませた。

 しかし一瞬のうちに向こうから手が伸びて来て、間もなく浮遊感に襲われた。


「な……」


 訳も分からぬままに首筋とわしづかみにされた平山は、カウンターから引っこ抜かれる。

 力任せに引き抜いた男は、硬直する平山の体の影に隠れた。

 この平山の姿を表するならば……盾である。血の通った人間ではなかった。

 そして彼の頬を掠めていった剣は、紛れもなく本物、人を殺せる業物。それを振るったのはまるで大きくなった人形のように、フリフリのミニスカートを履いた魔法少女だった。


「あ、あ……あ……」


 ついに平山は自身が殺されるという重圧に耐えかねた。

 深さ2ミリの刀傷ではあったが、白目を剥き、口から泡を噴いて、意識の外に落ちていった彼の眠りを覚ますものはない。




⭐︎




「へぇ外すんだ、意外だなぁ」


 リョウキは目でカオルが突いた剣を追っていた。

 カオルの剣は、リョウキが差し出した人の盾を刺すことなく、当然後ろにいる彼自身も刺していなかった。


「盾ごと刺しちゃばよかったのに、意外と優しいのね」


 そう言うとリョウキは掠り傷で意識不明となった平山をカウンターに放り捨てた。


「殺せるんなら刺したさ」


 カオルは僅かながら血が垂れる剣を胸に引いた。


「けどもし殺せないなら、刺すのは悪手だ。そうだろう?」


「ハッハッハッハッハ、あぁその通りさ。柔らかーい人の体に刺さった剣を抜くのは、簡単そうに見えてあれで難しいのよ。真ぁっ直ぐ、垂直に抜くと抜きやすいんだけど、力の入れ方とかいろいろコツがありましてねぇ。やり合ってる片手間で抜くのはまぁムリなのよ」


 リョウキは糸目で、両手を水平に肩をすくめておどけてみせた。

 一見すると調子づいてるように見える。それでもひとたび剣が襲い来れば、機敏に前宙でかわしてしまう。


「そ、だから剣は横に振るのがオススメってわけ。開けてりゃあ、剣がぶっささることもないしね」


「……偉そうに講釈垂れてくれるな、棺桶に片足突っ込んで」


 カオルは鼻で笑う。


「まぁそう怒りなさんな。お望み通り、決着はつけてあげるよ」


「それにしては逃げてばかりじゃないか」


 リョウキはショーケースの上を牛若丸のように跳びはねながら移動する。おかげで飛ぶ斬撃で撃ち抜かれたガラスが床に積もっていく。


「そりゃクモの巣にバカみたいに向かってったら死ねるだろ。わたしはなにより命が惜しい」


「俺はその命が欲しいんだ」


「そうだ。だからわたしも……もう絶対お前を殺すって決めた」


 壁を蹴って一回転、方向転換したリョウキが跳び蹴りをかましてきた。


「ふっ」


 反撃に転じられても慌てることなく、カオルは指を甲高く鳴らす。


「?!」


 指パッチンで何かが捻れた。

 リョウキの体はカオルを射貫く代わりに変態な軌道を描き、狙いも外れて棚をなぎ倒した。


「お前はまだ、自分がクモの巣にかかってないと思っているようだな」


 喋りながらカオルは指をまた大きく鳴らす。


「その浅はかさに、感謝させて貰おう」


 商品が散り散りと倒れる床に寝そっべっていたリョウキ、そんな彼にカオルは剣を突き立てようと。だが剣が突いたのは床だ。


「横に振れって言ったでしょ……。わたしがどんだけ殺して、殺されかけたと思ってる? 言った通りにしときなよ」


 どうやって避けたのかはカオルの目をもってしても視えなかった。


「本当に常識が通じない男だ。普通かわせるかね」


 当たり前のように未来視を超えてくるリョウキに、カオルは感心すらしていた。


「そっちこそ、何気なくカウンターかわしてるじゃない。あれで死ぬやつは死ぬぜ」


「未来視も全くの役立たずって訳じゃないんでな」


「ふーん……」


 リョウキは流し目で、カオルのことを見つめる。


「……試してみますか」


 そう言った彼が駆け、手に取ったのは、店の隅に置かれていた消火器。

 桜色の消火剤をホースから噴射し、たちまち店の中はむせかえるような粉が立ちこめた。


「チッ、小細工を」


 カオルは腕で口を覆う。

 視界を奪われてしまえば、未来視も意味を成さない。だからカオルはすぐさま透視眼へ切り替えた。


「どこだ……どこに隠れた……」


 先が知れる未来視と、現状把握に長ける透視では、のしかかる一瞬の重みが違う。

 剣を握る手にも力がこもり、額には汗が(にじ)んだ。指はいつでも鳴らせるよう結んである。


 パリ……


 息も聞こえないほどに静まりかえった戦場で、物音が発された。

 そして「そこか!」と言わんばかりの形相を、カオルは耳ざとく、音の鳴った方に向ける。

 振り向きざまにカオルは、剣先から蛇のような斬撃を飛ばした。

 着弾と同時に煙が立つ。だが……それだけでなく……



 ドゴォオオンッッ!!



 耳をつんざく轟音と、火柱までもが。

 どうやら運悪く、先に撒かれていたキメ細かい消火剤に誘爆したらしい。


「クッソ! こんなんは知らん!!」


 たまらず飛び出してきたリョウキは、煙を漂わせていた。

 まぁ1度彼は全身火ダルマ、真っ黒コゲになったこともあったので、その時に比べれば大したことはない。

 そして目線をやった天井には、爆発によって大穴が空いていた、曇天が額縁の中の作品に見えるほどの。


「……」


 これ幸いといった感じに、リョウキは器用にするする昇っていく。

 爆発に怯んで遅れることカオルも、悠然と魔法のホウキの力で上へ上へと。

 上へ上へ……下を見ることなく、真っ直ぐに昇る。

 それで辿り着いたところは、四方を囲われていて、汚れた空気が充満していた。


「?! ここは……」


 地に足をつけたカオルはまず驚き、目を丸くした。次いでほくそ笑んだ。

 何せ今目の前に広がっている景色は、夢に見た光景と寸分違わず同じ。

 これから、この場所で、カオルはリョウキに凶刃を突き立てる。

 とうとう現実が未来に追いついた。




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