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亡者よ、明日をつかめ  作者: イシハラブルー
3章 揺れる絆と変わらない思い
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第七編・その2 いざ決戦へ!!




「……なんかアイツ機嫌悪くね?」


 世間一般からして遅めの朝食を摂るハレトは、向かいの誕生席に座るカオルの顔を横目で見やりながらメイドのマイに囁いた。


「……のようですね」


 背後に控えていたマイも目線を同じくしてカオルを見やり、ハレトの耳元で囁く。


「やっぱそうだよなぁ……」


「あからさまですよね」


 2人からすれば、今日のカオルはいつにも増して近寄りがたい雰囲気を漂わせている。ナイフのように尖った攻撃的な一面を知ってこそいれど、それが表に出ることはそうそう無い。だが今日に限っては、例えば表情だとか、歩き方1つ取ってみても、対外に向けた体裁の良さは保たれておらず、粗暴さが目に余っていた。

 ついでに今のところ、やって来てから1時間経ったカオルが今日2人に発した言葉は食事を摂るかどうかの問いへの「あぁ……」だけとあからさまに口数少なく、塞ぎ込んでいた。


「昨日帰った時には……こんなんじゃなかったよな?」


「ええ。むしろ見たことないほどに機嫌良かったですよ」


 上目遣いで記憶を見て、そして2人は再びカオルを観察する。


「…………なんだ?」


 好奇の視線に気づいたカオルが二言目と共に剣呑な雰囲気を発すると、2人は何事もなかったかのように視線を逸らして、ハレトはカチャカチャとスプーンを鳴らしながら、透き通った淡黄色のスープを味わう間もなくすすった。


「……わざとらしい」


 カオルはため息ついた。何のため息なのかは自分でも分からない。ただ積み重なった感情の、最下層の土台にあるのは……昨日見た"夢"、またの名を繰り返し再走するほどに鮮明な"15年前の記憶"。カオルという男の人生について振り返った時、最初の岐路にして、方向性を決定づけた傷である。

 何故それを今また見せられて、心揺さぶられるのかは本人すら分からない。今までも夢に見ることはあったが、ここまで引っかかるのは初めての経験だった。

 ただ1つ言えるのは、この期に及んで縁起が悪いということだ。勝利の歓喜に向かうって時に、何だって負けを意識づけられなきゃならないのかと、カオルは盛大に舌打ちする。もっとも過去は消せない、せいぜい周りに不快をまき散らすばかりだ。


「……食ってる気しねぇ」


 その余波をモロに受けるハレトが不平を漏らした。触らない方が良い人物が間近にいて、自分の家だというのに気楽に食事もできない彼だったが、それでいて抗議する気概はなく、やることと言えばせいぜいカオルにバレないよう睨み付けるくらいだった。


「……いっそ聞いてみましょうか?」


 ハレトが1度は思いつつ、思い直した思いつきをいとも簡単に口にしたのはマイである。


「いやいやいや……絶対止めといた方が良いって」


「ですがこの不機嫌に居座られると、せっかく用意した食事も無為な供物ですよ。作った私の身としては、ハレト様に喜んでいただきたいっ」


 年齢不詳の柄にもないキャピキャピした裏声に、ハレトは「キモ……」と脊髄反射してしまった。


「それにイライラしてる人の神経逆撫でするのってスリリングで、個人的には面白いです」


「……バカヤロウ。無駄なリスク背負(しょ)って遊ぶとか、やたら高いところから跳びたがるガキかよ……。変な気起こしてんじゃねーよ……」


「う~ん、でも気になりません?」


「それはそうだが……」


 声を潜めても会話はできる。しかし不思議なもので、人間会話が進むと次第に意識の重心は声量ではなく、受け答えの方へズレてしまう。この2人も同じく、本人たちが気づかないうちにヒソヒソ話はヒソヒソ話ではなくなっており、加えて会話に集中しすぎて周りの状態に対しても鈍感になっていた。

 何となく、時々どこかから声が聞こえたような()はしても


「おい……」


 それがカオルの呼びかけだと気づいた時には、彼は頬杖に首を預けていた。


「…………なんですか」


 錆び付いたように固い首を元の位置に戻し、ハレトは不慣れな敬語を使って尋ねた。


「確認しておきたいことがある……が、その前に1つ言っておくとすると、今はお前らの方が余程イラつく……」


 その宣告にハレトは返す言葉を失い、一方でマイは無感情に「やったー」と言いつつ諸手を挙げた。


「……まぁ良い、俺も寛大になろう。少し過敏になりすぎた」


「ハハハハ……ありがたいです……」


「それで聞くが、ヒカルはどうした?」


 若干気を持ち直したカオルの興味は、昨日この屋敷に監禁されていたヒカルに向いていた。

 昨日まではちょうどこの食卓と空間を共にする応接間にて、椅子に縛り付けられた状態でいたが、今は拷問によって飛び散ったカーペットのシミごと姿を消していたのだ。


「無事なのか……それとも、いよいよ死んだか、ハハ」


「まさか! アイツにゃなんとしても聞かなきゃならない情報があるんだ。今死なせて、たまるか」


 ハレトはフォークを肉に突き刺し、一切れを一口で頬張った。「彼なら風呂場に移しました」と、代わりに答えたのは、どことなく……何となくどんよりとしたマイであった。


「昨日あの後、掃除したんですけど……。血抜きはコーヒーのシミ抜くのと勝手が違いましてねぇ……。そもそもシミ抜きだって私は不得手でして……まぁと言うわけなのです」


「ほーなるほど……」


 マイは理由に関してもっともらしく説明したが、カオルからすればヒカルが生きているなら問題なかったので、答えを聞き終える頃には既に興味は別なところに移っていた。


「それじゃあ次の質問だ。魔法少女たちの状態はどうだ?」


「状態?」


「例えば今、この瞬間にでも戦えるか?」


 そう言ってカオルはナイフで2人を指さした。

 明らかな無礼。一般的な感覚を持ち合わせていれば、気分は良くない。ハレトも眉間に皺を寄せた。

 必然的に場は静まりかえり、空気がピンと張った糸のように張り詰める。

 その沈黙を打ち破るように扉が開いた。

 振り向かずとも構わないカオルの背後を通って、赤、青、緑、茶――それぞれの秘めた属性のイメージカラーを纏った4人の魔法少女は、ハレトらの後ろに背筋正して並び立つ。


「見ての通り」


 ハレトが得意げに言えば、


「お望みとあれば……自分の身でお確かめを」


 マイも淡々と挑戦的に振る舞う。そしてカオルは4人の魔法少女たちの顔を次々と吟味していくと、満足げに笑った。


「やなこった」


 さっき指差しに使った、そのナイフを納めてカオルは肉を切る。


「だが僥倖(ぎょうこう)だ。人手は多いに越したことはない。これから起こる戦いに邪魔を入れないためにも、今はお前たちの力が必要だからな」


 とりあえず4人の魔法少女たちの状態は、彼の審美眼に適ったらしく、気づけばすっかり気分を良くしていた。


「あなた、これから何が起きるか視たんですね」


「ああそうだ。初めて送る今日の日を、俺はもう知っている。そして是非ともその通りにしたい。だから、全ての物事がシナリオ通り動くなら、超したことはない」


「それで、果たして順調なんですか?」


 マイが尋ねると、カオルは鼻で笑った。そしてその反応をマイは答えと受け取ったが、同時に少しばかり嗜虐心(しぎゃくしん)をかき立てられた。


「例えば……私どもがあなたの言う通り動きますかね」


「ああ動くさ、動かざるを得ない」


 牽制も何のそのといった感じであしらうと、カオルは偉ぶって言う。


「とにかく今のところ予定調和だ。昨日買ったバベルの株も、視た通りに伸びているよ」


 そしてカオルは柱時計に目をやる。

 時刻は11時23分。中途半端な時間だが、未来を知るカオルには、それは実にタイムリーな時間だった。

 まだ食事中だったが食器を、若干演技がかった仕草で4時の方向に揃えて置き、ナプキンで口周りを拭いた。

 膝に手を置いて、もう一度目を時計にやると、見つめるのは秒針であった。


「……ハレト様、どうやらお食事の時間は終わりだそうです」


 察しの良いマイが耳元で囁くと、ハレトは「あ?」と疑問符のついた間の抜けた返事と、大口開けた顔を見せた。「何で」とハレトは聞こうとしたが、理由を聞く間もない。

 カオルは目を閉じる。秒針の音が、少しずつ大きく感じられて、そして呻き声を上げそうになる電流が体を駆け抜けた。


「さて、いよいよか……」


 カオルは立ち上がる。

 同じくゲーム参加者であるハレトも額を抑えて、やはり電流に打たれたようだ。

 機は熟した、もう十分に。

 待ち望んでいた。無性に曇った心につく、因縁に終止符を打つことを。

 カオルの胸は期待に弾んでいた。確かに視たはずの、勝利を見ることに。




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