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亡者よ、明日をつかめ  作者: イシハラブルー
3章 揺れる絆と変わらない思い
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第六編・その4 折れない心




 一体、どれだけの時間が経ったのか。窓から差していた日差しは地平の彼方に消えた。

 だが、あいにく時の流れを察する余力はヒカルになかった。

 薄れていく意識の中では、ずっと「【口を開け】」と「開くものか」がせめぎあい、果てなく押し問答を繰り返していたのだ。

 ハレトたちがディナーへと繰り出したおかげで、ようやくヒカルは苦痛から解放されたが、相変わらず体は椅子に縛り付けられており不自由だ。ふくらはぎに貼り付けられた電気パットの振動によって逃げ出すことも許されず、ヒカルは暗い部屋の中で、せめて摩耗した体と精神の回復のため、身じろぎ一つとらない。

 そんな折である。扉が開かれ、微かだが風が吹き込んで来たのは。


「生きてるか?」


 部屋に明かりを灯すなり、やって来たカオルが尋ねた。

 拷問のフルコースをいただいたヒカルは、生きているのか死んでいるのか分からないほどに首を落としていたが、律儀に「なんとかな……」と弱々しく答える。

 天井のセンターを占拠するシャンデリアで照らされ出した、真っ赤なカーペットの椅子の周りには、滴り落ちた汗と血の混合液でところどころ(まだら)に染まっていた。


「むごいなぁ、全部剥がされたか。それに見たことない酷い顔してる。……感想は?」


「最後の方は……もう痛みなんて……感じなかっあ」


 ヒカルは爪の無い指先を震わせていた。上げた顔も腫れてしまって、傷んだイチゴのように歪だ。


「それでも吐かなかったらしいな。ちょうどアイツとそこで会ってきたが、だいぶご立腹だった。お前のおかげで良いザマが見れたよ」


「お前なんかの……ために黙ったんじゃない……」


「知っている。仲間のため、信念のため……だろ」


 その解釈で合っているから、ヒカルは黙って首を落とす。


「これでもお前のことは知っているつもりだ。……思えば短い付き合いだったがな」


 座ったソファの背もたれに寄りかかって、カオルは遠くの壁を見つめる。


「それで、今日の敵を捕まえて……なんの用だ?」


 ヒカルが刺々しく尋ねると、カオルは「ふふ……」と小さく鼻を鳴らす。


「まぁなんだ。久しぶりに、お前とテーブルでも囲おうと思ってな」


「……本題は?」


「本題? 片付けるべき問題ならコイツらだが」


 そう言うとカオルは、ソファの脇に直置きしていた薄緑のビニール袋を掲げて見せた。

 ビニール袋には『ベーカリー三田』と、丸みを帯びたフォントで印字されているが、肝心の中身は何だろうかと、ヒカルはカオルの動向に気を張っていた。

 しかしテーブルに並べられた袋の中身は、紙の皿に乗せられた四角い食パンに、フードパックに入れられたサンドウィッチがそれぞれ2つずつで、どう考えてもパン屋で買った普通のパンであった。


「厳選して買ってきた。片付けるのを手伝ってくれないか」


「……何を企んでる」


「俺はいつも何か企んでないといけないのか? 良いじゃないか。たまにはこういうのも」


 そう言うと、ご丁寧にカオルはヒカルの拘束まで解いてしまった。

 逃げられるかと言えば答えはノーであるが、行動の意味が分からず、ヒカルは肩を落とし脱力したまま困惑していた。

 分からないがしかし、カオルの視線が明らかに「ここに座れ」と向かいの席を指していた。だからヒカルもとりあえず、察した通りにした。

 そして分かったことが1つ。目の前の食パンは、中にシチューでも入っているらしい。湯気が語っていた。


「さ、遠慮せず食べてくれ。俺が自信を持って勧める」


「毒とか入ってないよな」


「1つの袋に入った同じパン、どうやって毒入りパンと美味しいパンを見分けるんだ」


「…………」


 ヒカルは沈黙する。

 確かに見分けるのは難しそうだ。だがだからと言ってほいほいスプーンを取ることはできず、ただじっと眺めていた。


「スプーンも持てないか? それなら俺が食わしてやろうか?」


「よせよ、そんなの」


「それは良かった。言っておいて、俺もお前にアーンはない」


 一瞬想像をかき立てられてしまったヒカルだが、全くもって同感である。

 そしてカオルは落ち着きながらも笑って、なんだか楽しそうにしている。それがヒカルにはちょっと不可解で、スプーンを動かしながらも上目遣いでカオルを注視した。


「不思議だな。それほど昔でもないのに、妙に懐かしい。ここにテツリがいれば完璧だったが、そういや元気にしてるか? お前とはちょくちょく会ってるが、アイツとは会ってない」


「テツリか……。正直、俺からはノーコメントだ」


「ほう……」


 深刻な顔と口ぶりでヒカルが言ったので、カオルは「お前らもそれなりに大変らしいな」と嬉しげに目を細めた。するとヒカルは「ほっとけよ裏切り者め……」と静かに怒気を滲ませた。


「しかし正直ここまでとは思わなかった」


「何が?」


「お前の意思の話だ。本当に良く、口を割らなかった」


「…………尊敬したか?」


 その問いの是非を明らかにはせず、カオルは淡々と続ける。


「知ってるか? アイツの能力、氷上ハレトの得た能力は、契約を交わした相手を魔法少女にする能力。契約って言うものは双方の同意によるものだ。同意がなきゃ、アイツの能力は発現しない」


「そうなのか」


 とすると、あの魔法少女たちは皆、ハレトとの交渉に同意をしたということになる。おそらく見ず知らずの男であるはずのハレトの、「魔法少女にならないか」という意味不明な要求に。

 一瞬なんでとスプーン片手にヒカルは首をかしげたが、すぐに今の自分が置かれている状況から氷解する。その思いつきが正解であることも、カオルが雄弁に語ってくれた。


「だが、アイツは天に愛されていた。たまたまイエスマンが側にいて、そのイエスマンに発現した力が、人に『はい』と言わせる力だった。アイツはあの側近のメイド、マイの力で目ぼしい女に催眠をかけ、『はい』と言わせて魔法少女に仕立て上げた」


「……最低だな、洗脳して従わせるなんて……」


 卑劣としか言いようがない手口にヒカルは独り言のように呟き、顔をしかめた。

 

「だが滑稽だとも思わないか。そうでもしなきゃ、アイツはたった1人の女の心も手に入れられない。こんな立派な屋敷に住んで、良い大学も出てるのにな……。まぁこの屋敷にも学歴にも、別にアイツの力なんて1ミリも介在していないし、アイツ自身は1人じゃ何もできない、空っぽな人間だから仕方ないか。なぁ?」


「巻き込まれた子たちからしたら、たまったモンじゃねぇけどな」


 ハレトに対して可哀想だという感情は湧かなかった。だって可哀想なのは、心も封じられて良いように使われている魔法少女たちに他ならないから。


「……にしてもお前、今日はよく喋るのな」


「そうか? 俺は別にいつも通りのつもりなんだがな」


「いやいや何言ってんだよ」


 そもそも打算無く、ご馳走を振る舞ってくれているこの状況も普通じゃないのだ。


「なんか良いことでもあったのか?」


 だから特別なことがあったとヒカルが思ったことは自然の流れであった。そして尋ねられると、カオルはのどの奥からククッと笑った。


「今はまだ無い。ただ、これからめでたいことがある」


 しかしカオルはとても爽快と呼べるような表情はしておらず、ヒカルもまた祝福するような心持ちであらず、スプーンを止めて「……何を視た?」と覚悟を込めて発した。するとカオルは拍子抜けするほど端的に言う。


「俺は明日、リョウキを仕留める」


「?! なんだって?!」


 だが反面、ヒカルは耳を疑い、ついスプーンにすくっていたシチューを零した。

 まさかそんなことがと言う顔をしていたが、カオルは「これは決定事項だ」と念押しする。彼は確かに視たのだと言う、自分がリョウキを殺す景色を。

 どこかの路上で相まみえ、戦いはフィギアショップへと移行し、最後はビルの屋上、剣で背中から心臓を貫き、そして絶命させるのだと。


「なるほどな……。けど未来なんて変わるもんだし……、あんまアテにすんなよ」


「問題ない、そのことは重々承知している」


 カオルはさっぱり断言した。


「だが俺は、必ずこの未来を掴み取ってみせる。それでこそ、この因縁にふさわしい決着だ」


 自分の分のサンドウィッチを平らげたカオルは指についたカスを擦り落とし、部屋の外に向かって歩いて行く。その背中にヒカルが「なぁちょっといいか?」と語りかけると、カオルは肩口に振り返り見て「なんだ?」と言った。


「……いや、なんでもない」


 諦念の表情を浮かべてヒカルは手のひらを見せた。

 何でそんなリョウキにこだわるんだと聞きたいところだったのだが、それが無粋だと悟ったらしい。


「……でも死ぬなよ」


「お前は先に、自分の身を案じろ」


「ハハ! ……違いない」




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