第六編・その2 協力者
カオルから事のあらましを聞いて、ハレトは憤慨してみせた。肘掛け付きでフカフカのソファも、彼の感情は和らげられない。
「あん野郎。ヒーローの癖に影でコソコソしやがって!!」
敵の姿が見えたおかげで、恐怖は怒りへと形を変えた。安寧を脅かす、佐野ヒカルへの怒りへと――
「人を助けるためなら何してもいいのかよ、クソが!」
その怒りと、拭えない焦燥で髪を掻きむしるハレトに、カオルは目を細めていた。
「まぁダイヤモンドカットダイヤモンドという言葉がある。お前の居所を探るには、分相応になるしか無かったんだろ」
と、彼なりに皮肉を返したのだが、
「何だよ、それ?」
あいにくハレトに対してその皮肉は、想定とは別な形で作用することになった。
「無知は罪だが、知らないのはそれはそれで幸せだな」
「はぁ?」
わざわざ単語の説明をしてやる優しさもなく、ツバサがハレトの傍に立つマイに視線を送ると、彼女は深く瞬きする。
「硬いダイヤを切れるのは、ダイヤモンドの刃だけ。要するに『目には目を』をカッコつけたみたいなものとお考えください」
「はぇ~……なるほどね」
その説明で理解したハレトに対し
「ちなみに粉々にしてもいいならトンカチで割れるんですけどね。案外ダイヤモンドは砕けるものです」
と、マイはついでにどうでもいいトリビアまで披露する。
結果オーライだが、おかげで気が逸れて、意味を聞いてなおハレトが皮肉に気づくことはなかった。
「とと、話の腰を折ってしまって申し訳ありません」
そう言って、マイは教科書通りのお辞儀を、仏頂面が現れつつあるカオルに向けてしてみせた。
「えぇとつまり、よりによってゲーム参加者にバレてしまったわけですか。普通に考えれば由々しき事態ですね」
「まぁアイツのことだから、命にまで危険が及ぶことはまずない。一発くらい殴られるかもしれんが」
「だとしても、アイツは魔法少女たちを解放したいんだろ?」
その問いに「だろうな」と答えられたハレトは、力無く笑って頭を抱える。
「どっちにしても、ボクには悪夢だ。彼女たちを手放すなんて、考えられない」
「だが放っておけば乗り込んで来るのは間違いない。それこそ、お前らが寝静まるタイミングを見計らってな」
憂いに便乗し、カオルは誘導を図る。声色も、意図的に低くして。
「さて、どうする? お前はこのまま、奴に乗り込まれるのをおめおめと待っているか?」
「みすみす好きなようにさせるか! こっちから先手を打ってやる!!」
威勢のいいハレトの答えは、操作された予定調和である。内心カオルはほくそ笑んでいた。
「単純明快だな。だが、それしか手はない。奴を排除しないことには、お前が抱える問題の解決はなし得ないだろう」
そう言うとカオルは、ハレトが座るソファの背もたれに手をかけた。やけに近い距離感にハレトが当惑したのは必然であった。
「俺も手を貸してやる。だから、お前も手を貸せ」
有無を言わせない圧力がそこにあった。
「それがこの話をする対価だと、契約したよな。口約束だけでも成立するからな」
ハレトは目を逸らし、力の無い声で尋ねる。
「……居場所は分かってるのか?」
「当然……。時間と手駒が惜しいなら、急ぐことを勧める」
「……よし! マイ、フラムたちを呼んでこい」
ハレトがそう告げた頭上で、カオルは小さく何度も頷いていた。
事が思い通りに進む悦に、久しぶりに浸っていたのだ。
それから歩き出す姿も活気があって、肩で風を切るようであった。
「お待ちを……」
だがその闊歩には待ったがかけられる。
何事も、完璧に上手く立ちゆく事なんて稀だとカオルは知っていたから……見かけに出すことはなかった、多少の苛立ちくらい。
「……なんだ?」
極めて平静に努めて。
だがその平静さがむしろ仇となって、マイはますます疑念を深めた。
「自論なのですが、無意識のうちに出た反応は、真実味が高いと思っています」
「それがどうした?」
「1つお伺いしたいのですが、あなたが言ったことに嘘はありませんよね?」
「嘘?」
「ええ、人は自分のために嘘をつく生き物ですから、良く知ってるでしょ。あなたは思惑通り事を運ばせるために、何か嘘をついてたりは、しませんよね?」
「確かに、俺は利己的な嘘をつく人間だ。だがな、信頼を得るべき時に嘘はつかない。誓ってもいい、今話したことに偽りはない」
その言葉は確かに真実である。ただし真実だからといって、必ずしもそれを鵜呑みにするのが正しいとは限らない。
「……嘘はついてない、これってこのパターンですか?」
「……ハッキリ言ってみろ」
「あら良いんですか、じゃあ遠慮なく。……あなた、何か黙ってません? 喋るべき情報を。ちなみに今まだ、信頼を得るべき時だと思いますよ」
「……よく分かったな」
カオルは月の一片のように笑った。
「おや、あっさり認めるんですね?」
「嘘はつかないと、言った手前な」
わざとらしく首を傾げる仕草をするマイに、カオルは辟易した。
気づかれるかどうかを、予想していたか、していなかったかで言えば前者ではあったが、当然見抜かれたくはない。
「え? え? なにが?」
1人ついて行けてないのはハレトであるが、有能なメイドの手柄は、主である彼の手柄でもある。マイが知ることは、ハレトも知っていると同義だ。
「つまりですね。この件については残念ながら、佐野ヒカルを殺すだけで万事解決とはならないのです」
「? どうして?」
「ハレト様は、発信器をお買いになられたことはありますか」
「え? そ、そんなのあるわけないだろ」
実のところネット通販で買ったことがあるハレトは、若干舌が回らなかった。
ちなみにブツは未だ未開封のまま、自室の机の引き出しの奥にしまってある。買ったまでは良かったが、結局見つけられた時のことが怖くて使えなかったのだ。
「私はあります」
対してマイは誇れることでもないのに、一切の気後れを感じさせなかった。
「昔と違って、今は一般向けにも高性能な奴がいいお値段で出回ってはいます。が、このサイズでこの持続時間となると、相当いいお値段になるはず」
なぜそんな詳しいのか? そしてなぜ現在進行形の情報まで仕入れているのか?
それを聞く者はいなかったので、マイは語り続ける。
「私たちと違い、無一文の佐野ヒカルが手に入れられる代物ではありません」
「それってつまり……」
マイはハレトに向けて頷く。
「協力者がいるのでしょう、少なからず1人は。そして……」
無音の足音で、マイはカオルに詰め寄った。
「あなたはそのことを知っていた。そうですね」
「いや知ってた訳じゃない、ただ高い確率でそうだろうと踏んではいただけだ。まぁ伏せたのは俺の恣意、そこは謝ろう」
「今更謝っても、減点ですねぇ、これは」
「ほう。減点できるほど点数稼いでたのか」
「0以下にも、マイナスはいくらでも重ねられますよ」
カオルの冗談に返したマイの言葉は、冗談と本気、五分五分であった。
「しかしその様子じゃ、あなたも協力者が誰かまでは分かっていないようですね。分かってたなら、この状況で話さないわけがない。だからこそ伏せたんですね、話をさっさと進めたいから」
「一周回って、もはや感心するよ。お前の小賢しさには」
「お褒めに与り光栄です」
ため息交じりにカオルが笑うと、マイは満足げになった。
この前殴り合いでコテンパンにされた仕返しを、弁舌で果たせたのだ。
「じゃあどうするんだ……」
そう振り絞る声で発したのはハレトだった。
1度は見えたと思われた敵の姿が再び闇に消え、恐怖がぶり返したらしい。
「その協力者を、どうやって見つけ出す!」
「本人に直接聞きましょう。それが1番です」
佐野ヒカルを捕まえ、そして協力者の情報を吐かせる。
それが最も効率的な方法だと、マイは断じた。
「生捕りにするつもりか。それは無駄な取り組みだ」
一方でカオルはそう断じる。決して反骨するわけでなく、絶対的にそう確信していた。
「それはつまり、佐野ヒカルが仲間を売るようなことをしないからでしょうか?」
「あぁそうだ。爪を剥ごうが、四肢を落とそうが、アイツが仲間を売るはずがない、絶対にな。だから生捕りにしようがしまいが、結局ジワジワ死ぬか、劇的に死ぬかが変わるだけだ。別に死因には拘らんだろ?」
「そうですかね? 自分の命がいよいよになれば、案外素直になってくれるんじゃないですか。それほどのものですよ、人間にとって死という概念は」
マイが頬を指でかきながら、ピンときていない様子で言えば
「それにこっちにはマイがいる。どんなに口が固くたって、催眠をかければ必ず吐く」
ハレトは自らが与えた魔女の力に絶対の自信があるという口ぶりで言った。
「どんなに固い意思も関係ない。ボクたちの能力の前にはね」
「……あんまり人の心軽んじてると、いつか大火傷するぞ」
ハレトのねっとりとした笑みを見て口をついたカオルの呟きは、言葉としては届かなかった。ハレトの「何か言ったか」の問いにも、カオルは口を閉ざした。
「まぁこの際、生捕り、即殺、どっちでも構わない。俺は力が欲しいだけだ。お前たちの好きなように付き合ってやる」
「……どうされます?」
マイはハレトに耳打ちした。
「いいよ。ここでわざわざ新しく火種を燻らせる気もない」
つまりこの場は迎合するということだ。
そしてハレトの意思が、この場の総意。ハレトの決めたことが決定条項。
結局彼が決めたのは『ヒカルの生け捕り』である。枕を高くしたいがため、協力者まで炙り出すことを譲れやしなかった。
「それにしてもマイ、よく分かったな。アイツが情報伏せてること」
カオルが一足先に外に出てから、魔法少女たちの準備を待っている間、ハレトは珍しく真っ直ぐにマイを賞賛した。
「私にかかればお茶の子さいさいです♪」
「……」
聞き慣れない言葉だなぁと思いつつ、ハレトは相変わらずマイの豊富すぎる人生経験を訝しんだ。