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亡者よ、明日をつかめ  作者: イシハラブルー
3章 揺れる絆と変わらない思い
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第六編・その1 非情な笑み




 3月中旬の昼下がり。太陽に照らされる中、同じ道を縦に並んで歩いてきた今川カオルと佐野ヒカルが、刺々しい鉄の門に向かって並び立った。身も心も絶妙な間合いを保っていながらも、ヒカルは門の向こう側の光景に「おー」という感嘆の声と


「すげぇな、ドーム何個ぶんだよ……」


 日本人にしか通じない例えを口に出す。

 一面に緑がムラなく広がる広大な庭園。駆けずり回って持て余すほどの広さにヒカルは感心していた。

 ただ広いだけではない。芝は均一に刈り揃えられ、モーセのように扉へと続く白い石畳の道には雑草の一本も生えていない。相当気と時間、お金を使って手入れされているのがひしひしと伝わって来るようだ。しかし庭もさることながら……


「圧巻だろヒカル、これが上澄みの住む根城だよ」


「ホント、ここまで来るとちょっとしたアトラクションだよな」


 なんと言ってもやはり、遠くにあるはずなのにそこら辺にある模範的住宅なんかよりもよっぽど大きく見える、広大な庭にも迫力負けしない豪華な洋風の屋敷には、建物に頓着ないヒカルも流石に憧れてしまう。けれどきっと、お値段を聞いたらスンッと冷めてしまうだろう。


「こんなデッカい家に住んでるなんて……氷上ハレトってすげぇ奴なんだな」


 名前だけを教えられた、まだ見ぬこの屋敷の主の像がヒカルの中で膨れていった。


「もっともこの城を築いたのは、お前が用のある奴の父親だがな。アイツ自体は正直大したことない、それこそ典型的な金持ちの二世ってだけさ」


 一方カオルは、もう何度もハレトと顔を合わせ、その小心で卑しい本性まで知っているから、上から目線で好き放題言える。


「それでどうする?」


「ん?」


 お値段と敷地面積にばかり気を取られていたヒカルが気の抜けた返事をすると、


「潜入したいのなら、俺が一声かければおそらく上手いこといくと思うが」


 カオルはそう言って、若干芝居臭さのある仕草でコートの内ポケットから携帯を取り出してみせる。


「眺めるだけじゃあ足りないだろう。お前なりの企みを果たすには」


「う~ん……」


 ヒカルは腕組みして唸り出した。

 確かにカオルの言う通り、果たすべき用件はこの屋敷に入らないことには始まらない。不審者じみた真似をせずに、正面から潜入できるならまぁありがたいことだ。

 ちなみにヒカルはここに来るため、四隅までビッチリ書き込まれた手のひらサイズのメモ用紙を頼りにして来た。

 カオルとの遭遇は道中での出来事で、その時メモに意識を落としていたこともあって、ヒカルは刺客の登場に大いに驚いた。

 まぁ、実はカオルの方もヒカルを見かけた時は一瞬思考が混線したので、これに関してはお互い様であった。


「……いいや、やめとく」


 と、長々考えた上でヒカルは、自重の選択を決めた。


「いいのか? せっかくここまでに来たのに」


 ご足労を口実に、カオルが惑わそうとするも、ヒカルは口をへの字に曲げながら


「無策で突っ込んでも、ロクなことにならないのは流石に分かっからなぁ……」

 

 誘惑を断ち、自制した。

 この屋敷はヒカルにとって、いわば敵のアジトである。どんな仕掛けで歓迎されるか、敵が何人で出迎えてくるかも分からない。だから白昼堂々と踏み入るのは、よく考えなくとも危ないと。


「あと……」


 ついでにヒカルはそっと横目で、カオルをチラ見する。

 このカオルへの信頼感が底辺を這っていたことも、自制に力を貸した要因だった。正直道案内をちゃんとしてくれたことさえ、よくよく考えると不思議である。


「まぁ今日は下見だったってことで。これで次からは迷わないで済むし、潜入はまた今度にするわ」


 そう言うと、ヒカルは手のひら見せ「案内ありがとう、じゃあ」と告げてから走り去った。背中を向けるのも、後退りで安全圏をとってからという徹底ぷりであった。


「……肝心なところで賢明な奴だ」


 みるみる小さくなっていく背中に、カオルは静かに吐き捨てた。

 もし1歩、この屋敷に踏み込みでもしたら、背中から襲って捕らえてやろうと目論んでいたのに、あっけなく潰えた。3分足らずで立てた策なので、気にするほどのことでもなかったが。

 さて元々の用件を済ませるかと、カオルはコール音を鳴らす。そうして3ループとちょっとして繋がった電話口に、カオルは言った。


「今、すぐそこまで来ている。1つ相談があるんだが、中に入れて貰えないか。手ぶらで悪いが」


 しばらくして、鉄の門が自動で内開きに開け放たれた。



⭐︎




「ようこそおいでくださいましたァ」


 そう言ったマイは、片時もカオルに目を合わせず、おまけにいかにも事務的ですと言わんばかりの塩対応だった。


「招くのに時間をかけるなと思ったが、随分と忙しそうだな」


 正座の姿勢で洋服を手際良く、5秒以内に次々と畳んでいくマイをよそに、カオルは肘掛けのついた一人掛けのソファに腰を下ろした。


「でしょお。だから、もう出来れば来ないで欲しかったですよ、なーんて口が裂けても言えませんね」


「それは悪かったな、タイミング悪くて」


 背もたれに背中全部を預ける勢いでもたれかかり、カオルは「ハハッ」と乾いた笑い声を上げる。


「それで? 世界一周にでも行く気か」


 カオルが、畳んだ服を次々スーツケースに押し込むマイに尋ねた。

 スーツケースのサイズは小柄な男性が丸まればスッポリ入れるであろうサイズだ。それが2つ、もう1つの方はまだ空っぽなのが透けて視える。


「近からず、遠からず、といった感じですね」


 と、あらかた服を詰め終えてマイは、ようやくカオルの方を向いた。


「ちょっと……夜逃げの準備をば」


 一瞬右上に目を泳がせから、マイはイタズラっぽく口元を歪ませた。


「ふぅん……。なぜ急に」


 が、カオルは淡々と話の続きを求めた。


「……それはですね」


 不服そうな顔をしつつ、マイが口を開きかけるも、理由を答えたのは彼女でなかった。


「発信機が見つかったんだよ!!」


 大声と共にドアを思い切り開けて乗り込んできたのは、この屋敷の若き主、氷上ハレトだ。いつになくピリピリしており、落ち着きなくつま先で床を鳴らしている。


「発信機……? ほぉ」


「…………今朝ね、魔法少女たちの服をクリーニングに出そうとしたんですよ」


 今、ハレトらが養っている4人の魔法少女。その中でハレトが最もお気に入りにしているのが炎使いのフラム。発信機はその彼女につけられていた。

 預けに出す前に、マイがいつもの習慣でスカートのポッケをひっくり返してみたところ、ボタンサイズの発信機が出てきた。


「充電式、稼働時間はおおよそ2、3日といったところ。いつ頃から仕掛けられていたのか正確には分かりかねますが、こちらの所在はバレたと考えた方が良いでしょう。少々抜かりましたね」


 マイは現物を親指と人差し指でつまみながら、分析結果を告げた。


「それで怖気ついた訳か」


 カオルがハレトを見やった。すると彼は盛大にため息をつく。


「もういいんだよ、こーゆう面倒事はうんざりなんだ。ボクはなーんも我慢せず、適当にしてたいわけだし」


 そう言うと、ハレトは再度ため息をついた。

 出来れば隠居して、趣味(ゲーム)を好きなだけ謳歌する生活を送りたいのだ。

 敵に自分の居場所を知られていては、趣味を謳歌なんてままならない。

 当人からしたら、深刻な問題である。


「……そうか」


 しかしカオルからしたら、他人の弱みなんて利点でしかない。

 ハレトの深刻っぷりは、嬉しい誤算だ。

 てっきり手ぶらかと思っていたが、そうじゃなかったのが分かったのだから。


「その顔、何か知っている顔ですね」


 感情が溢れていたらしい。そしてマイは目ざとかった。


「俺には心当たりがある。ソイツを仕掛けた奴にな」


 カオルは発信機を指差した。


「ホント?! 誰だ一体?!」


 驚愕、喜び、焦燥。色々な感情が入り混じった様相で詰め寄るハレトに、カオルは言ってのける。


「知りたいか? なら、タダでは教えられないな」


 笑顔なのに、非情であった。




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