第三編・その1 本当の戦いはこれからだ
死後の世界では閻魔様とその側近が、現世で行われているゲームの進捗の様子をスクリーンで見ていた。
「もうゲームは3日目に突入か。早いもんだな」
少々感慨深げに閻魔は呟く。
この現世での2日間に当たる時間、基本的に閻魔は働き通しであった。ひっきりなしに送られる死人に裁きを下し続けていたので、ゲームの経過を見るのは滅多にないことだ。
なおこれまでの経過、その全てを通しで見ることは出来ないので、今閻魔が見ているのはまとめられたダイジェスト版のようなものである、
「とりあえず、今のところは特に大きな変化はないようだな」
「ええ。今のところは、起こってないようです」
側近が閻魔にそう告げると、閻魔は「そうかそうか」と頷いた。
「今まで現れた霊獣の数は……」
「3体です」
側近が補足を入れた。
ゲームが開始する前までは、有史以前からそれまでに現れた霊獣の数は、片手があれば足りる数だった。
それがたった2日で3体である。どう考えても異常な出現率の増加である。
しかし閻魔たちはあまり気にしていないようだ。
すると、閻魔は12人の参加者の顔を浮かび上がらせた。
その横には数字が出ている。今のところ、その数字は0か1だ。
「今のところ、撃破数は1体が暫定トップか」
「のようですね。まだ2日ですから」
「で、その討伐者は佐野ヒカル、上里テツリ、それと藤川ツバサ……か」
参加者の名を目で追うと、閻魔は不敵に笑った。
「何が面白いんです?」
側近の視線が閻魔に送られる。
「別に何も面白くはない、これから面白くなるんだ。そのキーになるのが……こいつらだ」
閻魔は参加者の中から3人の顔を抜き取って見せる。
「近いうちにこの3人が交わって、初めて本当の戦いが始まる。魂と魂がしのぎを削る、真の戦いがッ!」
バーンと、カッコよく決めた(つもり)の閻魔の傍らで、側近は「……はぁ」と気のない返事をする。
「さて大体分かったし、私も仕事に戻るとするか」
「何からすれば?」
「ん? あぁお前いつもの(側近)じゃなかったな。とりあえす下に降りて適当に誰か順番待ちしてる奴を連れて来てくれ」
閻魔が指示を出すと、側近は素直に返事をして部屋から出て行った。
「うーむ、しかし改めて見てもコイツはハンサムだな」
1人になった閻魔は、その3人のうちの1人の顔を見てそう呟いた。
⭐︎
一方閻魔たちがゲームに関することで盛り上がっていた頃、現世ではその話題に上がっていた佐野ヒカルと、その彼女である吾妻ナルミがお好み焼き屋にてデートをしていた。
今日は日曜日、午後3時を回ったところで、店は客でいっぱいだった。
2人は座敷の席に向かい合って座りながら、注文した豚玉と明太チーズ玉のお好み焼きを焼いていた。
「そろそろひっくり返してもいいかな!?」
ナルミは鉄板の蒸気に身を乗り出す。
「そうだな……」
ヒカルがヘラで軽く持ち上げ、焼き面を見ると、いい感じに焦げ目がついていた。
「いいんじゃないか」
「私がやる」
両手を伸ばしたナルミは、ヒカルからヘラを受け取るとそれをハの字に構え、そしてお好み焼きの下に潜り込ませる。
「どっちにひっくり返すんだっけ?」
「好きなほうにひっくり返せば、"お好み"焼きなんだし」
「じゃ、手前側にひっくり返すね。線香とかもそうだし」
それは今関係ないだろ、とヒカルは心の中でツッコミを入れた。
「とぁ!」
気合を入れてナルミはヘラを操る。どれほど力を込めたのだろうか、お好み焼きは宙を舞い、そして見事綺麗な円を保ったままひっくり返った。
「やった。できた。できちゃった」
ナルミはその大きな胸を揺らして喜んだ。
「おー、おめでとう、よくやった。じゃ次も頼む。2回成功したら、間違いなく実力だ」
「まっかせておいて!」
ナルミは成功の勢いそのままに、今度は明太チーズ玉の方をひっくり返しにかかる。
ただそれがまずかったのしれない。
「てぇや!」
勢いよく宙に浮いたお好み焼き。しかしそれはあまりの勢いに鉄板の重力から逃れ、そして一直線に……
「ぶっ!」
「あっ、ごめん」
まだいただきますをしていないヒカルの顔面に不時着し、そして鉄板へと帰還した。一応鉄板に帰った時、かろうじてお好み焼きはひっくり返っていた。
「大丈夫?」
「……大丈夫、想定内だから」
そう言うとヒカルは、新しく出したお手拭きで顔を拭いた。
最初の様子を見た時、ヒカルは多分こうなるだろうとは思っていた。だから特にムカつきはしない、もはややっぱりとしか思わなかった。
「……どうする?」
さて、目下の問題はお好み焼きが顔にダイブしたことではなくなっていた。
ヒカルは自分の顔から落ちて、今は鉄板の上で音を奏でる明太チーズ玉を指さした。
「新しいの頼むか?」
「いいよ、お金払うの私だし、これで」
「でも食うか? 唾とか毛とか入ってるかも」
「? 今更そんなん気にしないよ。もう、せ—」
「うぉい」
間一髪、ヒカルが口を塞いだことで、ナルミは次に出る言葉を飲み込んだ。最大の危機であった、誰かに聞かれてたらヒカルは死んでいた。もう死んでるのに。
そして気づけば、鉄板の上でお好み焼きは煙を吹いていた。
ヒカルは手際良くソースとマヨネーズ、ついでにかつお節をかけ、それぞれ4等分に切り分けると、それらを皿の上へと避難させた。
ソースの香りと、踊るかつお節が食欲をそそる。
「じゃ食おう」
2人は完成したばかりのお好み焼きを次々に頬張った。
全くお好み焼きというのは不思議な食べ物で、素人がどんなやり方で作っても抜群に美味しい。おかげで2人も箸が止まらなかった。
幸い顔にダイブした明太チーズ玉の方も至って普通であったので、改めてヒカルは胸を撫で下ろした。
「うんまい。お好み焼きにして正解だったな」
「でしょお」
得意げにナルミは言う。
「この間のリベンジもかねて、おいしい店頑張ってリサーチしたんだよ」
「リベンジ?」
なんのことだと言わんばかりの表情をヒカルは浮かべた。するとナルミはちょっとムッとした。
「ほら、この前たこ焼き食べようとして食べ損なったじゃん」
「あぁ、なるほど」
その説明でヒカルは合点がいったようだ。
たこ焼きを食べ損なったのは、一昨日のことだ。
奇跡の再会を果たしたヒカルとナルミは商店街にてたこ焼きを買った。また一緒にご飯を食べられると、ナルミはうきうきしていたのだが、間が悪く霊獣が現れた。
そのせいでヒカルはナルミとたこ焼きを置いて、霊獣の下へ向かい。ナルミは1人寂しくたこ焼きを食らったのだ。
多分、ナルミの中ではたこ焼きとお好み焼きはほぼ同じに見えているから、今回はここで一緒に食べたかったんだなとヒカルはすぐに理解した。
「仕方なかったのは知ってるけど、私ちょっと寂しかったんだからね」
「悪かったよ。でもそれしなきゃ俺ダメだし」
「うん、そういう人だもんね、ヒカル君は。困った人がいたらその人のことが最優先だもんね」
ナルミは眉を下げながら言う。そして「そこが好きなんだけどね」と付け足した。
「たから今日は満喫したいと思うんだ、ヒカル君のことを」
「……お前、恥ずかしくないのかよ」
ナルミの大胆な発言に、ヒカルは顔に熱が帯びるのを感じた。
「……人いっぱいいるんだぞ」
ヒカルはナルミの耳元でささやいた。
「いいの、もっと正直になろうって決めたんだ。後悔しないように」
また声が大きい。ヒカルはたじろいだ。けれど悪い気はしなかった。
そして色々な意味でお好み焼きを満喫すると、2人は店を出てとりあえず近くの公園でもっと色々と話をする……はずだった。
「なんか、一雨来そうな空だな」
空を見上げたヒカルは手のひらを広げた。まだ雨粒は落ちて来ないが、いつ土砂降りになってもおかしくはない夕方の空だ。
「そう言えば今朝、天気予報で夕方くらいに天気が崩れるかもっていってた気がする」
ナルミは記憶を辿った。
「今日はもうお開きにしよっか」
「……いいのか。満喫したいんだろ?」
「したいけどさ」
ナルミは肩を落とす。
「仕方ないよ、雨に濡られたら困るし」
「……」
だったら室内でどこか、と言いかけてヒカルは口籠った。
今ヒカルは金の類を一切持ってない。だからどこか入るならナルミが2人分の金額を負担するハメになる。
それが申し訳なくて、ヒカルからは何も言えなかった。
いや、本当は他にもっと、言えない理由があった。
「じゃあまたね」
「……あぁ」
別れ道でナルミを見送った後、ヒカルは考えていた。きっかけはふとしたことだったが、気になり出したら止まらない。
「今の自分は負担なんじゃないか」
そう思わずにはいられない。
金銭面もそうだが、何より今の自分は不安定だ。
またいつ彼女を遺して消えるかも分からない。いつまた2度と会えなくなるかも分からない。
そんな自分が、まだ生きているナルミと一緒にいて、彼女の時間を奪ってもいいのか?
しかし彼女から離れたら、何を糧に自分は戦えばいいのか?
それに彼女も離れることは望んではいないだろう。
そうヒカルは自問した。
「……まぁ、勝てばこんな問題全部どうにでもなるんだよな」
それが結論だと、ヒカルは自身に言い聞かせるよう呟いた。
「勝てばいい……必ず勝って、これからもナルミの側にいられればいい」
そう考えていた、その時。
「……ウッ!」
図ったかのように、頭痛が走った。
どうやらまた霊獣が出たらしい。
「……」
迷いが全くないと言えば嘘になる。
しかしヒカルは霊獣を退治するため、すぐに現場へ直行する。