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亡者よ、明日をつかめ  作者: イシハラブルー
3章 揺れる絆と変わらない思い
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第四編・その1 扉は開かれる




「先生……先生……」


 耳元で囁かれる、男声の中に初々しさ残る声は、真っ白い景色を見ていた上里テツリにゆっくりと目を開かせた。

 机に突っ伏していたせいでボヤける目を瞬かせ、そしてテツリは「え?」と疑問符のついた声を発する。

 座っている車輪のついた椅子ごと声のする方を向けば、ボヤけたかつての教室の風景の中に、かつての教え子が立っていた。


「先生……」


「!? マ、マサ……どうしてここに……」


 今はもう、朗らかだった顔は憂いで満ち、希望に満ちあふれていた瞳に生気はない。

 彼はもう死んだ人。テツリが死ぬ、ずっと前に18年に満たない生涯を閉じている。だから会えるはずはないのだが、テツリがこうして彼に会うのは初めてのことではない。


「ああそうか……夢か。夢を見ているのか」


 理解というよりそれは再確認であった。 

 よくあることである。失敗を思い返しては顔を埋めることなど。

 テツリの場合、繰り返しすぎてもはや忘れる余地すらなかった。けれど、いくら経っても慣れはしなかった。


「最近、よく会うよね……マサ。それだけ僕が情けないって事なのかな」


 彼のことは見ずに、自分の足元を見ながらテツリは言った。見つめるには、何か覚悟が足りなかったのだ。


「あ、そうそう。昨日はナギサさんに会ったんだ。相変わらずだったけど、ちゃんと前に進もうとしてたよ。偉いよね……本当、偉いよ」


「……」


「どうしたら良いんだろう、僕は。……教えてよ、先生にさ」


 頭上からの声を待った。けれど待てど待てども、答えは何も、聞こえてはこなかった。


「まぁ、答えてはくれないよね……」


 分かってはいたと、テツリは諦念の笑みを浮かべながら立ち上がった。

 死人に口なし。今更、何かを教えてはくれないのは明白だった。

 けれど聞いた。そんなの笑うしかなかった。


「先生……先生……」


 また怨念のようにずっとそれだけを発し続けるマサの意味を尻目に、テツリは教室の扉を開け放つ。

 扉は眩しいばかりの光に繋がっていて、夢の中の幻は鏡のように残酷な現実の光に(つい)える。




⭐︎




 2度目の目覚めは現実であった。

 仰向けで寝ていたから、最初に目に入る景色は天井な訳なのだが、初めて見る天井であった。

 テツリはここがどこなのかを、可能な限りの状況証拠から考えた。

 それで1つの可能性だが、きっとここはナギサさんの部屋だろうとの推察に至った。


「……ナギサさんの部屋か」


 思い始めた途端に芽ばえる、なんとも言い難いソワソワ感とでも例えるべき感情が、その反芻を促した。

 この今かけられている布団が、誰に使われているのかまで考えていたら、テツリの精神(こころ)は危なかったかもしれないがそれは免れた。と言うより、今思いを占めるのはそんなことではなかった。


「あーあ……まーた負けたのか」


 テツリはため息交じりにやるせなさを吐き出した。

 戦う霊獣がどんな特性を持っているかなんてあらかじめ知れないから、不覚を取るのは仕方ない、仕方のないこと……。

 けれどそれでも勝てる人は勝っている。でも自分はしょっちゅう負け、その度に助けられている。反面、誰かを助け、守った事なんて数えるまでもない……。

 その意味が、テツリには辛かった。


「…………ん?」


 すっかり傷心が染みついたテツリであったが、そんなテツリと違いそうそうへこたれたりしない鋼の男の声と、立ち直って前へ進もうとする教え子の声を聞いて、布団から立ち上がった。

 この頃去っていた寒さのぶり返しと、身を襲う痛みでテツリは自分で自分を抱く。

 けれどそっと、話し声がする方へと歩を進めた。

 そこは台所らしく、ちょうど覗き込んだところでナギサは「いい話ですね……」と言って泣いていた。そしてヒカルの方は「ついにこの熱さを分かってくれる奴が現れたか」と、腰に手を当てて誇らしげにしていた。


「……どういう状況?」


 テツリ目線、教え子が友達に泣かされているわけで、思わず肩がずり落ちそうになった。

 声をかけたわけではなかったが、それで2人はテツリの存在に気づく。


「おぉ、起きたかテツリ」


「先生……おはよーございます」


「……おはよう。……あの、今どういう状況です?」


 今度は嗚咽するナギサのことを指さしながら、テツリは問う。


「私は、先生におかゆ作ろって思ってねッ」


「俺はそれを手伝ってたんだよ。で、あとは待つだけだからさ。待ってるついでに、俺のバイブル、光闘士ブリリアンについて語ってたんだよ」


 それを聞いて、テツリはもう片方の肩もずり落ちそうだった。


「何やってんですか……」


 前、散々聞かされてゲンナリさせられた時のことをテツリは思い出し、その熱が今度は教え子にも降りかかったのかと思うとつい、批難の眼差しになっていたらしい。ヒカルの弁明が始まった。


「いや我ながら反省したさ、あれは。だから今回はその反省を生かしてな、セレクション方式にした」


「セレクション……」


 1番の問題はそこじゃないんだけど……、とテツリの眼は語っていた。

 問題なのは、興味ない話を風邪ひきそうな温度差で聞かされることなんですが……と、この空気では言えそうになかった。

 何故か光闘士ブリリアンが琴線に触れた可愛い教え子と、どっぷり浸けられ熟してる男が醸す、閉鎖空間では。


「今……13話を聞いてたんですけど……いい話でした。家族にも知られず他人(ひと)のために散る男の悲壮……。私も見習いたいと思います」


「第4位だ。俺調べの好きな話ランキングでな」


「俺調べって………調べるの、ヒカル君しかいないんじゃ」


 てか、子供向けの特撮で散りゆく男の悲壮とはと、テツリも何だか気にはなった。気にはなったけど、ここで内容を聞いたが最後、"聞かれた"という免罪符を盾に延々と話される予感がしたので、利口に口をつぐんだ。


「佐野さん……では続いて第3位の方を……」


 が、率先してナギサが聞いてしまうのでその利口さは無効であった。

 ついでに、一朝一夕ですっかりヒカルに懐いたナギサの姿は、テツリに多少なりとも嫉妬をもたらした。


「おお聞いてくれるのか。初めてだ、こんな食いつかれるの」


 ヒカルはちょっとウルッときていた。テツリは『そらそうでしょうねぇ』と思い、そして心を半分くらい無にして聞き流す備えをしていた。

 しかし、すぐにその必要はなくなった。肝心のおかゆを炊いている鍋の蓋が、沸騰によってカタカタと揺れ始め、無視できない存在感と米の甘い香りを放ち出したのだ。


「まぁ、今日はここまでにしとくか」


 それと案外、ヒカルについてはテツリにも目ざとく目を配っていたので、そこから察するものがあったらしい。


「トップ3についてはまた次回会う時話すよ」


 そう言ったヒカルは、すれ違いにテツリの方をしっかり見ると笑った。正確に言うと、ニヤついた。


「じゃ、仲良くな」


「へ?」


 呆けるテツリの背中をポンと叩き、何故かヒカルはご満悦になって、そのまま帰ろうと……。

 テツリはその表情の意味を理解した時、慌ただしく駆けていた。


「待ってヒカル君?! 別にそういうんじゃ……」


 だが引き留めようとした言葉を言い切る前に、扉は閉められてしまった。

 そして背後からかけられた嬉しそうな「先生、食べてください」の一言に、テツリは何拍も間を置いてから振り返った。


「ありがとう……いただくよ……」


 テツリの嬉しくも引きつった笑顔は、うっすら汗ばんでいた。




⭐︎




 アパートを出たヒカルは、門の前で伸びをした。粋な計らいをした気になって、気分は上々であった。知らぬが仏である。

 それと、テツリがちょっとだけ少し前までの調子であったこともまた、嬉しいポイントだった。

 このまま辛いことを忘れて、笑っていられればいいんだけどなと、ヒカルはテツリが残るアパートを振り返り見て思う。

 だがそれはそれで間違いなく1つの思いだったが、同時にきっと仲良くしてるであろうテツリたちが頭をよぎり、つい羨ましさからため息をついた。


「はぁ、ナルミも元気にしてんのかな」


 ヒカルが久しく会えていない恋人に想いを馳せ、名を口に出した時だ。

 アパートの前の路地を走る、黒い車。その車が路肩に停まった。

 エンジンが停止し、運転席のドアが開かれる。降りてきたのは、スーツ姿の初老の男であった。


「初めましてでよろしいですかね?」


 優しげだが鋭い、切れ者だと匂わせるその目はヒカルに向けられていた。

 そもそもあたりには人もいないから、すぐにヒカルは自分が尋ねられていると分かった。


「んえ? あー……どこかでお会いになりました? すみません」


 巡らせど巡らせど、一切記憶に無かったヒカルが率直に尋ねると、そのスーツ姿の男は答えた。


「いえ、あなたは知らなくても無理ないでしょう。ただ、私はあなたのことを存じております」


「はぁ……」


 ヒカルは気のない返事をした。

 じゃあいつどこで会ってんだろうと考えるも、心当たりはいくつかあるが、分かりきらない。

 と、ヒカルが考えているうちに、男は唐突に言う。


「ところで、これから暇でしょうか?」


「え……? まぁそうですね」


 唐突だったゆえ、ヒカルは馬鹿正直に答えた。


「なるほど。ではお時間を頂戴して、少し話しをしませんか? ご心配なく、あなたの悪いようにはなりませんよ」


「話……ですか?」


 聞き返すも、男は微笑みを崩さなかった。

 男のことを何だか食えないなぁと思いつつ、ヒカルには予感があった。何となく、この人のお願いを断らないほうがいいような、そんな予感が。




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