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亡者よ、明日をつかめ  作者: イシハラブルー
3章 揺れる絆と変わらない思い
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第三編・その3 成り上がった男




 連れ去られたセンセが気がついた頃には、一列に並んだ窓からとっくに陽が差していた。

 記憶の断裂。ここはどこだと思い、首を回して辺りを見回したセンセだったが、右にも左も取り留めの無い景色が広がっていた。何も無い殺風景な部屋の中、居住スペースとしては持て余すほどやけに広い。

 だが瞬きを繰り返すと、目の前についさっき始めて見たばかりの、強烈な格好をした背中が鮮明になった。


「!? お前は……」


 思わず反射的に立ち上がろうとするも、何故か立ち上がれなかった。センセが自分の身を改めてよく見てみると、両手両脚が縄で椅子に拘束され、がっちりと固定されていた。

 どうせ無理だろうけど一応お約束と言うことで、センセは脱するために力を込めてはみたものの、やはり力尽くではどうやっても解けそうになかった。


「よぉ起きたか、今日は冷え込みそうだな」


 背中越しにそう話しかけるカオルは、相変わらずキッツい魔法少女の格好をしたまま、どういう風の吹き回しか箒で床を掃いていた。


「ここはどこだ? お前は何者だ」


「フフ、ここは晴海。俺とあのリョウキが初めて会った場所。そして俺は今川カオル、ただしお前との以後は無い」


 落ち着いた口調で答えている間も絶えず手を動かし続け、カオルは床を掃いていた。

 センセはふと足下を見て、人気なんて絶無な、きっと長らく誰も寄りつかないでいるのであろうこの部屋の床に、目立った埃が積もっていないことに気づく。


「どうだ綺麗になったろ? 頑張って俺が夜通し掃除したんだ」


 振り返ったカオルは箒を床に立て、片手は腰に当てて誇らしげにしてみせた。


「……それはそれはご苦労だな」


 心にもない口先でセンセが労うと、カオルは鼻で笑ってから「自分への投資に労力は惜しまない性分(タチ)でね」と吐き捨てた。


「……でお前、俺をこんなところに連れ込んで何をしようってんだ。結構なもてなしじゃないか」


「そうだな……。まぁ教えてやってもいいが、場合によってはこれから時間がかかるかもしれない。せっかくだし暇つぶしに、その立派な頭で考えてみたらどうだ? お医者様よ」


 カオルが手の平を天井に向け、煽るような仕草で突き出す。それから目を逸らすと、センセは下らないと言いたげなため息をついた。


「まどろっこしい。どうせ俺を、アイツを引き寄せる餌にでもする気なんだろう?」


「ハハ、正解だ。まぁ無難だわな」


「全くだ。暇つぶしにもならない。それに、だとしたらとんだ見当違いだ」


「見当違い?」


 怪訝な顔を浮かべたカオルに、センセはお返しにと言ってやった。


「今度は俺からの問題だ、考えてみろよ。少しヒントをやるなら、アイツは何者だ……」


 少しと断っておきながらそのヒントが的確で強力であった。

 おかげでカオルは聡く、言わんとすることを瞬で皆まで理解した。


「そうだな、殺人鬼だな。だから別に人質取ったところでここには来ない。何故なら人が死んでもどうでも構わないサイコパスだから……とでも言いたいか?」


「その解釈で大体合ってる。ただ一つ訂正が必要だ。アイツはサイコパスじゃない、ソシオパスだ」


「ソシオパス?」


 これは始めて聞いた単語で、カオルは理解が足りない時によくある反芻をした。


「まぁサイコパスの親戚だ。一括りで扱うこともあるが、俺は扱わん。サイコとソシオは違う……。もっとも他人からしたら、どっちもどっちで害悪だがな」


「…………ほー、先天的がサイコパス、後天的なのがソシオパスか」


 カオルは箒に頬杖つきながら、スマホで検索した"ソシオパス"のページを閲覧していた。

 パンで例えるなら、さしずめサイコパスが製造段階での形成不良とするなら、ソシオパスは製造後に落下するか何かして規格外れになってしまったところかと、そう解釈した。

 けれど、この際それはどうでもよかった。生まれながらに歪んでいようが、ある程度育ったところから歪み始めていようが、どのみち今、存在するのは歪み、壊れている状態に違いないから。


「いくら待っても無駄だ……。アイツはここには来ない。来る意味が無い」


 キッパリと、一分の迷いなく、今までの付き合いからセンセは断言した。それがリョウキという男だと。

 もしリョウキがこのままここに来なければ、自分の身にどんな危険が降り注ぐか分かっているのに、来るという期待も希望も抱いていない。


「そうか? 俺は奴はここに来ると踏んでいる」


 一方でカオルは今までの……自分自身の経験からそう推察した。


「なんだかんだ言って、人間である以上情は少なからず存在する、0には出来ない、何パーセントかは残る。その何パーセントかが、奴を必ずここに連れて来るはずだ」


「……分かっていないな、何も……」


 するとカオルは、自由を奪われたセンセを覗き込むようにして言う。


「分かるのはこれからだ。まだ箱の中の猫が死んだと決まった訳じゃない」


 そこからさらに顔と顔の距離を縮めた。焦れったい吐息がかかる、不快感を与える距離だ。案の定センセが顔をしかめる。


「それに俺としては、来ようが来まいがプラスか0か、まずマイナスにはならないギャンブルだ。だから良い方に張った」


 すっかりカオルは愉悦の表情を浮かべていた。

 与えたい物を与え、好きなように言えた事に満足したのだ。

 それで背を向けて、さっきまでの定位置に戻ると、意味もなく箒の柄で床を甲高く突き鳴らした。


「…………」


 しかしマイナスは無いとカオルは言うが、果たしてそうかとセンセは訝しむ。

 仮にリョウキが目論見通りやって来たとして、それで返り討ちにされる可能性は考慮していないのかと。

 もしそれが考慮出来た上言ったのなら、よっぽど討てる自信があるのだろうと。

 しかし……


「……それにしてもお前だけだ、こんなことする奴は」


「ああ?」


 流石に代名詞ばかりの主述不足に、カオルも要領を得なかった。

 だからセンセはまた同じ意味の文章を、別の言葉で飾って。


「お前だろ、今アイツに粘着してる奴は」


「ああ、そうだが」


「何だってわざわざアイツに喧嘩を売る」


 センセのそれのニュアンスは、若干疑問とも違った。ただ知を持つ一人の人間としての、純粋な興味があった。


「今までも稀にはいたんだ。アイツを殺して名を上げようとした馬鹿な身の程知らずに、立場上捕まえるポーズを取らざる得ない警察……」


 銃器を持ってるから、徒党を組んでるから、遠くから狙撃するだけだから、毒殺なら腕っ節も関係ないから、それぞれが思い思いの自信で武装して、連中は挑んだ。


「で、揃ってあえなく玉砕して、わきまえようが無い奴も大勢いるが、今まで運良く猶予が与えられた奴らは皆、アイツを知って身の程をわきまえた」


 末路は語るまでもない。

 生き残った者たちは皆、抗いようのない闇を恐れ、再びリョウキに挑むどころか、名を口に出すことさえ憚った……。

 今、たった1人を除いて――


「お前だけだ。何の利益にもならないのに、どうしてお前はアイツを相手にする」


「……まぁきっかけは単純だ。練りに練った計画が、アイツの横槍で潰された。アイツさえ来なければ、一気に参加者を半分にまで減らせたというのに。これはその報復、落とし前ってところだな」


 優秀な模範解答といった感じに、カオルはつらつらと言い切った。

 しかしそれで凡人の目はごまかせてもセンセの目はごまかせない。センセはカオルの目が左上に泳いだ、ほんの一瞬を見逃すようなタマではない。


「違うな……それは頭の中で考えただけの偽だ。お前も薄々気づいているんじゃないか。心からの理由なんて」


 そしてその目の動きは嘘をついている時の仕草だと、理解している。

 例え、言った本人さえ本当だと思っていたとしても、それは思い込みで、本当の理由は別にあると言い切れる。


「お前と会うのは初めてだ。それで何が分かる?」


 かえってイラついていそうなほど静かにカオルがそう言うと、しかしセンセは生殺与奪を握られているのに、臆せずいつも通りの他愛ない会話をするよう口開く。あくまで"何となく"と前置きして。


「お前は、自分が作った箱の中に囚われて苦しんでいる……」


「…………」


 シーンと……一瞬水を打ったように部屋は静まり返った。


「だがその箱は生きていくために必要な船でもあって、お前は降りることが出来ない……。しかも、荷積めば荷積むほど船は豊かにはなるが、反対にお前はお荷物が増えれば増えるほど段々と不自由を強いられる。今のお前はもうどうにも不自由なんだ。だからじゃないか、何も持ってはいないが自由に振る舞えるアイツが……」


 最後の言葉が言い切られる前に、甲高い音が響き渡った。


「あ、悪い。手が滑った」


 滴る赤い血が床に跳ねる。

 カオルは無表情で、口から血を垂らすセンセをただ見ていた。


「こちらこそ……つい口が滑った」


 血の味がする唾を吐き捨て、センセは見上げて笑った。それが不興を買い、箒の柄がその鼻っ柱にも突きつけられた。


「人の心なんてどこまでいっても分かりはしない。全てを見透かせている気でいるのは傲慢だと思わないか?」


「見透かしたなんて思っていない。ただ……そう、不憫に感じただけだ。不法者の俺からしたら、自分の価値観に制されてそうなお前がな」


「?! ……お前、人質で良かったな」


 じゃなかったらカオルは、震えるその手に力を込め、とっくにセンセの喉を貫いていた。今だってちょっと悩んでしまっていたぐらいだった。

 けれど大事な人質なのと、ここで殺したら指摘を暗に認めてしまうような気がして出来ず……、突きつけた柄は下ろされた。


「俺は不憫なんかじゃない。少なくとも……!」


 言いかけて、カオルは突然顎を上げた。かと思えば今度はバッと素早く窓の方に顔を向け、周囲の目視をしだした、千里眼で。

 きっかけはそう遠くないどこかで教会の鐘のような音が鳴り響いたのを聞いたからだ。

 あくまでただ似てるだけ、付近に該当するような建物はない。それでも、この音はある意味では祝福の奏であった。


「どうやら最初の賭けには勝ったらしい」


 頬まで笑うカオルの呟きが耳に届いたセンセは、目を少しばかり見開いた。





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