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亡者よ、明日をつかめ  作者: イシハラブルー
3章 揺れる絆と変わらない思い
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第三遍・その2 ゴム底靴を履いた魔法少女




 草木も眠る丑三つ時。

 場所は東京から県境を一つ跨いだ埼玉、のターミナル駅もある相対的栄え街。東京には敵わないが大体の物は手に入り、県内からは羨望の眼で見つめられるベッドタウン。

 カオルにとってこの街は始めて足を踏み入れる街だが、最近は訳あって良く()知ってはいる街だ。視知っている理由と今この街にいるのは同じ男が発端である。

 光があれば必ず影が出来るように、物事には二面性がつきものだ。全てが煌びやかでいられるわけでなく、この街にもそんな影、いわゆる巨悪が根ざしている。

 ここには恐れられるべき(リョウキ)の根城があるのだ。大衆が暮らす世界からは微妙に隔絶された地にひっそりと。

 もちろんこの世界上には存在するが、世界の表舞台に立つ人間がそこに辿り着くことは不可能だ。仮に辿り着けたとして、その時には人は表舞台から降ろされてしまう。

 そして、新たにそこに辿り着いたカオルも、幕を下ろした人間だから表舞台の人間とは言いがたい。


「ようやくここまで来たか」


 見るからに重たそうな鉄扉を前にカオルはボソッと呟く。

 そう感じるのはおそらく灰色な色調と、手狭で薄暗い踊り場の雰囲気も合いまったものだろう。

 外光なんてビル陰のせいで当てにならないのに、扉前の灯りは剥き出しの白熱灯が1つ吊されているだけ、なんとも心許ない。

 それと、もう一つは重ねた苦労もだろうか。


「中はどうなってるかな」


 と言っても、まだ中に潜入するわけじゃない。わざわざ入らずとも中の状況を知る手法がカオルにはある。

 少しばかり目に力を込めれば、閻魔様に授かった眼力で中が透けて見える。

 そして中が真っ暗でも、赤外線カメラのように状況を覗うことも出来る。


「…………」


「…………」


 既にその眼でリサーチ済みではあるが、専門知識がなければ分からないような医療器具とか、薬品が入った棚があるのがまず目を引いた。

 そして部屋自体には2人いた。背格好からして男。これも既にリサーチ済みだ。

 当たり前と言えば当たり前なのかもしれないが、草木も眠る丑三つ時なのだから、カオルが覗いてみると中にいる人も流石に眠っているようだった。

 壁際を向いてベットで眠る方の1人がリョウキだとカオルは理解した。ついでにもう1人の椅子に座ったまま眠っている方はリョウキが仲良くしてる医者か……とも。


「呑気に寝てやがるな」


 敵がすぐそこまで来ているというのに全く……好都合だなと、カオルは鼻で笑った。


「さぁ、ここまでは計算通り……。ここからは悪夢の始まりだ……」


 そう言うと、カオルはコートの内ポケットからおよそ男が持つには似つかわしくない、女性だって大人なら持たない、いかにも玩具じみた宝石が散りばめれた、マゼンタがベースカラーの長方形のコンパクトを取り出した。

 不服とも違う引きつった顔でそれを見つめると、カオルはコンパクトを持つ左手をバッと突き出す。

 すると二つ折りのコンパクトが重力に引かれて開き、カオルは静かに言う。 


「マジカルチェンジ……」


 力なく言ってうつむいた。

 コンパクトからリボンのような光る帯が複数本、一瞬でうねり伸びたかと思えば、生き物のようにカオルの全身に巻き付いた。

 光に纏わりつかれたカオルのシルエットが変わっていく。その様はまるで……



 魔法少女だった。



 コスプレでも、ごっこでもなく、正真正銘の魔法少女?だ。


「……」


 光が弾け、変身完了。そこにある顔は無粋であった。ついでに肩まで伸びた髪も毛先がマゼンタに染まり、俗に言う触覚は頬にかかるほど伸びていた。

 流石に手段を選ばないと言えど、女装に抵抗はある。沈黙が何よりの答えだ。慣れることも、羞恥心が消えることも無いだろうと……。

 男がマゼンタ基調の、風が舞ったら危ないミニスカートを履いて、フリルをあしらったロリータファッションなんてやってたら、言わずもがなキツい……。すね毛が薄いことがせめてもの救いである、筋肉の付き方はモロに男だが。

 けれども、計画を達せれば恥も全部帳消し……だろうか?

 ただヒールだけは動くに邪魔なので、あらかじめ虚空に収納していたゴム底靴に履き替えた。

 珍妙な魔法少女が出来上がり、カオルは最後にもう一度、中の様子を視る。

 2人はまだ寝ている。これで準備も完了だ……。

 始めるか……。

 心の中でそう宣言し、魔法少女になったカオルは引きつった笑みを浮かべる。


「通して貰うぞ」


 行く手を遮る鉄扉も、カオルの魔法少女には意味をなさない。

 埃を払うようにそっと箒で扉を撫でると、撫でたところから扉は物理的干渉力を失う。

 満遍なく撫でれば、もはやそこにある扉はただの幻、カオルはくぐり抜けられる。そして待ち受ける漆黒の闇へと。

 しかし、彼には克明に視えている。昼間と同じように。

 だから暗闇の中、ネズミの足音も立てぬよう、リョウキの枕元に立つのはそう難しいことではなかった。

 そこでカオルは仕込み箒のドスに手をかけた。せめての慈愛、夢見で逝けるよう、処刑として最も痛みは少ない首筋に狙いをつける。


 抜刀――

 即斬――


 枕から白い羽毛が舞い散った。

 だがその上、ベットで眠りに落ちていたはずのリョウキは忽然と消えていた。

 思わず目を見張るカオル。

 決してゲームから脱落した他の参加者たちのように、霧散したわけでもない。

 しかし視界内にいないことは確か……。

 カオルは視界から消えたリョウキに困惑した。その惑いも瞬時に払い、探し出そうと首を振ったが、既に遅かった。

 ゴッッ!! 暗闇に鈍い音が響き渡った。

 カオルの脇腹に走る鈍痛。時間が止まるような感覚。

 信号無視のトラックにはねられたように吹っ飛ばされて、カオルは床に落ちた。

 と、暗闇で蠢く者がいた。カオルにはその姿もハッキリ視えている。


「当たったな。さぁて、きたのは誰だ!?」


 その男――リョウキは、右脚を庇うようにして立ち上がると、腰に手を当てた。

 たった今、殺されかけたとは思えない余裕のある態度だった。


「チッ、起きてたのか」


「いやぐっすりだったよ。でも悪いね、わたし、寝起きはとってもいいんだよ。それに寝ててもなんとなくわかるんだよね、イヤな気配」


 つまり常に死と隣り合わせに生きる獣と一緒、寝首を掻くのは通用しないらしい。

 その振り切れた戦闘力と向かい合わずに倒せる1番の攻略法が封じられ、カオルは息を吐く。

 だが、まだアドバンテージがある。リョウキの負った右脚の骨折、それと……


「あれ? 返事ないけど話す方向はあってるよね? こっちの方にふっとばしたよね? 暗くてわかんないな」


 この暗闇だ。

 いくら化け物じみた力を持っていても、リョウキは一応人間。だから光が無ければ何も見えない。

 一方カオルにはハッキリと視えている。

 視えている者と見えていない者の差。明確なつけいる隙だ。

 息を殺し、足音もたてず、カオルは機を覗う。

 リョウキはと言うと、腹を括っていた。身じろぎ1つしない。

 それを視て……虎視眈々と機を覗っていたカオルが…………


 斬りかかった!!


「……!!」


 だがリョウキは、切り払う剣撃をしゃがんでかわした。

 よもやかわされるとは……なんて思っていない。それでもリョウキなら多少の抵抗はするだろうとカオルは予測していたから、困惑は月並みだった。

 だが次も、次も、次々と!!

 剣が空を斬り、地を突く度に困惑は飲み込めないほど育っていった。


「くっ!!」


 少々自棄になって、声を漏らした突きも視ている限りは難なくかわされてしまう。それどころか……

 ドゴッッ!! と、胃に突き刺さるような強烈なカウンターパンチまで貰ってしまった。


「……ッ、どうしてだ……」


 間違いなく見えていないはずなのに、どうしてこうも自由に戦えるのか? それとも実はまさか、見えているのか!?

 カオルの頭の中は疑念で満ちていた。

 少なくともリョウキの動きは、視界が確保されていたこれまでの戦いでの動きと遜色ないように、感じられた。


「あらら、今のはいいとこに当たったねぇ」


 けれどリョウキには本当に一切が見えていない。カオルの位置も、どこからどんな攻撃が来ているかも。

 けれどリョウキはおおよそ分かってる。カオルの位置も、どこからどんな攻撃が来ているかも。

 仕掛けはこうだ。

 人間に備えられているのは視覚だけでない。聴覚、嗅覚、触覚、味覚。人間は他にも四感がある。

 そのうちの1つが使えなくてもあとの4つは問題なく使える。

 動く以上どうやっても殺しきれない僅かな音で、自身に触れる空気の変化で、見えない敵の動きを探り、行動を予測する。

 だから視覚が無くてもどうと言うことはない……を即座に発揮できるリョウキはやはり人間として異常である。


「さて……捕まえた」


 そして、追い詰められれば追い詰められるほど、気配を消すのは難しくなり、姿は鮮明となってしまう。

 息が上がって、冷静さが失われれば、暗闇のアドバンテージなんてこの化け物は簡単に消し飛ばす。脚のアドバンテージは最初から無い。

 いなしたカオルの右腕を掴み、リョウキは笑いかけた。目と目が合っていたのを知るのはカオルだけだ。


「ああ、まんまと捕まってしまったみたいだな」


「普段とは逆だね。わたしはいつも捕まえられる側だからさ、捕まったことはないんだけど……。ま、おかげでもう見えなくても大丈夫。あなたはここにいるんだから」


 だが、その時カオルは不敵に笑った。

 その笑顔を見せてやれないのは少々残念だった。それとこれから視られるであろう困惑を、直の目で見られないのも。


「……ソイツはどうかな? 俺には切り札がある」


「きりふだ? なにそれ?」


「フフ、そのまま逃がさないように掴んでろよ……」


 まだ奥の手があった!!

 カオルは空いている左手で指を鳴らす。

 すると不思議なことが起こった。


「!? なんだ!?」


 珍しくリョウキは本心で動揺した。

 鳴った途端に一瞬で、がっちり掴んでいた腕の感触がすり抜けたかのように消えた。それだけでなく、さっきまで気取れたカオルの姿も、何もかも無くしてしまったのだ。


「……えっ消えた?」


 そうとしか思えなかったのだが、それは否!!


「!?」


 背後で再び指を鳴らすパチッという音と、気配を感じたリョウキは背筋を震わせた。

 振り返るよりまずは、感覚を鋭敏に……。

 それでほとんど反射的に、本気でかがんだ。

 その時リョウキは、頭上スレスレを何かが横切ったのを感じた。たぶん髪の毛の何本かは持っていかれたんだろうな、とも。

 しかし、居場所が分かったなら……。

 かがんだままリョウキは背後を蹴った。その姿はサソリさながら、2つの意味でノールック。

 けれど漏れた呻き声が、感覚が正しいことを教えてくれた。


「今のは……惜しかった……」


「だねぇ。ちょっと早けりゃ首切られてたねぇ。久しぶりに寒気がしたよ」


「だが、惜しいことに意味はない。勝てなきゃ何も……意味なんてもの無い」


「そっか。残念だね」


「……フフ、お前、もう勝利者気取りか!」


 壁際に追い込まれたカオルが憤りを隠せず言った。


「お前が強いことなんてずっと認めてるが……だが、だから勝てるとは限r」


「しゃべると居場所バレるよ?」


「……どのみちバレてんだろ」


「フヒャヒャ! まぁーね」


「……その高笑い、悲鳴に変えてやるよ」


 だが、こうして舐められているうちがチャンスである!!

 そう言ったカオルは、蹴られたときに傍らに落とした剣を握った。


「えーこれ、普通に笑ってるんだけどなー」


「……」


 緩んでやがる。

 やはり決めるなら今がチャンスだと、カオルはもう一度左手を鳴らそうと……。

 が、その時――

 パチッ! と音が鳴った。

 しかしカオルが鳴らしたのではない。それにその音で、部屋に灯りが点灯する。


「おい何を騒いで…………!?」


「!? っ!! ぁぁっ!!」


 突然の明転に、カオルは眩しさで目を押さえた。

 言うなら不意にスタングレネードをお見舞いされたようなものだから、たまったモンではない。

 苦しさで膝もついた。


「おっ、センセ、ナイス」


 リョウキが賛辞を送ったのは、この場所のもう1人の住人、そして所有者である闇医者、通称センセ。


「は? おい、これはどういうことだ」


 騒々しさで目を覚まされた彼は、事態の成り行きの説明をリョウキに求めた。

 が、すぐにそれが(リョウキのオツム的に)無駄な質問だと思い至り、代わりにそこでうずくまる、見知らぬロリータファッションに聞く。


「……誰だお前?」


「フフ、しまったな。先に電源を壊しておくべきだった」


 まだ明かりを全て受け入れきれず、カオルは辛うじて涙の溜まる片目を覗かせた。

 と、半分の顔を見て、リョウキが声を発する。


「あ、お前は! ……ん? ……誰あなた?」


「いやそのリアクションで分からないのかよ……」


 思わずセンセがツッコミを入れるも、リョウキは首を捻って「どっっかで見たことがあるような……ないような?」と雲を掴むような感想を……。

 流石に目の前のロリータファッションと、今までしのぎを削ってきたカオルが同一人物とは、顔の半分が隠れていたら結びつけられないらしい。

 ただとりあえず、敵だなってことは十二分に分かっていた。

 だから彼の理念に従って、容赦はしない。


「ま、だれでもいいや。殺そう」


 間延びした口調で呑気に言うと、リョウキは脚の怪我も忘れて最後通牒(ドロップキック)を。

 だが接触する寸でのところで、カオルが指を鳴らすのが間に合った。


 ズガガッッシャァァァアアアンッッッ!! パリパリパリ!!


 結果、リョウキはカオルの後ろにあった棚にドロップキックをかました。

 力の暴力で、貴重な薬品類の数々も抗いよう無く落ち、床に混合された廃液が広がった。


「あ、あーーっ!! 脚が折れたァ!!」


「元からだろ」


「これ浴びてもいいやつ?」


「良くねぇよこの野郎。いくらすると思ってんだ……って今そんなッ……」


 場合じゃない。

 そう続くはずだった言葉は途中で途切れた。

 センセは隙を突かれてカオルに背後から腕で首を絞められ、完全に人質状態にされてしまう。

 そしてその背後に、空間の裂け目が発生。


「あ、しまった」


 展開を察するも脚は折れている上に、濡れた床は足場も悪く、リョウキはサッと立てなかった。

 その一瞬が足枷。故に止められない。


「さぁ一緒に来い」


 そしてカオルは、連れられてセンセも……裂け目に消えていった。

 空間が元通りになった部屋の中で、リョウキはふと気づく。


「…………さっきの声聞いたことあるな」




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