番外編1 超解析ブリリアン
朝日が地平線に立ち並ぶ建物の影に待機している朝のひととき。脆弱な冬の陽では冷えた街を暖めることは出来ない。小鳥たちも陽が昇るのを待って、蕾がついた桜の木々で身を寄せ合う。しかし、中にはその寒さをものともしない者はいる。
佐野ヒカルと上里テツリは向かい合って畳の上に座り、一杯のかけそばならず一缶の乾パンを分け合っていた。おおよそ食べ物とは思えない咀嚼音が他に物音も無い部屋に響く。
昨日は戦いの熱にほだされていた心は一晩経ち、廃校の宿直室に容赦なく吹き込む隙間風によってすっかり冷やされた。死を経験した2人には冷え込む冬の寒さも攻撃力を持たない。夢見心地から立ち返らせてくれる、良い薬であった。
「ところで佐野さん」
一夜経って、改めて尊敬と、感謝を込めて、テツリはヒカルをそう呼んだ。
とは言えその「さん」がついた呼び名は25歳の若人には馴染み無いらしく、ヒカルは首をかしげた。
「さん付けは……ムズかゆいな」
同年代からさん付けで呼ばれるほど、自分が優れた人間な訳では無いとヒカルは理解している。
変にかしこまらず、もっと親しみを持って欲しいと、飽きてきた乾パンをあえて飴のように溶かしながら食っていたヒカルは、「呼び捨てでいいぜ」と礼儀正しい社会科教師に言った。
「歳もそんなに変わらないんだしさ」
「呼び捨てですか……」
「そうそう、まぁ仲いい奴は俺のこと「ヒカル」って下の名前で呼んでくれるから、テツリもそれでいいぜ」
「うーん……」
テツリは思考を巡らせ、顎に手を触れた。「呼び捨てはあんまり得意じゃ無いんですよ」と、独特な理論を展開して、その呼び名を渋った。
なんでも高校の頃から、男女問わずさん付けで呼び始め、先生になってからはもっぱら、日常的に、誰彼構わずさん付けで人を呼ぶのが当たり前になっていたらしく、今更呼び捨てはハードルが高いとのこと。
「そ、そんな考えるほどなら別にさん付けでもいいけど……」
と、ヒカルが譲歩するほどに、呼び名なんぞに悩んでいたテツリだった。
だが、確かにさん付けだと心に距離感を覚えるというのは彼にも合点がいくこともあったので、結果、呼び捨てとさん付けの折衷案として「ヒカル君」と呼ぶことになった。
それは奇しくもヒカルの彼女であるナルミが、ヒカルを呼ぶときの名と同じである。もっとも、テツリが呼ぶ「ヒカル君」とナルミが呼ぶ「ヒカル君」では重みと距離感は違う。
お互いの呼び方が暫定的に決まったところで、ようやく本題へと戻る。
「質問があります」
「なんだ?」
「昨日からずっと、僕が考えていたことがあります。けど、どうしても一人では分からなそうなので、ヒカル君に聞きたいんです」
「ほう?」
ずいぶんとまた真剣な様子だとヒカルは思った。
質問ごとがそれなりに重要な問題らしいと見た。いったい何だろうと、頭の中で予測して構えていたが、その予測は全て外れることになる。しかし質問は想像より、遙かにずうぅぅぅっと簡単な物だった。少なくともヒカルにとっては。
「ブリリアン……って何なんですか?」
なんだそんなことかとヒカルは拍子抜けした。
「ああブリリアン。はいはいブリリアンね、フッ、ブリリアン」
大事なことでもないのに意味も無く3回も口に出す。
ブリリアン――それは霊獣を倒すための能力として、ヒカルが閻魔様に変身させてくれるよう望んだ、そしてテツリも同じく閻魔様に与えられたコピー能力によって変身可能になったヒーローの名。
だが元々は特撮番組の主人公だった、みんなのヒーロー。だが放送局がローカルすぎて知名度は著しく低く、ほとんどの人はその存在を知らない……みんなのヒーロー……。
当然テツリもその知らない人の一人である。ヒカルと出会わなければ、一生知らないでいた、どうでも……もとい興味を引かない存在だろう。だが、今のテツリにとっては知っておかなければいけない存在だ。
「知りたいんですよ。現状、僕が扱える唯一の能力ですから。どんなことが出来て、どんな技があるのか……とか」
これからこのゲームを生き抜き、勝つためには、自らの能力くらい把握しなければならない。
つまり、例え興味が無くてもテツリはブリリアンのことを自分自身で知る必要があった。
「先生、お願いします」
「先生か……」
悪くない響きだった。
さっきのさん付けとは違う、気持ちの良いムズかゆさ。
「いいだろう。じゃあブリリアンを知らないテツリに、今日は俺が先生になってその魅力を教えてやるぜ」
それに、未だかつてこんなにブリリアンについて熱心に聞かれたことは無い。
それこそヒカルは宇宙まで舞い上がってしまいそうな気分だった。断る理由があるはず無い。
「ありがとうございます」
「良いってことよ」
ヒカルは1つ深呼吸し、心を落ち着かせる。
初心者にも分かりやすく伝えるにはどこから話せば良いかと、ヒカルは思案した。
「じゃ、軽く教えてやる」
まずブリリアンとは、今から20年ほど前、90年代の終わりに関東ローカルでのみ放送されていた特撮番組『光闘士ブリリアン』に登場する主役ヒーローだ。モチーフは星、それをアピールするためにその体は金色をベースに、体の各所に差し色として銀色の線が流星のように走っている。額、胸のVライン、それとベルトの高さほどの腰の中央には、青い宝石のような物が装飾として1:5:1の比率で7つ埋め込まれているが、これは北斗七星の「七」から着想を得ている。ちなみにこの宝石の青色は、ブルートレインに使用される青と同色らしい。また、体は全体的に隕石を思わせるようにゴツゴツとしているが、これはあえてゴツゴツとさせることで影が映えるようにしたためだ。
そして、特撮番組『光闘士ブリリアン』のストーリーはこうだ。
平和な星・地球、だがそこに悪の手が迫る。地球に眠る豊かな資源に目を付けた悪の秘密結社ディザスターは、これまで数々の星を滅ぼした悪夢のような邪悪集団であった。恐ろしきディザスターは地球を我が物にするため、手始めに全世界の人間を根絶やしにしようと、組織の科学者ジョーカーが作り出した改造生命体――その名も邪星獣、その中でも特に凶悪な暴れん坊のゾルガを東京の街へと解き放つ。
恐るべき邪星獣、ゾルガは単身で、人間大にもかかわらず圧倒的な力と光線で街を破壊する。人々は逃げ惑うも次々にやられてしまう。圧倒的な強さによる蹂躙を無力な人々がどうにかすることは不可能だった。
その時、たまたま東京に来ていた何でも屋を営む青年――七瀬聖斗も邪星獣による進撃に巻き込まれる。彼は勇敢な男で、逃げる最中、ゾルガの吐いた光線がビルの側壁に当たり、瓦礫が落ちる下で転んで動けない女の子を救うため、代わりに自らが瀕死の重傷を負う。だが死の淵をさまよう中、彼は確かな光を見た。
さて……
「あ、あの!」
ヒカルから話を聞き続けていたテツリは、酷く不安げな顔を浮かべた。
「どうした?」
「軽く、教えていただけませんか?」
「うん……? だから軽……」
軽く説明してると言おうとするヒカルに対し、テツリは「軽くないです!」と心境をあらわにした。
「朝ご飯の前菜にマヨネーズをのっけたステーキが出てきたぐらい軽くないです」
「さ、流石に重すぎないか」
確かに少し調子に乗り過ぎてしまったかもしれないが、そんな胃もたれするほどだったろうかとヒカルは疑問であった。だがテツリ曰く「僕にとってはそれぐらいに感じました」とのこと。
あくまでテツリが知りたいのは、ブリリアンについてであり、断じて特撮番組『光闘士ブリリアン』の内容でない。
黙って聞いていれば、いつの間にか1話のストーリーについて語られていた。この感じだと、全話のストーリーを聞かされることになる予感がテツリにはあった。全何話有るのか知らないが、全話分のストーリーを聞くのはとてもじゃないが、さして興味が無いテツリには無理だった。なので……
「番組その物じゃなくて、ブリリアン本人について教えていただけませんか?」
分かりやすくゴマをすりながら、テツリは単刀直入に申し上げた。
「ああそうなの……そういうもんか」
と、少しばかりヒカルは肩を落とす。
なお特撮番組『光闘士ブリリアン』は全39話である。
そのことを聞いたとき、テツリは話を切ったことを申し訳ないとは思いつつ内心小躍りし、感情を顔に出さないようにするのが大変だった。
「では本当に、単刀直入に教えてください」
「……うん」
「……」
「……うん」
露骨に機嫌が損なったヒカルであった。けれどももちろんちゃんと説明はする。
「まぁブリリアンはな、徒手空拳がすごい星から来た戦士くらいの認識で良いんじゃない」
と、半ば投げやり気味にヒカルは言った。
「それは端折りすぎでは?」
一転して雑すぎる説明に、テツリは目をパチクリさせた。しかしヒカルの「だって出身星とかどうでもいいだろ?」という発言に、「それはそうですけど……」と納得してうなずいた。
「じゃあ例えば、光線とかは武器は使わないんですか?」
「使わない。あくまで素手で戦うんだ。それで恐ろしい邪星獣に果敢に立ち向かっていく」
「かっこいいですね」
「だろ! ただまぁ……メタいこと言うと、光線を打たせる予算も無かったんだろうよ」
「それは、途端に哀愁漂いますね」
「敵の星獣も同じ奴が何回も出てたし、再生とか強化とかメカとか亜種とか付いたのばっかだった気がする」
「生物兵器に亜種って……」
「今考えるとおかしいよな」
他にも予算削減の涙ぐましい努力はチラホラと見受けられた。
徐々に山の方へと固定されていく戦闘場所、減っていく主要キャスト、やたらねじ込まれるバンクシーン、そしてヒーロー物として最も重要な変身シーンも、後半は最終話を除いて同じ映像の流用だったという。
「失礼かもしれませんけど、よく見てましたね」
「まぁ子供の頃はそんなの気にしないじゃん。ヒーローがみんなのために、一生懸命戦ってるだけで応援するだろ」
苦笑いしながらヒカルは言った。
子供の頃は特に気にしていなかったが、今になって振り返ってみれば、確かに番組としての出来は今ひとつだったかもしれない。
しかしそれでも好きなことに変わりはない、それこそ心中出来るほどには。そうまで出来るのは、ブリリアンの生き様、それこそがヒカルにとってのバイブルのような物だからである。
「ブリリアンはね、いつも他人のために全力で戦うんだよ。最終話は、敵の親玉が呼び寄せた軍勢に1人で突っ込んでって、もろとも自爆してまで地球を守る道を選んだんだ、見ず知らずの星の人たちを守るために。誰かのために戦う姿勢なら、ブリリアンは他のヒーローにだって負けてなかった。そこが好きなんだよ」
「そうなんですか。誰かのために……」
テツリは腑に落ちた。なぜここまでブリリアンがヒカルの心を捉えたのか。
そして同時に思う。もし自分が番組を見ていたなら、ヒカルと同じように熱狂して、もっと違った人生があったろうと。少なくともこのゲームに参加するようなことは……無かっただろうと。
「もう見れないのが残念だよ。でも、俺はその意志を……、この場合のは遺志か? まぁとにかくブリリアンみたいになりたいって思って、今日まで頑張ってきたんだ」
憧れのヒーローにならって、ヒカルは最期まで誰かのためになるように生きたのだ。それが原因で死んでも、その生き方自体が間違っていたとは思わない。
そして話終えたヒカルの顔、それを見守るテツリの顔は穏やかであった。
だが……このヒーローに関する話はいい話では終わらなかった。全てはテツリが発したどうでも良い疑問に発する。
「あの……感動したんですけど1ついいですか?」
「おう、なんだ」
「予算不足で光線技も使えなかったんですよね?」
「そうだけど……」
それがどうしたと言いたげな表情でヒカルはテツリを見つめる。
見つめられたテツリは顎に手を当てて、昨日見たブリリアンの姿を思い出しながら言った。
「それにしては……スーツはやけに出来が良いですよね?」
「……ん?」
「一応ブリリアンの姿は見たわけじゃないですか」
そう、テツリも番組自体は見たこと無いが、ヒカルが変身した姿としてブリリアンの姿は見た。
「結構カッコよかったと言いますか、ちゃんとしてたと言いますか……なんと言いますか」
言葉で形容するのは難しい。
ただ1つ言えるのは、じっくり観察した訳では無いが、実際に見たブリリアンの姿からは厳しい懐事情を想起させるような瑕疵は覗えなかった。
「やっぱりそこはヒーロー物だし、花形のヒーローのスーツはちゃんとお金をかけたんですかね?」
「……そうかもな。アハハハ!」
そのあまりにも不自然な笑いに、テツリは「はて?」と首をかしげた。
「……言えない」
別に言う必要も無い。
ヒカルが変身しているブリリアンの姿が、実際に放送されていた番組内のブリリアンとは多少……そう、多少違うことなんて。
実際問題、ヒカルが変身しているブリリアンには彼の思い出補正がかかって、多少なりとも美化がなされている。ようは本物よりも立派、例えるならフォトショ詐欺をしている。
もっとも放送がなされたのが20年ほども前で、ソフト化もなされていない現状、本当の姿はヒカルにすら不鮮明で、それを確かめようもないから仕方のない面もある。
ブリリアンの真の姿――それが明らかになる日が訪れることは無いのかもしれない……。
光闘士ブリリアン主題歌:戦え ブリリアンのテーマ!!
唄/そこらへんにいた特撮好きのお笑い芸人
1番
白いほうき星 夜空に光る時
広い銀河の地球の星に 光の闘士がやってくる
レッツ レッツ ゴー ゴー
その名はブリリアン
襲い来る悪夢~ 悲鳴がこだまする (許さんぞッ)←合いの手
とどめのパンチが吹き荒れる!
きらめくキックが敵を討つ!
たたかえ たったーかえ ブリリアン
2番
赤い妖星 空から落ちてくる
青と緑の奇跡の星に 平和を乱す悪が来る
レッツ レッツ ゴー ゴー
僕らのブリリアン
助け呼ぶ声だ~ 今すぐゆくぞ~ (変身ッ!)←合いの手
輝く光が身を包む!
優しい勇気が切り拓く!
いざゆけ いっざーゆけ ブリリアン