表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
亡者よ、明日をつかめ  作者: イシハラブルー
3章 揺れる絆と変わらない思い
69/116

第二編・その4 ヒーローが悪を倒して


第二編の締めくくり。




 ヒーローなんて架空の存在だ。

 偉大な功績を残した者、人には出来ないことをやってのけた者を称えてそう呼ぶことはあっても、いつの時代も子供たちを熱狂させる、悪を倒すヒーローなんて現実には存在しない。

 ヒーローはあくまで虚構(フィクション)の中に住む者。

 多くの少年少女たちが気づくのと同じ年頃、ナギサもまた、彼らは作品なんだと気づいた。

 しかし今の世界、嘘みたいな事がもっぱら起きている。

 突如として人々の前に現れる非現実的な化け物たち、彼らはどこから来て、そしてどこへ消えるのか?

 一説に化け物が消えるのは、どこから来るのかも分からない見知らぬヒーローが倒してくれているからだと、密かに噂が立つことはあっても、だからナギサは噂には尾ひれが付くものと、ヒーロー談話を信じはしなかった。

 けれど現実はどうか?

 虚構のフィルターを通さない彼女の生の目は、化け物と戦う金色のヒーローの姿を捉えている。

 そしてそのヒーローの正体は、彼女が慕っていた先生だった。それが目を擦っても消えない現実である。

 とはいえ飲み込むには時間がかかる。

 虚を突かれたナギサは立ち尽くすばかりで、何から考えれば良いかも分からず、ただ戦いの行く末を見守っていた。


「…………わけわかんない」


 先生が本物の変身ヒーロー? それに先生が死んだ? じゃなんで目の前にいるの??

 何から何までが、ナギサの、彼女の短い人生経験で知った、現実と程遠かった。

 分かるのはただ一つ……。


「先生!!」


 先生(テツリ)が自分を守るために戦ってくれていること。

 それは昔から変わらない、先生の姿である。

 だからちょっと変身出来るようになって、本人曰く死を経ただけで、今のテツリは自分に社会科を教えてくれたあの先生(テツリ)だろうと、ナギサは確信していた。


「でぇりゃっっ!!」


 テツリは鉄をも砕く拳を霊獣の胸に突き刺してやった。これはナギサの知らないテツリの姿だ。

 拳は肉に沈み、霊獣の口からは臭気を発する体液が。

 よろめく霊獣だったが、持ち前のタフさで倒れることなく直立し、すると鋭い爪を持つ五指でテツリの顔を切り裂こうと。だが空を切る。

 前転で後ろに回り込んだテツリは、背中を足の甲で蹴る。火花が散り、すかさずテツリは足が着くと今度は後頭部にフックを送る。


「Gruu!!」


 霊獣は唸り、なすりつけられた汚物をそぎ落とすように顔をかきむしる。


「はぁっ……はぁっ……速さだけか」


 これなら僕だけでも相手になると思いつつ、テツリは肩で大きく息する。

 一挙手一投足が、いつも以上に体力を磨り減らしていた。

 空気が妙に薄い気がして、体は重たく、しんどかった。


「…………筒井さん」


 自分の戦いに目を向け続ける教え子に、テツリは脇目を振った。そしてマスクの下に隠れた顔が、苦痛から笑顔へ変わる。安心を与えるため、見えないところまで気を遣った。


「……絶対守るからね」


 決意を口にした、その刹那にはテツリの目は鋭い戦士のものへ変貌する。

 テツリが刺す視線を向けるのは霊獣。

 そして霊獣は両手を広げて体を大きく、脅威を増大させつつ迫り来る。


「GaAA!!」


「はぁぁあああっっ!!」


 ドゴォッッ!! 跳ね上がった両者だったが、テツリの向けた足の裏が霊獣の喉を打つ!

 着地したテツリは、ドサッと地面に落ちて仰向けとなる霊獣に跳び乗ってマウントポジションを取る。


 ゴッ! ゴッッ! ドッ! ドンッ!


 打つ、打つ、打つ、打ちまくる!!

 テツリは無防備の霊獣をサンドバックのように打ちまくる、息を荒くして。


「…………先生……頑張れ」


 拳をもう片方の手で包み込み、ナギサは祈りを込めて握る。

 受験の時だって手を合わせやしなかったし、神様なんて信じてもいない。けれど神に祈る。

 また言葉を交わすために。

 果たして、その祈りは通じているのかいないのか……。

 けれど夜道には肉が潰れるような音が何度も響く。そしてそれに比例して獣のような咆哮も。

 霊獣の声だ。光が軌跡を引く度、発される。


「ハァ……ハァ……ハァ……これで……決めてみせる」


 早過ぎる体力の限界で膝をつくも、テツリは最後の一撃と振り絞る。

 鉛のように重たい重力を振り切ってテツリは飛ぶ。

 その背には星の見えない都会の薄汚れた朧な夜空。しかし一筋の白い流星がキラリ。

 それはテツリであった。


「喰らえぇぇぇぇ!!」


 高度からの急降下キック。

 輝きの中、みるみる大きく、ハッキリした霊獣の姿をテツリは捉え……


 ドガァァァッッ!! 


 衝突……。すぐさま焦げ臭い爆煙が充満する。


「う……やったの……?」


 煙が目に入り涙目のナギサは、服の袖を伸ばして煙を吸わないようしつつ、どこかにいるはずの先生を探した。

 輝くヒーローの姿だったから、居場所はもうすぐに分かった。

 だからナギサはすぐさま膝をつく先生に駆け寄った。

 その背後には、灰色に炭化した霊獣の不動の姿もあった。


「先生! 大丈夫ですか?」


 頭の上から声をかけると、テツリは顔を上げた。


「う……ああ、大丈夫だ」


 ナギサが駆け寄ったと知れば、いつまでも心配を誘う姿でもいられず、テツリは立ち上がる。

 しかしフラフラとまた崩れてしまいそうで、不本意だがナギサの肩を借りることになった。

 マスクから雨垂れのように零れてくる汗が、不規則な息づかいが、今のテツリの状態を物語っている。


「ハァ……ハァ……ぅ。ごめんね、頼りない先生で」


「そんなことない。先生……凄かったよ。普通にカッコよかった、一生懸命が伝わってきて」


「と、当然のことをしたまでだよ」


 これじゃまだヒーローのマスクは手放せない。

 ストレートな褒め言葉がこそばゆかったテツリは謙遜してみせ、ナギサのことを直視できなかった。

 けれどナギサは朗らかに、非の打ち所のない笑顔で言った。



「ありがとう守ってくれて」



 屈託ない温かい心は伝播するらしい。つられてテツリも笑っていた。

 感謝も嬉しいが、それと同じくらい、いやそれ以上に嬉しかったのは彼女――教え子のことをちゃんと守ってやれたことだ。

 かつての教師としての自分を破った悲劇を、自らの手で今度は打ち破った。

 そして目の前で生徒が笑って、自分も笑う。描いた理想は、たった2人の断片で、空の下ではあるが達された。

 ……だが、そんな陶酔を砕く不穏な音が……その時背後で。

 まさしく何かが崩れ落ちる音。

 警戒の糸がまだ切れていなかったから、テツリは大げさに振り返る。

 そこにあったはずの霊獣はなく、あったのは黒い葉っぱのような、薄っぺらいよく分からない残骸。それも1つでなく、それがかき集めた塵のように積もっている。


「!? これは……」


 試しに1つ、つまみ上げてみると、それはことのほか固かった。そして……鼻を近づけなくても分かるほど、焦げ臭かった……。

 嫌な汗が伝う。

 途端にあたりがおどろおどろしく見えだして、テツリは首をゆっくり水平に回して、安全を確認しようと……。




「GaaAA!!」


「!?」


 唸り声が聞こえてテツリが振り向くと、その瞬間首元を圧迫する感覚が。


「ぅっ……ぁぁ……ぁぁ!?」


 霊獣は、まだ倒されてはいなかった。

 瞬時に脱皮、そして抜け殻を囮として残すことで、テツリたちの目を欺いたのだ。

 そうして不意を突いた後、霊獣はテツリを路上引きずり回しに処する。

 背中が熱い……!

 だが連戦で弱り、体力も底をついていたテツリに、もはや反撃する力は残されていなかった。

 なすがままで火花を散らし、もがき苦しむしか……。


「ぐ……ぁ……ぁあ…………」


「や、やめろよ!!」


 散々好き勝手した挙げ句、テツリを見下ろして勝ち誇るかのように咆哮する霊獣に、ナギサは感情が高ぶって怒鳴った。


「私の先生に、手出すな!!」


 そう言ったナギサは感情に身を任せ、飛び散っていたエコバッグの中身、ニンジンやらシイタケやらを、次々に投げつけてやった。

 生卵をパックごとぶん投げると、グシャッという音を立てて、霊獣の顔面にクリーンヒットした。……してしまった。


「……あ」


 黄身が涙のように垂れる。そしてその目が爛々と光り、こちらを向いていた……。

 唸り声から若干の怒りを、ナギサは感じ取り……後ずさりする。けれど顎は引いて、毅然とした表情を浮かべる。

 怒りが恐怖とせめぎ合って、『食えるものなら食って見ろ』と、強気を装わせたのだ。

 けれども真っ向から向かい合って、ナギサは分かった。

 このままじゃ喰われる――

 最初から知ってはいたけれど、実感したのは今、この瞬間であった。

 真の恐怖……。

 霊獣が襲いかかる。

 ナギサが浮かべたのは、片の口の端を引きつらせた笑みであった。


 ズンッッッ!!


「!?」


 最後は反射で目を閉じていた。それから閉じた目を開くまでの一瞬は、ナギサには永遠のようだった。

 目を開けた時、ナギサは眩しかった……。そして、温かかった。

 気づけばナギサは地面に倒れていた。

 受け身も取れなかったが、後頭部を打つことはなかった。そこには冷たい手があったから。

 テツリが、ナギサを抱っこする形で覆い被さっていた。変身は解けている、解かされた。

 教え子を失うまいと、テツリは寸前で割り込んだ。そして、霊獣の爪から身を挺して守ったのだった。血と光、赤と白の飛沫のコントラストを上げて……。


「先生ッ……」


「……ぅ……ぁぁ……」


 背中には十字架状の傷が刻まれていた。

 声は声にならない。『大丈夫だから』と言って取り繕うことも出来ない。

 そして――


 今すぐ立ち上がって、筒井さんを守らないと行けないのに、何も出来ない……


 心は『戦え!!』と駆り立てているのに、体の方が拒否、応えてくれない。

 一歩も動けない……。

 情けない。歯がゆい。許せない。そして憎い……。

 テツリは、また何も出来ない自分が、あの2年前の雨の日から何も変わっていない自分が、どうしようもなく憎かった。震えるばかりの手が……。

 けれど、霊獣のくぐもった唸り声が、剥かれた爪が……。

 もう駄目だと、2人が思った……その時!!


「テツリィィィ!!」


 ドッッッ!!

 明後日から声が聞こえたかと思えば、仕留めた獲物に食らいつこうと踊りかかった霊獣が、腹を衝撃で推進されて、宙でくの字に折れ曲がった。海老のように。


「ったく、心配かけやがって! 探したぞ」


 危機一髪を救ったヒーローは、強い口調ながらどこかホッとした様子も滲ませ、テツリたちを振り返って言った。


「?? 誰??」


 ナギサは目を(しばた)かせ尋ねる。

 そのヒーローの姿は、さっきまでテツリが変身していたものと寸分違わず同じ。

 けれど声は違うし、何よりテツリはナギサ覆い被さるように、その重みも感じている。

 だから彼の正体はもう一人のヒーロー。佐野ヒカルだった。


「俺は、テツリの友達だ。間に合って良かったぁ、危ないところだったね」


「先生の友達……」


 反芻したナギサは、そういえば先生が友達と喧嘩したと話していたことを思い出した。


「君、立てるか?」


「私はなんともないです。でも先生は……」


「……う……僕も…………どうってこと……」


 そう強がるテツリだったが、額を地面にこすりつけて、四つん這いになるのにさえ苦心した末に、何とか立ち上がれたザマだ。

 立ち姿も立っているというよりかは、上から1本のピアノ線で吊られているだけのような、力を感じさせない不安であった。


「僕も、戦います……」


「何言ってんだ、無理するな」


「そうだよ。これ以上戦ったら……先生死んじゃうよ……」


「…………でも」


 それでも戦おうと、テツリは一歩踏み出す。

 けれどその一歩でよろめいて、ヒカルに支えられる始末であった。


「ホラ言わんこっちゃない。ここから先は、俺に任せろ!」


 テツリの身はナギサに預けられ、ヒカルが単身霊獣に向かっていく。


「さ、先生、今のうちに私と一緒に」


 ゆっくり、ゆっくりと。

 肩で支えるナギサは、テツリに歩幅を合わせて。

 背後ではヒカルが戦っていた。

 その戦いは死闘にもならず、ヒカルは結果、当然のように勝った。

 よくある物語のように、ヒーローが勝ったのだ。めでたしめでたし。

 けれども、ヒーローが悪を倒しても、それで万事が上手く転がりはしなかった。


「…………」


 モヤモヤ。心から湧き上がるモヤモヤ。黒い感情。

 無力感、嫌悪感、劣等感……。

 それが晴れることはなかった。むしろ、より一層漆黒へ沈みそうに……。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ