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亡者よ、明日をつかめ  作者: イシハラブルー
3章 揺れる絆と変わらない思い
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第二編・その3 変身先生




 一日の締めくくりが霊獣との邂逅なんて最悪だ。テツリは思った。

 それも一人きりだったならまだしも、教え子を連れ立てて、見知らぬ住宅街というのは非常にまずかった。

 素性を明かすのを避けるなら、戦うことは出来ない。かといって2人で逃げ切れる自信もまた無かった。土地勘もないうえ、なんとなく目の前にいる霊獣は足も速そうだった。太ももが丸太のように隆々と膨れ上がっていたから。

 そして見立ては正しかった。


「先生……どうしよう」


 背後から声をかけられる。

 始めて霊獣を生で見たナギサは、テツリの背中に隠れながら顔を引きつらせて言った。

 その危険性については一般にも情報が出回ってきていててそれなりに知れ渡っていた。特に"人を喰う性質"は、一度聞けば忘れる者はいない。

 しかし、逃げても逃げても追い立てられる執拗さは、流石に知らなかった。

 バスケで鍛えた脚力にはそれなりに自信のあったナギサだったが、人間を超えた化け物には通じなかった。


「うっ……」


 霊獣の鋭い眼光を浴びると、被食者(人間)は無意識にその恐怖で硬直してしまう。

 ナギサも目と目が合うと、信条、性別、社会的身分に関係なく、人間が生まれた時から平等に授けられている恐怖で息を呑む。

 試合中に敵選手から向けられていた目と感覚的には似通っていたが、死の濃度はまるで違った。

 そして、その恐怖が現実離れした宙に浮くような孤独感を誘発するも、腕に押しやられる感覚がナギサを立ち返らせる。


「とにかく僕から離れないで」


 険しい顔で霊獣から視線を逸らさず、テツリは後ずさりする背中でナギサを押す。


「もし、離れたら……」


「離れたら、命がどうなるか……。でも大丈夫、僕がついてるから」


 テツリは不安げな教え子を勇気づけ、そして直後からナギサが、自分のジャージを掴む力を増したのを敏感に感じ取った。その意味が分からないテツリではない。


「……っ!」


 頭の中で、不動の決意が刻まれる。

 絶対に死なせやしない!!

 テツリの中に残されていた、教師としての誇りが燃えた。


「Grrru……」


 しかし、そんな思いなど余所に、霊獣はくぐもった呻き声を漏らす。完全にテツリたちのことをロックオンしていた。

 理性が無ければ、人間だって腹ペコで目の前のご馳走を見逃すはずは無い。

 霊獣も同じ、彼らの欲は――人間を取り入れて人間に戻りたいという欲は……哀れにも一生満たされることはない。満たされないから、体が動き続ける限り人間を喰らう。それが霊獣だ。


「わ、私、見ての通りあんまり肉付きよくないし……美味しくないと思うけどなぁ~」


 と言ってみたところで、霊獣はひたひたと1歩ずつ間合いを詰めてくる。

 そのたびに2人は1歩1歩後ずさり、なるたけ距離を取ろうと。

 緊張感あふれる睨み合いは時を忘れていつまでも続くかと思われた。

 だが、霊獣が体を沈ませる。

 ――来るか!?

 テツリはなおさら体を硬直させた。


「GAaa!!」


「……くっ! やっぱり!?」


 沈み込んだ反動で霊獣は、爪を剥いて跳びかかる。

 バキャッッ! テツリたちは避けたが、代わりに爪を立てられたコンクリートの地面には銃創のような跡が。

 ナギサは「な……」と喉の奥から乾いた声を出した。


「し、死んでたね」


「当たってたらひとたまりもなかったろうね……」


 けれどテツリにとっては見慣れたもので、それほど驚きはない。冷静に分析した。


「中々速いな、コイツは」


「バスケやってなかったら反応できなかったかも」


「うんまずいね。……やっぱり簡単には逃がしてもくれなさそうだ」


 もう何度か逃走は試みた。しかし死ななかっただけ運はよかったが、どれもが失敗に終わった。この霊獣に追いかけっこを挑むのはどうやら無謀らしい。


「このままじゃ私たち食べられちゃいますよ」


「焦っちゃ駄目。こういう時は先に動く方が負ける。武蔵と小次郎みたいにね」


「焦るななんてムリ……」


「大丈夫。……方法はある」


「えホント? ホントですか!?」


「もちろん……」


「すごいさすが先生! で、どうするんです?」 


「そうだね……。次に奴が動いた時が、勝負だ!」


 逃げられないのなら、取るべき選択肢は一つしかない。

 ――腹を括るしか

 その時、折良く霊獣が躍りかかってくる。


「GaaAAA!!」


「たぁッッッ!!」


 身を翻して初撃をかわしたテツリは瞬発的に体制を整え、さっきまでの意匠返しと言わんばかりに霊獣に躍りかかる。


「!? 先生!!」


 ナギサは唖然として、次いで心の底からおったまげた。

 振り向いた時には、あの温厚で優しさの塊みたいな先生が、恐ろしい化け物と取っ組み合っていたのだ。

 見たことのない一面に思考がフリーズして、そのせいで動くことも忘れていた。


「筒井さん逃げて!!」


 そんな混乱する彼女を呼び醒ましたのは、叫び声だった。

 テツリは霊獣の首をフロントチョークの体勢で絞め上げて、上から下へと押さえ込もうと歯を食いしばっていた。 


「!? でもッ……」


「でもじゃない逃げるんだ!! 僕が抑えてるうちに!! 早く!!」


 組み合う両者の、地面を踏みしめる足は止まらず、他己の力に抗いつつ立ち位置を移り変える。

 拮抗する力は、何かの拍子で均衡が崩れれば、後は総崩れである。

 猶予時間がそう長くないことをテツリは知っている。

 けれどその間に筒井さんが逃げ延びてくれれば、こんな嬉しいことはない。正体も、自分が死んだことも隠せて……彼女の希望も繋げる。何1つ悪いことはなかった。


「嫌だっ!!」


 けれどナギサは声を高らかにして叫んだ。


「ッッ……! なんで!」


「絶対やだ! また先生1人に抱え込ませるなんてやだ!!」


 駄々をこねるナギサはその場から逃げだそうとはしなかった。これにはたまらず、テツリは真っ赤な顔で叫び返す。


「僕がそれを望んでいるんだ。筒井さんは構わず早く逃げなさい!!」


「やだっ! 私、先生にまで死んでほしくない!! 一緒に逃げましょう!」


「綺麗事言ってんじゃないよ! 現実は甘くない! 死んだらそれで何もかも終わるんだよ!」


「そんなのもう知ってる!! あの日から、あの日から…………。だから先生に死んでほしくない!!」


 すると無謀にも、ただ先生を死なせたくないという思いだけを胸にしたナギサが、霊獣とテツリを引き離すため近寄ろうと……したのをテツリが「来るな!!」と鬼の形相、気迫だけでその場に留めさせた。


「未来が……。未来があるんだよ筒井さんには!!」


 霊獣と組み合うテツリは、図らずも霊獣の顎に膝蹴りをお見舞いすると、衝撃で慌てふためく霊獣を回し蹴り、地面に背中をつけさせる。


「僕にはもう無い……。だからせめて、先生に未来を守らせてくれ」


 ナギサと正面から向かい合うテツリ、その右腕が顔を覆う。


「……変身」


 まばゆい光が夜道を照らす。

 眩しくてナギサが腕で目を覆い、それをのけた時には、彼女が知る先生の姿はなかった。

 代わりにいたのは、見たこともない、隕石を擬人化したような金色のヒーローであった。


「え? え……?」


「驚いたよね?」


 鳩が豆鉄砲を食ったようなナギサの呆気にとられた顔は、目の前のヒーローの声を聞いて、驚愕へとレベルアップする。だってヒーローの声は、彼女がよく聞いていた先生の声なのだから。


「ど、どゆこと……?」


 この不可思議な現象のタネを求めたナギサだったが、返ってきた答えもまた不可思議で……そして理解不能だった。


「僕はね、もうみんなと違って普通の人間じゃない。1回死んでるんだ……」


「死ん……だ……?」


「今持ってる命も期限付きなんだ、永くはない。……ごめんね」


 ――隠し通すなんて出来なかった。

 けれどこの場で筒井さんを守るためにはしょうがなかったと、変身して顔を隠しているテツリはうつむいた。

 自分に会えて良かったと、自分に教壇に戻ってきてほしいと、自分に生きてくれと乞う教え子に……死んだことを突きつけて、出来ることはその命を守ってやることだけ。たったそれだけが、テツリに出来ることだった……。

 けれど全身全霊、全力をかけて守らなければならない。それが唯一なのだから。

 テツリはナギサに背を向け、いつの間にか立ち直っていた人間性を捨てた化け物――霊獣に相対する。


「だからせめて守ってやる。筒井さんの、みんなの未来を!!」




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