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亡者よ、明日をつかめ  作者: イシハラブルー
3章 揺れる絆と変わらない思い
64/116

第一編・その3 涙の比率




「ヒカル君、言うまでもないかもですけど、僕とっても嫌な予感がします」


 直感とまとわりつく雰囲気からそう感じ取ったテツリに対し、ヒカルは同じ方向を見ながら朗らかに答える。


「安心しろ、俺もだ。で、なんでかな、こういう時って大概当たるよな」


 ヒカルも同じ危惧をしていた。

 だから嫌な予感の大元である、3点で取り囲むように立つ4人の魔法少女たちの様子に、2人は一層目を配った。

 そして魔法少女たちは、次々に得物を手に取る。

 さぁ誰から来るか……


「ソードレイ・チルド……」


 白零の魔法少女――フィオナがそう唱えた。

 彼女が抜いた剣の、アイスピックのように尖った矛先が、静かにヒカルとテツリへと向けられる。

 そして剣身から発される鏃状の青白い光線は、冷気を伴う凍結光線。

 ヒカルとテツリはそれを二手に分かれて避ける。

 光線の流れ弾が当たった地面には氷の境界線が引かれ、図らずも2人を分断した。


「!」


 飛び退いた先で微細な風の流れを感じ、ヒカルは背後を振り向く。

 その時眼前で、表裏対称の刃紋をした、銀の長剣が光る。


「……」


 絶えず風に揺れる淡緑の衣装を纏う魔法少女――サラが黙して振った、その剣は風を切り裂いた。


「へへっ」


 だがヒカルはその軌道を目で捉えるほど余裕で、のけ反ってかわした。

 刃とヒカルの体とは30cm以上も間が空いており、優にかわせていた……はずだったのだが。

 ビュォオッッ!!

 振られた剣の軌道に遅れて、突如台風並みの突風が吹き荒れる。


「うわっ!?」


 通常、風速が20m/sを超えると人間はまともに立っていられない。

 この時吹いた風は、この基準値を遥かに超えており、いかに変身で身体が強化されていても立ち続けることは不可能だった。

 ヒカルは風に煽られ転倒、さらに逆風に抗えず後転した。


「イテテ、芭蕉扇かよ…………!」


 よもやの風に不覚を取ったヒカルは、頭を振って気を確かにした。

 だが、そんな悠長にしている場合ではなかったらしい。

 地面に浮かぶ影に気づき、ハッと見上げた視線の先には、風に乗って跳び上がったサラが、太陽を背に次なる風を吹かせようと。


「ストームバレット」


 体を大きく捻った反動で球威を上げる、通称トルネード投法で、サラは右手に留めたソフトボール大の水弾を放った。


「くっ!」


 投げられた瞬間、ヒカルはもう避けられないと察した。

 だからヒカルは腕をクロスして、ジャイロ回転で飛沫を上げながら来たる水弾にガードを試みる。

 ガードと水弾は、真っ向からぶつかりあった。

 しかし水弾はガードを崩せず、ついに破裂する。ところが、すると水弾に仕込まれていた凝縮空気弾が一瞬で膨張し、ヒカルを吹き飛ばした。

 それは色もなく、音も破裂音のみの、しかし威力はある爆弾だ。見えないのに見栄えも良し。


「痛って、ずぶ濡れだ。さっき邪魔したのはこれか……」


「ご名答、これがサラの能力だ」


 監視しているハレトが、水晶の向こうにいるヒカルに答える。もっとも魔法少女ではないヒカルにハレトの声は届かないから、彼の返答は独り言である。

 けれどこの状況でなら、浸れるのは疎外感、劣等感、そんな直ちに唾棄したい感覚でなく、ひたすらに優劣感、それが満ちていた。


「風と水、そう彼女に目覚めた能力(ちから)は【嵐】だ。吹き荒れる嵐の力……まだまだこんなもんじゃないぞ。もっと存分に味わうといい」


 サラの周りで、砂埃混じるつむじ風が吹き渡る。それはまるで彼女のオーラのようだ。


「また仕掛けてくるか……」


 その予見は違わずだ。

 サラは自らが起こした追い風に乗って、静から動へピストルのように移り変わる。

 宙に浮いた彼女は、ヒールの底をヒカルに向けた。

 身軽ゆえに風に乗った彼女は疾風のようだ。

 これもまた、ヒカルはガードする他なかった。


 ドガッッッ!! ザザザッッッ!!


 風に乗った蹴りを受け止めたヒカルは、地面との摩擦で煙を立てながら後ろ向きに滑った。

 火がつきそうなほど熱く、足を踏ん張ってかけたブレーキも、ビルの壁にぶつかる衝撃を和らげる仕事くらいしかしなかった。


「やっぱ、中々やるな魔法少女は……」


 壁に空いた穴から抜けたヒカルは、こみ上げてくる吐き気を噛みしめるように言った。

 休む間もなく、サラが間合いを詰めて刀での接近戦を仕掛けてくる。

 箒に仕込まれた得物による近接戦闘。


「ソードレイ・チルド」


「危ねっ!?」


 ヒカルはフィオナが死角から放った不意打ちの凍結光線を身をかがめてかわした。

 そして魔法少女の名の通り、彼女らはそれぞれの持つ属性を生かした多彩な遠中距離魔法を持つ。


「ストームシューティング」


 遠近共に高い水準で充実した、隙のない戦闘力。

 強いのは強い、それは間違いのない。誰もが認めざる得ない、紛れもない事実。

 けれど強いより先に、彼女たちに関しては思い浮かぶ言葉がある。


『やりづらいな……』


 ロクに反撃もせず、ひたすら逃げに徹するヒカルは心の中で愚痴る。

 やりづらい。

 ヒカルが心の中のため息としてついた言葉をより分かりやすく体現する戦いが、氷の境界線の向こうで行われている……。




⭐︎




「もうやめよう、こんな戦い!」


 果たしてこの懇願を、テツリは何度しただろうか。今日に限っても、もう数えきれない。


「君たちは戦うことを望んでなんかいない!」


 けれど、たとえ何百回とこの懇願をしようと、魔法少女たちは止まれない。

 そんな哀しき魔法少女の筆頭であるフラムは無になって、ただ熱波だけが込められた無機質な剣を振り乱す。

 テツリの思いも、虚しく切り裂かれるようだ。


「熱っ……。ちくしょうッ」


 テツリは飛び跳ねて、空中で身を捻りながらフラムの背後へ回り込む。

 だが彼女も背後に回り込まれることは分かっていた。しかし彼女が振り向いた時、そこには誰もいなかった。

 こうなることをテツリはさらに読んでいた。

 だから瞬間、もう一度ジャンプを繰り返すことで、完全に背後を取ったのだ。


「君は誰かを傷つけるのが嫌いな子だ、だからあの時も泣いていたんじゃないか! その心を取り返すんだ!」

 

 フラムが振り向いたタイミングで、テツリは肩を彼女の優しく掴み、揺さぶった。


「おい! ()()()フラムに触るな!!」


 人の女に触れるなんて許されざる不貞だと、その光景にハレトが嫉妬で絶叫する。

 主の昂ぶった感情に呼応して、フラムはテツリの手を振りほどいてしまい、衣装(スカート)的にも、性善的にも不本意な前蹴りでテツリを蹴り飛ばした。


「コイツ、油断も隙もねぇな」


「仕方ないでしょう。ハレト様のことは知らないのですから」


 爪を噛むハレトの傍らに立つ、メイドのマイが慈愛の下に苦言を呈した。


「彼らからしたら、彼女たちは操られている被害者。なんとしても助けたいと思うのは一般的ですよ」


「チッ、ムカつくな、そのさぞご立派な思いやりの精神。出来るものなら、特にテツリ(こいつ)は、俺の手で八つ裂きにしてやりたいもんだ」


 そう言うとハレトは何の意味もないけれど、水晶に映るテツリを嫌がらせに人差し指でこづく。

 けれど自分が戦場に出ようとは、露ほども思わなかったらしい。


「……ところでハレト様」


「なんだ……」


「殺すにしても、トドメはどう刺すおつもりです?」


 剣呑な主に臆することなく、マイは疑問を口にする。


「こればっかりはカオルの言うとおり、彼女たちに人殺しまで強いるのは無理があるようです。となれば、どこか適度なところで溜飲を下げる必要があるのでは」


「適度ね……。適度なんて、殺すまでに決まってるだろぉ?」


 ハレトは反り返ってマイを見ながら言った。


「一応指示には従うんだし、動けなくなるほど痛めつければぎこちなくても何とかなる。それにボクには1人いるじゃないか。ボクのためなら何でもしてくれる、(しもべ)が……」


 と、ハレトがニヤリと笑う。


「なるほど、そういう算段でしたか」


 その言葉でマイは理解した。


「不服か?」


 静かで単調な声と、変わらない表情からハレトは怪訝に思ったが、マイは首を横に振った。


「いえ、ハレト様の望みなら、私はそれが叶うように努めるまでです。たとえ人殺しだろうと、自死だろうと、ハレト様がどうしても望むなら実行に移す。メイドとして仕えた時からそう決めました」


 そんな不可思議な生き方が、ありとあらゆる万に通じたマイが見つけた、唯一の意味ある生き方、生きがいだった。


「しかしそのためには、絶対に貴方には生きてもらわないと。だから私は、ハレト様の側を離れたくありません、お守りしなければ」


 どうせハレトは人前に出たくないのだから、この場合に出向くのは自分1人だとマイはよく分かっていた。

 だから心配だったのだ、1人残されるハレトの無防備が。


「2人殺すくらい、1分もあれば足りるだろ。移動を見積もっても5分もない間くらい、1人でも大した問題はない」


 ハレトは1人になることを、特に気にも留めていない。その1分は"たかが"だった


「……そうですね」


 しかしカオルの計画を半ば察していたマイにとって、そのハレトの見立ては甘いとしか言えなかった。物怖じしない彼女にしては珍しく、歯切れが悪かった。

 たとえ5分、いや1分、1秒だとしても、今はハレトを1人にはしておけない、そんなのっぴきならない状況かもしれない可能性があるのだ。


「そうだいいぞ。こいつら絶対に手荒なマネはできない。存分にいたぶれ!」


「…………」


「しかしなぁ、こうして改めて見ると実に壮観だぁ……。千差万別の魅力を持つ女が、ボク好みの格好で、しかもこれがみんなボクの言う通りに動くんだ。クックッ、ここは天国か?」


 とは言え、主人の願いを叶えるのもメイドとしての使命。

 しかも自分の危険予知はあくまで察し、未確定事項。殊更にハレトの要求を無下には出来ない。


「どうかしたのか?」


「……分かりました」


「何が?」


「こっちの話です。ハレト様は何も気にしなくて結構です」


 だからマイは2つ共やりおおせると決めた。

 邪魔者を殺しつつ、それでいてハレトは守る。

 難儀を決行すると決めさせたのは、黙っていた自分を見つめたハレトの、昔と変わらない不安気で怯えが隠せない瞳だった。それと義理である。




⭐︎




「ストームシューティング」


「アイシクルスピア」


「メテオサーブ」


 雨霰と、燃え盛る隕石が……魔法少女たちが放つ魔法が次から次に、形を変えながらヒカルとテツリへ降り注ぐ。

 ヒカルたちは猛攻の前に、時も場所も忘れそうであった。

 この際そんなことを覚えていても、生き延びることには不要だった。そんな下らないことに脳の容量を割いてられなかったのだ。

 足を止めれば喰らってしまう、止めなくても喰らってしまうが、それでも可能な限り攻撃を避けようと、2人は僅かな晴れ間を縫うように、力の限り身を翻した。


「おぉテツリ、大丈夫か?」


 そうしているうちに、久しぶりな気さえする合流を2人は果たした。


「……まぁ何とか、僕は大丈夫です」


 上がっていた息を整えて、テツリが答えると、ヒカルも「あぁ俺もなんとか平気だ。疲れたけどな……」とマスクの下で苦笑いした。


「予想通りだ」


 水晶越しに様子を観察しているハレトは、肩を震わせる2人に対してにんまりと、すっかり満足げに笑う。


「やっぱり操られていると知ってる以上、コイツらは絶対に手出ししてこない。フフ、カオルが言った通り、優しい奴らだ。泣けてくるよ」


 しかしその目には、一滴たりとも涙は溜まっておらず、干からびていた。

 仮にこぼれたとしても、それは笑い泣きだったろう。


「このまま攻撃を続けていれば、そのうち限界がやってくる。そしたら、ジ・エンド! ……だな」


 時間が経てば、いずれ勝つのは自軍である。さらに現状のまま向こうから攻撃されない限り、少なくともどんな意味でも負けはない。

 そしてその攻撃すら、この心優しき男たちからならされることはないだろうと、確信したハレトは頭に乗っていた。

 だから指揮は変わらない。


「【構わずそのまま攻撃を続けろ】」


 殺し合いにすらならない片殺し、言うなら狩りの時間を終わらせる気は、ハレトにはない。

 その結果、魔法少女たちの苛烈な攻撃を一方的に受け続けるヒカルたち……。

 最中、ヒカルがポツリとつぶやいた。


「なぁテツリ、どうする」


「……どういう意味です」


「まだ戦うのか?」


「! 怖気ついたんですか!」


 ヒカルの弱気ととれる発言に対して、テツリは語気を荒らげた。


「違う! そんなことはない!」


「だったら余計なことなんて……」


 考えないでくださいよ!

 そう続くはずだった言葉は、魔法少女たちの攻撃で遮られた。

 被弾しつつもなんとか振り切って、再び2人が身を寄せると、ヒカルは言い損ねた続きを吐露する。


「ただ、彼女たちを元に戻す方法もまだ分かってないのに、このまま戦って勝算はあるか……」


「諦めるんですか! ヒカル君なのに!」


 テツリはヒカルの顔を見て叫んだ。


「……無謀と無茶は……違うんじゃないか」


 大声に思わずたじろいだヒカルだったが、それでも諫めるように言った。

 しかしテツリは、落ち着きの中に興奮もない交ぜになりつつ口を開く。


「…………でも今、彼女たちを救えるのは僕たちだけです。僕たちがやらなきゃ、彼女たちの純真な心は捻じ曲げられたままです! そんなことは……」


 テツリがうつむく。


「…………」


 ヒカルもつられて沈黙した。

 そして顔を覆うマスクで見えていないのに、ヒカルにはテツリの顔が見えた。さらにはその思いまで。

 確かにテツリの言うとおりだ。今、彼女たちを救えるとしたら自分たちしかいない。そして次会う時まで、この子たちが無事でいられる保証は……ない。


「…………そうだな。許されるはずないな」

 

 テツリが彼女たちにかける思いが常軌を逸して重たいだけで、ヒカルも気持ち自体は同じだったのだ。

 彼女たちを救いたい。そして、救えれば……


「悪いテツリ、俺が間違ってた。そうだな、戦おう。希望を繋げるのは俺たちだけだ。俺と、お前、力を合わせてなんとかしよう……」


 張り詰めたテツリの心も元通りに……解放されるかもしれないと……。

 そんなあわよくばを、ヒカルは戦いに向かうための糧にした。


「ヒカル君……ゴメン、ありがとう」


 お返しにヒカルは「大丈夫だ」と親指を立てて見せ、テツリも同じように返した。

 その時、風が吹いた。それは徐々に強くなり……


「!!」


「トライストーム」


 巨大な竜巻に飲み込まれそうになったのを、2人はジャンプで大きく下がってかわす。


「さてと……」


 勢揃いした4人の魔法少女たちを順繰りに観察し、ヒカルは唇を舐める。

 可能性を考えていた。何がベストなのかを。


「……よしテツリ、とりあえず……お前はあのフラムって子を説得をするんだ。まずは彼女だけを説得しよう」


「えっと、1人ずつやろうってことですか?」


「ああ、名付けて"千里の道も一歩から"作戦だ」


 その問いにヒカルが頷くと、テツリには当然の疑問が。


「でもその間、他の3人は?」


「他の3人は、その間俺が引き受けてやる」


「えぇっ!? そんな無茶な……」


「大丈夫だ! 俺はそんなヤワじゃない。ずっと一緒に戦ってきたんだし知ってるはずだ。俺を信じろ!」


「でもいくら何でも……」


「まぁずっとは無理だけど、きっとこれが、俺が信じるお前の力を生かす最善だ。俺はお前に賭ける!! お前の思いに!!」


 そう言い終え、力強く頷くなり、ヒカルは単身で4人の魔法少女たちへ駆けていく。


「ブリリアンダスリングッッ!!」


 ヒカルの体から眩い光が発されて、少女たちの視界を白で隠す。

 人間という生き物は、多くの情報を視覚に依存して得ている。

 だから目を覆われ、情報を遮断されると、戸惑いから身がすくんでしまうもの。

 それは心を縛られている魔法少女でも同じ事だった。


「トワイライトドロップ!!」


 さらに続けて、空高く飛び上がった後に、ヒカルは拳を地面に向けて垂直に落下。

 地面を砕き、砂塵を巻き上げる。


「今だテツリ! フラムと一緒にここから離れろ!」


「……分かりました!」


 その隙に……決意したテツリはフラムを抱え上げると、ヒカルたちの戦いから、ヒーローの脚力でひとっ飛びして離れた。


「……どこに行く! お前らの相手は俺だ!!」


 追い立てようとした華奢なイシダテを、隆々としたヒーローに変身しているヒカルが我先にと言った様相で、押しやり留める。


「お膳立ては出来たぜ。あとはテツリ……お前次第だ……」


「……ありがとう、ヒカル君」


 ヒカルからテツリの下へ、思いは受け継がれた。

 優しさが紡ぐ思いが、あの初めて会った日以来の、テツリとフラムの邪魔の入らない対面を叶えた。


「ハッッ!」


 フラムが繰り出した鋭い突きを、テツリは両手で白刃取り、そして剣身を挟んだままそのまま引き寄せる。

 鍔迫り合い――

 近くからでも顔と顔が触れているように見える距離、しかし2人に触れ合う感触はない。


「もうやめようよ、君はこんな人を傷つけるようなこと、嫌いなはずだろ!? なのにこんなことって……そんな哀しいことないよ」


「…………」


 懇願も虚しく、フラムが手に持つ剣、その剣身が灼熱を帯びた。

 剣身を握るテツリの手のひらには、鉄板で焼くような熱さと、その熱さを通り越した痛みが骨身に走る。

 しかし、テツリはその手を決して離そうとはしなかった。たとえ腕が切り落とされたとしても、八つ裂きにされようとも、手は離さなかっただろう。

 真の思いとは、そういった理屈を超える。


「卑怯者なんかに負けるな! 君なら勝てる……僕は信じる! 君の……君だけの心を解き放て!! 目を醒ますんだ!!」


 灼熱の剣による溶解で、煙が立ち昇る。


「…………っ」


 そして揺らめく煙が、無性に目に染みたのだ。

 フラムは洗浄のための機械的な涙をこぼした。

 けれど瞬きする度にポロポロこぼれ落ちる涙は、ただ洗い流すためだけなら過剰なもののはずだ……。




⭐︎




「チッ…………コイツらしぶといな」


 ハレトのイライラは頂点へとまっしぐらである。

 それもこれも、どうしてか彼の目論見が思い通りにいかないせいである。

 テツリは懲りずにフラムの解放を試み、そしてヒカルは劣勢ながらも友のために3人の魔法少女に食らいついていく。

 これらは崖際での一時の抵抗で、時間さえかければいずれ奈落の底に墜ちると分かっている。

 けれどそれでも自分の好きなようにならないのは不本意で、唇を噛みたくなるほどウザったい。

 そのせいでハレトは行儀悪く、足先でリズムをとっている。


「いっそのこと、1人ずつ片付けては」


 背後からマイが、自分の爪を眺めながら投げやり気味に言った。

 しかしそれを聞いて、ハレトは足を止めた。


「……採用」


 そしてハレトは魔法少女らに、具体的な指示を飛ばす。


「【フィオナ、カマクラシェルターだ。目の前のヒーローをそこに封じ込める。サラはフォロワーに回れ、あたりに水を撒いて氷の張りを良くしろ】」


 伝達を受けたフィオナとサラはその通りに速やかに動き出す。

 まずはサラが跳び上がる。


「スカイハードティアーズ」


 能力を行使し、サラは暴風雨をヒカルの周りだけに局所的に降らせた。

 そして準備が整い、フィオナは剣を鞘に収めて箒として振るった。


「カマクラシェルター」


 地面から氷のドームが、巻き付くようにして形成されていく。


「!? まずい!!」


 自分とテツリが隔離されようとしていることを察知したヒカルは、そこからの本懐も理解した。

 マスクの下では血相を変えて脱しようとするも、抜け出す直前で氷のドームは完璧に形成され、封じられた。

 しかもいくら殴っても、たちどころに氷の障壁は修復される。雄叫びも外へは届かず、内部で反響するだけ。

 この分厚い白い壁は、外からフィオナが魔力を送り続ける限り、そうそう破られることはないのだ。


「さて、これであとは1人……」


 ヒカルが弾き出されたことで、盤面は一気に傾いた。

 ハレトはフラムとの鍔迫り合いに熱心するテツリに目をつけると新たな指示を飛ばす。


「【まずはフラムとその男を引き離せ。フィオナ、ソードレイ・チルドで奴を怯ませろ。そしたらイシダテ、サラ、お前達のハイブリッドアタックだ。】さぁここまでだ!!」


「ソードレイ・チルド」


 鏃状の青白い光線が、正確にテツリだけを射貫く。


「!? だッ……うわぁぁあああ!!」


 テツリの体に青白い稲妻のエフェクトがまとわりつく。

 だが堪えろ――

 その手は決して離れない。


「チッ、本当にしぶとい!! 【フィオナ、出力を上げろ】


 ハレトの号令で光線の帯が太くなる。


「ぐ……ぁぁぁああ」


 それでも震える手は中々離れなかった。

 しかし右手、それから程なくして左手も離れていき……。

 そして浴びせ続けられる光線は2人の距離も無理やり開けさせた。


「スタークラッシュ」


「トライストーム」


 イシダテが持つ、棘付きの鉄球が先端にあるモーニングスターで砕かれた地面が無数の礫となる。それをサラが三角に結んだ手の内から発される竜巻が巻き上げる。

 魔法少女の合体技だ。


「「カタストロフシュート」」


 渦巻く災禍にテツリはあえなく飲み込まれ、為す術無く蹂躙される。

 かき混ぜられ、掘削され、地面に叩きつけられ解放された時には、テツリは満身創痍であった。

 大ダメージで変身もとうとう解けてしまう。


「まだ息はあるか? まぁよくやったよ。……お疲れさん」


 ハレトは、満身創痍で横たわるテツリを4人の魔法少女を使って四方を囲む。


「【時間ならたっぷりある。戸惑っても、ためらっても構わない。さぁ殺ってみろ】」


 じわり、じわりとだが彼女たちは着実にテツリへとにじり寄る。


「ぐ……う……ぅぅ…………フラム……さん……」


 うわごとのように呻くテツリの手がフラムの方へ伸びた。


「僕が……君を……助け、る」


 そう言い届けて、テツリの手が落ちる。力を使い果たし、意識を失った。


「…………」


 直後、1つの箒が穂に赤い炎を纏った。

 それを手に持つのは、フラムである。

 彼女はファイヤーダンスのように、その炎が輪に見えるほど巧みに箒を裁く。

 循環のたび加速していく炎は、次第に紅蓮から紺碧へと昇華する。


「…………ブルーロード!!」


 青い炎は地を焦がし尽くす。

 そして三叉に別れる!!


「なにぃぃ!!!!」


 驚嘆の声と共に、ハレトは水晶に食い入った。

 放たれた炎は、テツリを避け、あろうことか味方のはずの魔法少女たちを吹き飛ばしたのだ!


「馬鹿な……何をやっている!!」


 一瞬、ハレトの思考は混乱でバラバラに彷徨った。しかし、少し経つと憤怒によって思考は同じ方向を向いた。


「フラム貴様何をしている!! どこまでボクの気を愚弄すれば気が済む!! なんでボクの言うとおりに動かない!! 【答えろ!!】」


「…………」


 しかし聞こえているはずなのにフラムは黙ったまま。完全に遮断している。


「生意気なぁ……後で覚えてろよ!! お気に入りでも、今回という今回は絶対許さない!! ……あぁ……みんな傷跡にならないよな……」


 正直見た目で彼女たちをスカウトしたところが大きいハレトは、彼女たちの美を汚す傷がつくことを恐れた。

 陵辱(りょうじょく)趣味は持ち合わせておらず、火傷痕は属性ではない。

 だが不幸とは、続くものである。


「……ハレト様、連絡です」


 ハレトは振動するスマホをマイに突きつけられた。

 その画面には、"今川カオル"の5文字が。


「い、今川さん」


「足止めご苦労だった。もう十分だ、退がらせろ」


 慌てて着信に応じたハレトに対し、カオルは言葉少なげに、一方的にそう宣告した。


「ちょ、あとちょっとだけ待ってくれませんか。もう少し時間があれば、奴らにトドメが刺せるんです……」


「ヒカルとテツリのことなら別に後回しでいい。あいつらならいつでも、殺ろうと思えば殺れる」


「け、けど……殺せるなら今殺せた方がいいでしょ……」


 ハレトからすれば、ここでヒカルらを殺すことは彼の持つ自尊心、プライドを保つための死活問題である。だからいつもと違い、カオルの命令でも鵜呑みには出来ない。

 それに今2人は、関係的にはお互いに対等、なんならハレトの方が上に立っているはずだったのだ。

 だが、なおも食い下がろうとするハレトに対し、カオルは静かに言い放つ。


「今倒すことに拘る気は毛頭無い。どうしてもお前があいつらを殺したいなら、自己責任でお前の好きにすれば良い。ただしどうなろうが知らない。どうせ代えは効く」


 それだけ言うと、一方的にカオルは通話を切った。

 取り付く島もない。


「……あぁ忌々しい、どいつもこいつも!!」


 ハレトは握力でスマホの画面を割ってしまった。


「クソッ!! 【みんな直ちに退け!】」


 けれど小心者の心が顔出し、結局ハレト自身はカオルの言うとおりに指示した。


「マイ、ボクらも帰るぞ!!」


「承知いたしました」


 ハレトは地面にドカッとあぐらをかく。


「どいつもこいつも……なんでボクの思い通りにはならないんだ……」


 ワープするには30秒間、動きを止めなければならないが、1秒だってじっと出来なかった。怒りがハレトを突き動かし続けた。


「ハレト様」


「何だ!!」


 消化不良の怒りはマイにも向けられる。

 しかしマイはそんなことは気にしない。気にせずに、いつもの調子で尋ねる。


「ご夕食は何を召し上がりますか?」


「…………何でもいい。別にいらないし……」


「そうですか。今日は長いこと風に当たりましたし、温かい物にしましょうか」


「……じゃあタマネギのスープを作ってくれ」


「かしこまりました。では材料を買いに行かねばなりませんが、よろしければお付き合いなさいませんか?」


「……そうだな、たまにはいいかもな。……気分転換にな」


「フフ、ではお乗りください」


 彼女が所有する箒は、他の魔法少女たちが持つ物よりも柄が長い。おかげでハレトを乗せてどこへでも行ける。


「さ、いきましょう。あまり急がずにね」


 ハレトはマイの後ろで箒にまたがった。そして、落ちないように身を預ける。

 風に煽られながらも、2人を乗せた箒は太陽と反対側へ飛び去っていった。





前回から引き続き、劇中登場人物の能力について簡単に説明しておきます。

なお、今回紹介するのはカオル、リョウキ、ハレトです。ハレトの能力は前回の本編中でも説明したので併せてどうぞ。



今川カオル


能力:ありとあらゆるものを見通す能力


一言:

ざっくらばんに言うなら、千里眼、透視、不可視の可視化、そして未来視の集合能力。

故にカオルに見えないものは存在しない。


メリット:

上で挙げたように出来ることはかなり多く万能である。

探索から追尾、戦闘まで、その気になれば日常生活でも、使い方には幅広い応用が効く。

その中でも特に未来視は強力、ありとあらゆる未来を見通し、相手の攻撃を避けたり、逆に相手の回避を先読みして攻撃を与えることが出来る。

これらの能力の性質上、能力の使用中、不意打ちは一切食らわないと考えていい。

対人戦においてはかなり強力である。


デメリット:

出来ることが多い分、つい頼りがちになってしまう能力だが、過度な使用は視力そのものの低下に繋がり、それに連れて能力が劣化していく。


備考:

未来視+千里眼といった同時運用も可能ではある。ただ上述の過度な使用につながるため、あまりオススメはしないが。



リョウキ


能力:分身(2人に増える)


メリット:

単純に手数が増やせる。強さも本人と全く同等。

また逃亡に際して分身を囮に使うと言った芸当も当然可能。

本体と分身は思考を共有しており、お互いの状態は何となく察することが出来る。


デメリット:

分身の維持時間はせいぜい10分程度。

再使用のインターバルは、直前の使用時間に関わらず5分程度待ってからでないと再使用できない。

当たり前だが本体が死ねば分身も消える。

分身の数は本体と合わせて2人が制限なので、確率的には1/2で本物にぶち当たる。


備考:

劇中未使用。

とはいえ、終盤になってから初使用はなんとなく都合が良すぎる気がするので、ここで紹介しておく。

リョウキがこの能力を求めたのは、1人じゃどうにもならないけど、もう1人仲間がいたならなんとかなった状況を、生前何度も味わったため。

人類最強のリョウキが2人に増えるわけだから、相手からしたらたまったもんじゃない。もっとも、1人で最強なせいで、使い所が今のところないらしい。

本人なりのこだわりで、普通の人間に対してこの能力を使う気は無い……今のところは。



氷上ハレト


能力:契約を結んだ者を魔法少女とする


メリット:

戦闘は契約した魔法少女を派遣して、彼女らにやらせれば良い。そのため能力者は自身の安全を確保しつつ、霊獣を狩ることが可能。

魔法少女は基本的に命令には絶対服従。なんでもさせられる。


デメリット:

まず能力者自体の強さにはなんら意味もない。

契約するかどうかは相手が決められる。これを断られれば魔法少女には出来ない。(ただし、ハレトらはある方法でこのデメリットを無視し、相手に無理やり契約を結ばせている)

契約者はあくまで普通の人間なため、ゲーム参加者に与えられている身体強化、異常な治癒速度、ワープといった技能は無い。

そのため魔法少女たちが霊獣の下に駆けつけるのは、ゲーム参加者よりもどうしても遅れるし、食事や睡眠も適宜取らせなければならない。

劇中でもあるように、人殺しなどの度を越した命令は深層心理が拒否するため、速やかに実行させるのが難しい。


備考:

前回紹介したように、契約数の上限は6人まで、もし7人目と契約を結びたいなら、手持ちから1人契約を解除する必要がある。

どんな魔法少女になるかは、なるまで分からない。


一言:

タチの悪い◯⚪︎⚪︎◯◯だと思えば大体合ってる。いや◯⚪︎⚪︎◯◯だって大概だけど……。

能力に関係ないが、ハレトの一人称はここから決めたところがある。




……では続きはまだ次回。


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