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亡者よ、明日をつかめ  作者: イシハラブルー
3章 揺れる絆と変わらない思い
63/116

第一編・その2 心の魔




 先陣を切ったテツリの拳は、定規で引いた直線のような軌道で放たれた。

 その一撃の威力はもはや素人のそれとは一線を画す。

 何も知らずにただただ力任せに殴っていただけだったパンチは、何度も修羅場を超えたことでようやくある程度洗練され、鋭利なものとなった。鋭さで例えるとまだフォーク並であるが……まぁ申し分はない。

 もっともフォークだけで簡単に料理できるなら、誰も霊獣に手を焼いたりはしない。

 霊獣は籠手を巻いたように分厚い前足を振ってテツリに間合いを取らせると、その前足を掲げて体を大きく見せた。

 痛みにのたうったようにも見えてその実、多くの生物がとるような単なる威嚇であった。その証拠に霊獣は少しも様相変わらず2人の周りを駆け回る。


「ヒカル君、コイツもっふもふです」


 2人は周回する霊獣に対応するべく、互いに背を向け合っている。

 殴った感触を確かめつつ、テツリはそう感想を述べた。

 白の毛並みは、見た目に違わず弾力を兼ね備えたクッションである。


「そりゃ打撃はあんまり効かないよな、もっふもふじゃあ」


「もっふもふ言いたかっただけでしょ?」


「バレたか、実はそうなんだよ」


 ヒカルはマスクの下で舌を出した。

 どうやらテツリはパンチだけでなく、ツッコミも鋭くなったようだ。


「余裕ですね、絶対僕たちの戦い方と相性悪いのに」


「まぁ知ってた、この手の霊獣に苦戦するだろうってことは。前科もあるんだし。冗談は空元気みたいなもんさ」


「そうなんですか? でもそれなら一つ良いことがあります」


「何だ?」


「僕の攻撃、全く効いていないって訳じゃなさそうです、前と違って手応えはありますね。舐めてかかるわけじゃないですが、これなら全然戦えます」


「そうか……、そりゃ心強いぜ」


 それを聞いて、ヒカルは一瞬テツリを見て笑った。


「!? ヒカル君、右!!」


 気の緩みを察知したのだろうか?

 霊獣はヒカルに狙いを定めて飛びかかった。

 声に反応したヒカルが振り向き、とっさに頭を抱えてしゃがむと、そのスレスレを霊獣が跳び越えていった。

 危なかった。テツリの声が無ければ、ヒカルは押し倒されていたかもしれない。

 しかしおかげで、ヒカルはいち早く攻撃をかわせた。


「このぉ!」


 反撃――

 これまたテツリが先陣を切り、霊獣の背後から飛びつくと、その首を締め上げる形で掴んだ。

 よしこれで噛みつきも怖くない、このまま一気に……。

 締め上げてしまおうと、そう思ったテツリだったが、霊獣の胆力はテツリの許容以上で……。

 忙しなく前後左右、奇想天外に跳ね回る霊獣が手に余ってしまい、結果強引に振りほどかれてしまう。

 しかも霊獣の後ろ足での蹴りは予想外で、意図せぬ打撃に体も耐えることを忘れ、背中から倒れた。

 さらに霊獣は前足でのしかかった、テツリがどんな攻撃をされたのかを知る間もなく。


「うん゛ッ……」


 傍らに転がる小石どもが一瞬浮いた。

 胃が押しつぶされるような衝撃を受け、テツリは呻いた。

 間髪入れず、霊獣は二撃目をと前足を振り上げて……。


「させっか!!」


 しかしすんでのところでヒカルに邪魔をされる。振り下ろされた霊獣の足と、引き上げようとするヒカルの力は拮抗して、足は僅かに届かない。 

 テツリは毅然とした。

 この機会を絶対逃しはしないと。


「はっ!!」


 テツリは浮いた霊獣の腹を、足を揃えて蹴り飛ばした。なお不可抗力でヒカルも、全力で引っ張っていたその力で自らが引っ張られ、間抜けな声を発しながら転倒した。

 しかしテツリの方は手早く立ち上がると、前方宙返りの要領で踵落としを、霊獣の頭にお見舞いしてやった。


「おお……」


 いつの間にそんなアクロバティックで見栄えもいい攻撃が出来るようになったのかと、ヒカルも感嘆の声を漏らした。

 しかも驚きはそれに留まらず……。

 ヒカルが呆気にとられて見ている中、テツリは霊獣の腹の下に手を回す。

 足を少しずつ広げ、体を震わせ踏ん張りながら、なんとテツリは、自分の体よりも大きな霊獣を頭の上で掲げた。そして


「どりゃぁぁあああ!!」


 腹から叫びながら放り投げた。

 路肩から、合わせて6車線あるうちの5車線目を越え、飛距離はざっと20メートルといったところ。

 何という力強さか。


「……お前、本当に……テツリだよな?」


 ちゃんと中身は見たはずだが、これがあの優男で有名なテツリである確信が無くなってきたヒカルが、顔を後ろから覗き込む。


「つまらないこと言ってないで、少しは協力して!」


 しかしマスクで顔は見えないが、声はハッキリとテツリであった。


「いや、別に俺は……」


「ボーッとしちゃ駄目ですよ、倒しきるまでが戦いなんですから。最後まで手を抜かずに行きましょう!」


「え、あ、うん」


 しかしヒカルは立ち尽くす。

 まさかここまでやれるとは……。

 ヒカルはテツリの成長速度に理解がついていかず、困惑していた。

 しかも協力しろと言われたが、目の前で投げ飛ばした霊獣を乱暴に踏みつけまくるテツリの姿には、とても協力する余地があるようにも思えなかった……。

 所変われば品変わる。環境が変われば、そこで生きる者も変わるのも摂理。

 テツリは進化したのだ。

 狭苦しい水槽で育った小魚は、猛々しい生存競争繰り広げられる大河で揉まれ、髭を生やした大魚へと進化したようだ。

 しかし霊獣もされるがままでない。

 優位な立場に視野を狭められたテツリは判断力が鈍り、爪での引っ掻きを予見できなかった。そうして不意にのけ反った後、ハッと振り返ったその時には霊獣は既に跳びかかっていた。

 しかし霊獣の反撃はまたもやヒカルに妨害される。

 勢いよくテツリの横から飛び出したヒカルは、すれ違いざまに力を込めたパンチを霊獣の脇腹に与えた。すると霊獣はバランスを崩して墜落したのだ。

 そして一瞬の攻防を繰り広げた両者は、ほとんど同時に体勢を立て直す。

 しかし次なる攻防についても、ヒカルが打ち勝った。

 ヒカルは爪で引っ掻こうとしてきた霊獣の前足を受け止め、返す刀で腹を瞬く間に殴打し、そしてソバットもおまけで叩っ込み、休む間も与えず尻尾を掴むとジャイアントスウィングで投げ飛ばすッ!!


「へへっ、大丈夫かテツリ?」


 さっきまでの自分と同じように呆然と、そして膝をついていたテツリに問いかけた。

 俺だってやれるんだぜ、と対抗心があった。テツリに対してヒカルがそう思ったのはこれが初めてだった。


「流石……ヒカル君は強いや」


「そうか? もうそんな差はない気がするけどな。この短期間でずいぶん強くなったな、マジで見違えたよ」


 1人で立ち上がるテツリを見守りながら、ヒカルは伸ばそうとした右手を引っ込めた。

 もう俺の手が無くても、戦えるか……と、一抹の寂しさが芽ばえた。

 テツリは頭をかきながら、強くなったと言うヒカルのお褒めの言葉を「ありがとうございます」と素直に喜んだ……と少なくともヒカルはそう思っていた。

 だがそれは建前で、テツリの方の内心は……実は違った。


『でもまだです……、まだまだヒカル君やツバサ、カオル君たちのレベルには完全に追いついていない……。もっと頑張って……もっと強くならなきゃ……」


 と、現状の自分に満足はあまりしていなかった。

 むしろ不満さえ、芽を出しつつあった。

 これだけやってまだ差が詰まっただけなのかと、自分に振り返るヒカルを見て、逆光に目がくらむような錯覚が……。


「どうしたテツリ? へばったか?」


「あ、いえ……。まだまだいけます! 僕も戦えます! 戦わせて下さい!!」


 とは言え、劣等感に浸るためにテツリはここにいるのではない。

 今は霊獣を倒すため、そして新たなるなる自分を掴むためにテツリはここにいる。

 いつまでも、光を眺めているつもりはなかった。

 肩を並べ、追い抜いていく。そこにたどり着くまでは、ひたむきに、がむしゃらに……。


「よし、もう十分だ!! 次で決めるぞ、テツリ!!」


「……はい!!」


 2人の猛攻を浴びて、霊獣は白い毛並みを乱した。

 弱った霊獣はやけにこぢんまりとしている。

 走り出す2人、テツリは自分が霊獣にトドメを指そうと、頭一つ分ヒカルの前に出て、光を纏った。

 体を包む光は、いつしか右腕へ収束していき、輝きを増していった。

 今まさに、霊獣にトドメが刺されようと、


 ドドドドドドドォオオッッッ!!


 だが突如、テツリとヒカルの周りで何やら炸裂した。それは砲撃か、ミサイルか、爆撃か、いずれにせよ轟音が鳴り響き、2人の身に危険を及ぼしたのに変わりない。

 霊獣にトドメを刺すどころで無く、2人とも危険を見定めるために、一旦次々に飛び退いた。

 不思議なことにその体は砂埃の混じった水で濡れていた。

 冷静になって2人は感覚を冴え渡らせ、そしてテツリは手をかざしてみる。

 霧雨が降り注いでいた。

 しかし天気は晴れ、空には黒い雲も無い。


「誰だ!?」


 自分たちが攻撃されたことを理解したヒカルは、水の霧の奥にいるであろう誰かに向けて叫んだ。

 すると返事代わりに水の霧が弾け晴れ渡らされて、そして一つの姿が露わとなった。

 2人が視界に捉えたのは、春風に揺られる木の葉のような淡緑のショートドレスを着た少女だった。

 ドレスと同じ色をした長い髪は、しっとりと濡れて艶っぽい。

 そして纏う雰囲気からして、ヒカル達は彼女の正体をなんとなく察した。


「君は……いや、君も魔女だな? 違うか!?」


「……ゴ名答、私ハ魔女、荒天ヲ司ル。ソシテコレ以上、アナタタチノ好キニハサセナイ。荒レ狂ウ嵐ノ下デハ、アナタタチハ無力ヨ、大人シクナサイ」


 そう無機質に答えた魔法少女はヒカル達と霊獣の間に立つ。まるで霊獣を守るように。


「なんだ……なんの真似だ? ……横取りする気か……? でもだったら、どうして霊獣にトドメを刺さずに俺たちを……」


「!? ヒカル君、あそこ!!」


 テツリが叫んだ。

 思考を放棄してヒカルがその指さす方向を見れば、細い街灯の上に磨がれ透き通るような琥珀の色をした、やはりショートドレスを着た少女が立っていた。彼女の髪もまた、琥珀のように澄んでいた。


「もう1人……!?」


 と、その時霊獣めがけて空から大きな氷柱が降り注いだ。

 氷柱は霊獣の体を微妙に掠めるように地面に突き刺さる。そして冷気を発し、霊獣を氷の塊に閉じ込めた。


「完成……ホワイトプリズン。コレデ誰モ手出シ出来ナイ」


「!? 君は確か……」


「オ久シブリネ、ヒーローサン。会エルノ……待ッテ……イタ、ズッ……ト……」


 彼女は2人共の知り合いだ。特にテツリは彼女のことを強く覚えている。

 彼女の青い髪、凍り付いた表情、時折見せた苦悶の表情を。

 氷を自在に操り、華麗に舞う彼女は、白零の魔法少女の異名を名乗った。


「……勢揃いって感じだな」


 集う魔女は彼女で3人目、そして……

 3人に遅れること、空から小さな太陽が降り立つ。

 熱波にヒカルとテツリは顔を腕で覆った。

 しかし、その太陽は移動用の飛行船みたいなもので、地面に降り立つと太陽は弾け飛んだ。


「…………」


 燃えるような赤い髪に、豊かな胸を強調するようにVラインが切られた、必要以上に肌の露出が多い衣装を着させられた少女が、小さな太陽の中から現れた。


「あ……」


 予感はあった。

 しかし刮目したテツリはいち早く目を見開き、思わず声を漏らした。


「ふ、フラム……さん」


 赤い髪の魔法少女こそが、テツリがしばらくもう一度会うことを切望していたフラムである。

 しかしようやく再会を果たしたのに、テツリはあまり嬉しくは思わなかった。


「…………」


 降り立ったフラムは何も喋ろうとせず、一切動こうとせず、目まぐるしく移り変わった表情も一切が、一切が消えていたのだ。




⭐︎




 戦場からそれほど離れてはいない、背の低いビルの屋上からは、豆粒ほどの大きさでヒカルたちの姿が、高層ビルの合間に時折見える。

 今はどこでもそうであるように、この屋上も転落事故防止のために立ち入り禁止であるのだが、その決まり事が人気の無さを呼び、この一時(いっとき)ばかりは功を奏している。

 魔法少女たちの主である氷上ハレトは、ヒカルたちに気取られないようコソコソと距離を取って、しかしそれでいて自分らの気配を感じることができない塵芥の人間に対しては、扉に鍵がかけられているのを良いことに、物陰に隠れることも無く魔法少女たちのことを水晶を介して観戦していた。


「よしっよしっ!! ナイスだぞサラ、イシダテ、よく防いだ。いやぁ凄いタッチの差だったな。多分あと10秒……いや5秒遅けりゃ駄目だったろ!? 超ギリギリじゃんか」


 思いもかけないファインプレーにハレトは興奮冷めやらずだった。


「ええ、見事な活躍でしたね」


 けれどもマイはホウキを片手に、もう片方の手でどうしても目にかかる前髪を払いながら淡々と述べた。

 今日は天気こそ晴れだが風が強く、そのせいでメイド服の裾が絶えず波だって揺れている。


「しかし危なかったですね」


「いやー、今回ばかりは言い返す言葉も無い。危うくやられてたな」


 ミスをあっさり認めるのは、年に数回もない稀である。

 危うく初歩で計画を頓挫させかけたハレトはこめかみを爪でかいた。

 とは言え、ギリギリだったとは言え結果的に間に合ったことには違いない。とりあえず霊獣を生かしておくという第一目標にして最大の難関は突破したので、ハレトは胸を撫で下ろす。

 だからか表情も今のところ余裕がある。


「ホント間に合ってよかった。失敗してたらどうなってたんだろうな?」


「そうですね、小言をネチネチ言われてたんじゃないですか?」


「ハハ、確かにアイツならやりそうだな。しっかしカオルの奴、霊獣を捕らえてそこにリョウキをおびき寄せるまでは分かるとして、その後はどうするつもりなんだろうね?」


 今回の計画を首謀したのもカオルであった。そしてハレトらはなし崩し的に巻き込まれた。

 計画自体はリョウキを殺すことを目的とすると聞いているが、残念ながらその手はずまでは何度尋ねてもカオルは教えてはくれなかった。

 だから内容についてのあれこれをハレトは彼なりに考えていたので、それについてマイにも意見を求めた。


「さぁ……私には分かりかねます……」


 マイはハレトの問いにはそう前置きしておきながら、視線をビルの合間の方にいるヒカル達のあたりへ伸ばす。そして寝不足から来る欠伸を噛み殺した。


「フラムの最大火力の炎に飲まれてて生きたんだろ? しかも全身火傷の超デバフ状態で返り討ち喰らったくせに、よく張り合おうとするよ、カオルは」


 ハレトは腕を組んだ。

 カオルの執着に半ば呆れながら、されどもう半分は感心していた。


「プライドが高いお方ですからね。そのプライドを傷つけた者を許しはしない……と言ったところでしょう。しかしハレト様の言うとおり……ここまでリョウキとやらに拘るのは正直異常ですよ」


「よっぽど憎いんだろうな。全てをなげうってでも殺したくなるくらいにさ」


 どこかでそんな話があったことを、ハレトは虚構(フィクション)の世界ではありふれたことと知っていた。

 

「ふーむ……。まぁ何にしても、カオルが何をしようが、誰を恨もうが、その矛先を間違えないのなら何も言うことはないんですがね」


 目を閉じながら、マイはハッと肩を揺らす息を吐いた。


「……で、そのカオルからの指示はどうなっている?」


 ハレトの問いに答えるため、マイはスマホのあらゆる連絡機能を迅速にチェックした。しかし通知は何ら更新されていなかった。

 そのことを述べ伝えると、ハレトが


「そっか……。じゃあとりあえず現状、あのヒーロー共を足止めして霊獣を守れば問題ないんだな?」


 そう尋ねたので、マイは「そう思います」と所見を述べた。

 とその時、水晶から男の叫ぶような声が聞こえてきた。


「フラムさん!! 僕です、テツリですよ!! どうして何も喋ってくれないんですか!?」


 テツリがフラムのことを懸命に呼びかけていた。

 だが、それに対する返事は無い。

 彼女の口は固く閉ざされ、まるで縫われているかのよう。実際比喩ではあるが、彼女の口は彼女以外の意思によって縫いつけられていた。


「コイツまたやってるのか。無駄だよ、お前がかけたちょっかいに乗ったから、ソイツの自我は時間をかけてガチガチに縛ったんだ。もう誰の声も届かないさ、ボクを除いてね」


 全てを知っているハレトはその懸命さを嘲笑う。


「一番のお気に入りなんだ。どんだけ苦労して手に入れたと思ってる。そう気安く口を利けると思うなよ」


 そう言って、優越感による気味の悪い笑みをハレトは浮かべる。

 と、今度はヒカルが、テツリの横から言った。


「俺は聞いたぞ。君達には操る存在、主がいると。教えてくれ! ソイツは今どこにいる!?」


「おっっと教えるかバーカ!! かん口令、【氷上ハレトに関する全ての情報】」


 能力を行使して、ハレトは少女達の口から自分に関する情報を封じた。


「へへ、これでもう、魔法少女(こいつら)からボクの情報が漏れることは無い。どんなに痛めつけてもな」


 彼が閻魔に与えてもらった能力は、契約を結んだ者を魔法少女とする能力。

 そしてこの契約を交わした者は、ハレトの命令通りに動く駒となる。大抵の人間は通常、この命令に逆らうことは出来ず、服従を強いられる。

 もっとも、契約者が心の底から望まない行動に関しては多少抗うことも可能。また精神が強ければハレトによる支配力も弱まってしまうと、行動抑制、強制力に関しては不完全でやや難もある。

 また契約者も最大同時に6人までで無制限に増やせる訳ではなく、どんな魔法少女になるかは実際にしてからしか分からないという不便もある。

 しかし、そんな不便を無視してでも、あまりあるメリットがこの能力にはある。


「せっかく安全圏にいるんだ。そう簡単に身割れしてたまるかよ」


 この能力があれば、能力者自身は命をかけた戦いに出向く必要も無く、多くの死の危険から免れることが出来るのだ。

 戦いは他人に任せて自分はひたすら後ろで構えていれば良い。それで勝ててしまう公算がある。

 安全性において、この能力の右に出るものはない。


「だんまりか……。やっぱ、話してはくれないか……」


「ハハハ! 当たり前だろ、残念だったな」


「……」


 さて、ハレトは高笑いするが、メイドのマイは知っている。

 そうは言っても、この間フラムにはうっかり名前をバラされかけてしまい、割と焦っていたことを、立ち聞きしたから知っている。

 しかし、この上機嫌でそれを指摘するのを不憫に思ったメイドの配慮によって、ハレトの快感は守られた。


「駄目だテツリ……多分相当固く口止めされてる。これじゃあ……」


 ヒカルは声はうつむきかけていた。


「だったら話せないまでも、聞いて下さい。何も答えなくていい……。だけど、聞くだけ聞いて下さい……」


 しかし、決して彼女たちが正気に戻ることを諦めないテツリが、再度フラムに語りかける。


「おお、なんだ?」


 そして図らずも言葉はハレトにも伝達される。


「あの、川沿いの公園を焼き尽くした事件の犯人……フラムさんですよね?」


「…………」


「ああ、そんなこともあったな」


 そういや霊獣を倒すため、それとフラムへの催眠の具合を確かめるためにそんなことをさせたっけ、と事を思い出したハレトは鼻で笑った。


「良いんです、答えなくても。君がやったってことは僕が受け入れられないだけで最初から分かってました。ずっと疑問だったんです。……君は、本当に優しい子だと僕は信じてます。そんな君がどうしてあんなことをやったのか……。そうか、君は操られていたんですね」


 テツリは握り潰した拳を震わせた。


「僕は悔しい……。卑怯者が、君の、君達の、何も悪くない子供の手を汚すことが」


 震えていたのは拳だけにあらず、声までもが震えている。

 それほどまでにテツリは悔しくて、どうしようもなく悔しい感情がこもっているのだ。


「あの事件で、警官が2人も死にかけたんです。フラムさん、君がやってしまったんです、操られていた被害者だとしても、君がやった加害者なこともまた事実なんです。それが悔しい……」


「うんうんそれでそれで……? 無駄話が好きだねコイツ。フハッ、泣きそうじゃん、ウケる」


 大の大人が情けなく涙を堪える様は、声だけでも愉快だった。マスクで顔が隠れてなければもっと良かったのにと、ハレトは惜しむ。


「でも何より悔しいのは、君たちを助けてあげられない僕自身です。どうして僕は、君達を救うことも、励ますことも出来ない……どうしてなんですかね……」


「ハハッ知るかよそんなこと…………! あぁ? どういうことだ!?」


 テツリの独白を、馬鹿にしつつ聞いていたハレトだったが、ふとあることに気づいて時が止まるほどの衝撃を受けた。見開いた目が、その動揺の度合いを如実に表す。


「どうなさいました?」


 主人の驚きに呼応して、メイドのマイは顔を覗き込んだ。

 そして視線の先、水晶の中を見て彼女も思わず「あ……」と声を漏らした。


「馬鹿な、なんで泣くんだ?」


 フラムは泣いていた。声に出さず、感情も露わにしてないが、涙が一筋、確かに頬を伝っていた。


「コイツの声は聞こえないはずだろう? 感情も縛った……。なのになんで泣く!?」


「ハレト様、落ち着いて……」


 しかしその声は不足の事態に錯乱するハレトには届いていなかった。


「何がどうなっている!? ……まさかコイツの思いが届いたとでも言うのか!! …………ざけんな!! ふざけるなふざけるなふざけるなッ!!」


 ハレトは歯軋りして、地団駄した。


「なんでそんなことが起こせる!! 愛だ、思いなんざ、いくらでも都合よく偽れるものなのに!!」


 しかし口では否定しつつ、ハレトにはそうとしか思えなかった。

 そして、もしそうだとすると、手の届かない水晶の向こうにいる男とお気に入りのフラムが心を通わせたことになる。その事実は、まるで彼女を奪われたかのようで許しがたかったのだ。元より彼女の心など手に入ってすらいないのに……

 ハレトは水晶を両手で包むように持ち、激情に駆られるまま命じる。


「ハレト様!!」


 長年の経験から、これはマズイと判断したマイは一層強く叫んだ。しかしすでに……。


「黙れ!! 【サラ、イシダテ、フィオナ、フラム、そのヒーローたちを痛めつけろ】」


 その命令は、音速を超える波となって即座に4人の魔法少女に伝達された。


「!? 目の色が変わった……」


 ヒカルとテツリは、命令が下されたこそ分からなかったが、彼女たちの纏う雰囲気の変化は敏感に察知した。


「フラム、お前の全てが俺の物だ!! そうであるべきだ!! 他の男になんぞカケラも分けてやるものか!!」


「良いんですか? ハレト様」


「逆に何がダメなんだ! カオルの顔色か? やれと言われてるのは足止めだけだ。だから別に、殺したって文句はあるまい!!」


「……」


 ふとマイは自分の手が口元を覆っているのに気づいた。

 手を当てたのは無意識でのことだったが、行為の後にマイはその理由に気づいた。

 カオルと同じく、ハレトも憎しみを抱いている。そして感情によって不要な戦いをのぞむ主の姿に、破滅の未来を垣間見てしまった。手で当てたのは、そんな憂いを見せまいとしたからだと……。


「さぁやれ!! やってしまえ!!」




おまけ


〈作中でゲーム参加者と示された者たちの能力説明〉


 今回から数回に分けて、作中人物の能力を紹介していきたいと思います。

 なお、展開上ネタバレになる場合については紹介を割愛させていただきます。



佐野ヒカル


能力:かつて放送されていた番組のヒーロー(名:ブリリアン)への変身


メリット:

ある意味化け物と戦うにはもってこいな能力である。

変身することでパワー、敏捷性、跳躍力などを向上させることが出来る他、変身後の姿が鎧を纏う形となるため防御力も飛躍的に上がる。


デメリット:

一方で弱点はそのまま元の作中のものが適用される。

万全な変身は日に一度しか出来ず、使い所は意外と難しい。

元となったブリリアンが完全な肉弾戦メインのヒーローだったため、光線などの飛び道具はナシ。


備考:

元となったブリリアンがローカル番組だった故、スペックなどの設定は曖昧、故に状況、心境によって強さに増減あり。

変身時に発生する星状の壁は攻防一体の盾となる。



藤川ツバサ


能力:動物への変化

そのまんまの能力で、地球上に存在するありとあらゆる動物に変身することが可能。この変身は体の一部分のみに限定したり、全身をその動物に変えることも可。


メリット:

環境の変化に対する適応力には優れている。

空も、水中も、暗闇も、それぞれに適した動物に変身すれば、そこは途端にツバサのホームグラウンドと化す。

搦め手も豊富。超音波、臭液など、目に見えないが強力な攻撃も多数。

いついかなる時も使用可能で、変身のインターバルなども無し。


デメリット:

そもそもその動物を知ってなきゃ変身できない。明確に種を特定しなければ変身不能、抽象的イメージではダメ。

ちなみにツバサはそんな詳しくないため、割と王道な動物にしか変身できていない。


備考:

変身させた結果生じた、元の人間はない部位に対する痛み、欠損などは反映されない。

例えば腕からツノを「生やし」、なんらかの事情でそのツノが折られた場合、痛みも無かれば欠損もなく済む。

一方、腕をゴリラに「変化させ」、そのあと腕を切り落とされた場合、痛み、欠損ともに戻した腕に反映される。(とはいえ欠損はゲーム参加者一律で時間をかければ治癒可能)



上里テツリ


能力:右手で触れた参加者の能力をコピーする


メリット:

このゲームにおいて参加者が持つ能力は1つだけだが、コピーさえすれば複数能力を使い分けながら戦うことが可能となる。

さらにコピーした能力からは、元となった能力で生じるデメリットのほとんどが消滅する。つまりコピーは劣化どころか改良コピー。

例えばブリリアンへの変身能力をコピーした場合、日の変身回数、時間などのデメリットは無くなる。


デメリット:

コピーするには条件があり、条件は「使用者が他のコピー能力を使っていない、素の状態で他の参加者が能力を使っているタイミングで、右手で触れる」というもの。

激戦の中、能力を一切使わない無防備な状態で、能力を行使する相手に触るのは非常にリスキーである。相手の能力によってはほぼコピーが無理なものも

コピー能力を行使するには、右腕を顔の前を通るように振る予備動作が必要となる。

またコピーした能力と、使用者の適性が噛み合わないこともあり得る。


備考:


今のところ、テツリがコピーした能力はヒカルのものだけである。

優柔不断で能力を決められなかったテツリに対し、閻魔様がいっぱい能力使えるからという理由で勧めたが、結果は上述である。



長くなったので今回はここまで。

次回はカオル、ハレト、そして未使用のリョウキの能力について記載予定です。



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