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亡者よ、明日をつかめ  作者: イシハラブルー
2.5章 それぞれの思い
60/116

リョウキと闇医者




 この世には、物理的にも、内面的にも陽が差さない最果てというものが存在する。

 平凡でもそれなりに平和な生活を送る、その他大勢に属する人間は存在すら知らず、間違っても一生踏み入れることもない、隔絶された地だ。

 だが悲しくも、そんな道理から外れたきな臭い地を受け皿にする、することを定められた者は確かにいる。

 そして、そんな彼らが巣くうからこそ、人は光が無い事、すなわち闇を恐れる。




⭐︎




 閉ざされた暗闇から醒める時が来て、地平線のような弧を描く光が走った。

 ゆっくりと、瞬きを重ねるごとに、ボヤけていたリョウキの視界は薄暗い世界に適応する。

 その視界には、暗さには関係なく、汚れで黒ずんだグレーのタイルが一面に広がっていた。

 本来なら不衛生だとか、不気味だとか散々に思われる景色、あるいはそんなことに気を取られていられないほど命に切迫した理外者に見られる景色だが、リョウキはそんな天井を見て「よかった」と心底安心し、安らいだ。

 記憶の最後の方は意識が朦朧(もうろう)としていたが、リョウキは無事に、彼が思っていた場所に逃げられていた。

 さりとて警戒心は体に染みついてしまっている。

 ギョロリと目を回す、その視界の端には、彼の脳ミソでは100年経っても理解できないであろう物々しい機械が、変わらずに規則正しく整然と並んでいた。

 そして自分が身ぐるみを剥がされていて、鼻を覆うように半透明の何かがつけられていることが分かったのも、その時だった。

 試しに体を動かしてみようとするも、かろうじて動かせたのは頭だけで、体は脳の指令に応じなかった。感覚が無い。

 今なら誰にも抵抗できないが、そうする必要がないことをリョウキは知っている。ここに敵はいない。昔から、ここにいる時だけは、リョウキは一匹狼じゃなかった。


「…………もう起きたのか」


 ここにいるのは、神と呼ばれる男。

 浮世離れしている故に、ファッションや外面には興味がないのか、無精ひげを気にせず生やし、すっかり流行遅れとなった黒縁メガネをかける、一見すると冴えないオッサンだが、彼は界隈では紛れもない神だとあがめられている。

 そんな彼は、リョウキが起きたのを目ざとく見つけると、薄緑の服に染みついた血の臭いを無頓着に漂わせながら、車輪のついた椅子ごと体を振り返った。


「あの傷なら……意識を取り戻すのは当分先だろう。一体どんな体をしてる」


 男の正体は医者だ。ただし、頭に闇がつく。そしてここは彼の領域である。


「ふふ、おかげさまでさァ。相変わらず、いい腕してるねぇ〜」


 男の顔を視界に捉えると、リョウキはすこぶる嬉しそうに答え、偽りなく褒め称えた。だが頬杖をつく男はその声に、かすかに眉間に皺を寄せた。


「顔だけでなく、声も口調も本人その者じゃないか。一体どういうことだ、お前は誰だ」


「やだなぁ。正体なら、もうあなたの中にある。あなたはわたしをとっくに知っているし、わたしもあなたを知っている。誰かなんて、聞く必要あるかな?」


「ならこれも知っているだろう? 俺は悪いが死んだ奴の名前はいちいち覚えていない。人間の脳の容量には限りがある、いつまでも必要のなくなった知識を放置するような極めて非合理的なことはしないとな」


「あぁそうだ、そうだった。あなたはそうだったね。ふふっ」


 何気ないやりとりの中に、さりげなく懐かしさを覚えたリョウキは、無邪気に顔を綻ばせた。

 彼が死んでから、現世で経過した時間はそう長くはない。けれど死んだ彼自身にとって、生きていた時間は遥か昔のように感じられたのだ。

 言い表すならば郷愁――もっともそんな複雑な単語はリョウキの辞書には記されていないが……。

 そして浸りたくなる、美しい思い出は片手で足りるほどしか抱えて無いが……。


「ふふ……。わたし、名前は捨てたんだ。けどまぁ名乗るなら……、リョウキだ」


 懐かしさに焦がれて、リョウキはあえて初めて会った時と全く同じ言葉で、もう1度、彼が最も慕う男に自己紹介した。


「リョウキ……やはりお前なのか」


 深く瞬きすると、彼の頭の中で、過去の情景に目の前の光景が音を立てて型にハマった。完全に、僅かな歪曲も無く。

 ピタリとハマった以上、本人だと、そう断定するのを後押しした。


「そうだよ。なんだ……わたしのこと、忘れてなかったの?」


「あぁ。忘れると思ったか?」


「え~だって……」


 忘れたと言ったから……と言いたげなそぶりをリョウキは見せた。


「あいにくだが覚えている。お前ほど強烈な奴、そう簡単に忘れられるものか。脳味噌グチャグチャになろうが覚えてるだろうよ。きっと忘れるのは、100年後とかさ」


「……そっか、うれしいよ。こうしてまたあなたに会えるなんて……センセ」


 リョウキは笑った。

 そしてセンセは、何度となく見た、もう見るはずのなかった笑顔をもう一度見せられ、表情筋を固めた。

 あり得ぬ再会を果たした、世間から脇道に逸れた哀れな悪友。2人は未だ、互いの真名(まな)を知らない。




⭐︎




「しかし、(にわか)には信じられない馬鹿げた話だ」


 椅子に腰掛け、インスタントコーヒーを片手に、センセは言った。

 リョウキの手術に時間を費やし、眠れていなかった体に甘さ控えめのコーヒーは良く染みた。

 そのリョウキのバイタルは、体温が死人同然なことを除けば既に全て正常。脈拍、血圧、呼吸も安定しており、それらはリョウキが今、生きていることを示している。むしろ生きていた頃よりも健康だった。

 焼け焦げていた皮膚も、見違えるほど健康なものへとすっかり置き換えられ、抜糸が済めば後は元通りである。

 そして今、センセが気になっていたのは、ある意味人類不変の課題、死者蘇生のカラクリであった。


「……閻魔にゲームに能力だ? どっかの中学生が考えたような設定だな」


 が、リョウキから事の次第を聞いたセンセは、あまりの話の荒唐無稽さに初めこそは目を鋭くした。


「極めて非科学的な話。だが信じよう」


「へぇ、信じるの」


 けれどリョウキが意外に感じるほど、あっさりとセンセは事態を飲み込んだ。

 何でも


「俺は医者だ。科学の申し子だ。その科学で説明がつかないなら、それはオカルトによるものだ。それで片付けた方がいっそスッキリする」


 との持論からそう結論づけたらしい。

 科学に精通しているからこそ、逆説的に科学の範疇にないことも認めざる得ない。

 生と死は一方通行なのがこの世の理。

 死んだはずの人間が生き返るなんて、万象を支配する理から外れたあり得ないことなのだ。だがもし、そのあり得ないことを引き起こすとしたなら、それは理論だった科学の力ではなく、理論も通じない不条理なオカルトが原因であると、センセはそう結論づけた。

 もう目の前のリョウキが本物であるかどうかの検証は終わっていた。記憶、性格からしてもまず間違いなく本人である。体は()()()()は偽物だが、彼の哲学においては器よりも中身が評価される。


「しかし、俺からしたらそんな生き返りより、今のお前の状況の方がよっぽど信じ難いよ」


 そして、そう考えると不可解というか、珍しいというか……。

 センセにはどうにも興味を引く点があった。


「なにが?」


 横になるリョウキは目をパチクリさせた。


「随分手酷くやられたなと言うことだ。お前が外傷で死にかけるなんて記憶にない」


「ハハハ、記憶にないだけでわたしなんてずぅっっと傷だらけよ。わたしだって人間なんだからケガくらいするわ」


 教科書通りといった感じの満面の笑みを浮かべてリョウキは言った。何も間違ったことは言っていない。けれども人間だからの一言に反応して、センセは顔には出さずとも苦々しかった。


「……それもそうか」


「そうだよそうそう」


 リョウキは時々、自分が人間だとアピールする。そのアピールが、彼が普通の人間らしく扱われず、そして彼自身が自分の事を人間らしく無いと思っているからこそ口ずさんでいることを、センセは知っていた。だからあまり聞きたくないアピールだった。


「けどま、今回は特にヤバかったね……。わりと、下手すりゃ死んでたよね」


 リョウキは同意を求める視線をやったが、センセは余韻からその目を見ずに


「だろうな。来た時、最初は誰か分からなかった」


 と率直な感想を述べ、コーヒーをすすった。


「やっぱ危なかったんだね」


「よく生きてるよ、全く」


「まぁ生きることは得意だから」


「……1回死んだくせにか?」


 センセのコーヒーを飲む手が思わず止まる。


「そう言うと思ってたよ」


 そのツッコミ待ってました!

 と言わんばかりにリョウキはニヤついていたが、それがセンセの呆れを加速させた。


「前々から思っていたが、いよいよ説得力が皆無になったな。むしろお前ほど下手な奴はいないだろ。お前いくつだ」


「16だよ」


 朗らかにそう答えた。

 タイミング良く麻酔が切れて、無意識のうちにリョウキは指折り数えていた。


「人生100年の時代に、享年が16歳で生きるのが得意? 何訳分からないことを言っているんだ」


 リョウキはおどけて口をすぼめて見せた。ふざけてはいるが、死に急いだ感は彼自身にも思うところがあったらしい。


「そーは言ってもさぁ……しょうがないとこはあるでしょ? ここは16年生きたことをほめておくれよ」


 リョウキがそう言うと、センセはやれやれといった風に、


「お前はもう少し、後先を考えた行動を取るんだったな。頭自体はそんな悪くないんだし、短絡的思考を改めて、自律が人並みに出来ていりゃ、それなりに成功しただろうに」


 と所見を述べた。


「まぁそうかもだけど……」


 一瞬うなずきかけたものの、「ほめてよ」とリョウキは間を置いてそう言った。


「褒めただろ、一応」


「いつ? どこで?」


「少しは考えてみろよ。今言ったばかりだ」


「うぇ~、しゃーないなぁ……」


 正解が中々見つけられないらしく、リョウキは唸った。

 と、それで頭を使おうとしたのが幸いしたのか、混濁した記憶の海の奥底に沈んでいた断片を思い出した。


「あ、そうだ……」


 ズボンのポケットに手を突っ込むつもりが、手は肌を撫でただけだった。


「どうした」


「いや、わたしが着てた服とかはどこにやった?」


「服? 服なら袋に詰めていつものところだ」


「……どこだっけ?」


「ん!」


 センセが指さす先には(くる)まれたゴミ袋があり、その中には黒焦げになった布の固まりがあった。ゴミには違いないが、一応大切な物が含有されている。

 リョウキはそのゴミ袋の中を物色した。そして指に固いナニカが触れると、「おっ」と声を上げた。


「あったあった。これこれ」


 その手には、黒焦げに成り果て、一部溶けた長方形の物体が握られており、付着した焦げた繊維をリョウキは払う。


「何だそのガラクタは」


「なんだっけ? 確かスマフォだっけ?」


「スマホ!? ほー、お前が? 誰に貰った?」


 さすがセンセは最もリョウキと親しいだけあって、彼にスマホを買うことが出来ないのが分かっている。


「うーん……口外禁止だけど、センセには教えてあげる」


「いいのかよ……」


「かまわんかまわん。実はわたし、今ある刑事に捜査情報を内通してもらってるんだよね」


 大切な秘密だったはずなのに、親しいという理由だけでリョウキは逡巡もなく、つらつらと論った。

 本来驚くべき情報なのだろう。だが、センセは顔を動かさず、冷静に尋ねた。


「……見返りは?」


「見返りは情報さ。わたしは霊獣の出現地点を向こうさんに教えてあげてるの。霊獣の出現にいち早く気づけるのはわたしたち参加者でしょ? それでわたしが出現地点を報告することで、じんそくな避難誘導に役立てたいんだと」


 おもむろにリョウキは立ち上がると、しっかりとした足取りで床を踏み、裸の体を包む服を求めた。


「騙されてるんじゃないか、それ?」


 話を聞いて、センセはまず一応はその心配をした。


「最初はわたしもかなーり疑ってたけどね」


 スマホの契約の仕方は知らないが、スマホがGPS、自分がいる場所を教える道具になってしまうことはリョウキは知っていた。だから当然、渡された事による警察()の動きの変化は、神経を尖らせて感知していた。


「……なら、今はある程度信じていると?」


「まね。もらった情報はまだ少ないけど、もらった情報は全部間違ってなかったんだ」


 微かに死臭がする、よれたチェックのシャツを直に纏いながら、リョウキは真面目な顔で言った。


「けど全部信用してるわけじゃないし、いつかは裏切られるんだろうけどね。しばらくは泳がせてもらえると思う。どの程度かはわからないけど」


「それでスマホを渡されたという訳か」


「そういうこと」


 リョウキはセンセの目の前に立った。


「だからさ、これ直してくれない。見てのとおり壊れちゃったんだ。このままじゃなにもできない」


「俺は医者だ。何でも屋じゃない。機械なら電器屋ででも見て貰え」


「それはそうだけど……。わたしが頼めるのはあなたくらいしかいないんだよ。わかるでしょお」


 小首を傾げて可愛らしく懇願するリョウキの姿は、気持ちが悪かった。けれどセンセはそれとは別に感化されたらしい。


「高くつくぞ、人体以外は。それにお前にはツケが沢山ついてる」


「いいじゃない。一度死んで生き返った人間の体をいじったことは、結構な価値だと思うけど」


「それでチャラにしろと?」


「うん!!」


 そんな自信満々に答えられては、その後の回答にも影響しそうだった。結果的に、センセの回答が変わることはなかったが。


「……分かった。直せるか分からないが、やれることはやってやる」


 センセは手のひらを差し出した。

 その手にリョウキは、焦げたスマホを置いた、


「ありがとう。それじゃ頼んだよ、センセ」


 自分の手の中に収まったスマホを見て、センセはため息をついた。

 けれど存外嫌ではなく、むしろ気は楽だった。




⭐︎




 程なくして急患が訪ねて来たため、センセはその手術にかかりきりとなり、リョウキはしばらく放置された。正確に言うと、手術台への運搬を手伝ってから手術終了までの間、放置された。

 手術の方はと言うと、患者の体型が肥満だったことと、銃弾の1つが心臓付近で停止していたことから難航すると予想されたが、神と呼ばれるセンセの腕をもってすれば予想を覆すことはそう難しいことでは無かった。特段アクシデントもなく、6時間後には手術は終了し、撃ち込まれた3発の弾丸は摘出された。


「おつかれ」


 施術を終えたセンセのことを、リョウキはベットに腰掛け足をパタパタさせながら待っていた。


「お前のに比べりゃ楽勝だったわ」


 軽口を叩いたセンセは、血が着いた衣類をゴミ袋に処分すると、机の前に備えられた車輪付きの椅子のところに歩いて行って、どっかりと腰掛けた。


「今日の営業はここまでだな。扉を閉めてこい」


 手術に始まり、手術に終わった一日であった。

 体力的にも、精神的にも、備品的にも、潮時なのは明らかだった。

 机に突っ伏したら、そのまま眠れただろう。


「どう? さっき来た人は、助かる?」


 鍵をかけて戻ってきたリョウキが尋ねる。


「さぁ? 99%ってところだ」


「さすが、ほぼ助かるんだ」


「そう、"ほぼ"な」


 左上に視線をやりながら、センセは言った。

 その言外にある感情を、リョウキは鋭敏に感じ取った。けどその要因に関しては鈍感であった。


「弱気だね? なにかあったの?」


 てっきり自分が死んでから何かあったのかと、リョウキは思ったのだが、その推定は大外れ、そして無神経であった。


「何かあっただと? ……その何かだろ、お前は」


「?」


 その言葉だけでは分からなかった。分かったのは、同情の瞳を見てからようやくだった。


「うそー、わたしが死んだこと気にしてんの? あんなん仕方ないじゃん。もともとわたしの体が栄養状態もクソでズタズタなのが原因なんだし、あなたのせいじゃないでしょお。それになんやかんやよろしくやってたんだから、気にすんなって」


 自分が死んだこともリョウキは笑い飛ばした。

 閉所で引いた笑い声はよく響く。

 けれど笑っていたのは1人だけで……。


「お前が気にしなくても、俺はショックだったんだよ……、お前が死んだことは」


 何故ならそれが、神と呼ばれるセンセの初めての敗北だった。

 今までどんな難しい手術も治療も、1%でも助かる可能性があったなら、その1%を引いてきたセンセにとって、リョウキの死は己の限界を知る薬だった。

 不法を含む、ありとあらゆる手を尽くしても、リョウキは一切回復の兆しも見せず、為す術なく死んでいったのだ。何かミスを犯したわけでなく、全て正しい解を選択したのにリョウキは死んだ。

 そしてその結末はあまりにも苦々しすぎた。


「……お前が死ぬまでは、俺は自分が医療の領域に関しては全能の神だとおこがましくも思えた。けど結局、天運には逆らえなかったんだ。俺は神なんかじゃない、神に支配された、ただの人だと、思い知ったんだよ」


 限界を知ったことで、子供だった闇医者は擦れた大人になった。

 所詮人間は人間止まり、神様と肩を並べるなど出来ないと。


「わたしからしたら、アンタは手の届かないところにいる神様みたいなもんだけど」


「相似止まりさ。人は神様になんてなれやしないよ」


 ため息と共に自嘲を吐き捨てるセンセの姿を見て、


「やっぱり人間って、平凡なのが幸せなのかねぇ……」


 人より優れたことで、人よりも限界が刺さる。

 リョウキはそう思い、独り言として呟いた。けれど声が少し大きかったから、センセにも聞こえていた。


「悲願だものな、平凡はお前の」


「言うなよ。だってわたしの人生において平和だった日なんてないんだから。そこらへんにいる普通の人みたいに、普通に三食食べて、スヤスヤ眠って、学校通って、そうだな青春とやらがどんなものなのか知ってみたいのさ」


 血と罪によって塗りつぶされた、普通で何気ない平凡な日常を取り戻す。

 そのために自らに関する凄惨な過去を全て消し去り、世界に忘れ去らせ、真っ白な命を手に入れる。それがリョウキの願いだ。

 どうせ閻魔様に頼むんだから、夢はでっかく、絶対に叶わない願いを、叶えてもらいたい。


「けどそうなったら、センセと一緒にお酒を飲むって夢は叶えられそうにないね」


 冗談めかしてリョウキは言った。


「そんなに飲みたいなら今飲めば良いだろう」


 ちょくちょく同じことをリョウキに言われていたセンセは、いつもこう答えていた。それに対するリョウキの返しもいつも同じで、今回もそうだった。


「それはダメだよ。わたし酒を飲めるようになるまであと4年あるし」


「下らねぇ、人殺しのくせに……」


「それはそれで別な話よ。必要ない犯罪はやりたくないから。もう意味はないんだろうけど……」


 今更、積み上げたものが一つ増えたくらいで、何も変わらないことは分かっていた。

 その段階は、とうの昔に超えていた。もういつだったのかも、思い出せないし分からない。


「酔っぱらうのって、気持ちいいんだろうな」


「記憶飛ばすまで飲むなよ。お前は間違いなく酔ったら面倒なタイプだからな」


 本人すら気づいているか怪しい内心を見透かしていたセンセは釘を刺した。

 酔ってなくてもリョウキがまぁ面倒くさいことに気づいたのは、言った後だった。当然すぎて忘れていた。


「まぁいいや。ゲーム、俺からも頑張れと言っておくよ。お前のことを忘れたら、俺はまた神様でいられるようになる」


「まぁ、わたしはわたしのためにやるけどね」


 視線と一緒に私欲を託されたリョウキはあっけらかんと言った。しかし、直後思いなおる。


「けどそれもいいかもね。他人(ひと)を気持ちよくさせてあげるのも、たまには悪くない」


 それが言い様もなくおかしくて、リョウキはつんざくような高笑いを響かせた。寝不足のセンセは頭痛を覚え耳に栓した。

 ここは最果て、けれどそこにも、少し変わった形をした絆がある。




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