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亡者よ、明日をつかめ  作者: イシハラブルー
第1章 ゲームスタート
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第二編・その2 モノマネ先生



 冬の夜風が、殺風景な校庭の木々を揺らしている。

 少し前まで緑の葉に覆われていた木々は枯れ葉を落とし、いずれ来るであろう春を待っていた。

 しかし、一方で学校の方はと言うと、門には立ち入り禁止の看板が貼られ、校舎の時計は壊れて止まったままでいる。

 もうこの学校に生徒が来ることは2度とない。ここは既に学校としての役割を終え、あとは壊されるのを待つのみの廃校である。

 だから当然、人は常に来ないはずだ……そのはずなのだが……、どうもここ最近はこの廃校に出入りする者がいるらしい。しかも今夜はそれが1人ではなかった。





⭐︎





「なぁ……優良誤認って知ってる?」


 佐野ヒカルは不満げに言った。

 彼が今いる場所は、薄暗い廃校舎2階にある宿直室だ。そしてそばにはもう1人男がいる。


「景品法ですね。もちろん知ってますけど」


 ヒカルの問いに、テツリは当然とばかりに答えた。

 ちなみに優良誤認とは、景品表示法第5条第1号に示される消費者の選択の自由を守るための法規である。

 販売者が消費者に対し、商品が実際の物よりも優良であると示したり、事実に相違して競争関係にある事業者の販売する物よりも優良であると示す表示はこの法規によって禁止されている。

 たまにニュースで取り沙汰される産地偽装問題は、この法規に違反するためにご法度なのだ。


「それがどうかしましたか?」


「……いや、この状況はまさにそれなんじゃないかと思うんだ」


「と、言いますと?」


「確かご飯とベットがあるって言ったよね?」


 ほんの2、30分前の発言だ。間違いなはずはないが、一応、裏どりも兼ねてヒカルは尋ねた。


「……言いましたね」


とテツリは言った。そしてその目があからさまに泳ぐ。


「だよなやっぱり。だから俺は付いてきたんだ。"ご飯"と"ベット"があるからって」


「まぁ、あるじゃないですか、ちゃんと」


「……ちゃんとか? "乾パン"と"簡易ベット"であの言い草はギリ有良誤認だと思う、俺は」


「それは……どうなんでしょう……ねぇ」


「まぁ、乾パン意外とうまいし、いいけどさ」


 そう言って、ヒカルは引きつった表情を浮かべるテツリを尻目に、床に置いてある缶に入った乾パンを1つ口の中に放り込んだ。


「それに部屋自体は悪くないし。いいとこじゃんか」


「それはどうもです」


 まだ廃校になってからそんなに年月が経っていないのか、部屋には埃もそんなに積もってないし、敷かれた畳もささくれだっていない。

 タダで住むには十分過ぎる快適性が保たれていた。部屋自体も、男2人が足を伸ばせるほどには広さがある。

 まぁ水道、ガス、電気が通っておらず、機器の類が全く動かないのは難点だが、今の2人には寒さも問題にならない。

 暗いことだけは問題だが、それもテツリが理科室から持ってきたアルコールランプの火があるのでなんとかならなくもない。

 そして食料は、これまたテツリが校舎の屋根裏から見つけてきた乾パンの缶詰が3つほどあるだけと少し寂しい。

 しかしこれも、この2人は食べなくても活動できるので問題にはならない。この2人にとっての食事は人間性を保つための行為で、半ば娯楽である。だから無ければなくてもいい。

 そしてもう1つ、褒めるところがあるとするならーー


「学校に泊まるって、なんか良いよな。俺も合宿とかで泊まった時は結構楽しかった。なんか新鮮で」


 何というか、少年心を刺激される。そんな感覚をヒカルは味わっていた。

 ずっと退屈していたヒカルたちにとって、『廃校に寝泊りする』という未知の経験が与えてくれる刺激はありがたかった。


「そうですね。そう思う子は多いみたいですね。最近だと廃校をホテルに改装した所もあるみたいですし、そう思う人が少なくないんでしょう」


「……そういえば」


 確か学校給食を食べられるレストランが繁盛しているのをニュースで見たような……。

 テツリの発言につられて、ヒカルはふとそのことを思い出した。


「なんやかんや言って、みんないざ行かなくなると学校が懐かしくなるんだな」


「ははっ、全くその通りなんですよ。意外とみんな、学校のこと好きなんですよね、はい」


 テツリがとても嬉しそうにそう言った。


「そっかー……」


 それにしても、テツリの発言を聞いていて、ヒカルには気になることがあった。


「テツリってもしかして、教師なのか?」


「何でそう思います?」


「なんていうかさ、喋り方に身内感が出てたような気がして……。違うのか?」


 そう尋ねると、テツリは首を振った。


「いえ、確かに僕は先生やってました、中学で」


「ふぅん。だから上下ジャージ着てるんだ」


「……ん?」


 その問いにはテツリは首を傾げた。


「ジャージ……先生……」


 この2つのワードが組み合わさるとどういう意味になるか、それに気づいたテツリは「あっ」と声を漏らした。


「違います。こんな格好ですけど体育教師じゃないです。ジャージは楽だから着てるだけです」


「ああ、それ私服なんだ」


「ええ。お気に入りですよ」


 そう言ってテツリは服の裾を広げて見せる。


「へぇ……」


 お気に入りなのに伸ばしていいのかな……とヒカルは思ったが、何も言わず、楽しそうにするテツリを見ていた。


「じゃあちなみに、体育じゃないなら何教えてたの?」


「なんだと思います?」


「え〜……国語かな? なんとなく国語っぽい」


 なんとなく理系じゃないんだろうなと思って、ヒカルは文系筆頭科目を選ぶもテツリは首を横に振った。


「じゃ、社会」


「正解」


 テツリは人差し指を立てた。


「へぇ社会か。そういや……」


「そういや?」


「そういやぁ……そんな感じもするな! アハハ」


 本当はそういやの後には「社会科って癖強いやつ多いもんな」と続くはずだったが、流石に初対面でそれを言うのは自重した。


「でもやっぱ先生だったのか。なんか聞くとこによると大変らしいな、最近の教師は」


 ヒカルが尋ねると、テツリは思わず苦笑いする。思い当たる節があるらしい。


「そうですねぇ。人間の能力は上がらないのに、仕事だけはどんどん増えていきますからね」


「そうなん?」


「はい……。例えばですけど……、昔は生徒の出欠の登録とかも毎日じゃなかったらしいんですけど、最近は毎時間ごとにパソコンに入力しなきゃ駄目なんですよね。1日に6時間分あるので結構面倒です」


「確かにそれは面倒そうだな……」


「なんか技術が発達したせいで、今までやんなくてよかった細かい作業が『これも出来るよね?」って感じでどんどん増えちゃったんですよね」


「なるほどな」


 なんとなくだが、その便利になったゆえの不便は、ヒカルも分かる気がした。


「今や教師なんて、トップレベルに激務だと思いますよ。大変ですよホント」


「まぁ正直今の時代、公務員も楽じゃないよな。警察も犯罪が高度化しててな」


 ヒカルは「やれやれ」と肩をすくめた。


「お巡りさんでしたか。どうりでお強いわけだ」


「まぁ多少わな。いざという時は暴れる大人を取り押さえなきゃなんだし」


「ですねぇ」


 と、ヒカルが警官だと知ったテツリは、唐突に思いついたように言った。


「そういえば、現実の警官も手錠かける時って時計やるんですか?」


「時計?」


 多分、ドラマとかでよくある逮捕シーンのやつだよな、とヒカルは解釈し「やってた」と答えた。


「へぇー」


「まぁ俺がかけたことはないけど」


「あらら」


 それを聞いたテツリはどこか残念そうだった。

 そしてヒカルも、テツリと同じくドラマと現実の正否に関して尋ねた。


「そっちこそどうなんだ。ドラマみたいな熱血教師はいるのか? それこそ金○みたいな」


 その問いに対し、テツリは瞬きを多くしたのち、静かに答えた。


「……いましたよ、ちゃんと」


「そうなんだ!」


「……でもあれですね。熱血教師は1人で十分ですね。みんながそれだと、間違いなく回らないです。

 それとああいう人には……なんだかんだ周りに良い人がいるから成り立つんだって、……実際に僕も教師になって分かりました」


「ハハ、それは言えてるかも」


「……あと、生徒は僕たちの想像以上に教師のことを見てますね。ヒカル君って先生のモノマネしたことあります?」


「あるぞ。ベルトの直し方の癖が強い先生でさ。それを真似してクラス中で大笑いしてた。仕舞いにはむしろ先生の方がモノマネに寄せてたよ」


 試しにヒカルはそれをその場でやってみせるも、実物を知らないテツリは苦笑いしかせず、微妙な空気にしかならなかった。

 ヒカルにとってスベッたことはちょっとショックだった。

 でも多分、ナルミが見てたら爆笑だったからと、ヒカルはそんなよく分からない慰め方をした。


「まぁ僕なんかも生徒にモノマネされてますよ」


「どんな風に?」


「なんか、名簿で教壇トントンやるじゃないですか。あれに癖があるみたいで。こんな感じに」


 そう言ってテツリは自分の真似をする。


「空気入れみたいだな」


 それを見たヒカルはそう言った。


「らしいですね。自分では意識してないですけど。あとは……」


 それからしばらく経つと、アルコールランプの燃料が切れてしまった。そして貴重な明かりを失い、部屋は暗闇となった。

 月明かりこそあるものの、それでは30センチ先のお互いの顔を見るのさえ億劫だ。

 正直、今日はもう疲れたこともあるので、


「もう寝るか、ベットで」


とヒカルが言った。


「そうしましょうか」


とテツリは答えた。


「まるで昔の人みたいですね。暗くなると寝るなんて」


「確かに。まぁ明かりがないからな」


 ヒカルがそう言うと、テツリは暗闇の中で自分とヒカルを交互に指差す。


「ん?」


 一応その動作はヒカルにも辛うじて分かった、そしてその指差しが何を意味するのかも。


「あぁ、変身すれば明かりになるか。でもしたってどうせ3分も持たないし、それに1回変身したら12時間はインターバルを取らなきゃだから今は無理だ。連続変身は負担がヤバいんだ」


「そうなんですか」


 光闘士ブリリアンには弱点がある。その2つ目は、1度変身すると、次に万全な状態で変身出来るのは、ヒカルの言う通り12時間後になることだ。

 一応気合いがあれば変身できないわけではないが、変身維持時間は劇的に減るため、敵を倒し切るまでまず持たない。

 だから無闇に変身はしない方がためだ。

 だがーー


「でも僕は変身できますよ」


「えっ? いや無理だって」


「それがですね。僕の能力は『コピー』なんですけど、なんかコピー元の能力のデメリットを無視出来るそうなんです。だから多分僕は連続変身出来ます」


「そうなの」


「えぇ。その代わり、コピーには条件があって。能力をコピーするためには、能力を使ってる状態の相手に、右手で触れないと駄目なんだそうです」


「……あっ、そういえば」


 あの時、蜘蛛型の霊獣にテツリがやられかけていたあの時、ヒカルは『変身した状態』で、倒れ込むテツリの『右手』を引っ張り上げた。


「だからあの時変身できたのか」


「はい。右利きで良かったですね」


 ヒカルは自分の右手を見やる。

 なるほど、確かにヒカルが左利きならあの時出したのは左手で、そうしてたらあの後テツリは変身出来なかった。

 もしそうなっていたらあの後は……考えない方がいいだろう。


「で、どうしますか? しましょうか?」


「いやいいよ、疲れるだろ。でもなんでコピーにしたんだ。確かに強い能力だけど扱いは結構難しいだろ」


「それがですね……僕って優柔不断なんですよ」


 つい「でしょうね」と言いそうになるのを堪えて、ヒカルは「ほう」と冷静に答えた。


「で、期限までに能力が決められなくて、それで閻魔様が、『もうコピーで良くね。いっぱい能力使えるから』って言ったから、それで『はい』と……」


「なるほどな」


 ヒカルにはその光景が目に浮かぶようだった。


「でも今のところ『変身』しかコピーしてないんですよね。正直、それも僕にはあんまり噛み合ってないです」


「まぁ体育教師ならともかく、社会科教師じゃそんなもんだよな」


「まぁ、物理的に戦う場面なんて無いですし。武術の心得も無ければ……ほら、あの……」


「ブリリアン?」


「そう、それ! それについてもよく知らないですし……」


「知らないか……」


「はい……」


「そりゃそうだよな……」


 まぁ関東ローカルのヒーローなんてそうそう知らないだろうなと、ヒカルは一ファンとして悲しみつつも、納得した。


「……」


「……」


 と、2人とも黙りこくる。

 音もしない真っ暗闇、お互いまだ相手との距離感が掴み切れていないが、なんとなくお互いの人となりは分かった。


「寝ようか」


 ヒカルはそう再度言って、今度こそベットに横になる。


「んん……」


 寝返りを打つことはできないが寝心地は悪くない。この疲労感ならすぐ眠れそうだ。


「…………どうかしたか?」


 横からの視線を本能で感じたヒカルは言った。


「……どっちかなんですよね」


 唐突にテツリが言った。その要領を得ない話し方にヒカルが「何が?」と返すと、テツリは続けた。


「願いを叶えられるのは、どう頑張ってもどっちか1人なんですよね。だからいつか、僕たちはお互いのことを恨めしく思う時が来る」


「……」


「念のため言っておきますが、僕は絶対に自分の願いを妥協したりなんてしませんから」


「俺もそうさ」


 ヒカルは笑みを浮かべた。

 ゲームに参加した以上、負ける気が無いのは当然だ。もちろん、それは自分に限らないだろう。

 そんなこと分かりきったことだ。


「……聞きたいですか? 僕の願い」


「……いや遠慮しとく。多分それはしない方がいいと思うんだ」


 テツリの質問にヒカルはやんわりと断りを入れた。


「……そうですね。僕もそう思います。ただ1つだけ言いたいことがあって」


「何?」


「……さっき言った通り……確かに教師の仕事は増えました。それで大変なのは間違いない。けれど……それで1番大変な思いをしてるのは、生徒だと僕は思うんです」


「……」


 ヒカルは黙った。なんと返せばいいか、返答に困ったのだ。


「すみませんね、偉そうに。ダメだ、テンションが深夜になってるや。もう寝ましょうね」


「言われなくても俺は寝る」


「アハハ、じゃあまた明日。おやすみなさい」


「ん、おやすみ」


「…………」


「…………」


 今度こそ本気で、2人とも眠りにつきにかかった。 

 これからは沈黙の寒い夜が、長く長く続くのだ。






プロフィールNo.2 上里テツリ


生前は高校教師を務めていた、モットーは生徒第一。

ヒカル同様優しく、正義感もあるのだが、正直実力がそれに追いついていない。

生徒からの評判は上々。だが決まりにうるさいので道を外れかけた生徒からは毛嫌いされていた。

なおそんな生徒のことも見捨てないのだが、彼らにちょっかいかけてはケチョンケチョンにされるのが学校では風物詩と化していた。

能力はコピーだが今のところ生かし切れていない。

……と言うかこのゲームにおいてコピーはお世辞にも使いやすい能力ではない。

つまり彼はまんまと口車に乗せられた。気の毒に……

ちなみに着ているジャージは特売価格税込1800円。(上下)


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