第九篇・その4 ツバサ・アンビバレント
空を蓋する暗雲に、時計回りで循環する紫炎の輪で連なる”穴”が作られた。
これは道だ。地獄から現世に通じる、道理に反した遡及の道。この世の者に限らず、誰もが現れることを望まぬあぶれ者、己を忘れた亡霊達が駆けて出る。
飛び出して来た霊獣は、勢いよく地面に着地……と言うには少々どころでなく乱暴に、落下の衝撃でアスファルトの地面に型を作ってめり込んだ。ヒカルを除く3人が各々視線を送る中、霊獣は煙と穴の中から、巨大で赤い鋏をまず覗かせた。
「クソ……、このクソ面倒なタイミングで」
満身創痍で這いつくばるツバサは新たな敵の出現に、乾いた血に塗れた顔をしかめながらも一心に立ち上がる。
しかしヒカルは、仰向けのまま身じろぎしない……出来ない。
「……」
深い眠りについている。意識は固く、閉ざされて。
「……マッカチン?」
リョウキはその赤い鋏を見て、夏場に食うに困った時、食料としているドブのザリガニを連想し、不覚にも美味しそうだなと思った。
そして霊獣の全身像があらわになる。その姿はおおよそ茹で上げられたカニであった。その右手である大きな鋏は霊獣の顔面より大きく、垂らせば地面に触れる。対称的に左手の鋏は右手の半分もない、そのシルエットはシオマネキのようだったが、手脚は元人間らしく4本で、直立している。それ以外に人間らしさは無く、むしろ質感的には無機質な岩の方が近い。
しかし大抵の人間よりも大きな威圧感ある体躯にも、リョウキはこれだけあれば半年は持つかな、と呑気に考える。
そんなリョウキの事を、怨念猛々しい目で見る者が……。
「ゲホッゲホ……オ゛エッ……」
そうカオルだ。
咳き込みながら口を塞いでいた吐しゃ物を吐き出し、子鹿のように立ち上がったカオルは、呑気そうにしているリョウキに業を煮やして蹴りかかろうと。
「殺す……」
表情は鬼気迫っていた。
だが体は悲鳴を上げていた。無理やり壊れかけのモーターを動かすように、カオルからは足音がバタバタと発されていたため、もはや見るまでもないとばかりにあっさりと、華麗な踊りを踊っているかのようなターンでリョウキにかわされた。その華麗さは強者の証明だ。
「うっ……」
他方リョウキも、全身の大火傷に加え骨折も多々あり、生きているのがおかしい状態である。ターンの終わりには不調を訴える立ちくらみが……。
これ以上の戦闘は良いことない。引き際を悟ったリョウキは、興奮して荒い息で睨み付けるカオルに言った。
「……今日はここまで」
「!? どこに行った!?」
バイバイと手を振ると、リョウキの姿はその場から一瞬で消え失せた。
これは参加者のオプション、霊獣がいる現場付近への転送を利用した裏技。
本来なら遠方から駆けつけるために用いるそれを、今回は逃走のために、つまり付近Aから付近Bへの瞬間移動として行った。ここはリョウキの機転が光る。
そうして戦場から離脱したリョウキは跳んだ先でブロック塀に体を預けると、焼け落ちかけていたズボンのポケットから、ドロドロに溶けた液晶を取り出した。
一応動きやしないかと電源を入れようとするも、見た目の通り見事に破損したようで、画面は明るくならない。
「これじゃ連絡はムリか……。まぁ、仕方ないや……」
そこまで問題は無いだろうけれど、思わずため息をつく。が、その何気なしについたため息が、身震いするほど猛烈に痛覚を刺激し、腹を抱えさせた。
その痛みにリョウキの背中は塀を滑り、そっと尻餅をついた。そっとでなければいけなかった。
戦いの高揚感という痛み止めで幾分抑えられていた痛みが、元の激しさを取り戻しだしたのだ。
痛みで息が荒くなると、その荒い息でさらに痛みが増していくという悪循環。痛み止め無しで激しさを増していく劇痛に耐えることは出来そうもなかった。
ヤバい……、これは……ヤバい。そんな感想を口に出す余力も無い。
座っているのも億劫で、リョウキは道の脇で横たわる。今はたかってくるアリを払う気も起きない。
とりあえず……医者のところへ……。もう場所は決まっている。
リョウキは、仄暗い地下を思い描いて目を閉じた。
「……逃げられたッ!?」
千里眼で追尾したカオルはリョウキの所在地をようやく知り、そして奥歯が欠けるほど歯ぎしりした。
リョウキの転移場所からカオルの現在地は、転送の使用上そう遠くはない。ないが、だからといって追いつける距離でもなく、追いかけたところでリョウキはその間に逃げてしまう……。同じ転送を使おうにも、転移場所は完全ランダムである。つまり、どう考えてもまんまと逃げられた訳である。普通に考えれば。
「ふざけるなッ! そんな馬鹿なことがあるか!」
だがこの時、カオルは悪魔に魅入られていた。だから無謀と分からず、リョウキの下へ……。
「!?」
と、走ろうとしたところで急ブレーキをかけた。
「コイツ……」
霊獣が両腕を広げ、立ちはだかる。
霊獣はカオルのことを獲物と認識し、自慢の鋏でカオルを捕らえようと。
しかし強固な甲殻は、それだけ重量もある。
故に鈍重な動きで、未来視を用いるカオルの問題ではない。ただ耳元でバキンッと鋏が噛み合う音は、耳を塞ぎたくなる耳障りな音だった。けれど耳を塞ぐのは、折れた手首の痛みでイライラを募らせる行為だった。
「どけ! お前に用なんて無いんだよッ!」
その腹いせに、カオルは霊獣を一発足蹴りにした。
だがその甲殻は厚い鉄板と紛うほどの堅さ。手首の骨折の痛みが一瞬和らぐほどに、蹴った足が痛かった。
怒りの力任せの蹴りでも、霊獣は揺らがなかった。倒れてくれればカオルの溜飲も下がったろうが、そうならなかったことでカオルは最高潮にイライラした。そしてその原因を、カオルは全てリョウキに求めた。
「絶対に殺してやる……俺の手で絶対にッ……」
そうしなければ納得がいかない。
霊獣の攻撃をくぐり抜けると、あとは脇目も振らず走った。
かくしてリョウキへの復讐を改めて強く誓ったカオルは現場から離脱した。
これであとは現場にいるのは、人間を食べることに渇望する霊獣と、傷だらけのツバサ、意識を失っているヒカルである。
カオルを逃した霊獣は、すぐにその気配から2人に気がついた。
無機質な飛び出た目と、ツバサの目が合う。
「バレたか……」
舌打ちと、ため息が次いで出る。
霊獣は鋏を合わせ、それから広げると、咆哮した。それはまるで食前の挨拶をしているようであった。
地面を踏みならしながら、霊獣が一目散にツバサ達に迫る。
「……さて」
視線を下に向け、仰向けになっているヒカルに目を向けた。
「……おい……おい!」
試しに足の先でつついてみるも、
「…………」
この危機的状況下でも、ヒカルの目は固く閉ざされ、応答も無し。
先の戦いと、ツバサを庇って負ったダメージは……甚大。
「……意識は無いか」
そうツバサは承知した。それもおそらく、ちょっとやそっと乱暴しても起きないだろうと……。
「どうしたものか……」
ツバサの心はせめぎ合っていた。
果たして今自分は戦えるだろうか?(無理では無い、けれど無茶だ)
ならば逃げるか?(それが得策だろう。無理を押して戦うより、その方がこの先勝ち残る確率はずっと高い。この状況で撃破数1にこだわるほど切羽詰まってもいない)
しかし、今自分がここから逃げたらどうなるか?(明白だ)
「……」
ヒカルは死ぬ!!
怪我のせいでつれて逃げることも出来ないから、放置せざるを得ない。
そうなればヒカルは、頭からか足からかは分からないが、霊獣に美味しく頂かれるのは避けられない。
「……」
とは言えツバサからしたら悪い話じゃ無い。
逃げればそれだけで勝つのに邪魔な競争相手が一人減る。
たとえ見殺しにしても、この場にそれを咎める者はいない。誰も見ていない。
それにヒカルは、今まで散々自分で殺そうとしてきた男だ。死んだって構わない……はずだった。
「……」
ツバサは唇を噛んだ。
だったら何故、こんな迷っているのか?
死んでいいと思っているなら、なんで立ち止まっている?
単純だ。気づかぬうちに、全く逆のことを望んでいる。全くの逆を。
「……」
どうするか? 残された時間は少ない。
霊獣は瓦礫を踏み分けながら、ヒカルの顔に影を落とした。
そして……右手の鋏を広げ、首を――
ガギィィンッッ!!
「ホント、世話が焼ける……甘ちゃんだ」
最後まで、最後まで悩み抜いて、ツバサは牙を剥いた。
……霊獣に!
鋏はヒカルの眼前で止まる。ツバサが腕から刺股のような形をした角を生やし、霊獣を抑止した。
結局ツバサには見捨てられなかった、ヒカルのことを。
だが力では霊獣に敵わない。震える鋏が、ヒカルに近づいていく。
「まぁ意識が無いなら…………あとでとやかく言われずに済む……」
獣の力を込めた蹴りを脇腹にヒットさせると、霊獣はバランスを崩して転倒した。
「撃破数1を……貰うとするか……」
ツバサはギロリとヒカルを睨むと、立ち上がった霊獣を裏拳で殴る、腕をゴリラに変身させ。
霊獣がさらに後退したところで、すかさずパンチでボコボコに殴る。
「固ッ……」
受けた霊獣の体から煙が立ち昇る。結果、少々甲殻がへこんだだけ。
「カニのくせに、グーでもへっちゃらか」
攻撃とスピードはともかく、このカニ、防御は優れているようだ。紙ではない。
「ウォォッ……ハァ!!」
今度は助走をつけて、飛び跳ねて殴りつけた。さらに「まだだ!」と、下半身をカンガルーに変身し、両足でカンガルーキックのお見舞い。
霊獣は2,3歩下がり、両腕を広げて元気よく咆哮する。弱ったツバサの攻撃では、箸にも棒にもかからない。
ならばとツバサはサイに変身、足で地面を踏みならす。
「ハァァァッ!!」
景色を置き去りにしてツバサは走る。そして霊獣に角を突き立てた。
ガギンッッッ!!
突進で霊獣は吹っ飛んだ。だが、それだけ。
右手の鋏に角が刺さった跡が新たに刻まれたが、ただそれだけ。大したダメージは……ない。
「くっ…………なんて……奴だ」
ツバサは膝をついた。
残る体力の不安から、短期決戦で決めにかかる目論見が裏目に出た。
体が鉛のように重たい。なのに霊獣に一撃貰うと、ピンポン球のように吹っ飛んでしまう。
こんな最悪のタイミングじゃなかったら……。楽に勝てるのに。
瓦礫に埋もれながらツバサはそう恨みがましく思う。
けれどそう思ったところで体は治らない。だから現状でなんとかするしかない……が。
ドカッ!! バスッ!! メキッッ!! バキィィ!!
戦うのが無茶な体で戦っている現状、なんとかも、どうも、しようがない。
ツバサは徒に打ちのめされ、ついにヒカルと並ぶように倒れ伏した。
「か、体……が……」
言うことを聞かない。
手を握る力もなく、逃げることも出来ない。
けれど反骨心は死んでいない。
霊獣の影がツバサを飲み込んだ。
と……その時――
「テリャァァアア!?」
ヒーローの参上、七色に輝く拳で霊獣を突き飛ばした。
「……遅いぞ……もう少し早く来れないのか?」
危うく死にかけたツバサが悪態をつく。
「ツバサ君?」
振り向いたヒーローの正体はテツリだ。
無我夢中で、そこにツバサがいたことは把握していなかった。
「……大丈夫です?」
「……そう見えるか?」
ツバサは怪訝そうな顔でテツリを見つめる。大丈夫なわけがないだろうと目が語っていた。
「……いえ……見えません」
「だろうな……」
顔中血まみれの男を大丈夫だと思うような人がいたら、ソイツこそ大丈夫じゃない。
そしてテツリはふと脇目を振り、この場で寝入る男を見つけた。
「てかヒカル君まで!? それになんかあちこち瓦礫だらけだし、ここで何があったんです!?」
カオルの歯牙にもかけられなかったテツリには、この場で巻き起こった壮絶な争乱など知る由もなかった。
「……今気にするのはそんなことか?」
視線の先で霊獣が立ち上がったのを確認したツバサは、さりげなく目配せした。
「まぁとにかく、今回はお前に譲る。さっさと倒せ」
「いや別に譲らなくても結構ですけど」
テツリはヒーローのマスクの顎をポリポリかいた。
「……いいから早くやれ。霊獣を殺せ」
「こんな時くらい、喧嘩腰やめれば良いのに……」
至極もっともな意見がつい口から飛び出すも、怪我とは違う理由で険しくなるツバサの顔を省みて、テツリは口をつぐんだ。
「はいはい、分かりました。やりますとも、やってやりますとも!」
頬を叩き、気合いを入れたテツリは腰を落として構え、迫り来る霊獣に向かっていく。
「…………頼んだぞ」
離れていく背中に、ツバサは小声で言った。
「今日こそは! 僕が完璧に! 退治してやる!!」
意気込みよく、テツリは腕をグルグル回して殴りつけた。
ガキンッッ!!
「……い……痛ってぇぇ……」
その衝撃に思わず右手を振るが、痺れは取れない。
「なんなんですかこの硬さ」
今までテツリが殴った物の中でも最上級に硬かった。ちなみに最も硬かったと感じた物はコンクリートで舗装された道路である。3発殴ったら、両手とも折れた。
「殴ったらこっちが怪我しちゃうよ」
という思考から、手が駄目ならばと足で、突き刺すように蹴りかかった。
……あえなく弾かれる。
「てか、足でも痛い……」
何で手が駄目で足は行けると思ったのか?
間合いを取ったテツリは足首を押さえる。
「こうなったら関節技しか……でも僕の技量じゃなあ……」
上手く決まれば硬度に関係なく、体をへし折ることも可能だ。しかし練習無しのぶっつけ本番、そして常識外れで未知の霊獣相手に、素人である自分の力量で上手くいくとはテツリは楽観してでも思わなかった。
だから諦めた。その代わりに別の策を。
「テェリャッ!! フッ……エイヤァァァアアア!!」」
助走をつけたテツリは、跳び上がった。そうして一瞬空中で静止した後、流星のような金色の一筋の光となって急降下キックを。
霊獣が腕をクロスに組んでガードする。キックはそのガードに真っ向から衝突した。
ガガガガガガッッッドガッッッ!!
踏ん張る霊獣は地面を抉りながら、瓦礫の山に叩きつけられた。
白い砂埃が霊獣の姿を隠す。
「ハッハー、どんなもんだい!」
着地も綺麗に決めたテツリは高飛車なお嬢様みたいなポーズで指さしした。
流石に必殺技を食らわせれば、内臓にダメージがいくから倒せ……
「グギャァァアア!!」
「嘘でしょ……あれでも駄目なの!?」
感触は完璧だったはずなのに!
焦げ跡がついただけでピンピンしているのは驚きだった。
「こ、こうなったら最強の必殺技を……」
「待て」
体を捻って跳び上がろうとしたテツリを制止したのはツバサだった。
「焦って闇雲になったところで、コイツの防御を突破出来るはずがない」
「……確かに僕もそう思います」
ツバサの言うとおり、勢い任せではこの強固な要塞の牙城すら崩せそうにない。
「ではどうしろと?」
「素直になったな」
「お前に言われたくねーよ!! ……あ」
反射的にそう言ってしまった後、テツリは口に手を当てた。
しかも「お前」なんて口調まで口汚く。
「いや、今のはその、ヒカル君の気持ちを代弁しただけでして……」
「……この際不問にしてやる」
状況が状況なので、とやかく言う時間もなかったのがテツリに幸いした。
「いいか。おそらくさっきのキック級の攻撃なら、あの霊獣の甲殻も貫けるはずだ。だから問題なのは、あの攻防一体の右腕の鋏だ」
「……そんなの、誰だって」
そう思うでしょう……と言い切る前に、ツバサはたたみかけた。
「あの鋏をもぎ取ってしまえ、そうすれば奴は大幅に弱体化する。関節部をへし折るか、たたき切るか、どうでもいいからあの鋏をどうにかしろ」
「……」
「……なんだ? 文句でもあるか?」
「いえ……、ただ一つ思ったんです。冷静って大切ですね」
確かにツバサの言ったことは的確だ。ただ、わざわざ言われないと気づかなかったことでもない気がした。少なくとも、得意になって言うようなことではない。けれど異論もなかった。
助言を聞き終えたテツリは振り返って、手を叩いた。
とにかくあの右腕の鋏が厄介だ。それを切り落とすには、適した技がある。
「ライトニングスティング!」
伸ばした手を指先の方へ、両方とも撫でると、光の手刀が纏われる。
そしてテツリは霊獣に走り迫る。この光の手刀で、関節部を切り裂くのだ!
なお、かつてヒカルが語ったところによると、この技はレア技らしい。おそらく光学合成に予算がかかるため、ローカル番組であった『光闘士ブリリアン』本編においてはたった1度しか使われなかった、大人の事情も絡んだ幻の秘技とのこと。
しかしそんな事情も介入しない現実では、ひたすらに強い。
通り過ぎる、その瞬間、目にもとまらぬ手刀が次々、霊獣の鋏を切り落とした。
「サンシャインスパークッ!」
必殺技による多段攻撃。
照る日に向かって跳んだテツリは、両足に太陽の力を込めて、竜巻のように回転しながら霊獣へと降下する。
ガッッ!! ガッッ!! ドゴッッ!!
連続蹴り――
一撃目は足の甲で、二撃目は踵で、そしてオマケの三撃目は大きく蹴り上げた。
三発貰った霊獣は、火花を散らしながら地面を転がり、爆炎を上げた。
「今度こそ……やった」
切り落とした鋏が霧散した。それが何よりの証拠である。
変身解除したテツリは、その瞬間大粒の汗を垂らしてへたり込んだ。
間髪を入れない大技の連発が、堪えたようだ。
「ずいぶんと……だらしのない」
足を引きずりながらも、ツバサは自分の足で立っていた。
「ちゃんと言われたとおり倒しましたけど」
「……それはそれはよかったなー」
「心の無さ……。たまには褒めて下さいよ」
これでも頑張ったんだからとテツリは口を尖らせた。
「しかし、一体何があったんですか?」
「さあな。そこでグースカ寝てる奴にでも聞けば良いんじゃないか?」
ヒカルを指さしたツバサは、腕から生やした角を杖代わりにヨロヨロと立ち去ろうとした。
「あなたは教えてくれないんですね」
「あぁ、これ以上の面倒はご免被る。一から喋るのも無駄手間だ」
そう言って、ツバサは思い立ったように立ち止まると、横目でテツリを見やった。
「それと、起きたら伝えておけ。誰も死んで欲しくないと思うことが必ずしも正しくは無いと……よく分かったと」
イイ笑顔で捨て台詞を残したツバサを、テツリは「はぁ?」と狐につままれたような顔で見ていた。
「これで差し引き0だ。じゃあな」
「……はぁ」
再度テツリは気のない返事をする。
「……」
なんだろう、上手く言えないが何か変わった気がする……。
ツバサのボロボロの背中を見送りながら、テツリはそんな気がした。
「………………フフッ」
これにて2章は終了、よろしければ引き続き「亡者よ、明日をつかめ」をお楽しみください、