第九篇・その3 春眠を覚えず
瓦解したコンクリートと金属で形成されたなだらかな山。ほんの数分前までは、これらも建物を形作っていたのだが、もはやどの部位に使用されていたのか判別がつかないほどに粉々で、見た目はそこら辺に転がっているいびつな石と変わりはない。
延焼した炎によって、瓦礫の山は薄紅色に照らされている。その中から今、ツバサは覆い被さった瓦礫と、変身が解け生身に戻ったヒカルを押し上げて這い出た。
ツバサは呼吸する度、むせかえりそうだった。炎上の際に、器官を少々やられた。いつも着ているお気に入りの黒い外套は灰色に焦げ、大穴も空いてボロ切れになっていたが、幸運にもペンギンをあしらったネックレスは無事であった。
それに生きている。地球の大地に自分の手と足をつけて、ツバサは生きている。危うく火葬されかけたが、2度目の死は訪れていない。
「悪い……助かった」
自力では瓦礫を押しのけることが出来なかったヒカルは仰向けになったまま、外に連れ出してくれたツバサに礼を言う。
変身していたからか、同じく炎に飲まれた割には格好は小綺麗であった。だが、マスクが割れていた顔の右半分は火傷で赤く腫れている。
「……どういう……つもりだ。何故……俺を庇った……」
その問いに対しヒカルは、口元に笑みを浮かべ、
「アレを……生身で喰らったら……持たない……」
と、途切れ途切れに小さな声で言った。
おそらくそれは正しい。あの炎に生身で飲まれていたなら、もはやボロボロの体では持ちこたえることが難しいのは明らかだった。しかし……そんな意味でツバサは聞いたのではない。
「……だから盾になったと?」
沈黙の後、ツバサは眉間に皺を寄せた。
助けられておいてなんだが、だからといって自分を犠牲にしてまで俺を助けるのはおかしい……とツバサは思っていた。
現にその気遣いのせいで、ヒカルは起き上がれないほどのダメージを負っている。
「盾だなんて……嫌な言い方……」
「なら身代わりか?」
「それもなんか……」
「そう言われる行動をしたのはお前だぞ。お前、命を張るところを間違えてるとは思わないのか……」
ツバサの懐疑的な物言いには、呆れと、動揺がない交ぜになっていた。
「誰も……死んで欲しくない……。そう思うことが……間違いなはずが……ない」
ヒカルはうつろな目を浮かべていた。
「お前は……異常だ。いくら信念だからって……そんな人の盾になるようなマネ……」
ツバサには理解が出来なかった。それも家族とかならともかく、大して仲もよくない、言ってしまえば最終的に蹴落とす敵なんかのために命を張るなんて、命を尊重しているようでその実、逆ではと思えた。
それにツバサは知っている。
「お前にも、帰りを待ってくれてる人がいるんじゃないのか……。だからここにいるんだろ」
「……」
「お前が死んだら、そいつは誰を待って生きればいいんだ。それとも、そいつのことなんて大したこと思っていないのか? ……違うだろ。じゃなきゃお前はここにいない」
返答は返ってこなかった。
ふと見れば、ヒカルは穏やかな顔で寝息を立てていた。
「……都合の良い、気絶だな」
長い独り言だったとツバサはため息をつき、胸が痛んだ。
「勝つためにすべきことをすべきなんだよ。信念だかなんだか知らないが、助け合いなんて……必要ないだろ」
独り言を自分に言い聞かせるように向けたツバサは、よろよろと体を起こした。
「……」
ツバサは逡巡すると、寝入るヒカルの首に両手をかけた。力を込めれば首が締まって、ヒカルは死ぬだろう。
勝つためなら今ここでトドメを刺すべきだ。抵抗もされない、手を握るだけの簡単な作業。
さぁ……やれ!
ツバサがこのゲームの勝者になるにあたってヒカルは邪魔者、排除するべきだ。ここでツバサがヒカルを殺すことは、残酷でも勝つためにすべきことである。
けれど一思いが中々出てこなかった。振り絞ることも出来ない。
言葉では言い表せないが、ツバサはここでヒカルを殺すのは負けの気がした。
非合理で矛盾をはらんだ思考であると理解しつつ、ツバサはかけた手をそっと離した。
「良く生き残ったな」
賞賛と共に拍手が聞こえてくる。
それを耳にした瞬間、揺れていたツバサの思いは立ち替わり、一瞬にして朱色に染め上げられた。
「アレを喰らってまだ生きていられるとは、正直驚きだ」
「貴様……!」
現れたのは、カオルだった。吹きさらしの風で、トレンチコートが揺れる。
窮地に追い込んだ元凶の登場に、ツバサは忌々しく獣のように睨みつけたが、カオルは慣れたもので楽しげな表情を崩さない。
「見に来てやった。やはりこうして自分の目で見ると、心に来るものがあるな」
「ほう……お前にものを感じる心があったとは驚きだ」
「当たり前だろう。俺は人間だ、人形じゃない。人の心はあるさ」
「……そうだな。じゃなかったらこんな人の心を利用した悪巧み、思いつかないな……」
「フッ、思いつかないなんて事は無いだろう。誰もやらないだけで」
そう投げかけられると、ツバサは眉をひそめた。
「……あの娘も、お前の差し金だったか」
「当然。元々この計画には彼女の力が基軸にあるんだ。そこから逆算して、なるべく多くのゲーム参加者を効率よく消せるよう、手を回したのが最終形だ」
「……分かっていたが、俺たちもターゲットだったんだな」
「ついでだがな。メインディッシュはあくまでリョウキ、お前たちはその付け合わせ。いないよりかはいるほうが良かった、後々手間が省けるからな」
元々カオルの計画は、閉所にリョウキを誘い込み、その閉所ごと魔法少女のフラムによるアッシュ・ザ・ワールドによって吹っ飛ばさせることである。
それが格闘では敵無し、弾丸も当たらず、数の暴力さえそれを上回る暴力でねじ伏せるリョウキを倒すために、カオルが立てたシンプルで大がかりな策であった。
狙いはリョウキだけだった。だからヒカルとツバサが計画に組み込まれたのは、決行当日であった。
「まぁお前たちのことだ、大切な人の首に手がかかってると知れば、十中八九要求を飲むとは思ってたがな。結果、見事大当たりだ」
「それはそれは……良かったな」
「全くだ。これでも苦労はしたんでね、特にあの娘のご主人を説き伏せるのは中々面倒だったし、そもそもあんな狐野郎と組むのは反吐が出る。だが成果は苦労に見合う物だったし、差し引きで言うと微プラスと言ったところか」
カオルはクスクス笑いながら、にじり寄る。
「1番の厄介者は始末したし、取りこぼしたお前たちももう終わり……。勝利は、俺の手の中にある」
「そう簡単に……事が運ぶと思うなよ」
にじり寄るカオルに対し、ツバサは立ち上がって身構えた。
「最後まで、勝負は分からない……」
「でも勝てると思うか? そんな瀕死で俺に?」
「……」
図星を突いたと見て、カオルはますます満足気に笑う。
「前に一度、万全な状態でやり合ったが、その時どうなったかを覚えているだろ」
忘れるはずが無い。
以前、未来視を扱うカオルの前に、ツバサはなすすべも無く惨敗し、辛くも逃げおおせた。
万全な状態でそれなら、今の満身創痍の状態で戦えばどうなるか……言わずもがなである。
「俺には未来が視える。お前たちも今すぐ送ってやる、ゴロウたちのところへ。ま、闇の中では孤独らしいがな」
カオルも戦闘態勢に入り、嵌めていたシルバーの腕時計を手で握った。
「俺としたことが、ナックルダスター忘れてしまってね」
腕時計を握ったまま、カオルは一発素振りをしてみせる。
鋭いパンチは、以前と変わりない。
「じゃあ退場してもらおう。言い残すことは無いか?」
「……そんなものは無い。俺は死なないからな、願いを叶えるまで」
「そうか……。叶うと良いな」
振りかぶった拳がツバサの額を割った。
「どうした? 避けないのか?」
まともに受けて卒倒したツバサを、カオルは見下ろす。
「それとも避けられないのか?」
「う……」
ツバサの足下がふらついた。
忘れかけていた脳しんとうが、復縁を迫っているらしい。
カオルはしたり顔した。ツバサにはそのムカつく顔もボヤけて見えないが、そういう……顔をしているのだろうと、想像についた。
「くそ……」
「無理をするな……。諦めろ、そして楽になれ」
「ふざけるなッ!!」
たまらず殴りかかるも、カオルはひょいと難なく避け、ツバサは勢い余って転倒した。
「所詮君たちはそんなもの……。這いつくばるのがお似合いだ」
笑顔の消えたカオルが、ゴミ虫でも見るような嫌悪的で、冷たい目を剥いた。
「才能も、実力も無い愚図が頑張っているのを見ても、俺は心動かない。むしろ目障りなんだ。さっさと俺の前から消えろ」
剣呑な雰囲気を醸し出すカオルが、今にもツバサにトドメを刺そうとした……その時だ――
カオルの背後にある盛り上がった瓦礫の山から、小石がパラパラと落ちた。次第に瓦礫は、鼓動のように浮き沈みし……中から突き破るように腕が生えた。
それに音で気づいたカオルは、ツバサを踏みつける寸前で足を止め振り返り、見た瞬間、ホラー映画さながらの奇怪でおぞましい光景に首を捻った。
瓦礫の中からは、男か女かも判別つかないほど焼けただれた人物が全身をあらわにした。
「フ、フ……フヒャヒャヒャヒャハァァァアア!!」
その独特な笑い声で、ツバサとカオルは、最初から気づいていた正体を確信する。
「アイツ……まだ……生きてたのか」
「なんだ……案外不始末ばかりだな」
リョウキも、ヒカルも、ツバサも、重傷を負わせこそすれ、1人も殺せていない事実にカオルは少々落胆した。
魔法少女の力はこんなものではないはずだが?
しかしすぐに切り替える。
今、やるべきは誰なのか? 決まっている。
「まぁいい、アイツから片付けてやる。命拾いしたなツバサ」
今やるべきはリョウキ、当初の計画から狙いは変わっていない。
カオルはツバサの始末を後回しにし、這い出たばかりでこぢんまり佇むリョウキの元へ。
「おい、死に損ない」
「んあ? ……あぁ、あなたはぁ前に仕留め損ねた奴か」
呼びかけるとリョウキは首をグラグラさせながら顔を向けた。
焦げた肌の上では、目は白い点となりよく目立つ。片目が焼け焦げ、点は1つしか無いが。
「俺を覚えていたか」
「一応ね。人の顔を覚えるのは得意なんだよ。一度見た顔はだいたい忘れない。特に……あなたの人を見下して、安心してる顔はよく覚えているよ」
リョウキに煽っているつもりはない。純粋に、自分が感じたことをなんとなく口にしただけだ。場面が違えば、また違うことを言っていたくらい、適当で特に意図も無い。
けれどそんないわば戯れ言で、カオルは顔を僅かにしかめた。
「それにしても……がれきの下で聞いてたけど、あなた、ずいぶんとやってくれたねぇ」
焦げた顔で、リョウキ本人としては笑顔を浮かべたつもりだったが、顔が固まっているせいで気味悪く引きつるばかりだった。
「……だが生き残るとは運が良い奴だ。お前の場合は悪運かな」
「ハハハッ、この程度で死んでるなら、わたしはここまで生きていられなかった。……死んでるけどね」
と、リョウキは冗談を言って、おどけて見せた。
ちなみに一応、炎に飲まれそうになった瞬間、コンクリの床を剥がして盾にするなどして抵抗したことも生存に繋がっているので、本当に運だけで生き残った訳では無い。
だが直撃こそ防いだが、結局炎には飲まれて大炎上し、その上で瓦礫に飲まれてなお生きているのは、やはり運によるところが大きいと言わざるを得ない。
「それは素晴らしいな。ところで、気分はどうだ?」
「気分ン? そうだねぇ……おかげですっかり目が覚めたかな。もう体中痛くて痛くてさぁ!! とっても寝れそうにないよ!!」
「そうか。だが安心しろ。もうじき痛みも無くなる。何も感じなくなるからな」
狂気を感じさせるリョウキにも、カオルは皮肉を交えてあしらおうとした。
「そっか、それはありがたいね。よくわかんないけど」
「分からないなら教えてやる。お前はここで死ぬ、俺の手によって」
「もっとわからないなぁ。わたしがお前に殺されるなんて、できっこないのに」
そう言ってリョウキは立ち上がる。
フラフラしているが、態度からは余裕さえ溢れていた。
発言もおそらく強がりでは無く、本気でそう思っているのだ、とカオルは悟った。
「皮膚のおおよそ7割が焼けて……左上腕骨に大腿骨……それとあばらが3、いや4本か。左目は見えていないな。そんな死に損ないで勝てるとでも……」
「右目は見えてるし、折れたトコは筋肉で固定すればいい。なにも問題ない」
「問題ない? おこがましいと思わないか?」
カオルは苛立ちをぶつける。
計画は成功した。高みの見物をしていた自分は無傷で、何不自由ない。一方リョウキは、あとほんの一押してやれば、奈落の底まで落ちていきそうな体たらくだ。明らかに、どう見積もっても、今優位なのは自分だと、カオルは信じている。
なのにこのリョウキの良く分からない自信、余裕。
カオルは無性に気に入らなかった。
「お前のしゃべる言葉、難しくてわからない。けどわたしは、わたしがこんなところで死なないのはわかっている」
”おこがましい”の意味さえ知らない低脳相手に見下されているのも、気にしだしたら止まらない。
「……大した自惚れだな。羨ましい」
物言うのはやめようとカオルは決めた。言葉で屈服するには、リョウキのオツムが足りていない。それと自信過剰がすぎた。
「じゃあその顔をいつまで保ってられるか……見させてもらおうか」
だからもう……実力行使に打って出ることに決め、腕時計をちぎれそうになるくらい強く握りしめた。
「口だけならなんとでも言える。真偽は、行動で見せてもらわないとな」
「そうしようか。しゃべるの痛いし」
瓦礫の山から滑り降りたリョウキが、カオルに相対する。
お互いさっきとは気が違う。
カオルがリョウキに向ける気が、ヒカルやツバサがリョウキに向けていた気と違えば、リョウキがカオルに向ける気も、ヒカルやツバサに向けた気とは違う。
刃物のような殺意であった。
「フフ……さぁ来いよ」
プレッシャーを感じながら、カオルが指先を曲げ挑発する。
それにリョウキが無言で答える。
パンチがカオルの目元をかすめ抜ける。
鋭い――
瀕死でなお、ヒカルやツバサのそれとは比べものにならないほど。
だが……
避けられないことはない、未来視をもってすれば。
しかも、速度自体はこれで落ちていた。やはりダメージは大きい。
「おっと危ない、中々やるな」
軽口を叩くカオル。
3発打たれたジャブは全て身を翻してかわした。動く度に、トレンチコートの裾が舞う。
この日、リョウキの攻撃を三連続でかわしたのはカオルが初であった。
「……」
リョウキの方は表情を変えず(変えたくても変えられないが)、今まで何度となく自らの命を救い、他者の命を奪ってきた拳を振るう。
かわされるのも、防がれるのも、妖精を見つけるレベルに滅多に無いことだが特に動揺することも無く、心は揺らがない。
リョウキはまだ、今は見定めていると言った段階であった。
「自慢のパンチも、当たらなければこけおどしだな」
残忍な笑みを浮かべ、カオルは空振りした拳、その手首を掴む。
そして逃げ場を無くしたところで腹に蹴りを――入れられなかった。
リョウキは足で蹴りを受け止めた。さらに掴まれていることを逆手にとって、逆に逃げられないカオルの脇腹に回し蹴りを――
だがカオルにはその未来も視えていた。だからパッと手を離し、後ろに跳んで強烈な蹴りをギリギリで避けた。
そうして避けると、カオルは顔面にストレートパンチを叩き込もうとするも、それも掌底で弾かれ、再びカウンターの蹴りが。
今度の蹴りは踏み込みが深く、後ろ跳んだだけじゃ避けきれない。
苦肉の策で、カオルは蹴りを片足と両腕で作った壁で脇腹を庇う。
パァン!!
とピストルでも撃ったような音で衝突する攻めと守り。
「ぐ……」
揺らぎかけるも、カオルはなんとか耐え抜き、上げていた足でそのままリョウキの脇腹を蹴った。
リョウキが「う」と呻き声を漏らす。殺人鬼でも、あばらの折れている脇腹を蹴られるのは想像を絶する苦痛らしい。一応これでも生物的にはヒトである。
だがそれだけ、呻き声を漏らした以外はリョウキは平然としており、何食わぬ様子で踵から回し蹴り、カオルの足を払おうと。それをかわされると間髪入れずに拳から中指と薬指を尖らせたパンチを放った。
しかし目の脇をかすめていくも、捉えるには至らず仕舞い。
カオルは一旦間合いを取り、拳が掠った目元に手をやる。傷が熱い。
「死に損ないが、どうして手こずらせるかな……」
「……はいつくばって、泥水をすすってでも生きるのが……人だからじゃないかな」
穏やかに言うリョウキに、カオルは「そんな惨めな生き方はゴメンだ」と口をへの字に曲げた。
「けどわたしはした、そうしないと死ぬから。そうしないと死ぬなら、あなただってそうするでしょ?」
「……黙れ。俺はお前とは違う、口を慎め」
そう言うと、カオルは着ていたトレンチコートを脇に脱ぎ捨てた。
「だらだらするのは好きじゃない。終止符を打ってやる」
カオルは拳に、自身が出せる上限の力を込める。その力に、握っていた腕時計のネジが飛ぶ。
目つきにも、本気度はあらわになっている。良い子ぶってた面はそこには無い。
この一撃でくたばれ!!
勝負を決めにかかった魂のパンチ。
弓を引くように構えた拳が狙いを定める。定めた狙いは外れない。カオルには未来が視える。
レーダー付きのミサイルのように、対象が動けばそれに向けて標準は再設定され、決して振り切ることは出来ない。ただし……常人に限っては。
「!?」
突如、カオルの視界にノイズがかかった。
さっきまでクリアーだったリョウキの顔も不明瞭で、さながら電波の悪いテレビを見ているよう。
それでは狙いもつかなくなり、一瞬カオルはためらった。が、仕方ないがその一瞬が命取りだった。
ゴッッ!!
怯んだカオルは拳を逸らされる。
敵認定した者に対しては、リョウキは一切の隙も見逃さない。そして、容赦もしない。
ドボォッッ!!
繰り出されたパンチは、臓器に突き刺さる感触であった。
めり込み、そして口から噴き出される血、内容物。
まき散らしながら、カオルは地面と平行に飛んだ。
「死に損ないはアンタの方だったな!」
一転攻勢――
リョウキはカオルに馬乗りになる。
「こんな馬鹿な!?」
もし口から吐しゃ物が溢れていなければ、カオルはそう言っていただろう。
到底信じられない……この展開は。
勝利はほとんど手中にしていたはずだった。計画は見事はまりリョウキは瀕死、あと一押しで奈落の底へ突き落とせた……はずだった。
「つかまえた」
それなのに想定外のバグが起きたと思えば、今や風前の灯火なのは自分であった。事態はカオルの理解の範疇を優に超えている。
馬乗りにされたカオルは、嘔吐の反射で出た涙でボヤける視界の中、苦し紛れに手を動かす。
しかしそのささやかな抵抗すら、両手首を次々握り折られたことで許されなくなる。
「だから言ったでしょう? わたしは死なないって」
焼けただれたおどろおどろしい顔、隻眼がカオルを見つめている。
「死ぬのは……あなただ」
「!?」
自らの吐しゃ物に溺れるカオルは声も出せない。
このままでは視る未来も無くなる。
一体どこで間違えたのか? カオルには分からない。
ただおそらく、そもそも前提が間違っていたのだろう。つまり……
わざわざ復讐の狼煙を上げたのが過ち。
『悪いことは言わない、やめておけ……アイツは危険過ぎる……』
結局あの時、ヒカルの忠告を聞き入れなかったことがこの未来を決定づけた。プライド、虚栄心に固執するべきではなかった。
自分が切り捨てた、いわば下の世界の人間の言うことを、カオルは聞き入れられないから、この敗北は変えられない運命なのかもしれないが……。
バチッ……ビリビリビリィィ!!
だがその時、予期せず雷に打たれたように凄まじい電流が、2人の脳内に流れる。
時と場を同じくしてツバサも、そしてヒカルにも同じ頭痛が。
それは、霊獣の襲来を知らせるシグナルであった。
今しか無い――
リョウキは電流に苦しんでいた。そしてカオルはマウントを取るリョウキを必死でバネのように蹴り飛ばした。
火事場の馬鹿力か、その蹴りは死にかけの割には強く、同じく死にかけのリョウキをどかした。
おかげで命からがらカオルは救われたが、そんな彼を間接的に救った霊獣は人間のなれの果てである。
Q.主要キャラ達(ヒカル、ツバサ、テツリ、カオル、リョウキ)の強さの指標。
A.テツリ≦ヒカル、ツバサ≦カオル<<<<<<<リョウキ
生態ピラミッドなら、
テツリがバッタ、ヒカルとツバサが蜘蛛とかカマキリ、カオルがオニヤンマ、リョウキがライオン。
ウルトラシリーズの宇宙人で例えるなら、
テツリがダダ、ヒカルとかツバサがガッツ星人、ピッポリト星人クラス、カオルがメフィラス星人クラス、でリョウキがエンペラ星人。
……とりあえずリョウキの強さは別格、他4人に関してはテツリがやや劣るものの、乱戦、不意打ち混みならほとんど互角。
ちなみにリョウキは今のところ能力不使用。