第八編・その3 凍てついたその心
「君、すごいね! 驚いたよ」
少女による霊獣退治が済んだ後、テツリは感嘆の眼差しで少女を見つめた。そこには自らでも知覚し得ない羨望も僅かに込められていたが、どちらにせよ悪感情は込められていない。純粋に、バレエでも演じているかのようだった華麗な立ち振る舞いへの賞賛だ。
「……」
だが、その賛辞に対する少女からのお返しは、薄氷のように透明な表情であった。
何か背筋をゾクッと震えさせる表情だったが、そうさせたのが自身のどんな感情によるものだったのかをテツリが知るのはもっと後だ。
それも相まって、話しかけたは良いものの、その後のことは何一つ考えていなかったテツリは会話にまごつく。すると、寒風が少女の前髪を揺らし、次いで口が開かれた。
「何ソノ変ナ格好……不審者」
少女のテツリに対する第一声がそれだった。どこかカタコトな、女性としては低い声は、必要以上の声量を持たない。本人の強さに反して、むしろその精霊のように儚げな格好寄りの、風の中に消え入りそうなか弱い声であった。
「不審者? 僕が?」
「違ウノ」
「いや違うって! 僕は不審者じゃ……ああそうだった」
抗議しかけるも、正体不明の(マイナー)ヒーロー変身していることをすっかり忘れていたテツリは、自身の手を見てそのことを思い出し、不審者で無いことを実証するために元の人間の姿へあっという間に戻った。
「ヤッパ不審者」
「だから違うよ、僕は全然怪しい者じゃない……。まぁ君からしたら怪しいかもしれないけど、断じて怪しくなんてないよ」
そう「怪しくない」を連呼しつつ、テツリは冷や汗かきながら頭をかく。
しかしよく考えなくても、大の大人が見知らぬ少女に話しかける時点でだいぶ怪しいな、とテツリは思った。もし周りに人がいたなら、ざわつきが起きた確率もそこそこ高かっただろう。今のところこの場に、テツリと少女の2人以外誰もいないのは、テツリにとってある意味ラッキーだった。
疲労感を覚え、テツリは冷たい外気による白いため息をついた。
「マア別二怪シクテモ構ワナイケドネ、ドウトデモ出来ルカラ」
少女が生垣から摘み取ったピンク色の花にフッと息を吐くと、たちまち花は水分を凝結させ茄子のへたのように縮んでしまった。ピンヒールで踏み潰せば花は粉々に、2度目の散りを迎える。そして少女はテツリを凝視している。
「分カッタカ」
「た、頼もしいね」
一連の少女の振る舞いを脅しと解釈したテツリは、自分が砕かれないよう当たり障りなく答えた。
「ソレデナニカ用……。アルナラサッサト言ッテ、時間ガ無駄」
少女は凍り付いたような表情を変えず、冷たく言った。
まるで用が無いなら話しかけるなと言わんばかりの口ぶりだ。そして一切トーンの移ろいも無く、感情のこもっていない棒読みであった。
「用がある訳じゃ無いけど、見てて凄い強かったから、かっこいいな……って」
不気味さに気概を削がれつつテツリが言うと、
「ナンダソンナコト。別二私ハヤルコトヲヤッタ……、タダソレダケ」
そう少女は心底から興味なさそうに、気だるげに言う。
「謙虚だね、こんな凄いことしてるのに」
「別二普通ダシ」
「あ……そうなの」
商店街の一角は春模様から、見ているだけで寒そうな、白い冬へと逆戻りさせられている。
そしてテツリが視線をやる先には、成人男性である彼の身長よりも高い、1輪の氷の華が咲いていた。それはまるで手間暇かけられて造られた彫刻のようで、花と一体となって貫かれた霊獣のグロテスクも含めて、一種の物語性をもった芸術にさえ感じさせる。
少女は大したことないと言うがそんなことはないだろう、とこの光景を見てテツリは思った。
「僕にはこんなこと、とても出来ないよ……」
「私ニハ出来ル。別二コンナ雑魚、大シタコトナイ」
じゃあその雑魚相手にまぁまぁ手こずった僕って……、とテツリは打ちひしがれかけたが、あのまま乱入がなければきっと自分が勝っていたと思い込むことで、心の均衡を瀬戸際で保った。
そんじょそこらの精神ダメージには耐性を持つテツリはすぐに回復して、一応確定してはいるだろうけれど、気になっていることを尋ねる。
「君も、このゲームの参加者だよね?」
その質問に対し、
「私ハ、白零ノ魔女」
と、少女は微妙に答えになっているようでなってない答えを返す。
「魔女? ああ、それで箒を」
「ソウ」
戦闘中から気になっていた箒を見て、テツリは言った。この箒には柄の部分にアイスピックのように細い剣が仕込まれている。さっきの戦闘から察するに、触れた物を凍らせることで対象の強度を弱体化させ、相対的な切断力を高めているようだ。それにしても、スラッとした脚を最大限出した、他にも色々と透けそうで目のやり場に格好と言い、さっきの異名と言い、随分と特定の層に熱狂的支持を集めそうな属性が盛り込まれている、とテツリは思った。作為的というか、キャラクター的と言うか。
「て言うか、君も魔女なのか」
「私ハ、白零ノ魔女」
「それはもう聞いた。とにかく君は魔女なんだね……」
「ダナ。正確ニハ私ハ魔法少女ラシイガ、魔女ト魔法少女ヲ同ジダトスルナラ、ソウ言エルデショウ」
「へぇ……」
これは静かな驚きであった。テツリが魔女に準ずる存在に会うのはこれが初めてでは無い。以前アウトレットで霊獣と戦った(叩きのめされた)時、"フラム"と名乗る炎使いの魔法少女に出会ったことはテツリの記憶に鮮明に残っている。むしろ覚えていたからこそ、驚きがあった。
「……能力が被ることなんてあるんだ」
珍しいこともあるものだ。しかも合わせると炎と氷の魔女でちょうど都合良く対になる感じに……
テツリはこの奇妙な偶然を訝しんだ。
「それとも単に魔女が流行ってるのかな」
ヒカル君みたいに、自分が好きなキャラクターになる能力にする人もいるからと、テツリは最近の若者の間で魔女がブームになっている可能性を模索したが、結局一昔前に流行った、イチゴに似た果物みたいな名前をした二人組の魔女しか思い浮かばず、上手くいかなくてやめた。
「じゃあ単なる偶然か……でもそれにしたって不可解な……」
「サッキカラ1人デ何ヲゴチャゴチャ……」
「あ、何でもない、こっちの話。ゴメン」
「ナンダ独リ言カ、気持チ悪イ」
「えぇっ……それは傷つく、その言い草は」
「引キ留メテオイテ、白昼夢ヲ見テルオ前ガ悪イ」
「いや引き留めたつもりは無いけど……、てゆうか君、意外と口悪いね」
雪みたいに可憐な少女かと思ったら、予想とかけ離れたこの毒舌の連発と、クールなんて表現も生温い、予想を超えた冷酷っぷりである。
一応テツリはこの年代の子たちとやりとりするのが本職なはずなのに、話せど話せど2人の間にある距離は1ミリも縮まる気配すらない。
「引キ留メル気ガナイナラ、失敬サセテモラウ。私モ暇ジャナインデナ」
ついに物理的な距離も離れていくのか。
白零の魔女を自称する少女は、絵本に出てくる魔女のように箒にまたがった。
「あ、ちょ、ちょ、ちょっとだけ待ってくれない」
「ナンダ?」
呼びかけで、一瞬浮きかけた脚が地に着く。
「実は僕、今探している人がいるんだけど、君は知ってたりしないかな?」
「ドンナ?」
「君と同じ魔女の子だ。君と違って炎使いの子なんだけど……」
同じ魔女ならもしかして知ってやいないかと、駄目で元々、半ば藁をも掴む思いでテツリは尋ねたのだが。
「炎ノ魔女…………ナンデ探シテル?」
「え! その反応もしかして!?」
「……知ッテル」
「ホントに!!」
荒唐無稽な質問が、奇跡的に的を射る。
少女から返答を聞いたテツリは驚きと喜びが混ざった顔をする。
「名前ハふらむ……」
「おぉっ! いよいよ違いない」
テツリは手もみした。どうやら目の前の彼女と今探しているフラムさんは繋がりがあるようだ。ならば絶好の機会、居場所を聞かない術はない。
「彼女は今どこにいるの!? 知ってたら教えてくれませんか!」
「ナラ先二私ノ質問二答エロ。ナゼ、ソレヲ知リタイ」
「会って聞きたいことがあるんだ!」
返答はハキハキとした力強い声、少女を見つめる目にも力がこもっている。
それほどまでに、テツリはフラムさんに会いたいと思っていた。
きっかけは昨日の夜、たまたま刑事たちの会話を盗み聞きしてしまった時、信じられないことを聞いた。
2人の刑事が重度の火傷を負って、生死の境をさまよっていると。それだけでなく、そのうちの1人が魔女を見たとうわごとを言っていたと聞いて、テツリは動揺した。
火と魔女の連想から、テツリの頭には真っ先にフラムさんの顔が浮かんだ。けれど……きっと何かの間違いだろうと、それを裏付けるためにその2人の刑事が火傷を負った現場である公園に、病院を後にした昼過ぎに向かった。フラムさんが犯人で無いことを確認するために。
だが川を泳いで、堤防側からその公園を覗き込んだ時、テツリは現実を直視する勇気を迫られた。
公園は、爆撃されたように黒い更地と化し、鼻を突く刺激臭が充満していた。遊具なんかも、一見しただけではそれと分からないくらい、まるで溶けたビー玉のように崩れ落ちていたのだ。
類似した光景を見たこともあり、否応ながらテツリは察した。これをやったのはフランさんであると……。つまり2人の刑事も、彼女の手で焼かれたのだと……。
「……」
けれどもどうしても納得がいかなかった。本当にあのフラムさんが、周りの被害も考えずに力を振るうなんて……。
だから直接会って、話をしたい!
そうテツリは思っていたのだ。きっと何かどうにも避けられない事情があったのだと信じ、彼女を悪者にしないために、会いたかった!
「教えてください、お願いします。君だけが頼りなんです!」
この機会を逃せば次に会えるのがいつになるか分からない。もしかしたら二度と会えないかもしれない……。
だからテツリは必死だった。例え冷たく断られたとしても、すがりついて、土下座してでも聞き出すつもりだった。
「…………」
不穏な沈黙が、2人の間で流れる。
果たして凍てついた心で何かを思えたのか……。少女はゆっくりとその口を、震わせながら開く。
「案内……シヨウカ」
「! 本当!?」
驚きから幻聴を疑ってテツリが聞き返すと、少女は肯定の意を示す頷きを。
「ぜひお願いしたい!」
前のめりになってテツリは息巻いた。
「ダ……ジャア……着イテキテ」
少女の方は相変わらず、感情が分かりづらい。ただ変化は起きていた。
「はい!」
けれど舞い上がっていた今のテツリには、そんなところまで気にかける余地は無かった。早くフラムさんの元へ行きたいと、頭の中はそればっかりだ。
「ジャ……後ロ二……乗ッテ」
「……へ?」
そんな脳内にもう一色、困惑の色が。
「ドウシタ? 行カナイデ……ノカ?」
「いや行くけども……」
テツリは彼女がまたがった箒を、唇に手を触れながら見た。
一応、まだ1人くらいなら詰めてなんとかなりそう……と思える程度の空きはある。けれど、実際乗るかどうかと聞かれたら、即答は出来ない程度の空きであった。そもそも不安要素が山盛りである。
「2人乗り出来るの? 重さとか……。僕、こう見えて結構重いよ? 大丈夫?」
「……別二問題ナイ」
「そう? それならいいけど……」
今のテツリには少女の言葉を信じるほかなく、バイクに2人乗りするように箒の後ろにまたがった。が、続けて発された少女の言葉に思わず息を飲んだ。
「アナタガ落チテモ……別二」
「ん?」
今この子、とんでもないこと言わなかったか?
しかし、気づいた時には遅かった。息を飲むのと同時に、言葉も飲み込んでしまったのが運の尽き。
「出……発ッ」
「ウェッッ!! ちょっと待って!? お手柔ら……ギャァァアアアッー!!」
待ってが届く頃にはテツリは箒で空を飛んでいた。
空飛ぶ箒はすぐには止まれないのか、それともテツリの懇願を少女が聞く気無かったのか、2人を乗せた箒は止まる素振りも見せない。そして飛行機雲のように尾を引きながら、フラフラと不安になる軌道で街がミニチュアに見えるほど高く飛行し続けた。
⭐︎
商店街から飛び立った2人は、すぐに目的地へと到着した。当然、すぐに着いたことによる弊害はあり……道中、風に煽られて何度も死の恐怖を生身で感じ取っていたテツリはすっかりと青ざめていて、地に足着けてからも足取りは重かった。一方、少女の方は涼しい顔でどんどん先へ進んだ。
2人が着いたのは、もう役目を果たし終えて誰も見向きもしなくなった教会、大きさはそれほどでもなく、小学校の体育館よりやや大きい程度、一応それっぽいステンドグラスは張られていたが、現役当時の輝きは無く、汚れくすんでいた。
「ここ……ですか……?」
「……」
「あの」
「ソウダ、コノ中二、ふらむガ……イル」
「へぇ」
近づくにつれて大きくなっていく教会の外観を見上げながら、テツリはジャージの皺を伸ばす。
にわかには人が住んでいるとは信じがたいが、自分が少し前まで廃校に住まっていたことを考えるとおかしくはないな、とテツリは思う。もっとも、常人よりかは強いとしても、二十歳もいってなさそうな女の子がこんなところに住んでいると思うと心苦しくもなる。そして、自身の寝床がまだ決まっていないことも、ここに来て思い出した。
「ホラ、開ケ……ロ」
木で作られたドアが出迎える。開けるのは、テツリらしい。
「ドウ……シタ……感動ノ再会ト、イコウジャナイカ」
「大丈夫なの?」
「何ガダ……」
「いや君がさ」
先ほどから、時折苦しそうに顔を歪める少女を心配して「どこか具合でも悪いんじゃ?」とテツリが尋ねるも、当の少女は「問題ナイ!」とこれまでで1番大きな声で食い気味に返答する。
「イイカラ……開ケロ」
「分かったよ」
扉は固く閉ざされていた。鍵がかかっているわけではないが、色々とガタが来ている様子。
押し開きの扉はテツリが全力で押すことでようやく、耳障りな濁音と埃をたてて……反動で一気に開いた。
「うわっ!?」
テツリは中になだれ込み、転倒した。はずみで綿埃が舞い散った。
「うへぇ、汚いなぁ」
床は一面、埃が積もりに積もっていた。
倒れた時間は5秒に満たなかったのに、テツリのジャージはずっと使われていない備品倉庫を大掃除した時のように埃にまみれていた。面倒な埃は払う時も不潔な煙となってと、最後まで不快であった。
ため息をついて、テツリは中を見渡した。今は使われていない教会だから整備されていないのも、埃がたまっているのもある意味必然だが……
「本当にここにフラムさんが?」
人が住んでいるとするならば生活感があまりにも無かった。
「ソウ……ダガ」
「でも誰もいないよ」
見たところ他に部屋もなさそうだから、この間にいなければ誰もいなそうなものだが
「大方外出デモシテルンデショ」
と、少女はポーカーフェイスを崩さずに言った。
一度はその言葉を鵜呑みにしようとしたテツリだったが、一旦中に足を踏み入れると『あれ? おかしいな?』と何か違和感に気づく。ハッキリと原因こそ分からなかったが、無性に胸騒ぎがした。ここにいてはいけない、と誰かが告げているような気さえした。
「ドウシタ……」
お告げと勘に従って外へ出ようとしたテツリがその場で踵を返すと、扉に寄りかかったままでいた少女に呼び止められる。
「……出かけてるんならわざわざここで待つ必要も無いし、ちょっと外の空気でも吸おうかなって。ここの空気悪すぎるから……」
と、当たり障りの無い理由を付けて、外に出ようとした。もっと言うと、ここでフランを待つ気はもうテツリには無かった。
なぜなら察したからだ。ここにフランがいるという少女の言葉は……真っ赤な嘘だと言うことを。
そしてそれを察すると同時に、嘘をついてまで自分を人が寄りつかない場所へ誘い込んだ少女は、何かよからぬ企んでいると悟り、なにかされる前に逃げることに決めたのだ。
悟られないよう、平静を装い、テツリが少女の前を横切ろうとした……その途端!
入り口がテツリから遠ざかる。当然入り口は動かない、動いたのはテツリの方、そして動かしたのはその少女。
「な、何をする!」
床を背中で走ったテツリはすぐさま起き上がる。少女は足の裏を蹴りっぱなしの体勢でテツリに向けていた。
「察シタナ」
「何のことです……」
「トボケテモ無駄、モウ……遅い」
教会の入り口が氷の壁で蓋され、陽光が散乱する。少女はその前に立つ。テツリの位置からは逆光で、影で少女の表情が見えない。
「アナタハ……逃ゲラレナイ」
「どうしてこんなことを」
「アナタハ、参加者ナンデショ」
少女は剣を抜く。少女が歩いた後には氷の足跡で道が出来、教会内は凍てつく冷気が充満する。ここはもはや、白零の魔女のテリトリーとなった。そして、戦場でもある。
「もし、違うって言ったら」
「オ前モ……嘘ツキ二ナル」
「お前も? つまり君も嘘をついたんだね? やっぱりここにフランさんは……」
「……イナイ」
「どうりで……生活感も、足跡も無いはずだ」
明らかに長年開かれた形跡の無い扉に、床が直に見えないほど積もった埃、近頃人が訪れていないことを示す点はあった。
それでもテツリが気づけなかったのは、フラムさんに会いたい気持ちが先行していたのと、少女の言葉を信じていたからだろう。
「最初から僕を始末するつもりで、誘い込んだの……?」
「ソ……ソノ通リ」
「そんな……」
結果、テツリの少女を信じる気持ちは裏切られた。
命を殺ろうと進む少女に合わせ、後ずさるテツリ、だが十字架がかけられた壁際に、ついに追い詰められる。
「ココガ……墓場……ダ。サヨ……ウナラ」
「待つんだ……。考え直すんだ」
「フ……フ……命……ゴイカ」
「違う! 君が今何をしようとしてるのか……、良く考えるんだ!」
テツリ、必死の良心への訴え。
「霊獣……参加者……消去……」
だがその声は、氷より冷たい何かに包まれ深い眠りについた少女の心に届くことは無い。
「邪魔スル……者ハ……全テ……排除。私ノ……力デ……全テ凍ラ……セ……砕クク……」
白い吐息で、途切れ途切れに言う少女は震えていた。
「やめろ……やめろよ……。そんな苦しそうな顔をするくらいだったら、こんなことやめなきゃだめだ!!」
「!?」
届かないはずの叫びが奥底に届いた。
少女は目を見開き、そして歩みが止まる。
「そうだ。君が、これから君のすることにちゃんと向き合えないのならば、今すぐその矛先を下ろすんだ……。まだ何も起きていない今なら、誰も傷ついてない今なら、どうにかなるから。踏みとどまれ!」
「踏ミ……トドマレ……」
その言葉にショックを受けたのか? フラフラと、力なく後退した少女は、頭を抱えて、片膝をついた。その時、異変が起こった。
「ア……ウゥゥッッ!! アガッ……アァァァ……」
「な、何がどうしたんだ……?」
急に頭を抑え、苦痛にうめく声を上げ始めた少女の様子を、テツリは困惑の表情で覗っていた。
尋常で無い雰囲気に、テツリは心配して、自分が置かれている状況も省みずに少女の元へじわり歩み寄ろうとした……が――
『やれ!!』
「ッッ!」
少女の心の中で声が、鳴り響いた。
もう抗えない……。その声が……覚めていた最後の良心をしまい込んでしまった。
「ウワァァァアア!!!?」
悲鳴に近い何かをあげ、少女は冷気を爆発させた。近づこうとしたテツリは吹き飛ばされ壁に激突する。当たり所は良く怪我は無い。
だが全開となった力は教会の中に吹雪を見舞う。
視界最悪な中、テツリは吹雪の中に妖しく光る、2つの青く丸い光と、一瞬でついえた白の輝きを見た。
「ィャァアアアアッッ!!」
半狂乱の魔女が顔を伏せて振るった剣から刃が発射された音を聞き、テツリは覚悟を決めて叫んだ。
「変……身ッ!」
瞬く間に教会が光で満ち、覆った氷が目を痛くするほど光を反射させた。