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亡者よ、明日をつかめ  作者: イシハラブルー
第2章 死闘激化
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第七編・その3 嗤う一匹狼




 警官たちの意気込みなんて知る由もないリョウキはとある目的の下、風の吹くまま気のむくままに歩き続けた。そして気づけば公園にいた。都会にしてはまぁまぁの広さを持つ公園で、広々とした広場には3種類の滑り台、ごく普通なブランコなど、今時珍しく多くの遊具が設置されていた。そのため普段は乳幼児を連れた地元の親御さんや園児たちをつれた先生が集うのだが、あいにくの時勢で今日は人の姿は無い。おかげでリョウキの姿は目立っていた。元々この公園ではかけっこは出来てもかくれんぼは出来ない。

 だが反対に、リョウキの方も誰か来たらすぐに気づくことが出来る。それが大勢ならなおさら。


「またずいぶんといらっしゃった」


 早速リョウキはその広場に駆け足で次々現れる警官たちを見つけたが、気づいた上で逃げようとはしなかった。

 広場から公園の外に続く正規の出入り口がそこしかないのも理由の1つだが、それ以前として逃げ出す気もハナから無かったのだ。リョウキはその様子を品定めするように見つめていた。

 警官たちは事前に打ち合わせを行っており、実に滞りなく陣形を組んだ。演目ならいくらか金を取れるレベルのクオリティであった。そして公園の出入り口を塞ぎ、リョウキを円形に取り囲む。その陣形からはお前は絶対に逃がさないぞと言う意思が漏れ出ていた。


「リョウキ、そこまでだ」


 陣頭指揮を執る櫛谷(くしや)警部が隊列から外れ前へ出た。その顔の額に浮かぶ皺は深かった。


「見ての通り、お前はもう完全に包囲されている。無駄な抵抗は止め、おとなしく投降しろ」


「投降ぉ? ……フフ…………フヒヒャヒャヒャ!!」


 一種の常套句に対してリョウキは喉の奥から気色悪く笑った。

 ある警官は不気味さを覚えて横にいる同僚のことをチラと見て不安を紛らわそうとし、また別な警官はこれだけの罪を犯しておきながらぬけぬけと笑うリョウキに対して憎悪を募らせた。

 だがリョウキはそんな憎悪を察しながらお構いなしに言った。


「……いまさら投降なんて無駄でしょ、何人殺したと思ってんの? わたしはもうね、死ぬまで抵抗し続けるしか生きる道はないんだよ、人生やりなおさない限り。おとなしく捕まりなんて、しないよね」


 リョウキは目を細めてそうするのがさも当然だとばかりに、そして「あなたたちはそんな簡単なこともわからないの?」といった具合な軽蔑を警官たちに向けた。

 凶悪犯に鼻で笑われる屈辱も加わって、ほとんどの警官たちは立腹した。櫛谷(くしや)警部もその例外では無かったが、彼はグッと感情を抑えた。多くの警官の命を預かる立場として、冷静で無ければならなかったのだ。


「そうか。残念だが元からお前が説得に応じるとは思っていなかった。応じてくれるなら私たちもこんな苦労していないからな」


「その通り、応じるならもっと前に応じるわ」


 リョウキは腕を組んで「ウンウン」と1人納得した。


「だが!! いつまでもお前を野放しにしておく訳にはいかない。警察の威信にかけ、ここで必ずお前を逮捕する!!」


 その言葉の語気が、周りの警官たちの士気を上げさせた。

 そんな警官たちの心構えの変化を鋭敏に嗅ぎ取ったリョウキだったが、依然として腕を組んだままでいた。正直、彼にとってこの警官たちの集合はどうでもいいこと。住んでる家にアリが侵入してきたくらいの感覚だったのだ。

 とは言え、彼もいきなり目の前の櫛谷(くしや)警部に拳銃を向けられたときは少しドキッとした……かもしれない。


「おいおい、拳銃なんて向けて……いいのかな?」


「許可は取っている……問題ない」


 櫛谷(くしや)警部が拳銃の撃鉄を親指で起こした。それで物理的にも、いつでも撃てる準備が整ったわけである。周りからもカチリカチリと同じ音が聞こえる。

 おそらく普通の人ならここでもう詰みのはずだ。目の前の銃を構えた警官がいて、周りにも警官たちが取り囲むように立つ、逃走経路も塞がれた。だが……リョウキは普通では無い。これはゲーム参加者だからで無く、元来の性質からして、人間として計り知れない容量を持っている。


「そうなんだぁ……」


 と、警部の返答を聞いて余裕綽々(しゃくしゃく)の微笑を浮かべた。それと同時にその目で周りの警官たちを瞬時に確認した。そして思考を働かせた、この局面でどう動くのが正解か。はじき出された答えはこうだ。


「……おい、止まれ!」


「いやだと言ったら?」


「撃つぞ!!」


「それは……困ったもんだ!」


 とてもそうは見えない表情で言った。表情だけで無く取った行動も、困っているようには見えない。

 リョウキは走り出した。


「! 撃て!!」


 一瞬気迫に押されるも、すぐさま櫛谷(くしや)警部の号令が飛んだ。当人も自らの発言通り引き金を引いた。

 だがリョウキは真っ正面の櫛谷(くしや)警部からの銃撃を難なくかわすと、瞬きする間に間合いを詰め、右腕を警部の首に回し、がっちりロックする。


「ぐっ!!」


 この細い腕のどこにこれほどの力が秘められているのだろうか。

 押しても引いても、櫛谷(くしや)警部にはリョウキの腕を振り払うことは出来なかった。

 あっという間に有利だった形勢が怪しくなる。


「撃ったのは7人だった。こんだけいると逆に撃ちづらいんだろうね」


 リョウキは警部の耳元でささやいた。その7発の銃弾も掠りすらしなかった。


「ぐ……うぅっ!!」


「苦しいか? でも大丈夫、あなたは死なないから」


「うっ……うぅ……」


「おいお前、警部を離せ!!」


 息苦しそうにうめき声をあげる上司の姿を見かねた、ある一人の警官が勇気を振り絞って言った。


「離さなきゃ撃つ!」


「ハハハ! あなたにはムリだよ」


 その方を向いたリョウキは大層おかしく笑った。


「見くびるな!」


「見くびってないよ。けどもし弾が逸れたら……コイツ死んじゃうよ?」


 リョウキは捕らえた櫛谷(くしや)警部を無理やり直立させた。


「その重みに……耐えられるのかな?」


「……」


 その警官は、黙って銃を下ろした。

 撃てない――

 万が一外してしまったら、取り返しのつかない事態になる。とてもじゃないが、まともな心境で引き金を引くことは出来ない。のしかかるプレッシャーに気圧されて、銃口は下を向いた。


「そうだよねぇ」


 リョウキは満足げに笑った。

 このための人質だ。その人質がリーダーで大切な人となれば、おいそれと従う人間はリスクの伴う行動は取れない。それが心理だ。

 この状況なら例えどんなに銃の扱いに長けた者でも、まともに狙いを定めることさえ出来なくなり、たとえ撃てても弾は的を捉えること無くあさっての方向へ外れていく。

 そうした人間の心理を、リョウキはよく知っている。そしてそれを実行に移せるだけの力量と、精神力も不足無く備えているのだ。


「さあて……そろそろかな」


 まだ一応は膠着(こうちゃく)状態が続く中、リョウキはぼそりと呟く。


「何が……だ……」


 耳元でそれを聞き取った櫛谷(くしや)警部が尋ねると、リョウキは自分の耳をトントンと叩いた。


「よく聞いてみてよ。感じないかな」


「……」


 耳を澄ましても、何も聞こえやしなかった。

 櫛谷(くしや)警部は首をかしげた。もっとも相変わらずリョウキに固められているので、それは心の中で。

 周りの警官たちも異変を感じることは無いらしく、とりあえず拳銃をリョウキの方へ向けていた。

 だが時が経つにつれて、彼らにも徐々に近くで何かが起きようとしているのが分かりつつあった。

 どこかの工事現場で杭でも打ってるような音が等間隔に、だんだんとその音がハッキリとし出す。その音が次第に揺れも伴いだした時、彼らは一様に同じ方向を向いた。そして思わず息をのむ。


「へへ、ずいぶんすげぇのがきたなぁ」


「な、なんだぁコイツは!?」


 空にタンカーの汽笛のような激烈な咆哮が轟いた。

 その主は霊獣であった。それも今までに無い巨大サイズ、全長1993.6cm、全高440.3cmはいずれも今まで現れた個体の中で最大値だ。ティラノサウルスのようなフォルムで、口内からは多くのサメのように無数に生えそろった牙を覗かせ、尻尾は人間の胴体よりも太い。

 そんな化物がフェンス越しに公園の中を見つめていた。本人は植えられた草木に身を隠しているつもりだったかもしれないが、その巨体は焦げ茶に近いカーキ色の保護色を持ってしても隠し切れていなかった。と……


「ひっ!」


 一人の警官と霊獣の目があった。

 すると霊獣は喉を転がすようなうなり声を上げた。ライオンもかくやとばかりの威圧感であった。


「さぁ……来い」


 その言葉に引き寄せられたかのように、巨大な霊獣はフェンスをその牙と咬合力で食いちぎった。形だけでも隔たる物が無くなった公園内に、霊獣が足音を打ち鳴らしながら公園内に!!

 当然、警官たちの陣形は乱れる。蜘蛛の子を散らすように、彼らは思い思いの方へ走り去る。


「や、やめろ。近づくな!」


 最初に目があった警官は完全に獲物と見なされていた。霊獣は巨体を誇るだけあって歩幅も大きく、必死で逃げる警官との間合いを一歩で縮める。


「うわぁあああッッ!!」


虻斗(あぶと)ッ!!」


 櫛谷(くしや)警部が見る前で、虻斗(あぶと)刑事は霊獣にひったくるようにして咥えられた。

 ゆるキャラのように親しみやすい風貌に、ひょうきんな性格を兼ね備えた彼は署内のムードメイカー的存在であり、誰からも可愛がられていた。新潟県の三条市に米農家を営む両親がおり、毎年実家から送られる新米を楽しみにしていた。

 が、霊獣にとっては所詮ただの餌、無情な一噛みで虻斗(あぶと)刑事は血が滴るただの生肉になった。

 最初の犠牲により、現場はより一層パニックになる。そんな中、十数名の警官は公園の入り口に走った。


「よし。そのまま逃げろ……」


 そんな櫛谷(くしや)警部の純粋な思いは、霊獣が吹いた火の玉によって簡単に燃え尽きた。しかもよりにもよって出入り口付近が灼熱の炎で燃え、脱出どころか、近づくことすら出来なくなってしまった。警官たちは閉鎖された小さな地獄の中に封じられた。


「そ、そんな……ああ」


 事態の成り行きを呆然と見守るしか無かった櫛谷(くしや)警部はうなだれた。


「これはすごいね」 


 と、リョウキは他人事のように言った。櫛谷(くしや)警部は歯を食いしばった。


「おい離せ!! もういい加減離してくれ!!」


「この光景を見るのはいやか?」


 自分の腕の中でもがく警部に対してリョウキはケラケラ笑った。


「まぁもう離してあげよう」


 リョウキが腕の力を緩めると櫛谷(くしや)警部はするりと腕からすり抜けた。やっと解放された警部はフラフラと地面に這いつくばった。だが休む間は1秒足りとてない。大きく息を吸い込むと立ち上がり部下たちの下へ駆け寄ろうとした。


「でもあなたが加わったところで何か変わる?」


「……」


 その一言に足が止まる。


「……やかましい。やってみなきゃ分かなんだろう」


 口調は強かったが、どこか疑念が混じった声だった。それをリョウキは見逃さない。


「ねぇ、わたしと取引しない?」


「……取引だと」


 その言葉はまんまと櫛谷(くしや)警部の心を捉えた。


「どうせあなたが1人加わったところでこの化け物は止められない。あなただってわかってるんでしょう?」


「……」


「でもわたしなら、この化け物を倒せるよ。だからうまいこといけば……今生きてる人たちは助かるかもしれない」


 リョウキはにっこりと笑いながら、警部の横に歩み寄った。


「まぁそれも、あなたがわたしとの取引を受け入れるかどうかだけどね」


「……何が望みだ?」


「……正直わたしはさ、いっぱい人殺したけど、ホントは人なんて殺したくないの。だから……わたしのことを今後一切見逃してくれるなら、コイツ倒してあげてもいいよ」


「見逃せだと! いや……そんなの、俺の一介の判断でどうにかなるようなものじゃない……」


「大丈夫……あなたが警察に帰った後、この騒動でわたしが死亡したと伝えてくれればそれで済む話。いくら警察でも死人を捕まえようとはしないでしょ」


「……」


「別に嫌なら嫌で構わないよ、こっちは。でもこのままじゃみんな死ぬよ、あなたも、あなたのかわいい部下たちも……。ホントにそれでいいのかな?」


 櫛谷(くしや)警部は辺りの光景を見た。辺りには逃げ回る者、果敢に銃で反撃を試みる者、遊具の陰に身を隠す者が点々としていた。

 数は21,22……27名、気づけばずいぶんと数が減っていた。


「……分かった。命には代えられない、なんとか……みんなを助けてくれ」


「オッケー。ちゃんと約束、守ってよ」


 櫛谷(くしや)警部は自分でも信じられない力で奥歯を噛みしめた。いくら部下を救うためとは言え、こんな極悪な男の手を借りるという事実が、悔しかったのだ。

 しかし救うためにはこうするしか無かった。仕方なく、櫛谷(くしや)警部は首を垂れた。


「じゃあ取引成立。……この化けモンとっとと片してやるよ」


 リョウキは警部からの刺すような視線を一身に受け、ずんずんと霊獣に近づく。

 霊獣は目の前の警官(エサ)に夢中になっていたが、リョウキが近づくと一瞬動きを止めた。そして(よだれ)を滴らせながら、首だけ振り返った。


「さ、おいで。腹ぺこの化け物さん」


 リョウキは突き出した手の指を曲げ、霊獣を挑発した。

 それに乗ったのか、単に目の前のリョウキをエサとして認定したのかは分からないが、霊獣はリョウキに迫った。大口を開け、リョウキの頭からかぶりつこうと首を振り下ろす。あまりの速度に霊獣の顔がブレて見えるほどだった。そして口を閉じる。牙が噛み合って、ガキンと金属同士が衝突したような音が鳴る。

 しかし肝心のリョウキのことは噛めておらず、霊獣は首をかしげた。それと「エサはどこだ?」と言わんばかりにキョロキョロとする仕草に関してはペットのトカゲようで可愛らしい。

 しかしリョウキはどこへ行ったのか? 少なくとも霊獣の視覚にはいなかった。


「うーん良い眺め。ここからだと川が綺麗に見える」


 声に反応して霊獣は顔を上げた。だが相変わらずリョウキが視界に入ることは無い。それもそのはず……


「思った以上にトカゲだね、あなたの皮膚」


 リョウキがいたのは、霊獣の頭の上である。人間で言うところの頭頂部から後頭部へ下る断崖。


「焼いたらうまそうだな」


 ようやくリョウキの居場所を把握した霊獣であったが、頭の上となると文字通り手も足も、尻尾も出ない。だから振り落とそうと、頭をこれでもかと振りまくった。


「ハハハハ! 無駄な抵抗だ」


 しがみついて離れない――

 一方リョウキは頭の上に乗ったまま殴ったり、蹴ったりする。だがサイズ差ゆえか効いている様子は無い。


「…………」


 にもかかわらず、リョウキは殴るのをやめなかった。余所からは分からない程度に殴る箇所を変えては、一見無意味なジャブを浴びせ続けた。


「…………」


 だがムズかゆがった霊獣が首を大きく反らしたその時――


「…………あ。わかった」


 リョウキはほくそ笑んだ。

 この気づきが反撃へのきっかけだった。

 反った反動で霊獣が首を前に振りかけた瞬間、リョウキは猿のように巧みな体裁きで霊獣の鼻先に移動した。

 そして不安定極まりない霊獣の体の上で、どこから見てもIの字に見えるほど、軸がしっかりとブレない逆立ちをした。


「一体奴は何をやっている……」


 この曲芸を見ていた櫛谷(くしや)警部は怪訝の色を浮かべた。だがその色はすぐに青に染まる。


 バゴォォッッ!!


 瞬間、鈍い音が公園に響いた。続けざまにズシンッと、別な鈍い音も。

 櫛谷(くしや)警部と生き残りの警官たちはそろいもそろって口を開いた。それは無意識の行動だった。

 あの巨大な化け物が、目の前に倒れている。

 何十分の一の大きさしかない人間の一撃を食らっただけで、あっさりとK.Oされてしまった。


「へへ、まぁわたしがやればこんなもん」


 身のこなしも理解の範疇を超えていた。

 霊獣が首を振りきって、再び上げようとした時は見計らって、リョウキは逆立ちして振り上げた脚を振り子のように揺らした。振り下ろされた蹴りはその勢いのままサマーソルトのように蹴り上がり、霊獣の顎を打った。

 そして食らった霊獣は味わったことの無い衝撃によって崩れ落ちた。どうやら振り子は振り子でも、先に付いていたのは巨大な鉄球だったらしい。


「……化け物め」


 皆、今し方繰り広げられた光景に唖然としていた。

 のほほんとしていたのは、やった当人だけだった。


「じゃ、約束通り頼んだ」


 そう言うとリョウキは倒れた霊獣の隣を横切って、その場を立ち去ろうとした。が……


「…………待て」


 そう発したのは、櫛谷(くしや)警部だった。


「…………ふぅん……結局そうなるんだ」


「お前を野放しになんて、到底出来ん」


 櫛谷(くしや)警部は拳銃を構えていた。銃口はリョウキを狙っていた。


「みんなも早く構えるんだ」


「!?」


 警官たちの銃口がリョウキに集められる。これにはリョウキも苦笑いする。


「約束は? どうしたのかな?」


「……あんな状況の約束、無効だ」


「いくらなんでもひどくない? いくらわたしが犯罪者で悪い奴だからって、そんな簡単に約束をやぶり捨てていいわけ?」


「さっきのお前を見て思った。お前という存在は危険すぎる」


「否定はしない」


「それに俺は警察官だ。悪人に都合に良いことは聞かない……。悪く……思うなよ」


「ハハハ……思わないよ。……フヒャッ、ヒャヒャヒャ」


 自棄にでもなったのだろうか?

 そう疑りつつ、警官たちはうつむいて引き笑いするリョウキに銃口を向けたまま、一切の警戒を怠らなかった。


「こっちもちゃぁぁんと………………手は打ってるから」


 再びリョウキが顔を上げた時、そこに浮かぶ表情はまさに猟奇的な笑みだった。

 彼が1つ地面を強く踏み鳴らした。すると何やら地震の前触れのような音。

 何が起きているのか警官たちは一瞬分からなかったが、すぐに悟った。

 視界の端で何かが(うごめ)き、嫌が応にも視線はそちらへ向けられた。

 倒されたはずの化け物が再び両者の間に立ち上がったのだ。


「まさか、まだトドメを!?」


 その問いに対してリョウキは満面の笑みを向けた。その表情があればわざわざ言葉に出すまでも無い。


「さて、どうせあんたらが約束守んないのははっきりしたし…………あとはせいぜい頑張ってよ」


 霊獣は人を補食する。だからこそ人口の多い都市に現れる傾向がある。だからこの場合、霊獣が狙うのは一匹狼(リョウキ)では無く……集団で行動する猟犬(警官)たちである。

 霊獣は警官たちに向けて咆哮した。涎が飛び散り、何人かの顔にかかる。今かからなかった者も、近いうちに全身に浴びることになる。その時に意識があるかは当人たち次第だろう。


「ま、待て!!」


 同じ「待て」でも語気が全然違った。今度のはすがりつくような「待て」だった。


「あやまったら許してあげる…………死んでわびな」


 今度はリョウキも足なんか止めずに、そのまま燃えさかる広場の入り口へと。

 その脚を振るうと風圧で一瞬炎が弱まった。


「じゃーね」


 警官たちに顔を向けたリョウキが炎の中に出来た道を通り過ぎると、炎は再び立ち昇って壁となった。


「結局手ぶらで帰るのか……」


 リョウキはため息をついた。

 当初の目的は何一つ達することは出来なかったが、リョウキは名残惜しくも無いこの場からそっと立ち去った。後ろで何か聞こえた気がしたが、深く考えはしなかった。




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