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亡者よ、明日をつかめ  作者: イシハラブルー
第2章 死闘激化
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第七編・その1 不純物混じりな思い




 忘れることはない10月23日、その日は観測史上最も雨が降った日だった。

 にもかかわらず、上里テツリはそんな豪雨の中、傘もささず、車が来ていないからと赤信号も無視して、必死に走っていた。それは処刑されゆく友を救うために走るメロスのように、だが胸には張り裂けるような悲痛が脈打っていた。太陽の一片も見えない空よりも、彼の方が何十倍も、何百倍も強く泣いていた。

 早く、もっと早く!!

 我を忘れてテツリは走った、今までの人生の中で最も速く。そして願った。

 生きてくれ!! もしこの願いが叶うなら、もうこれ以降どんな願いも叶わなくなっていい。全てをなげうってでも、この願いを叶えてくれ!!

 そう願って、曲がり角を曲がったテツリは傘をさす野次馬たちをはね除けて、その先に見た光景にテツリは骨の髄まで思い知った。


 現実は理不尽だと……




⭐︎




「はっ…………!」


 ベットの上でテツリは目を覚ました。そしてあたりを見渡した。壁に掛かったカレンダーの年を見て、自分が夢を見ていたのだと悟った。もっとも、完全に夢というわけではないが。


「…………最悪だ」


 久しぶりに寝起き時の気分の悪さワーストランキングが更新された。

 本当……最悪の心地過ぎてため息をつく気すら起きない。

 テツリは拳を額に当て、目を影で覆った。

 出来れば目を覆いたいが、覆うわけにはいかない。それが今、自分がここにいる意味だから。目を背けたら、自分の存在意義が無くなる……。

 とその時、病室の引き戸が開かれた。中に3人の人物が入ってくる。1人は体の具合を聞きに来た中年の女性看護師、そして残る2人の男性は……


「初めまして、上里さん」


 そう言って、1人がスーツの胸ポケットから桜の代紋が刻まれた手帳を取り出した。日本人ならその手帳がどんな意味を持つか知らない人はいない、特に悪人は。


「警視庁の寺田(てらだ)です」


「私は鳴賀(なりが)です」


 2人は強行犯係に属する警察官であった。

 寺田刑事は面長な顔が日に焼け、そこはかとなく気さくな雰囲気を醸し出していて、近所の人の良いオジさんと言った感じだ。鳴賀刑事は初老のベテラン刑事といった風貌で、優しげなだがその目は真っ直ぐテツリのことを見つめていた。

 そして2人が刑事と知った瞬間テツリはベットの上に座り、慌てて身繕いをしたが、そんな様子に寺田刑事は「そんなにかしこまらなくてもいいですよ」と気遣いを見せた。やはり優しい。


「少しお話を聞くだけですから、どうぞ楽な体勢で」


 と、鳴賀刑事も気遣ったが、もう怪我もほとんど治癒していたテツリはそのままベットに腰掛ける体勢でいた。その方が精神的に楽であった。


「では出来るだけ簡潔にいきましょう。あなたはこの男に見覚えありますか?」


 鳴賀刑事が一枚の写真をテツリに見せる。テツリはその写真を受け取って記憶の淵を辿る。


「どうです、見覚えありませんか?」


 寺田刑事がおって尋ねるも、テツリは「う~ん……」と首をひねった。

 写真に写っていたのはかなり若い男だった。20代……下手したらもっと下。

 艶のある白い肌に、ボサボサだがブラックパールのような色をしていて綺麗な髪、顔立ちもかなり整っていて、男だと言われてなかったらそんな気が無くてもドキッとするような人だ。

 だが魅力的だが知っている人ではなかったので、テツリは正直に「知らないです」と答えた。


「ほう、お知りでない?」


「はい……」


「なるほど、そうですか」


 その返答に鳴賀刑事は何か考え始めたようで、窓の外にある木々の緑に目をやった。

 何を考えているのだろうかとテツリもその様子を観察していた。が少し経って、彼はようやく2、3度うなずいた。そして「分かりました。では我々はこれで」と丁寧にお辞儀すると病室の出口の方に歩んで、引き戸に手を掛けた。


「ご協力ありがとうございました。傷、養生して下さいね」


 最後にそう言葉をかけると彼は病室を後にした。続けて寺田刑事も「何かあったら私たち連絡を」と看護師に言いつけと電話番号が書かれたメモを渡して帰っていった。


「……」


 突然の来訪……からのあっというまの退場劇に、テツリはポカーンと呆気にとられた。たった1つの質問で事が終了、少々手際が良すぎやしないか……。そんなテツリの気を取り戻させたのは、看護師の具合はいかがですかの挨拶だった。

 とりあえず生きてさえいれば傷なんてどうにでもなる。この体ならどうせ3日で完治もするから具合も問題にならない、大丈夫…………と、そこで気づいた。

 何故か自分が病院にいること、意識を失う前は守山ゴロウによって完膚なきまで叩きのめされたこと、そしてヒカルと自分が罠に落ちて窮地にいたこと……。


「そうだ!」


 記憶を整理したテツリはベットから飛び上がった。驚いた看護師が振り向くと、神妙な面持ちで尋ねた。


「僕の他にも、ここに担ぎ込まれた人いますか」


 果たしてヒカルは無事だったのか……?

 それはテツリにとって地球が太陽の周りを公転しているかくらい重要だった。


「はい……お二方」


「どんな人……?」


 尋ねられた看護師は指を口に当てた。

 その彼女の説明によると、ここに運び込まれた2人のうち1人の特徴は男性で、身長はそこそこ高く、しなやかな筋肉をしていたという。着ていた服は紺色の無地のポロシャツ、そして下がベージュのチノパン。

 それを聞いてテツリは息をつく。

 その置きにいった服装は間違いなくヒカルだ。つまりなんやかんやヒカルも無事だったのだ。

 とりあえずテツリは胸をなで下ろす。


「もう1人は黒いコートを着た人です」


「ああ……」


 その服装だけで全て察せる。

 これは100%ツバサだ。

 あの状況を切り抜けるとは、なんと思えばいいのだろう……とテツリは内心苦笑いした。


「今、どうしてます?」


「2人とも、ずっと眠ったままです」


 まだ2人のダメージは回復しきっていない。強い分だけ、傷も負ってしまうのが人間、でも死ぬことは無いそうだ。

 ヒカルに関してはまぁ生きていて良かった、テツリはそう思えた。混じりっけは……水で満ちた樽に一滴垂らされた黒いインクほどしかない、純度99.9%の清らかさだ。

 しかし疑問――


「あの状況からどうやって助かったんだろう……?」


 まぁ別に助かったなら理由はどうでも良いのかもしれない。

 そう思いながら、テツリは布団をかぶった。病院の布団というのはどういうわけかどこでも同じような香りで、嫌な懐かしさを与えてくれやがる。

 悪夢を見たのはこの香りのせいかなと、テツリは諦念の笑みを独りでに浮かべた。


 


⭐︎




「一つ聞いて良いですか」


 パトカーの助手席のシートベルトをつけながら、寺田刑事が相方の鳴賀刑事に尋ねる。

 彼らは今、凶悪犯リョウキを追っている真っ只中だった。

 あのバス事故の内部で起きていた殺人事件、そして警察官3名を殺害したのはリョウキであると彼らは知っている。ついでに言うとこの上里テツリら3名に暴行を加え、病院送りにしたのも奴であるとあたりをつけていた。もっともそれは被害者であるテツリの口から間接的に否定されてしまったが。


「何でしょう、寺田君」


「何故病院に?」


「いけませんか? 警察が被害者のお見舞いに来ては」


 飄々とした態度で鳴賀刑事はそう言ってのけた。

 長年の付き合いから、こういうもっともな言動の裏で彼が何か企んでいることを寺田刑事は知っている。しかし聞いたところではぐらされるのがオチだとも知っている。だから寺田刑事はモヤモヤしつつ「……別に」と追及はしなかった。

 白い排気ガスを吹かした黒いクラウンが駐車場を出て右折、そのまま直進して交差点で止まった。信号待ちをしている最中、鳴賀刑事はじれったそうにハンドルを指で叩いていた。寺田刑事は行き交う車が法規を守っているかをなんとなく観察していた。

 すると唐突に、鳴賀刑事から質問が飛んでくる。


「寺田君、我々の仕事とは何だと思います?」


 鳴賀刑事は前を向いたまま尋ねた。


「え? なぞなぞですか?」


「いいえ」


「……市民の平和を守ることですか」


 信号が青に変わったので、車は再び走り出す。そして答えの方も青信号、正解であった。


「はい、その通り。我々の仕事は街の治安を守り、罪の無い方たちに安心してお住まいしていただくことです」


 なぜ警察がいて、法律があるのか。

 それはかつて法が無かった時代、人々は自分を満たすために争い合い、奪い合った。その過程で力ない者は傷つき、倒れ、考えつく限りの悪夢にうなされ静かに眠っていった。

 そんな哀しみの戦いに終止符を打ち、弱い者にも生きてもらうために法は作られ、その番人として警察がいるはずである。


「では今1番すべきこととは何でしょう?」


「リョウキを捕まえることでしょう。あんな奴野放しにしてたら、何しでかすか分かりませんよ」


「あ、もちろんそれも大事です。ですが今1番問題なのは、最近何かと問題になってる謎の化け物ではありませんか?」


「……」


 確かにそれも重要だ。

 先月末から今月にかけて、何件かそれに関する通報が定期的に入り、実際に被害も出ている。ついには東京含むいくつかの府県で外出自粛の指令が今日発表されたばかりだ。得体の知れない化け物のせいで、日常が遠ざかっているのは紛れもない事実。


「確かにそれはそうかもしれませんけど……」


 だからといって何が出来るのか。

 1度その化け物と警察が本格的にぶつかったことがある。だが記録によると、その化け物は警官10人がかりでも押さえ込むことが出来ず、銃弾も十数発撃ち込んでも息絶えることが無かったという。

 ちなみにその時はよく分からない、UFOが攫いに来たかのような光が化け物を包み、化け物を消していったらしい。それ以降のは通報があっても警察が駆けつけるより前に事が片付いているらしく、化け物を見た者はいない。

 しかしだからといってこの問題をずっと放置していて良いはずもない。


「そこでですね。私は少し考えていることがあるんですよ」


「何です」


「突拍子も無いことです。おそらく君でさえ私を理解してはくれないでしょう。ですがこの仮説が当たっているならば、2つの問題は一挙に解決が出来ます」


 鳴賀刑事はどこか遠くを見据えているようだった。

 と、その時、無線に1本の通信が入る。



『被疑者を発見。場所は中央区、○1丁目××-×、○公園、至急現場に急行せよ、繰り返す……』



「どうやら誰か見つけたようですね」


「向かいますか?」


「ええ、当然」


 決意表明の反転灯(パトランプ)が屋根の上に出現して、見る者を慎ましくさせる赤い輝きと、威圧ある警告音が発される。

 2人の刑事と思惑を乗せたパトカーは現場へ急いだ。




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