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亡者よ、明日をつかめ  作者: イシハラブルー
第1章 ゲームスタート
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第一編・その2 これが俺の能力だ!




 さて、カエルを知らない人はいないだろうが、その特性まで詳しく知る人はそう多くないだろう。

 実はカエルの特性には、意外と侮れないものがある。なんでも、カエルの舌が飛び出す速度は1秒間に4000メートルと、ジェット機の6倍もの速さを誇り、さらにその舌は非常に強い粘性の唾液に覆われているため、一度捕らえた獲物を決して逃しはしないのである。

 もし……カエルの体長が2メートルあったとしたら、人間がカエルのご飯となることを避ける手段は無かっただろう。

 だからカエルの体長が7センチくらいしかなくて、いとも簡単に踏み潰せるのは人間にとって幸いだったと言える。

 だがもし……あり得ない話だがそんな2メートルの化けカエルが人口密集地……例えば渋谷とかに現れたなら、そこはカエルにとって豪華なバイキング会場になるに違いない。

 そしてそこで人間たちは腹ペコのカエルから逃げることも、声を上げさせてもらうことも出来ずに、ただ無抵抗に丸呑みにされていく。

 そんな光景を目の当たりにしたなら、きっとこう思うはずだ。


「地獄だ……」


 ヒカルの口から自然とその言葉が出た。

 参加者オプションの空間転移で、霊獣の下に召喚されたヒカルは、逃げ惑う人々とは正反対の方向へ走っていく。

 高架橋を潜り抜けると、その近くに数字3桁のファッションビルが見える。

 だが、見えたのはそれだけではない。


「うわぁぁあああ!」


「!?」


 また1人、カエル型の霊獣の舌が哀れな犠牲者を生み出した。


「たーー」


 捕らえられた男は助けてと言うことも出来ず、瞬く間に霊獣の腹の中に収まった。

 既にヒカルが駆けつけるまでに、8名が犠牲になっている。それだけ食ってなお、霊獣の欲が満たされることはない。永遠に、永遠に、永遠に……決して果たされることのない、人間に戻りたいという欲望、本能のに支配され、霊獣はひたすらに人間を食い続ける。


「やめろ!」


 人波を抜け、霊獣がいる駅前広場に歩み出たヒカルは叫んだ。

 すると、霊獣はヒカルの方を向いた。


「お前も元は人間なんだろ! こんな残酷なことはやめーー」


 しかし必死の叫びも届かない。霊獣は、今度はヒカルを餌と定めて舌を放つ。そこには理性、良心など人間的なモノはもはや介在していない。声も、願いも、もう届くことはない。


「うっ! よせ! 人間の心は、もう残ってないのか!」


 対話を試みるヒカル。

 だが霊獣は今度は舌を鞭のようにしならせ、ヒカルの足を払った。


「くそ!」


 バランスを崩したヒカルは転けるも、上手いこと受け身をとって即座に立ち上がった。さすが元警官だけあって、基礎的な運動能力は持ち合わせているのだ。

 それに閻魔様に与えられた補正も相まって、もはや身体能力は人間の領域を超えていた。


「はっ!」


 再び放たれた舌を横っ飛びで回避したヒカル。そのまま巨大な直方体の柱に身を潜める。


『コイツラは元を辿れば人間でな』


 閻魔の言葉がヒカルの頭を巡る。


「嘘だ。とてもそうは思えないぜ……アレが人間だったなんて」


 姿も心も人間から逸脱した存在、それが霊獣。

 しかし、だからと言って本当に殺ってしまってもいいのか?

 今更になって、ヒカルはかつて人間だった化け物に思いを馳せた。


「……いや、やらなきゃダメだ! 人間だからこそ、こいつを今ここで止めなきゃダメだ! こいつらをこれ以上、人殺しにしないために」


 そう覚悟を決めた瞬間、ヒカルを覆うように影が……。


「!?」


 頭上を見上げたヒカルは、慌ててそこから跳び退いた。

 ガシャンッッ!!

 直後、落ちてきた霊獣がその場に降り、轟音と破片を飛び散らせた。もしその場にヒカルがいたなら、踏み潰されて呆気なくジエンドだっただろう。恐ろしい破壊力だ。


「さすがカエル。ジャンプ力もすごいんだな……」


 危うくカエルに踏み潰されるなんて……。

 目の前の化け物の恐ろしさに、ヒカルは驚きを超えて感心していた。


「けど、簡単に食えると思うなよ!」


 さぁ霊獣が再び、舌を伸ばしてヒカルを食いにかかる。もし捕まったらそれで最期……だが、覚悟を決めたヒカルは、次々と迫る霊獣の舌をひらりと回避し続ける。


「慌てるな、冷静に、隙を待つ!」


 そしてついに待っていたチャンスが来る。

 霊獣の舌が、コンクリート壁に突き刺さった。しかしそれがかなり深くまで刺さってしまい、粘液の強さも災いして全く抜けなくなったのだ。


「よっしゃ!」


 その隙を逃す手はない。覚悟を決めたヒカルはついに自身の能力発動プロセスをとった。


「見せてやるぜ! これが俺の能力だ!」


 ヒカルは腰を落とし、右腕を指先までピンと伸ばしたまま、左斜め上へ突き上げた。


  --バッッ--


 そして高らかに叫んだ。


「変身!」


 --キラッッ--


 突き上げた右腕を引き、目元でピース、そして右目でウインクすると、星状のエネルギーの壁が前面に展開される。

 そして迫り来る、そのエネルギーの壁を潜ると、ヒカルの姿が一瞬のうちに変わる。

 その姿はーー


「どうなったどうなった? …………おほー! すげぇ、ホントにブリリアンになってるよ、俺」


 近くにあった水たまりを見たヒカルはそれに映る自分の姿を見て、マスクの下で鼻息を荒くした。

 説明しよう。ブリリアンとは、かつて関東一部地域にて放送されていたローカルヒーロー番組、"光闘士ブリリアン"に登場するヒーローである。

 ある日、広い銀河から地球にやってきたブリリアンが、悪の秘密結社ディザスターの魔の手から人間を守るため、彼らが送り込む改造生命体と熾烈な戦いを繰り広げる、というのが大まかな物語の流れである。

 メタ話をすると、低予算、短期間による撮影だったこともあり映像はかなりチープ……というかショボかったので人気はそれほどだったのだが、そのチープさと、ローカルヒーローが持つ特有の親しみやすさから一部のマニアからはかなりの好評を得ている。

 実際こうしてヒカルのように、放送終了後20年経っても未だ忘れず、あまつさえ大事な自身の能力を『ブリリアンに変身する』にする人もいるのだから、彼も有名なヒーローに負けず劣らず、人々の心に残るヒーローだったと言えるのだ。

 なおソフト化は一切されていない。ブリリアンは宇宙の星になったのだ。


「よっしゃ! もう負ける気がしない! と、その前に……」


 ヒカルには、ブリリアンになれたらやりたいことがあった。ヒーロー特有の、()()である。

 そしてヒカルは「ゴホン」と咳払いすると、息を吸った。


「闇から生まれし哀しき命、誰も愛せず愛されず、銀河からも嫌われたお前たち。この私が光を照らし、尊き一つの命として、慈愛の下葬ろう!」


 ……決まったーー

 憧れのブリリアンの姿で、彼の前口上を言い切ったヒカルはマスクの下でドヤ顔した。


「さぁ……行くぞ!」


 茶番は程々にヒカルは駆ける。ブリリアンの走行速度はなんと時速310キロ、これは東海道新幹線500系のぞみ(放送当時)の最高速度より10キロも速い。


「はぁ!」


 そのまま勢いに跳躍し、ムーンサルトで霊獣を飛び越える。ブリリアンの最高跳躍点は15メートル、およそ3階建てのビルの屋上にまで達する。2メートル程度しかない霊獣などひとっ跳びで跳び越える。


「ブルァ!」


 (ブリリアンライト)


 右手から放たれるギャラクティックエナジーを込めたストレートパンチ、その威力は5トン。

 それが腹にクリーンヒットした霊獣は、口から色々と汚いものを吐き散らした。

 吐いたモノが何だったかはよく考えない方がいい。


 (サンライズアッパー)


 相手の弱点目掛けて繰り出される強烈なアッパーパンチ。

 顎にくらった霊獣は宙に浮き、2度目の走馬灯を垣間見る。


 (自転キック)


 地球の自転に似た軌道で放たれるキック、上位技に太陽系キックなるものがある。

 浮き上がった霊獣を吹っ飛ばすには申し分ない威力だ。


「まだまだ!」


 (ビートミルキーウェイ)


 ブリリアン必殺の連続パンチ、光のエフェクトがミルキーウェイ(天の川)のように輝くことからその名がつけられた。


「オリャリャリャリャ!! トゥ!」


 ドサッ!!

 鬼のような連続攻撃に、霊獣はすっかりグロッキーだ。反撃する間も気概もない。トドメまであと一押しといったところ。ならばもう、決めてしまえーー

 それがせめてもの情け。


「光を抱いて天へ逝け!」


 ヒカルは決めゼリフを叫んだ。

 猛然と駆け出し、そして天高く跳ぶ。

 太陽を背にするその両足に、ギャラクティックエナジーと太陽エナジーがシナジーして生みだされた"キラメキエナジー"が宿る。


「サンシャインスパークッ!」


 竜巻のように回転し、霊獣を右足、左足と連続で蹴った。

 ドォォオオオッ!!

 たちまち霊獣は爆散し、破片は1つ残らず霧散した。

 その場に誰も居ないことを確認すると、ヒカルは変身を解除して元の姿に戻った。

 

「……ふぅ、堪えるな」


 素顔に戻ったヒカルをまず襲ったのは、疲労感だった。


「ちょっと、やりすぎたな……」


 最初ということもあって、少しばかり舞い上がり過ぎてしまった。そのせいで力加減を誤り、エネルギーを浪費し過ぎてしまった。


「……」


 それともう1つは罪悪感……。姿こそ異形だったが、殺したのは間違いなく人だった者。覚悟は決めていたとは言え、それでもやはりヒカルは少々割り切れない思いを感じていた。

 だが、ヒカルのおかげで犠牲も少人数で済み、結果多くの未来ある人たちが守られたと考えると、やったことが間違いであったとは言えないだろう。

 それに生き返るためには、誰よりも多く霊獣を倒し続けなければならない。

 そのためにゲームに参加した以上、やらないわけにもいかなかった。けれど……


「本当にこれが正しいのかな……」


 答えを求めてヒカルは空を見上げた。

 冬空は雲ひとつなく、どこまでも澄み渡っていた。今なら宇宙まで見えてしまいそうだ。

 だが、綺麗な空ほど汚れやすいものはない。


「……でも進むしかない。立ち止まってたって這い上がれない」


 そう呟くと、ヒカルは顔をしかめ、またどこかへと歩き出し、そして消えていった。

 ゲームはまだ始まったばかりだ。そして、これからも戦いが待っている。





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