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亡者よ、明日をつかめ  作者: イシハラブルー
第2章 死闘激化
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第五編・その5 ツバサ対カオル




  テツリがヒカルを連れて逃げたあと、駐車場にはツバサとカオルの2人だけが残された。


「……さて」


 先に口を開いたのはカオルだった。


「君と二人きりになるのは初めてだな。会うのもまだ2回目だし、俺の名前とか覚えてるか?」


「確かカオルだったな」


「ああそうだ。君はツバサだな。ヒカルが君のことを気に掛けているからよく覚えているよ」


「チッ……それで? 今更、お互い名前を知ったところで意味なんてあるか?」


 ツバサが冷たく返すと、カオルは口の端をわずかにあげ、


「全く無いことは無い。名前が無きゃ識別が面倒じゃ無いか」


と答えた。

 そしてカオルはツバサのことを、まるで美術品を鑑賞するように隅々まで見定めると、満足げに微笑んだ。


「なんだその顔は」


「面白い」


「……面白い? 一体何が」


「君という人間がさ。……どうだろう、ここでいきなり殺し合うのもなんだし、少しばかり話をする気はないか? 君さえよければ、俺は是非話をしてみたいと思っているんだが」


 そう言いながら、カオルは手を後ろで組んでツバサに1歩ずつひたひたと近づいていく。


「……時間稼ぎのつもりか?」


「いや、そんなつもりはない。今更稼いだところで大した意味は無い、もうあの2人もどっか遠くに行っただろうし、だから俺は……今は純粋に君と話したい。誰にも邪魔されずに」


 気づけばカオルはツバサと肩が触れそうなほどの距離に近づいていて、2人はその距離で顔だけ横を向いたまま向き合った。

 先に目をそらしたのはツバサで、その表情は不快が隠し切れていなかった。


「おいおい、そんなに君は人と話すのが嫌か? それとも、俺が嫌か?」


「……」


 カオルは黙って考え込んだ。

 裏がある。

 ツバサはカオルに対して得体の知れない印象を持った。

 この男と面と向かってやり合うのは、ヒカルとは別ベクトルでやりづらい。

 真意を探ろうにも、この男がかぶった仮面を剥がすのは疲れそうだと判断した。


「そうだな、はっきり言ってお前は苦手だ」


「ハハ、本当にはっきり言ってくれるね」


 カオルはわざとらしくため息をつき、「君らしい回答だ」と穏やかに言った。


「だが、ただ俺が嫌いだというだけで、一切を拒否するのは愚行だと思うがな。それじゃみすみす目の前に生えた金のなる木を枯らすようなモノだ」


 カオルはツバサの耳元でささやいた。

 言葉に混じって吐息がかかり、ツバサは不愉快さから体を揺らした。


「どうする、ツバサ君?」


「大した自信だな。自分のことを金のなる木か。……そこまで言うなら、聞いてやらないことはない」


 ツバサは2、3歩闊歩して距離をとってから、振り返って「少しならな」と付け加えた。


「充分さ。じゃ、君の気がむいているうちに話すとしよう。安心したまえ、きっと君にも面白い話なはずだ、それに長くない。何しろ、人間の集中力は15分と持たないからな、長ったらしい話は俺も嫌いだし、ちゃんと君の興味が尽きないよう、手短に話すよ」


「なら前置きはいいからさっさと話せ。俺は気が短い」


「だろうな。じゃあ3分以内に収まるよう話してやるよ……。端的に言うと……俺の仲間になる気はないか」


「ないな」


 脊髄反射、即答だった。冷たい夜風が吹き渡ったものの、何も揺れた形跡はない。

 だが、その回答を聞いてカオルは小さく笑った。


「まぁそう言うだろうな。まさか君がホイホイ人の意見に乗るなんて思ってもない」


「その通りだな。それが分かっているなら話は早い。これ以上話したところで無意味だということまで分かってくれるなら、なお良いんだがな」


「それはどうかな? 無意味と断言するには、少しばかり早計かもしれないぞ」


 カオルはしたり顔で語尾を上げて言った。ツバサは眉をひそめた。


「君は決して頭が悪いわけじゃない、それに誰よりも勝ちたがっているようだ」


「……」


「フフ、だから勝つための利益になるなら、乗ってくれるんじゃないか?」


「……利益」


「そうさ。いいか、君に良いことを教えてやる。蹴落とし合いでものを言うのはな『力』なんだよ。弱い者から順番に力尽きていき、強い者だけが残る」


「当然だな、覆せない……世界の摂理だ」


「じゃあ弱者はどうすればいい? 下克上なんて夢物語、どこにも存在しない、だから弱い者が強い者に勝つには、強さを超える強さを手に入れるしかない。

 その強さを手に入れるために、徒党を組むのはベターさ。数は力、企業だって、競争相手を押しやるために他の企業を吸収したり、合併したりして勢力を強くするだろ? 君がこの先もこのゲームで勝つつもりなら、俺と手を組むのはアリだと思わないか? そうすれば君はもっと強くなる」


 カオルは右腕を伸ばして手の甲を下に向けて、ツバサを招き入れるポーズをした。


「俺が強くなるわけじゃないだろ」


「強くなければ生き残れない。逆説的に、生き残れる奴は強い。組めば生き残る率も上がるんだから、強くなると言っていいだろ」


「……」


「もう1度聞こう、俺と手を組まないか?」


「……俺は誰とも組む気は無い……仲間を欲しいとも思わない、ましてやお前たちのような甘い奴らと一緒に夢を見る気は無い」


 逡巡の後にツバサはそう言った。ただ歯切れは多少悪かった。


「手段は選ばないんじゃないのか?」


「お前たちと組むのが利益になるなら組むが……悪いがそうとも思えんのでな」


 やはりツバサは相容れられなかった。ヒカルやテツリの甘さと同居することは許せず、そしてカオルへの不信感、得体の知れ無さも払拭できなかった。それが決裂と言う結果と成ったのだ。


「君は俺のことを少し誤解している。……でも残念だ、こうなることはずっと前から視えていたとはいえ、君ほどの力を目前で逃すのはやはり残念としか言い様がない。……さて、そろそろ約束の3分だろう、と言うわけで話は終わりでいいな?」


「構わない」


 ツバサはそう言うと、右手からレイピアのようなツノを生やした。



「戦え!!」と……。



 その姿は物語っていた。


「やる気満々だな。だが言っておくが君に勝ち目はない。俺には未来が視える」


「だからどうした。その未来が本当かどうかなんて……今になるまで分からない」


「……まぁいい、その気概は買ってやる。……かかっておいで」


 その言葉を最後に2人は黙って睨み合った。

 有能な剣豪が同格の相手と相対する時のように、2人は神経の枝を張り巡らせ、静止して刹那の時を待つ。


「…………!」


 静から動へ――

 ツバサはカオルの首筋めがけて、手の先に生えたツノを振るった。目にも留まらぬ速さで、空気を切る音が鳴った。

 パシッ!


「残念、俺には届かない」


 だがカオルはいとも簡単にそれを完全に掴んでしまう。しかも、向かって左側からの攻撃を右手で防ぐという余裕ッぷり。


「くっ!」


「……次はこっちの番だ」


 そう言うと、カオルはツバサを引き寄せたまま左手の甲でツバサの頬を打ち払った。さらに拳が腹に埋まるほどのパンチを続けて打った。


「ゴハッッ!!」


 喰らったツバサは血を吐いて、停めてあった車をへこませるほどの勢いで吹っ飛んだ。


「これが『未来を視る力』だ。どんな攻撃も、俺にはあたらない。無駄だ」


「……それはどうかな」


 口の周りについた血を拭きながら、ツバサはよろよろと立ち上がった。


「策はある」


 ツバサは腕をゴリラのそれに変え、凄まじい筋力で自分がぶつかった車を片手で持ち上げるとボールのように投げた。


「おっと、策ってそれじゃないよな? ……ん?」


 カオルは車の砲弾を難なくかわすも、その隙にツバサは消えていた。が、すぐに居場所は判明する。


「空か。……ほう、なるほどな」


 ツバサは空を飛んでいた、夜でも見える程度の高さを。


「この攻撃をかわしてみろ、未来を視る力で!」


 すると、ツバサの体が何倍もの大きさに膨れ上がった。ツバサは変身したのだ、世界最大の哺乳類、鯨に。

 空にいる鯨はまるで飛行船のよう。しかし浮力は無く、重さ5トンを超える肉塊はそのまま圧倒的な迫力を放ちながら落下した。

 ズガシャァァアア!!

 轟音が響いた。同時に地震のような揺れがあたりに伝わる。

 着地したツバサは入念に潰すため、少し時間を置いてから元の姿に戻った。

 その時には停めてあった車は全てプレス機で潰されたようにペシャンコになり、細かいガラスの屑が散乱し、漏れ出たガソリンが異臭を放っていた。


「すごい威力だな」


「!?」


 驚いたツバサは慌てて振り返った。悠然とカオルが歩み寄って来ていた。


「まさか……」


 ツバサが信じられないという顔をすると、カオルは嫌みったらしく笑った。


「狙いは悪くなかった。確かに範囲攻撃なら未来が視えようがかわしようがない。もう少し速ければ殺せてたよ」


 ゴッッ!!

 ショックで固まるツバサの脇腹に、カオルの回し蹴りが直撃した。

 苦悶で膝をつくツバサがカオルを見上げると、カオルは言った。


「でも君の『力』じゃそれに及ばない、俺の方が高みにいる。君は俺には敵わない……そして君の願いも……」


「!? な、何だと……」


 ツバサは歯を噛みしめた、奥歯が震えるほどに。



『願いが叶わない? …………ふざけるな!! 俺は誓った!! 必ず!! 必ず勝って、()()()()を取り戻すと!! だから――」



「俺は勝つんだよ!!」


 ツバサはまた別の獣に変身しながら後ろへ飛ぶ。

 飛ぶが鳥類ではない。コウモリは哺乳類である。


「ああ、超音波ね。視えないが見え透いてるな」


 一瞬でツバサの魂胆を見抜いたカオルであった。


「とはいえ長引かせたらもうどう転ぶか分からないな。そろそろ終わらせるか」


 たとえ分かっていても、やはり能力でも視えない超音波となると対処も難しい。

 だから、早いとこ勝ちを決めたい。

 カオルは懐からナックルダスターを取り出して、手にはめた。ゲームが始まって以来、初めてカオルが少し本気になった瞬間だった。





*今後の投稿は少しペースが落ちるかもしれません。ご了承ください。

 出来ましたら是非1話の方からお読みいただけると嬉しいです。



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