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亡者よ、明日をつかめ  作者: イシハラブルー
第2章 死闘激化
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第五編・その4 破綻はさせない




 食の都・大阪。

 それは何も人間に限った話ではない。霊獣にとっても、人口密集地で多くの人が行き来する都市はごちそうが尽きない最高の餌場だ。だから霊獣はここに現れる、決して満たされることのない欲望を満たすため。

 そして何ら力を持たない市民は逃げ惑う。ちょっと前まで、まだ霊獣の存在が一般には知れ渡っていなかったうちには、物珍しさから近づく人もいたが、霊獣が人間を食うと知ってからはそんな馬鹿げたことをする人はほとんどいなくなった。


「ひぃぃ!! こっち来んな化け物!!」


 さて、今回現れた霊獣に似た身近な生物を挙げるならネズミだ。だが、可愛げは皆無。

 なんたってネズミなのに二足歩行するし、体全体が皮をむりやり剥いだようにピンクがかっている上、サイズも小柄な男性とそう変わりないビッグサイズ。それを化け物とは言い得て妙である。


「ああもう!! なんで俺についてくる!!」


 不幸にもごちそう認定されてしまった男性は、後ろを振り返りつつ走る。

 時折、追跡者がげっ歯類のものに近い形状の牙をのぞかせるが、それに噛まれるのを想像してゾッとする。

 まだ死ぬのは嫌や! やり残したことがぎょうさんある。

 だから生き延びるために、男性はある場所に向け、ひた走った。


「よし! もう大丈夫や」


 そう男性が安堵したのは、有料駐車場に着いた時だった。

 ポケットの中のリモートキーで、愛車のシルバーのインプレッサの鍵を開け、飛び込むように運転席に乗り込んだ。

 いくら化け物でも、車には勝てんやろ……。このまま逃げ切り! 男性はそう考えたのだ。

 しかし滞りなくエンジンをかけ、アクセルを踏もうとした瞬間――

 ダンッッッ!!

 金属のへこむ音。


「んふぅ!!!?」


 理解を超える恐怖に、声にならない声。そして頭を打つほどのけ反る。

 霊獣がフロントに跳び乗った。思ったより足が速く、あまり引き離せてなかったのだ。

 そして、目前にあるごちそうに興奮しているのか、開いた口からよだれが滴り落ちる。距離にして数十センチ、命を取られる距離。

 いつまでも止まってはいられない。

 こうなったら……苦し紛れの無茶をするほか無い。男性はそのままアクセルを踏み込んだ。

 落ちてくれ!

 願うのはそれだけ……。

 男性は霊獣を振り落とすために急発進と急ブレーキを繰り返し、Gをかける。が……


「なんで落ちへんのやぁああ!!」


 ガラスに映る霊獣の姿は消えない。多少のけぞるアクションはとるものの、振り落とされる気配は全くと言っていいほどない。

 そして次の瞬間……半狂乱の男性を悪夢が襲った。


「!? うぎゃぁぁああ!!」


 その声は車の外までよく響いた、なぜなら声を遮るものが取り払われたから。

 霊獣は鋭く尖った爪を持っていて、それで自動車の丈夫で分厚いフロントガラスを悠々と破ったのだ。振り落とされなかったのもそれが留め具代わりになったおかげだ。

 幸いにして、男性に突き刺さることは無かったが、ガラスの盾が失われた以上、残念だがもう次は無い。逃げ場もない以上、あとはどのみち死ぬだけである。

 そして、いよいよ処刑執行の時が迫る。鉄板すら貫く爪が、ガタガタと震える男性の目前で光った。

 斬首される罪人が目隠しをされるように、男性も目を腕で覆った。しかし、彼は決して罪人ではない。だからか知らないが、救いの手が差し伸べられた。もっとも、それは手ではなかったが。


「てぇりゃあっ!」


「!?」


 それはにわかに信じがたいことだった。

 テレビで見たことあるような、どこか懐かしさを感じさせるマスク姿のヒーローが、腰の入った綺麗な回し蹴りを霊獣に叩き込んだのだ。そしてそれで、男性があんなに振り落とすのに苦労していた霊獣を、いとも簡単に吹っ飛ばした。

 そしてヒーローは呆気にとられてボーッと運転席に座ったままの男性に向いて言った。


「さぁ、今のうちに逃げて! 早く!」


「!!」


 その声で正気に帰って男性は、ヒーローが霊獣の方へ向かっていくと、アクセルを踏んだ。


「すまん。どうもありがとう」


 そしてみるみるうちに車は加速し、男性は霊獣から遠ざかっていった。


「よし、もう大丈夫だ」


 ヒーローはあたりに人がいなくなったことを確認すると、マスクの下で顔をほころばせた。だが、すぐにまた顔をしかめる。


「許さないぞ、霊獣!」


 渾身の右ストレートは、霊獣の口内に入った。怒りも加わって、その威力は鉄以上の硬度を持つ、霊獣の牙を折るほどだった。


「平和に暮らす人たちを(おび)かして! たとえお前たちに悪気がなくたって、僕は許さないぞ」


 もう一度放たれた回し蹴りは、吸い込まれるように霊獣の胸に決まった。怒濤の攻めが続く……だが霊獣はタフだ。

 重たい一撃を3発ももらっても、まだ立ち上がり反撃する余力がある。

 両手の爪をナイフに見立て、霊獣は突いたり、振り払ったりと、敵のことを切り刻もうと画策する。もっとも、知性のない霊獣にも打てる策は、とにかく手数を増やすこと、だからメチャクチャに爪を振るうだけの闇雲だ。

 だが怪我の功名、そのせいで何を仕掛けてくるのか皆目見当もつけられず、ヒーローは距離をとって攻撃が当たらないよう、回避するだけで精一杯だ。反撃しようにも、肉弾戦しか出来ないヒーローにとって、それはリスクだった。

 だから今は、攻撃を避けつつただ相手の動きの分析をしていた、反撃の隙をうかがって。

 と、その時脇からこの両者の戦いに1人割って入った。その男は霊獣の突きを、まるでそこに来ると分かっていたかのような動きで蹴って逸らさせ、首筋に裏拳を打つ。


「カオル君!」


 ヒーローは叫んだ。そしてカオルはその方に振り返って微笑した。


「遅くなってすまない、テツリ。飛んだ先がここから遠くてな」


「全然大丈夫ですよ」


 むしろナイスタイミングとテツリは満面の笑みを浮かべたが、ヒーローに変身しているのでその顔はカオルには見えない。


「そうか、ならいい。急いでコイツを片付けるぞ」


 背中越しに霊獣の攻撃をかわしつつ、カオルは言った。彼に視えないモノはないのだ。


「よし!」


 力強いかけ声と共に、テツリは霊獣に殴りかかる。

 1対1ですでに互角の戦いだったのだ。それが2対1になったなら、戦いはテツリたちが優位に立つ。


「ところでカオル君」


「なんだ?」


「なんで()()()倒す必要があるんです」


 テツリは気がかりだった。何故、カオルがわざわざ「急いで」を枕に使ったのか。

 ついでに言うと、その時の顔もどことなく険しさが隠し切れていなかったので、それが無性に気になった。もしや、自分が知らないだけで何かマズいことが起きている、それとも起きるのではないかと。


「……他の奴に盗られたくないだろ」


「なるほど!」


 このゲームの優勝条件は最も多く霊獣を倒すことだ。つまり他の参加者も当然、霊獣は倒したい。そして万が一他の参加者に邪魔されたら、何が起きるか分からない。

 だからそうなるより先に、身内でさっさと倒してしまいたいというカオルの意見は間違っていない。テツリはそう考えた。

 だが、実はカオルの発言には不自然な間があったのだが、戦いに全力を尽くすテツリに微細なそれを察することは出来なかった。


「…………」


 そしてもう、この戦いの大勢は決しつつあった。

 今まで散々強敵と、困難な状況で渡り合ってきたテツリとカオルには、こんな何の変哲も無い霊獣の一匹は相手としては役不足であった。

 もはや霊獣は反撃も許されず、テツリとカオル、それぞれの手によりフラフラにさせられた。


「さぁテツリ、トドメといこうか」


 テツリは呼びかけに答えるよう、手のひらを拳で叩く。

 群青色の空に向かって跳び、そして右手を伸ばしたまま流星のようになって霊獣に突っ込む。

 一閃――

 瞬きする間に、霊獣は爆散して霧のように溶ける。これで討伐数1がテツリに加算される。

 そしてテツリは共に戦ってくれたカオルに親指を立てた。


「やりましたね」


「……ああ、良くやったな」


「へへっ」


 テツリにとっては久しぶり、いや下手したら初めての圧勝だ。

 この間のアウトレットの件からちょっと鍛えだしていたけれど、それの効果がもう出たのかなぁ……と、テツリはちょっとばかし心を躍らせた。


「……」


 が、残念なことにその余韻に浸る時間はすぐに終わりを告げた。

 その終わりの始まりのきっかけになったのはある物音。突然、ドサリと結構大きめな荷物を落としたような音が、テツリの耳に届いた。

 なんだろう?

 そう思って音の方へ振り向いたテツリは驚いて、目をカッと見開いて言った。


「ヒ、ヒカル君!?」


 そこにいたのはヒカルだった。うつ伏せになって、アスファルトの地面に力無く倒れ込んでいた。


「どうしたんですか!? 一体何が!?」


 尋ねると、ヒカルはただ一言だけ、か細い声で言った。


「……負けた」


「え、負けた? 誰に!?」


「……」


「ヒカル君!?」


 そこでヒカルは気を失ってしまい、がっくりと首を落とした。


「う、酷い傷だ。すぐに手当てしないと……」


「またか」


 ヒカルは全身傷だらけであった。特に腹部は服が真っ赤に染まるほどであり、ちょっと触っただけでも血がテツリの手にまでべっとりとつく。


「あ、……これはちょっと不味いな」


 テツリの背後で、カオルは唇を噛んだ。


「どう見てもちょっとじゃないですよ、この傷は……」


「いやそっちの話じゃない。どうやら問題事に見つかったらしい」


「え?」


 どういうことかとテツリが振り向くと、カオルは空を指した。


「空に何か?」


 テツリは目をパチクリさせた。


「ああ、そうか。この闇夜じゃもうお前には見えないな」


 だが、能力のおかげでカオルには確かに視えている。


「夜鷹だ。ヒカルを負かした夜鷹が、物欲しそうに俺たちを見下ろしてるよ」


 そう言って、カオルは夜空を眺めて不敵に笑った。


「……もしかして」


 夜鷹と聞いて、テツリにも思い当たる節がある。

 ヒカルがボロボロにされているのも、()()()と接触したなら大いにあり得る。

 確認のためテツリは思い当たった名を尋ねようとしたが、その出鼻をくじいてカオルが言った。


「来るぞ、備えろ……」


 敵に動きがあったらしい。

 見えない襲撃に恐怖しながらも、テツリは瀕死のヒカルを守るために覆い被さるように四つんばいになった。

 一方見えているカオルは微動だにせず、一見するとただ突っ立ているだけに見える。が、その実、目で襲撃者のことを追っていた。

 あえて動かないことで、見えていないと襲撃者に対して装い、彼の油断を誘おうという作戦だ。


「……」


 なお、テツリはそんな様子のカオルを不安げに見ていた。

 まぁ打ち合わせも何もない状況で、生き残るために頼りしなきゃいけない人が棒立ちしてるので仕方ないことだ。


「…………10」


 え? 10? 何の数字だろう……。

 不意に発された謎の数字に、テツリは首をかしげた。


「……5」


 ほんの数秒経ってから5、そしてその後は「4、3、2」と続けて発される。

 ああなるほど、カウントダウンだったのか、とテツリはウンウンとうなずいた。

 が、ふとそれが止まる。


「…………何のカウントダウン?」


 そして、0になると何が起きるのだろうか…………。嫌な予感しかしない。


「0」


 そう思っているうちについにカウント0。そしてそれを期に、カオルは急に電源が入ったかのように走り出した、しかもテツリの方へ。


「ほへっ!」


 そのカオルが視界から消えたかと思うと、急に背中に重くなり、テツリは思わず間抜けな声を出してしまった。

 カオルはこの時、跳んでいた。テツリの背中を踏み台にして、高く跳んだ。

 そして空中でひねりをくわえ、迫り来る襲撃者をサマーソルトで迎撃した。その足は、確かな感触を得た。


「な、なんなんですかもう」


「悪い、高さが欲しかった」


「だったら一言は……あぁ」


「言えないだろ」


「……ですね」


 納得する他ない。踏まれたテツリからしたら少し釈然としないが。

 しかし、それで達したことは大きかった。

 地面を擦るような音がしたので2人がその方を見れば、何やら巨大な茶色の鳥がうごめいていた。


「まぁいいじゃないか。墜としたんだから」


「……やってくれたじゃないか」


 さっきまで鳥だった者は悪態をつきつつ完全に人間の姿へ戻り、そして立ち上がった。


「おかげで頭がクラクラする」

 

「……」


 やっぱりそうか。

 夜の明かりに照らされた不機嫌そうな顔を見て、テツリは思った。


「お久しぶりですね、ツバサ君」


 その名を呼ぶと、ツバサは気怠そうに首を回した。

 相変わらずクールというか……なんというか。


「でも、何の御用ですか」


「そんなの、お前だって分かり切ってるんじゃないか」


「それはまぁ……ね」


「なら、会話はもう不要だろう」


 テツリが聞き返すと、ツバサは鼻で笑った。そして、手から長く鋭いツノを生やし、矛先をテツリとカオル、そしてヒカルへと向けた。


「黙ってここで散れ」


 顎を上げ、尊大な態度でツバサは言った。


「そんな風に言われて、はいそうdーー」


「黙れ、喋るなよ。さっさと散れ」


「な、なんだよ! 大体あなtーー」


 と、テツリが詰め寄りかけたところで、カオルが片腕でその歩みを塞ぐよう静止した。思わず2人で顔を見合わせる。


「落ち着け。そうやってお前のことをイラつかせるのも戦略のうちかもしれない。少し冷静になれ」


「いや……ただ罵倒してるだけですよ、きっと……」


「そうだ。よく分かってるじゃないか。雑魚相手に策なんて練るか」


「……ホラ」


「……それはもうこの際いいから。その前に俺たちがすべきことはなんだ?」


「……ヒカル君を手当て出来る所に連れて行く」


「正解。じゃあ俺たちは何をするべきだ? 少なくとも、こんなところで()()を相手にするのは得策じゃない」


 カオルはわざとツバサを見て、嫌味っぽく言った。


「とは言え、この男は俺たちのことをそう簡単には逃してはくれないだろう。だから……」


 カオルはテツリの肩に手を置いた。


「俺がコイツを食い止めるから、お前がヒカルを連れて行け」


「いや、でもそれは……」


 なんというか、この提案に乗るのは責任転嫁に感じ、テツリは少々気が引けた。


「どうせ見えないんだったら、残ったところで大して意味ない。だから行け」


 だがカオルに切り捨てられ、そしてボロボロのヒカルもチラッと見ると、そうは言ってられなかった。


「分かりました。じゃあ後は頼みます」


 そうしてテツリはヒカルを抱きかかえた。


「でも……どうか危なくなったら逃げてください」


「問題ない。そんな未来は視えないからな」


「……後でまた会いましょう」


 再会を約束すると、テツリはヒカルを抱えて駆け出した。

 信じている、きっと再び会えると。

 だから決して戦いに身を投じるカオルを振り向くことはなかった。


「もう少しの辛抱ですからね、ヒカル君!」


 急げ! これも戦いだ。テツリは友達を救うため、気力で走った。








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