表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
亡者よ、明日をつかめ  作者: イシハラブルー
第2章 死闘激化
33/116

第四編・その4 赤い髪の少女




 それから少し経った頃。

 テツリは黒ずんだレンガ造りの店の影で、1人目覚めた。


「う、イテテ……」


 起き上がろうと体に力を入れると走る激痛。

 先の霊獣との戦いで負ったダメージは流石に色濃く残っている。が、なんとか堪えて動けないことはなさそうではあった。

 そして、痛みに耐えながらも体を起こしたテツリは、すぐに自身の足元で眠る存在に気付いた。


「あれっ、ヒカル君?」


 テツリの足元では、ヒカルがうつ伏せの姿勢で静かに死んだように眠りこけていた。


「おーい、こんなところで寝てたら風邪を引いちゃいますよ? ……ダメだ、起きないや」


 テツリが耳元で呼びかけても、ヒカルはピクリとも動かない。


「……生きてますよね?」


 反応が無いことと、その表情の穏やかさに心配になったテツリは、手をヒカルの鼻の前に当てた。途端、ハッキリしたヒカルの呼気を感じ取り、テツリは安堵した。


「良かった……生きてますね」


 大丈夫、命に別状はない。

 ヒカルが倒れている原因は、少し前のアウトレット全体を焼く大火炎が、ヒーローの外殻を持ってしても完全には防ぎきれず、結果、それでヒカルに許容を超えるダメージを負わせたからである。

 そして同じ火炎の中心に、生身で意識も無いという、極めて無防備な状態でいたにもかかわらず、テツリがこうして生き延びたのは、ヒカルが決してテツリのことを見捨てず、必死な思いでテツリを担いでレンガ作りの店の影に飛び込み、火炎が迫った瞬間にも身を呈して庇ったからである。

 もっとも、そんなヒカルの献身も、大火炎のことも、テツリは知らない。

 だが火炎のことは後で理解することになる。


「なんか、無理に起こすのも可哀想だな」


 今回は結果的に散々苦労をかけてしまったわけだし、ぐっすり眠るヒカルを起こすのは忍びなかった。


「う、でも霊獣はどうなったんだろう……。気配もないし、ヒカル君が寝てるってことは倒したのかな」


 今起きたばかりのテツリは、霊獣がどうなったかすら分からない。

 だから何があったかを知るため、店の影からそっと外を見た。

 だが外の光景に広がる光景は、何の覚悟も無しに見るには、少々刺激的だった。

 テツリは思わず息を呑む。


「ぼ、僕が寝ている間に、一体何が……」


 まるでどこか違う場所に連れて行かれたと錯覚するほどの変わりようだった。

 ほんの5分前まではあれだけカラフルで千差万別な店が立ち並んでいたのに、今はひたすら黒い炭の塊が並ぶだけ。建物が崩れたせいで寂しいほどにガランと、広々と見える空には煙によって出来た汚い雲が立ち込めていた。


「本当にここが、あのアウトレットか?」


 かなり信じ難く、信じたく無い光景だ。


「いや、違うでしょ……きっと」


 この光景を認めたくないテツリは、なんとかここがアウトレットではないという証拠を探そうと、あたりを探索した。


「うわぁ……どこまで焼けてるんだ」


 だが証拠どころか、見つかるものは燃え残りだけ。

 テツリは気が滅入りそうだった。どこまで行っても焼け跡だらけで、まるで戦地にいるかのようだった。


「なんて酷いんだ……」


 教科書で見た戦後の街並みに、テツリは心を痛めたことがある。今、そんな悲しい感情だ。

 みんなが努力して築き上げたものが無残な姿を晒すのは、こんなにも虚しいものなのか—

 テツリは嫌気が差し、ため息をついた。

 そんな風にずっと歩いているうちに、テツリはもはや、ここがアウトレットかどうかなんて、どうでも良くなっていた。

 ここがどこだろうが、結局1つの悲劇が起きた事実に変わりないのだから。


「……くそう」


 そして気づけば、心に抱いていた悲しみは、怒りへ変わっていた。


「くそ、霊獣め……なんて酷いことを! 何人、何百人、不幸にすれば気が済むんだ、悪霊め!」


 テツリの拳が怒りに震える。だが次第にその怒りの矛先は標的を変える。


「ちくしょう!」


 その拳でテツリは石畳を殴る。1度ならず、2度、3度、4度と、石畳にも骨にもヒビが入るほど思い切り良く。最後には両手で地面を叩いた。


「クッソォオ!」


 息が切れたテツリは、そのまま四つん這いになって、さらに地面に頭突きをした。

 怒りが、再び悲しみに変わった瞬間だった。


「…………僕が……僕がもっと強ければッ!」


 唇を噛みしめ、自身の弱さを嘆く。

 ただただ、無念である。

 霊獣がここに現れるのは知っていた。そして、霊獣を倒すのが使命だ。しかし力及ばず、結果はこのザマである。無念の他ない。

 もっと自分が強ければ、こんなことにはならなかっただろうと、テツリは自分を強く責めた。それは初めてのことではなかった。


「弱さを悔いて……ようやく力を手に入れたのに。僕は結局……弱いままか? これじゃあまた……同じことの繰り返しだ!」


 嫌な記憶が蘇る、忘れてはいけない、忘れたい記憶が頭の中に万華鏡のように浮かぶ。

 テツリは自分の頬を触る、気づけばそこには悔し涙がつたっていた。

 救えないじゃないか、これじゃあ—

 心の中で叫び、もう1度地面を殴りつける。

 そんなテツリを撫でるように風が吹いた。


「風か」


 こういう時吹く風は、どうして優しいのだろう。テツリはその優しさに苛立ち、歯を食いしばって立ち上がりかける。

 その時、テツリは風の音に混じる他の音を聞いた。


「……声?」


 まさかと1度は思い直すも、耳をすますとやはり声が聞こえた。しかもすすり泣くような女の子の声。

 まさかこの惨禍のど真ん中に、自分たち以外の人がいるのはにわかに信じ難いことだが、確かに聞こえてしまったのだ。

 しかも泣く声だ。それを放っておける薄情なテツリではない。

 すぐに涙を拭い、焼け跡を巡る。


「誰かー! 誰かいるんですかー! いるんなら返事をしてください!」


 四方八方に向け、力の限り呼びかけるが返事は返ってこない。


「どこにいるんだ?」


 最悪の事態も想定すると、この焼け跡の下敷きということもありうる。

 テツリはもう1度、目をつぶって静かに耳を立てる。


「……こっち」


 微かな声を頼りに、テツリは探す。

 そして、ひょっとしてこの声は、自責に苦しむ自分が作り出した幻聴だったのではと思い始めた頃、ようやくテツリは声の主を見つけた。

 店の焼け跡近くを通り過ぎようとした時、足を投げ出し、焼けた柱に寄りかかる少女のことを発見した。


「君、大丈夫ですか?」


 すぐにテツリは駆け寄った。だが少女は泣いてうつむいたまま、反応してくれない。


「どこか痛むの!?」


 そう言い、その少女の体に触れようとした時、テツリは手の置き場に困った。というのも、少女の格好が格好だった。

 上はノースリーブで、か細い二の腕から指先まで大胆に晒されている。胸元もざっくりVラインが切られて豊かな谷間が丸見えとなっているし。何より下は、まだ肌寒い季節にもかかわらずミニスカート。

 おそらく肩あたりに触れるのが無難だったのだろうが、艶めかしい生肌を触る勇気はテツリに無かった。

最近はなにかとそういうことでうるさいから。


「あ、あなたは……誰?」


 テツリが視線を送っていると、少女は泣きながら顔を向けた。

 驚くことに向けられた顔は、アイドルと言っても通用するほどには可愛かった。


「もしかして、さっきのヒーローさん?」


「……えぇとね、多分、君が言ってるヒーローさんは僕じゃなくて、僕の友達の方だと思うよ」


 テツリはニコリと少女に向けて微笑む。

 ようやく少女が話してくれた。それが嬉しかった。


「僕の名前は上里テツリ。君は?」


「……フラム」


「……んん?」


 思わずテツリが疑問の声を上げる。

 何しろその少女は髪こそ赤いものの、顔立ちとかはモロに日本人のそれだったのだ。

 それで"フラム"は無いだろうと思い、


「ごめん、風で聞きとれなかった」


と、ごまかしてもう一度名前を尋ねた。


「フラムです」


 が、少女は同じ名を告げる。表情からしてからかっているわけでもない様子。


「僕、耳が悪くなったのかな。フラムにしか聞こえないんだけど……」


 テツリは困惑しつつ、本当にそれが名前なのといった顔を向けた。


「はい、フラムです」


「あの……富良野じゃなくて?」


「はい、フラムです」


「……じゃあ苗字は何?」


「分かりません」


「……?」


 だいぶテツリは混乱してきていた。


「あの……私、ここ最近の以外の記憶が無くて」


 フラムと名乗る少女は申し訳なさそうに言う。


「記憶喪失なの!?」


 テツリが聞くと、少女はコクリとうなずいた。


「そっか……そうだったんだ……。それは大変だね」


 テツリは頭をかいた。どうにかしてあげたいが、ちょっとどうにか出来る問題では無かった。

 修復系の能力をコピー出来ればその限りでは無いのだろうが、現状はとにかく無理である。

 というか、だとしてもなんで名前がフラムなのだろうか? それを納得出来る答えが分からない。


「……ねぇ」


「はい、なんですか?」


 少女に呼びかけられたテツリは、思考をやめ彼女の方を見た。

 すると少女は、あたりをキョロキョロと見たのち、不安そうに言った。


「……さっき言ってた友達は、無事なの?」


「ああ、ヒカル君ね」


「姿が見えないけど」


 うーん、その質問にどう答えるべきか、テツリは正確な返答に困ってたじろぐ。

 しかし、ここは彼女が求めている言葉が何なのかを理解し、それに沿うよう答えた。


「無事だよ。あの人はすっごくタフなんだ。今はちょっと疲れて寝てるけどね」


 テツリは人差し指で、離れたところにいるヒカルの居場所を示した。


「そうですか。無事なんですね……」


「うん。全然無事だよ」


 テツリがそう答えると、少女はずっと強張らせていた表情を少しだけ和らげた。

 なんとなくそっちの表情の方が自然で、より可愛いらしくテツリには感じられた。


「でも、どうかしたの?」


「……良かった」


「へ?」


「本当に……良かった」


 無事と聞いて安心したのか、可愛らしい少女は(せき)を切ったようにポロポロと大粒の涙をこぼし始めた。


「わ、わ、どうしたのさ、一体?」


 突然少女が泣き出すものだから、テツリは慌てふためいた。


「僕、何か嫌なことしちゃったかな?」


 尋ねると少女は首を振った。


「な、何かあったの?」


「……ごめんなさい」


「へ?」


 なんで少女が謝るのか分からないテツリは、ひたすらアタフタするばかりだ。

 しかし少女は「ごめんなさい」と言うのをやめない。人形のように「ごめんなさい」を連呼し続ける。


「しっかり。気をしっかりするんだ!」


 テツリは少女の腕を掴んで叫んだ。

 その強い声は、錯乱する少女を我に帰らせた。

 落ち着いた少女の様子にとりあえずはホッとするも、テツリは彼女の錯乱ぶりにただならぬ事情を見た気がした。


「どうしたの、突然謝り出して」


「わ、私……うっ」


 何か続く言葉があったようだが、それを遮るように少女はまた泣き出した。

 なんで少女が泣くのか、その理由は考えても分からない。だがなんとなく、その気持ちは分かる気がした。だからテツリはなるべく優しく、寄り添うような口調で言う。


「分かる、分かるよ。何かここで辛いことがあったんだよね、心が壊れちゃうくらい辛い何かが。

 僕も昔……ほんのつい最近、今の君みたいにずっと泣いてたことがある。

 朝から晩までずっと泣いて、晴れの日も、雨の日も、雪の日も、僕はずうっっっと泣いてた」


 そして気付いた時には体も壊れて、すでに手遅れだった。それでもずっと涙が止まることはなかった。

 だからテツリが最期に見た風景は涙である。


「……僕は君を救いたい。出来るなら、君がなんで泣いているか、何に苦しめられているのか、僕に教えてはくれないかな?」


「……」


 少女は黙って固まったままだった。

 だが唇だけは少しばかり動く。

 テツリはそこから、多分、少女も心のどこかで言いたがっているのだと感じた。

 そして話して欲しい。なぜならその方が、いつまでかも分からないまま1人で抱え込むより遥かにマシだと、知っているから。


「辛いんだ、君を見ているのが。自分勝手なのかもしれないけど、君を救わないと気が済みそうも無い」


 半分は懇願であった。

 しかし、テツリの願いは届いたらしい。


「はい……お話しします」


 少女は口元に僅かに笑みを浮かべた。


「ありがとう」


 想定外の感謝は少女を照れさせた。しかし少女はその気持ちをグッと堪えて、しっかりとテツリの目を見て言った。


「……優しいんですね」


 少女からしたら、それは他に意味を持たない純粋な褒め言葉だった。

 だが、それを言われたテツリはうつむき、目を瞑ったまま静かに答えた。


「……そりゃあ教師ですから。苦しむ人に寄り添えなきゃ、生きてる価値ないです」


 自分で言っておきながらテツリは笑った、我ながら偉そうに何言ってるんだと思って。

 そんなこと言える人間じゃないのに……。

 だが、そんなテツリの心情なんて知らない少女は、その言葉で完全に彼に対して心開いたようだった。


「先生でしたか、どうりで。フフ、あなたになら、どんなことでも言えちゃいそうです」


 そう言って、少女は正座した。


「それ痛くない? 下、石だよ。崩しなよ」


 しかもガラスの破片とか小石とかが色々飛び散らかっている。


「大丈夫です。お気になさらず」


「じゃあ、僕も正座しようっと」


「え?」


「なんか、大事な話っぽいからね」


 そう言ってテツリも少女にならって正座した。

 うむ、やっぱり痛い。

 特にテツリに関しては体のダメージも加わるから、結構キツイ姿勢だ。

 が、幸いにもその姿勢はすぐに崩して良いことになった。


「わかりました、崩しますよ」


 テツリが正座するのを気にした少女が、先に姿勢を崩したので、テツリもやはりそうした。


「そうそう。姿勢ぐらい楽にいこうよ」


 テツリは満足げに笑った。


「それで、何があったの?」


 いよいよ本題に入る。テツリの顔つきは神妙なものに変わった。

 体もやや前傾になり、ちゃんと聞こうという意思が如実に表れていた。


「はい、じゃあお話しします」


 そう前置きしてから始まった少女の話は、ここに来た理由から始まった。

 まず、彼女がここに来た理由も、テツリたちと同様に霊獣を倒すためであった。邪悪な霊獣を倒すため、彼女は野を越え山を越えはるばる飛んできた。


「飛んできた?」


「はい、このホウキで」


 少女は傍に置いてあったホウキをつかみ上げた。


「へぇ……」


 なんでワープしなかったのか、テツリは疑問だったが、それに触れるより先に話は進む。

 とりあえず、彼女はそうしてここにやって来た。

 そしてやって来たのち、すぐさま霊獣と、それと戦うヒーローを発見したのだという。

 しかもよく見ていると、そのヒーローは劣勢で、今にも負けてしまいそうなほど追い詰められていた。

 助けなければ!

 そう思った彼女は、そのヒーローを助けるため、全力(・・)で援護した。


「それで、全力を出したはいいんですが、その、思った以上に火力が強くて」


 彼女も自身の力を知らなかった。で、結果彼女の尽くした全力は、めちゃくちゃ強かった霊獣を造作なく焼き殺し、それに留まらず、アウトレット全体にまで広がってしまったという。

 愕然とした彼女は、自分のしでかした失態がどの程度か知るために、あたりを徘徊したのだが、そのあまりの被害の大きさに完膚なきまで打ちのめされた。

 そしてどうしようと途方に暮れていたところに、テツリがやって来て今に至る。


「えぇ〜と……つまり」


 テツリはチラッと少女のことを見た。

 え、君が燃やしたの?とはストレート過ぎて言えなかった。代わりに


「悪気は無かったんだよね」


と慰めることになった。


「信じてくれるか分からないけど、ホントに助けようとしただけなんです」


「信じる」


「知らなかった……。こんなことになるなんて」


「……」


 果たしてどんな言葉をかけるのが正解なのだろう?

 テツリは頭をかきながら、考えた。

 言いづらかったろうに、彼女は全て話してくれた。そして泣いている。

 だがいくら悪気が無くとも、この被害は無視出来ない。だからどう言えばいいのか、やはり分からない。

 そうこうするうちに、少女の方から口を開いた。


「私、どう責任を取れば……」


 責任。重過ぎる言葉だ。


「……いっそ、私の命—」


「それはダメだ!」


 テツリは続く言葉を遮った。


「それはダメだよ。そんな責任の取り方は、ただの自己満足だよ。責任は、もっと地道で、向き合う方法で取らなきゃ」


「……でも」


「逃げちゃいけない! 責任から……。責任(それ)は君がこれからもずっと、一生をかけて考えていかなきゃいけない」


「……厳しいんですね」


 涙を拭いながら、彼女は微かに笑った。


「その方が……むしろ救われますよ」


「でも、私、耐えられるかな」


「耐えなきゃダメです! ……出来なかった僕が言う資格なんて無いけど……君はやらなきゃダメだ! と、思い……ますよ」


「……」


 語るに落ちた。もうこれ以上かける言葉を、テツリは持ち合わせていない。

 ずっと黙ったまま、考え込む2人の間には遠い時間が流れていた。


「私、行きます」


 そう少女が言ったのは、西の空に夕陽が輝く時だった。


「また、会えますか?」


「……これからも、僕たちが戦い続けるなら、また会えますよ」


 そう答えると、少女は純真な笑顔を浮かべ、ホウキにまたがった。その体が宙に浮くと、少女は手を上げた。


「また会いましょう。サヨナラ」


「ええ、またね」


「フフッ、またね、先生」


 テツリが手を振る中、少女は夕陽の彼方へ溶けていった。

 どこかの街から帰宅を促すチャイムが流れ出すと、東の空で青い夜が塗り広げられ出した。

 そして、テツリの肩に触れる力強い手。


「ヒカル君……」


 テツリが振り返ると、そこには優しげな笑顔があった。


「探したぞ、テツリ」


「す、すいません」


 半分存在を忘れかけていたことも含めて、テツリは謝罪する。

 するとヒカルはからかうよう


「ま、おかげでいいもん見れたけどな」


と、言った。

 それでテツリの顔は一気に上気した。

 一体どこから見られていたのか、聞く勇気はなかった。


「悪い悪い、なんか俺が出たらあの子も喋りづらいだろうと思ってさ」


 黙って見てたことを謝ると、ヒカルは少女が去っていった夕陽へその視線を向けた。


「ずいぶんと思いつめてた感じだったな。あの子、本当に大丈夫なのか?」


 テツリに向き直って尋ねると、彼は大きくうなずいた。


「大丈夫ですよ」


 それは力強い肯定であった。


「へぇ言い切るんだ。その心は?」


「教師の勘です!」


「……そっか、なら大丈夫だな」


 2人は揃って夕陽を見つめる。

 冷えゆく熱情の中で、テツリもこの日初めて澄み渡った笑顔を浮かべる。

 「またね」の後には、再会が待っている。

 そのことに期待を膨らませ、はたと記憶の糸を紡ぐ。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ