第四編・その2 上へ行きたい
「…………どこ、ここ?」
廃校からワープでトンズラかましたヒカルが、開口一番に発した言葉がそれだ。
そして、ヒカルは跳んだ先に待ち受けていた光景に目をパチクリさせる。
はて…………どうしたものだろうか。
ヒカルがワープ先に思い描いたのは、彼が拠点とする廃ビルのはず。その通りにワープしたなら、今、目の前に広がっているはずの光景は、むき出しのコンクリート壁、あるいはガラクタの山といった、面白くもない殺風景なもののはず。
しかし、今ヒカルの目の前に広がっているのは全く別の光景。
彼が拠点とする廃ビルには、今いるような大きな玄関は無いし、壁紙も貼られてないし、木の良い香りもしない。こんな住み心地良さそうな"住居"じゃない。
それに記憶を辿っても来たこともない場所だし、なぜ今ここに自分がいるのかヒカルは分からなかった。が、ここがどこかはすぐ分かることになる。
「ようこそ、我が家へ」
「え?」
ヒカルが首だけ声の方を向けば、そこにはカオルの横顔があった。ついでにその奥にはテツリの顔もあり、ヒカルと同じくカオルの方を向いていた。
そして、いったん顔を元の位置に戻し、頭の中を整理したヒカルは再度顔だけカオルの方へ向け言った。
「え、お前の家なの?」
「……そうだ」
「ホントに!?」
「……そうだが」
それを示すようにカオルは靴を脱いで家に上がり、振り返って言った。
「さ、上がってくれ、ここで立ち話もなんだ」
「「……じゃあ、お邪魔します」」
一瞬顔を見合わせたのち、図ったかのように美しくヒカルとテツリの声はユニゾンした。
「悪いな、今バラバラになると面倒になると思って、無理やり連れてきてしまった」
「いや、全然いいんだ。……しかしまぁ」
やはり、こうして家にまで訪れると、否が応でも思い知らされる。この男と自分たちが暮らす世界は違うと。
「……すっげぇな」
「はい、すごいですね……」
カオルの後に続くヒカルとテツリは、木漏れ日あふれる廊下を見渡しながら小声で呟く。
「これってマイホームだよな?」
「まぁな」
きっとさぞ高かったんだろうとヒカルは思った。そしてこの若さでマイホームを購入出来ちゃうカオルの資金力を、ヒカルは改めてすげえと思い知る。
さらにカオルが通した部屋の光景を見るやいなや、飛び込んで来た光景に、ヒカルとテツリは感嘆の声を漏らす。
「うへー、ひっろい部屋!」
「すっごい……」
広いだけでなく、オプションもすごい。
でっかい3人がけのソファ! でっかくて薄っすいテレビ! 日差しがめっちゃ入ってくる窓! なんか天井についてるプロペラ!
……冷静になれば声に出して感嘆するほどでは無かったかもしれないが、さっきがさっきだったので、2人にはなおのこと凄く見えた。
「ここはリビングだ」
「へぇ〜、同じリビングでこうも違うかね〜」
今まで住んでいた部屋のリビングを思い返しながら、ヒカルは言った。
「あまり人を入れたことがないから、窮屈かもな」
「いやいや、全然広いだろ!」
カオルが言った瞬間。生前、アパートの1DKに住んでいたヒカルが叫ぶ。
「あんまり、謙遜されると、僕たちミジメですよ!」
生前、謎に安くて、確率で夜中物音がする賃貸マンションに住んでいたテツリも叫ぶ。
「……そうか、すごいか」
だが、褒められてもいまいちカオルはピンと来ていないようだ。
「すごいだろ、20そこいらでこの家は」
「ええ、僕たちの安月給じゃあとても……」
「なぁ……」
2人によって口々に褒めちぎられるも、カオルは喜ばなかった。むしろ口を結んでどこか不服そうだった。
「……そうか」
自分の家の中をまじまじと見渡しながら、カオルは思案するよう目をつぶる。
「いや悪い、別に嫌味で言ったつもりはないんだ。俺はもっと凄い人たちの家を知ってるから。そんな大したことないと思ってて……」
「そうか、上には上がいるんだな……はー」
ヒカルが未知のまたその先の世界に思いを馳せる。
「まぁそれこそ上の奴らは、俺の10倍は稼いで、今の俺じゃとても届かない……ずっと高みにいるからな」
ヒカルの発言を聞いたカオルは、どこか自嘲するような笑みを浮かべ言った。
「すごいですね。僕たちには想像出来ませんよ」
「ハハ、まったくだな。俺たち貯金も億ないし」
「ちょっとくらい、分けて欲しいですよね」
「向こうのちょっとっていくらくらいなんだろうな」
「税金かかるかもですね」
「そりゃすごそう」
そう言い合うテツリとヒカルは、なんでか知らないが無意識のうちにお互いをチラチラ見ていた。
そして、この家を見てふと思うことがある。
「なぁ……こんな立派な家あるなら、わざわざあっちで集まる必要無かったろ」
「確かに、そうしてればこんな風に焦って逃げ出す必要も無かったのに」
「……確かに言う通りだ」
もっともすぎたからか、カオルは気まずさを隠すため顔を背ける。
「だが気軽に捨てられない家を、他人に無闇に言うのは……なんかちょっと抵抗がな」
「まぁ、良いんだけどさ。そっちの都合もあるに決まってるし」
「それと……」
カオルが悠然とソファに座る。
頬杖をついて、脚まで組んでため息をつくその姿には、魔王のような貫禄があった。
「この家は、まだ他人に見せるには恥ずかしい家なんだ。さっきも言ったよう、この家なんか比べ物にならないところに住んでる奴を嫌になるほど見てきているんでね。
俺ももっと儲けたらここを売り払って、ソイツラみたいに……いや、ソイツラよりもっと広くて、高い家に住もうと思うんだ」
「ふーん」
熱弁するカオルに対するヒカルの反応は薄かった。
「でも、このくらいで十分な気もしますけどね」
そう言ったのはテツリだった。
もちろん狭いよりは広いに越したことは無いが、生活するぶんにこの家の広さが不足することも無いだろう。
「そう考える奴もいる。が、俺はそうは思わない。俺はもっと上へ行きたい、もう止まりたくはない」
カオルが儚げな笑みを見せる。
「それで、上のクラスに行くために何が必要かと言えば、とどのつまり金だ。
だから俺は努力して投資家になった、より巨大な金を得るため」
「そうだったの……」
いつになく熱のこもった話だった。なんならこんな熱のある話をカオルがしたのは初めてかもしれない。
⭐︎
カオルの家に来てしばらく経った頃、ふとヒカルは自分たちがなぜここにいるのかを思い出した。
「そういや廃校の様子はどう?」
ヒカルが尋ねると、カオルは目に力を込める。
「……もう、警察はいない。どこか行ったらしい」
「ホント!? 良かったぁ」
それを聞いてテツリは胸を撫で下ろした。廃校は廃校でも、彼にとっては大事な寝床なんだから居心地は良くあって欲しい。
「だが部屋に入られたらしい」
「え?」
喜び勇むテツリはその一言で凍りつく。
「なんで分かんだ? ずっと見てた訳でもあるまい」
「こっちに来る前に、扉の隙間に小さな紙を挟んでおいた。扉が開いたら落ちる仕掛けにしておいてな」
「ははぁ、よく咄嗟に思いついたもんだ」
「それが外れているということは、誰か中に入ったんだろう」
「なるほどね……」
ヒカルは手を口に当てて、考え事をする仕草をとる。
「やっぱ何か事件でもあったんかな?」
「……さぁ、それらしき事件は特に」
スマホでニュースサイトを漁るカオルはそう答えた。
「そうか……」
ヒカルは長いため息をつき、でっかくて薄いテレビを見る。
「テレビつけていい?」
「構わない」
何か分かればとおもったのだが、生憎どの局もお昼のバラエティしか放送されておらず、すぐに無駄であると分かった。
「あぁ、もう何も分かんねぇ! もう事件なんて最初から起こってないんじゃないか」
「そんな、じゃあ僕が聴いた10台以上のサイレンは一体なんなんですか!?」
「別にサイレン鳴らすなんてパトカーに限らないし」
「でも! そんな10何台も消防車が出動する火事だとしたら大規模ですよ。けど煙も何も無かったじゃないですか」
「それはまぁ、そうだけとさ……」
「それに警察官も来たじゃないですか、あれをどう説明するんです!? たまたまだと言うんですか」
「まぁ、落ち着けよ、やかましい」
口論を始めたヒカルとテツリを、カオルは諫めた。
「別にもう警官もいなくなったし、俺たちの身に何か問題が起きたわけじゃない。ひとまずもう忘れろ」
「……それもそうだ」
ヒカルはそれで納得した。が、テツリは釈然としない様子。
「でも僕はこれからどうすればいいんですか?」
「まぁ確かに、あそこには居辛いだろう」
「そうですよ」
語尾を強く、テツリは言う。
「寝てる時にでも来られたら、今度こそ捕まってしまいます」
「別にええやろ」
「…………」
「……冗談だよ」
白い目にヒカルは負けた。
でもぶっちゃけ捕まっても、逃げようと思えばいくらでも逃げられるんだからホントに良いような気もする。それにどうせ不法侵入なんて大したことにはならないだろうし……。
「まぁ真面目な話……別なところ見つけたってどうしようもないだろうなぁ」
「そうだろうな」
結局この問題は、こんな生活が続く以上付き合っていくしかない問題なのだ。
ちゃんとした居住手続きが踏めない以上、こうなるのはどうしようもないことなのだ。
「はぁ……体だけ生き返っても、問題は山積みなんですよね」
「そっちのが問題だろ、むしろ」
3人の中では唯一、戸籍上も生きてることになってるカオルを見れば、それは明らかだろう。
「閻魔様も、そっちの方まで気が回らなかったのかね〜」
「地獄にはそんなシステム無いだろうから、仕方のないことだ」
「あったら地獄じゃないですよ、それに……」
『あの閻魔様じゃねぇ……』
何せ3人が会った閻魔は、閻魔様とは思えないほど頼りなく、威厳もなく、子供染みている。
多分そこまで期待するのは酷だろうと、3人は一致した。
「まぁ、後から瞬間移動が出来るようしてくれたように、戸籍上でも生きてるよう改竄してくれる可能性もゼロじゃない!」
「かもしれないですけど……。結局、今、どうしましょう……」
このままだと途方に暮れることになるテツリは悲しげに言う。
「……」
「……」
気づけばヒカルとテツリは2人とも、同じところを見ていた。
「…………まぁ、そう考えるのが普通だろうな」
そう言うと、カオルは大変居心地悪そうに咳払いした。
そして2人の方も、実質的に住まわせてくれと言ってしまっているこの状況は一人前に気まずかったようで、視線を逸らした。
「…………」
どうするのが得策か?
3人は腕を組んで考えた、無賃で安全に暮らす方法を……そんなんあるんかいなと……。
そして兆候が現れたのはその時だった。
ズキィィ!!
「!」
「!」
「!」
その場にいた3人がみな、顔を見合わせた。
もはや言葉にしなくとも、何が起きたのか3人は共有出来る。
霊獣が、再び現れたのだ。
「可能な限り、すぐに退治したい」
それは3人の一致している思い。
特にカオルに関しては、おかげで話題逸らしにもなって一石二鳥の霊獣の出現だった。
「とりあえず、結論は後にしよう」
これ幸いと、カオルは2人から逃げるよう、真っ先に現場へと跳んだ。
「俺たちも続こう、被害が出ないうちに!」
「はい!」
遅れてヒカルとテツリも跳んで行く。
※
Q.ヒカルたちのワープでは行ったことのある場所にしか行けないはずなのに、なぜヒカルとテツリは行ったことのないカオルの家に行けたのか?
A.ワープする時にカオルが2人に触れていて、付属品扱い(服として処理)されたからついでに連れてかれました。