第四編・その1 動く戦況
気づけばゲーム開始から12日が過ぎ、閻魔様から予告されている、決着の日までの残り日数も36日と、先は長いようで着実に終わりは見えてきている。
現在、12名の参加者に脱落者はいない。みな、なんとか生き残っている。
しかし閻魔様の指令通り、霊獣を退治している者は意外に少ない。
12日経って、今のところ現れた霊獣の数は合計37体いるのだが、1度でも霊獣を撃破した参加者は、佐野ヒカル、上里テツリ、藤川ツバサ、今川カオル、たった4名である。
他8名は今のところ、表立った行動はとっておらず、0体で横並び。優勝から最も遠い場所に甘んじている。
とは言え、その8名も勝つ気がないわけではない。みな、このゲームで優勝し、願いを叶えたいのは一様に同じ。
彼らは彼らで、今後勝ち抜くための方策を立てているのだ。そのために今は目立たず、身を潜めている。
そして何名かは、そろそろ動き出そうと……、そのための準備を水面下で進めていた。
決して気づかれないよう、ひっそりと……。
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「ふわぁあ……」
廃校の、畳敷きの教員控え室になんとも気の抜けた声が響く。
そのあくびの大きさと言ったら、開けた口に拳が入ってしまいそうなほどで、見ている方がよく顎が外れないものだと感心するほどだった。
「今日はやたら多いですね、あくび」
「昨日夜更かししちゃったんだよ、寝たの朝4時さ」
佐野ヒカルは、まぶたを擦りながら答えた。
手に持つトランプのカードを扇子代わりに、顔をあおぐ。現在、ババ抜きに興じているところだ。アガリまでは残り4枚。
「水でも飲みますか?」
そう気遣いを見せたのは上里テツリだ。
相変わらず、ゲーム開始からずっと同じジャージを身に纏っているが、戦いの激しさからだんだんダメージャージと化してきている。
そして、ババ抜きの方は終盤だというのに、未だに配られた時から1枚もカードが減っていない。せっかく最初から3枚しかなく、有利だったのに、運が良いのか悪いのか。
「いや、大丈夫。ありがとう」
「少し寝たらどうだ」
スマホを操作しながら今川カオルは言った。遊んでいるように見えて、その実、彼は今この瞬間にも株で一儲けしている。
もっとも『どんなものでも視ることが出来る能力』を持つ彼にとっては、デイトレードもお遊びかもしれない。
そしてババ抜きの方はというと、手持ちのカードは2枚、ただしババを所持という状況。
ちなみにこっちでは能力を使ってない、使ったらただカードを合わせるだけの作業になってつまらないから。
「いや、今寝ると夜寝れなくてキツい。それに4時間は寝たから」
と言いつつ、ヒカルはもひとつ大きなあくびをする。実のところ、普段と眠った時間はそれほど変わってない、それなのにやたらと眠いのは、きっと今日の天気のせいだろう。
何しろ、残寒の無くなった初春。今日この日に限れば、暖房もいらない。そんなポカポカ陽気だった。
まったく、一昨日雪が降ったのが嘘みたいだ。
窓の外を眺めるヒカルはそう思った。
「番だぞ」
「あ、悪い悪い」
まだババ抜きが途中だった。カオルに突きつけられた2枚のカードのうち、ヒカルは自身から見て右にあるカードを引いた。
「あっ、ババだぁ……」
ヒカルから落胆の声があがる。
「えぇ……持ってるんですか」
そして次に引く番だったカオルは表情を曇らせる。
「チッ、バレたならこうだ」
ヒカルは背中の後ろでカードをシャッフルする。そして突き出された扇状のカードたちの中に、1枚輪を乱し、飛び出た不気味な存在が。
「さぁ引け!」
「じゃ、じゃあ……」
素直に飛び出た1枚を引いたテツリは、カードの絵柄を見た瞬間それを叩きつけ、顔を覆う。そして、してやったりな顔をするヒカル。
「ババ……」
「へっへっへっ、俺の勝ちだ」
「いや、手持ち1番多いじゃないか」
冷静に盤面を見ていたカオルは勝ち誇るヒカルにツッコミを入れた。が、ヒカルは聞いてなかった。
まぁよくあることなのでカオルは気にしない。淡々とカードを引くだけだ。
「ここで俺がペアを作れば、1位抜けだ」
そう宣言して、カオルはカードに手を伸ばす。
ダイヤの3を引けば、それでアガリだ。
「さて、どれかな」
「視るなよ」
「視ないさ、視なくたって、勝てる」
不敵な笑みを浮かべ、その手を伸ばす。だが、その手はカードに触れたところで止まった。
「どした?」
「電話だ」
カオルの胸ポケットの中のスマホが震えた。
「! ……悪い、ちょっと外す」
着信画面を見たカオルは、立ち上がると靴を履いてさっさと部屋の外に出て行った。
「……律儀だな」
別にここで出ればいいのに、とヒカルは思いつつ、暇な心を紛らわすよう足を投げ出した。
「株絡みなんじゃないですか?」
「あぁ、そうかもな」
なら、きっとさぞ大事な話をしているのだろう。
しかしそんなに株には詳しくないヒカルには、カオルがどんな話をしてるのか想像につかない。
テツリはなんとなく、総会の話をしてるカオルの姿を想像したが、どうもしっくりこなくてすぐやめた。
「何でしょう、今日はやけにサイレンの音を聞きますね」
不意にそう言うと、テツリはカーテンを除けて窓の外を見た。
「そうか?」
「僕、もう10回は聞いてますよ」
「そんなに?」
「はい、少なくとも」
「全然気がつかなかった。……何か事件でもあったんかな?」
「気になりますね」
だが生憎、2人に何があったかを調べる術はない。
だから、やはり唯一のスマホ持ちのカオルが帰ってくるのを何となくぼんやりと待つだけだった。
だが、そんな2人の意識を覚醒させる事態が発生した。
「まただ。…………え、嘘でしょ」
テツリがいつになく、焦燥が滲む声を発した。
「どうした?」
ヒカルが尋ねると、テツリは勢いよく振り向き、そして深刻な口調で言った。
「パトカー……廃校の前で停まりましたよ」
「本当か?!」
それにはヒカルも驚きを禁じ得ない。
すぐさまテツリと同じよう、外からバレない程度にそうっとカーテンをめくり、外の景色を眺める。
すると確かに、校門のところにはパトカーが止められており、さらにはこの瞬間に警察官らしき人たちが降りてくる姿も見てとれる。
「うわぁ……マジだ」
これは厄介なことだ、とヒカルは気を揉んだ。
「何ででしょう? やっぱり何か事件が起きてて、それを調べてるんですか?」
「さぁ、確かなことは……」
「……まさか、入ってきませんよね!?」
危惧するのはそこである。
単純に考えても不法侵入している立場な上、仮にテツリの想像通り、警察が何かしらの事件を追っているとしたら、廃校に潜伏している不審な3人組のことを見逃してくれるはずがない。
見つかったら大変面倒なことになるのは、火を見るより明らかだ。
「どうしよう、逃げなきゃ!」
「落ち着け!」
慌てふためくテツリを落ち着かせるため、あえて強い口調でヒカルは言った。
「いいか。仮にどんなに早くても、警察がここに踏み込むまでに5分は見積もれる。瞬間移動すりゃ楽勝で逃げ切れる」
「でもそれにも1分はかかるし」
「まぁ待て! とにかく慌てるな、慌てても仕方ない」
まだ踏み込まれると決まった訳ではないのだ。
まず、すべきことは状況をキチンと確認し、次の状況に備えて準備をすることだ。
「…………」
差し当たって、ヒカルは部屋の中を見渡した。
初めて来た時とは、見違えるよう綺麗に掃除されているから、そこから最近になって人がいたことは多分バレる。
かといって、今更その痕跡を消し去ることは、つまり元通り埃まみれにすることは短時間じゃ不可能。
となると、出来ることと言ったら誰がいたかの特定を防ぐことくらいか。
しかし、ヒカルが見た限りだと、持ち込まれた私物はさっきまで遊んでたトランプのみ、他はこの部屋由来の物、なのでそれさえ片付ければ問題ない。
あと、念には念を入れるとしたら……
「とりあえず、指紋拭き取ろうか」
「あ、そうですね」
まぁ、採られたところでどうもしないけど……。
そう思いながらも、とりあえず何かやって気を紛れさせるため、ヒカルとテツリは掃除を始めた。
その時、突如ドアが開いた。一斉に2人の視線が揃う。
「…………何だ? どうした2人とも」
ドアを開けた途端、ヒカルとテツリの刺すような視線を浴びたカオルはバツが悪そうに部屋に入った。
「あ、カオル。やべぇぞ、警察が来るかもだ。門のところにいる」
ヒカルは窓の外を指さした。
「何、本当か?」
カオルは冷静さを崩さず、至っていつも通りだ。
「視てくれないか、今どんな感じか」
そう頼まれたカオルは目に力をいれる。
千里眼、カオルはそれで門の前の景色を、そこに居合わせている感覚で捉える。
「まだ門の前だ。何やら話してる、数は4人」
さらに詳しい説明だと、その4人は一般に想像される警察官、要はお巡りさんの格好をしているらしい。
ついでに話してるのは1人で、その人は無線でやりとりをしているらしい。あくまで千里"眼"なので、会話の内容は聞けない。
だが、これで状況把握は格段に良くなった。
「そのまま視ててくれ、何か様子があったら伝えて」
カオルが見張り、そしてその間にヒカルとテツリで証拠隠滅、と布陣は整えられた。
チームの歯車が噛み合う。
おかげで、警察が本当に門を破って突入開始する直前には、万全の準備が完了していた。
「よっしゃ、さっさとトンズラだ」
あとは30秒間静止していれば、行きたい先へ瞬間移動が完了する。そしたらもう完璧に逃げおおせたといって差し支えない。
さーて、どこに跳ぶか。
ヒカルは頭の中に情景を浮かべる。
なるべく人目につかないところで、馴染み深い場所となると、やはり今自分が拠点にしている廃ビルが1番安全だろうなぁと、思い描いた。