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亡者よ、明日をつかめ  作者: イシハラブルー
第2章 死闘激化
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第三編・その4 真に恐ろしいもの




「結局、人魂なんていやしなかったね」


 自分の家のソファーを独り占めし、のんびりと仰向けに寝ころぶナルミは、食卓の椅子に座るヒカルにも聞こえるよう言った。


「最初からいるなんて思ってなかったけど、いざいないって分かると、なんか寂しい気がするなぁ」


 そう感想を述べるナルミは、廃病院で撮った数々の写真を整理している。

 撮った写真は十数枚に及ぶも、やはりそれらしきものは写っていなかった。


「でもさ、見つけたら見つけたで、最終的にどうするのが正解なんだろうね? お坊さんに頼んで成仏させるべきなのかね? ねぇヒカル君」


 だが、ヒカルから返事は返ってこない。


「あれ、寝てんの?」


 改めて話しかけても、やはり返事はない。

 ナルミは起き上がって、腕を組んでうつむいたまま、石像のように微動だにしないヒカルの顔を覗き込んだ。その目は閉じられていた。


「ありゃま、まぁ疲れたよねぇ、精神的に」


 ヒカルが寝たものだとナルミは思い、寒くならないよう、ついさっきまで着ていたコートをヒカルにかけた。

 だが、途端にヒカルは体をぶるっと震わせ、せっかくかけたコートは重力に引かれて床に落ちた。


「あ、ごめん、起こしちゃった?」


「んえ? ……いや、起きてたけど」


 そう言いながら、ヒカルはまぶたを擦り、そしてひとつ大きな欠伸をした。


「ホント?」


「ホント」


「だったら返事くらいしてよぉ、起きてたんなら」


 ナルミはヒカルの横顔を見ながら、口を尖らせた。


「ごめん、考え事してた」


 ヒカルは顔をナルミに向け、言った。


「……ひょっとしなくても、守山(もりやま)ゴロウのこと?」


 その名を告げると、ヒカルは深くうなずいて肯定の意を示す。

 その名を知ったのは、ほんの30分ほど前だ。

 さっきまで2人がいた廃病院で、対峙したゲーム参加者の眼鏡男が名乗った名前が、その守山(もりやま)ゴロウであった。

 彼は、最初こそヒカルたちに悪態をついたものの、2人が廃病院に立ち入った理由を話すと、自らの非礼を詫び、ついで2人が探している人魂の正体が自分であることを明かした。


「その人魂には、なにか能力が関係してるのか?」


 ヒカルがそう尋ねると、ゴロウは一笑に付し、


「生憎、君に全てを教えるわけにはいかないね」


と言って、何も教えてくれなかった。

 もっとも、ゲーム参加者にとって自らの能力は、過酷な運命という名の絶壁を乗り越え、希望の頂きに立つための大切な手綱だ。だからゴロウが、それを見ず知らずのヒカル相手に伏せたのは、何もおかしいことではない。

 むしろベラベラ喋るヒカルやテツリの方が非合理なのだ。


「でも、廃病院(こんなとこ)によく住めますね」


 その時にヒカルの背後に隠れていたナルミは、ゴロウの姿を確認するため、ひょっこり顔だけ覗かせた。


「屋根もあれば、ベットもある、悪くないだろ」


「そりゃ、それはそうですけど……」


「何か問題が?」


「怖くならないんですか?」


「ハハ、俺は幽霊とか気にしない性質(タチ)なんでね」


「でも、それにしたって……ねぇ」


 廃病院なんて、幽霊関係無しに不気味で恐ろしい場所なのに……。

 それすら気にしないゴロウは、やっぱりある意味ネジが外れていると、ナルミは思わざるを得なかった。


「アンタも気にならなくなるよ、死ねば」


「…………え"っっ?」


 物騒な発言におののいたナルミは、冬のせいではない寒気を覚えた。

 が、ゴロウの物騒な発言はそれに留まらなかった。


「死んでから価値観が変わってね。大抵のことは大したことじゃなくなって、何が起きても気にならなくなったんだ。アンタも、試しに死んでみる?」


「おい……お前何言ってんだ」


 ヒカルの声は冷え切っていた。そしてヒカルは前に出て、毅然とゴロウを睨む。

 もし向こうが仕掛けてくるなら、応えるだけの態勢は取れていた。

 正直、ヒカルはゴロウのことをのっぴきならないと警戒していたのだ。

 言葉も行動も、どこか演技感が漂っていて、本性が見えなかったから。


「もし彼女に手を出すなら、こっちにも考えがある」


「おいおい、ほんのジョークじゃあないか。そう怖い顔をするなよ」


「冗談にならねぇんだよ、死はよ」


「あっそ、じゃあさっきの発言は撤回しよう。悪かったね、お嬢ちゃん」


 にっこり笑って、ゴロウは言った。

 だがその笑顔を見ても、ナルミはわずかに愛想笑いを浮かべるだけだった。


「お前、何か企んでないか?」


 そう言ったのはヒカルだった。


「別に何も」


 ゴロウは平静さを保って言ったが、その顔に浮かぶ微笑みは、お面のようで不気味であった。


「少なくとも今は、君と戦う気なんて全くない。安心してくれよ」


 ゴロウは未だ警戒心をあらわにするヒカルに向けて言った。

 だが、ヒカルが張り巡らせた神経の糸を切ることはなかった。

 何をしてくるか予測もつかないから、その挙動を常に注視していた。

 そうしているうちに、ゴロウは戸の横に立った。


「と言って、仲良くお話しする気もないんだよね。さっき言ったように、ここに君たちの探すものはないんだ。……だから早いとこ帰ってくんない」


 こちらからどうぞ、といった具合にゴロウは腕で戸を指した。

 仕草は丁寧だったが、言動はそうじゃなかった。


「……帰ろうか」


「そうだね」


 2人は言われた通り、素直に帰ることに決めた。

 人魂の正体が分かった時点で長居は無用になったのが主な理由だったが、ヒカルには理由がもう1つ、逆らって万が一戦いに発展すると困るので、言う通りにして不要な戦いを避けようというのがあった。


「物分かりのいい子だね」


 2人が部屋から出て行くと、ゴロウは言った。


「じゃ、またいつかどっかで」


 その別れの言葉を言い終えた時だった。ずっとにこやかだった彼の顔からは一切の感情が削がれ、次いで戸が勢いよく閉められた。

 一連の言動は、彼の心理を反映してるよう、ヒカルには感じられた。

 そして、会話を交わした時間は5分と無かったが、その時間はヒカルにとって、実際にかかった時間よりずっと長く感じられるひと時だった。





⭐︎





 シャワーを浴びて体をさっぱりさせてからも、ヒカルの心は悶々としていた。

 頭の中にゴロウの笑みが片隅にこびり付き、不安が拭えない。


「あんまり考えてもしょうがないんじゃないかな」


 心ここに在らずな様子のヒカルを見かねたナルミはその隣に座る。


「どうせどんだけ考えたって、人が考えてることなんて分からないでしょ」


「そりゃそうだけど」


 ヒカルは頭をかいた。

 

「絶対アイツ何か企んでるぜ、ありゃそういう顔だよ」


「初対面でしょ? 元からああいう顔なんじゃない」


「……うん。でもなんか落ち着かないんだよなぁ、アイツの顔を見てると」


「なんで?」


 なんで? そう聞かれると困る。

 ヒカルは自分でも、どうしてこんなにゴロウに対する心象が悪いのか分からない。

 最初のやりとりが原因なら、ツバサの時の方がよっぽど最悪だったのに、不思議とツバサに対する心象は案外悪くないのだ。

 ゴロウとツバサ、この2人に対する心象の差はなんなのだろう?


「ハァ……頭が痛くなる」


 こんなに頭を使ったのは久しぶりのことだった。


「確かにお前の言う通り、考えても全く分からん」


「だしょ、だから言ったじゃない」


 ナルミは得意げな顔をヒカルへ向けた。

 だが、ヒカルはそれを見なかった。見ていたのは床だった。


「少し神経質になりすぎてるんじゃないの? ()()()ちゃうよ。廃病院にも行ったんだし」


「神経質か……」


 そんな気はないけど、無意識のうちにそうなってるのかもな。

 ヒカルはそう納得することにした。


「あの……今のは疲れると憑かれるをかけたんだけど、分かんなかった?」


 肩を引かれて、ヒカルは振り向いた。

 そしてそこにあるナルミの顔を見て、無性におかしくなって、笑いが口から飛び出してきた。

 そんな大笑いするヒカルの様子に、ナルミは照れ笑いした。なんでも、自分のギャグがウケたと思ったらしい。


「そ、そんなに面白かったかなぁ〜」


「いや違う」


「違うんかい!」


 笑顔のヒカルの胸に、ナルミのツッコミが炸裂する。

 この漫才のようなやりとりも、今年で累計10年目と、年季が入っている。


「……ホッとするよ。お前といると」


 ヒカルにとってナルミは常にそばにいる当たり前の存在、日常の象徴である。


「それはどうもどうも、えへへ」


「見てて飽きないからおもろいし」


 照れ隠しにヒカルはそう言った。

 そしてそれも褒め言葉として取ったらしく、おかげでここから朝方にかけてナルミは終始上機嫌であるのだが、それを今のヒカルが知る由はない。





⭐︎





 月が夜空の頂に立った頃、廃病院は光も入らず、病院全体が棺に入ったよう暗闇に包まれていた。

 だがその一室だけ、3階の西側端の病室だけ、小さな明かりが灯されていた。だが小さくて、その明かりは外から見えない。部屋の中にいる者しか見えない。

 そしてその明かりの正体は、スマホの光である。

 手に持つスマホを、ゴロウは耳に当て、誰かと会話している。


「……言われた通り、佐野ヒカルと接触しましたよ」


「ご苦労だったな」


「ホント、ご苦労なこった。でも、なんだって会わせたんです。別にわざわざ会わなくても、写真でも見とけばOKでしたよね」


 イラつきを隠し、なるべく丁寧にゴロウは尋ねた。だが、それを受けて電話相手は言った。


「その様子だと、気分を害したようだな」


 チッ、なんでもお見通しかよ。

 ゴロウは内心でこっそり電話相手に悪態をついた。


「そりゃね。虫唾が走るんすよ、ああいう正義漢気取りのいい子ちゃんみたいな奴」


 ゴロウは笑いながら言った。

 それから、電話越しから同じく笑い声が聞こえてくる。


「……何がおかしいんですか」


 ムッとしながらも、ゴロウの尋ねかたは穏やかであった。


「あなたも、ああいう男は嫌いなんでしょ?」


「ああ、嫌いだ。あんな向こう見ずな男」


「でしょうね、計算高いアンタからしたら、理屈で計れないあの男は天敵ですもんね」


「それは、どっちにも言えることだ」


「どっちにも?」


 ゴロウが聞き返すと、電話の相手は「そうそう」と笑った。


「それは相互特攻って意味でよろしい?」


「それもある。が、計算高い同士だって相性は良くない。そうは思わないか?」


 その質問にゴロウは一瞬息を呑んだ。

 瞬時、試されていると理解し、すぐさま正しい返答を探した。


「でも、俺たちは相性いいじゃないです」


「そうだな。どうやら俺たちはその例外らしいな」


 いや、普通に典型例だろうな。

 ゴロウは喉の奥が渇くのを感じ取っていた。


「……組んで良かっただろう?」


「……ええ、そうすね」


 とりあえずは味方って形になっててよかった、じゃなきゃ今頃相当面倒なことになっていたことが容易に想像出来る。

 ゴロウはそうならなかった自身の幸運に安堵した。


「そうだ。思ったより早く、計画を実行できそうになったことを伝えておく」


「へぇ、そうなんすか」


「おそらく1週間以内、早ければ2、3日のうちに実行することになるだろう」


「段取りは組んであるし、あとは準備を整えるだけって段階っすもんね」


「まぁ、そういうことだ。お前も、いつ実行出来ても抜かりないよう心構えしておけ」


「……了解」


 そう答えて会話は終了のはずだった。

 だが、通話終了ボタンを押しかけたところで、ゴロウは1つ思い出した。


「あ、結局会わせた訳って何ですの?」


 最初尋ねた時、聞きそびれてしまった。

 わざわざ廃病院なんて酷い場所に住まわせてまで、嫌いなタイプの人間に会わなきゃならなかった理由を聞かなきゃ、ゴロウはイラついて眠れなかった。


「ちゃんとテストしたかったからだ。お前が俺の指示通り動くかどうか」


「は? テスト?」


「お前は勝手に動きそうだからな。ちゃんと動いてくれるか試した」


 聞かなきゃ良かったと、心底ゴロウは思った。

 これじゃますますイラついて眠れそうにない。


「本番でも、くれぐれもよろしく頼むぞ」


「なんか、今の聞いたら変なことするかも分かんないなぁ」


「大丈夫だ。勝つためなら従う。そういう人間だ、お前は」


「よく分かってらっしゃる。でも、背後には気を付けましょうね」


「ありがとう。でも心得ている」


 ささやかな抵抗であったが、電話相手は軽くいなした。

 これではゴロウはもっと面白く無かった。


「じゃ、もう切りますよ」


 やりあったところで負けるのは目に見えている。

 これ以上イラつかないためにも、ゴロウはさっさと会話を終わらせたかった。そのほうがいくらか生産的だ。

 その一言が最後で、電話は向こうから容赦なく切られた、最後までイラつかせる。

 けれど、強く、賢く、非情なところは好感が持てる。そしてそこが気に入らないところでもある。

 主観によって、表と裏はひっくり返る、いとも簡単に。


「ま、とりあえず従っておくか。利用出来るうちは」


 全てはゲームに勝つ可能性を高めるため。

 野心を燃やす男は、誰もいない場末で邪な感情を込めて笑った。






おまけSS・その後の心霊騒動


(時系列は本編と順不同、多分5〜10日後とか)


⭐︎


「そういやさ、結局撮った写真って園児に見せたのか?」


 ヒカルは言った。すると、何やら疲れ切った表情をナルミは浮かべる。


「見せたよ……」


「反応はどうだったの? やっぱよろしく無かった?」


 ナルミは首を振った。


「あ、良かったの? あの、ただの廃墟の写真が」


 再度ヒカルは尋ねたが、再度ナルミは首を振る。


「なに、無反応?」


「意味的にはね……」


「意味的には?」


「…………」


「……何があった?」


「私はピエロだった……」


「は?」


「私は園児に弄ばれてた……」


「ひ?」


「第一声、『これ、なんのしゃしん?』で、私がホラあの『人魂が出るっていう噂になった病院』で、第二声が…………」


「……なんだったの」


「『へぇ』……」


「へ?」


「へぇ、へぇへぇへぇへぇ」


 某番組のボタンのように、ナルミは連呼した。


「へぇ、で終わった。もうみんな人魂なんてどうでも良くなってた」


「……えぇっ! あんなに体張ったのに!?」


 ガクンと、ナルミは試合でKO負けしたボクサーのようにうなだれた。

 あんだけ苦労したのに、それが全て無意味?


「いやー、それはなんとも……キツいな」


「……あれだね。無邪気って怖いね。私、心が割れる音聞こえたもの……」


「……ハハ、ハハハハハ!!」


「ハハハハハ!!」


「「ハハハハハハハハハハ」」


 2人とも笑うしか無かった。

 結局この人魂騒動にて2人が得たものは、廃病院が6年前に潰れた事実と、星崎ミアというアイドルがいるという知識だけである…………。南無三!!



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