第二編・その3 集いし戦士
ヒカルとツバサ、この2人の強さは総合すると、ゲーム参加者の中でも最強とまではいかないが、まず上位には食い込むレベルだ。
ヒカルは元警察官で格闘技と武術にそれなりに精通しており、能力によって変身すれば元より底上げされているパワーや敏捷性をさらに高めることが出来る。
ツバサは良くも悪くも喧嘩慣れしており、さらにこれまた能力によって、多種多様な獣の力を自由に使えることから、ヒカルと違って搦手も豊富で、型に囚われない奇抜な霊獣にも万能に対応することが出来る。
疑いようもなく2人は強い。そしてゲームが始まってからまだ1週間程度ではあるが、勝利に対する貪欲さから、これまで2人とも積極的に霊獣に戦いを仕掛けてきたので場数もそこそこ踏んでいる。しかし、それでも目の前の光景には唖然とする他なかった。
ヒカルはもとよりツバサも、クールぶってるから表情にこそ強く出さなかったものの、内心では嫌悪感を覚えていた。
「こんなの、初めてだ……」
そう言ったのはヒカルだった。こんなに霊獣が一斉に現れたのは初めて見た。
まるでうっかり石を蹴飛ばしたら、その跡に虫がウジャウジャ沸いてるのを見つけたような気分だ。
そう思えたのは数だけでなく、駐車場を占拠する霊獣の外皮が黒光りしていて、腕も骨だけのようにやたらと細く、顔も含めて色々と虫に似ていたからだ。
「マジか。なんでこんなに……」
思わず喉が鳴る。周囲を見渡しながら、ヒカルはボヤいた。
「怖気ついてるのか?」
「は?」
ツバサの揶揄に、ヒカルは無意識の対抗心からムッとした。だが正直に言うと、ツバサの言葉は案外的外れではなかった。つまり、全く怖くないわけではなかった。
「ついてねーよ。ちょっと数が多くて面食らっただけだ」
が、散々自分のことを「甘ちゃん、甘ちゃん」と馬鹿にしてきた男に、ちょっとでも腰の引けたところを見せるのは悔しかった。そんな感情がヒカルを強がらせた。
「別に、ついてても一向に構わない」
そう言いながら2、3歩前に出て、ツバサはわざわざ振り向くと最後にこう言った。
「俺が全て倒すからな」
そう言ったが早いか、ツバサは先陣切って1体の霊獣に先制攻撃を仕掛ける。
「フッ!」
ゴッッ!
「ハァッ!」
バキッッ!!
綺麗な連撃だった。まずは顎に一発お見舞いし、ふらついたところで膝関節に蹴りを叩き込む。手足が竹のように細いだけあって簡単に脚が折れ、霊獣は顔面から崩れ落ちる。
それで1体目を手早く片付けると、ツバサは息つく間もなく2体目に相対する。が、1体目がやられたのを皮切りに、霊獣たちはツバサを標的として定め、一斉に群がり出す。
凄まじいパワーで駐車されてある車を跳ね退け、我先にとツバサに向かって一直線、途中哀れにも倒れた者は同族に踏みつけられ、ツバサと一戦交えることもなく無残に散っていく。
「……こんなところで見てる場合じゃないな!」
圧倒的な数相手にも勇敢に戦うツバサを見て、ヒカルは心を熱くさせた。
それに病院内には満足に動けない人もいる。けれどそんな人たちにも明日がある。そういう尊い輝きを守るため、ヒカルは戦うと決めたのだ。こんなところで立ち止まっている場合じゃない。やらねばならぬ。
「俺も行くぞ!」
バチンと頬を叩き気合を入れると、雄叫びをあげながらヒカルは霊獣に殴りかかった。
「かかってこいやぁ!」
とか言いつつ、後ろを向いてた霊獣の後頭部を不意打ち気味に殴り、驚いて振り返った顔面に回し蹴りを入れる。
「集まって来たな」
ヒカルも参戦すると、霊獣の軍団は二分され、それぞれがヒカルとツバサを取り囲む。
「この数はちょっとキツイ」
ヒカルは自身が相手取る10数体の霊獣を前に、歯を食いしばる。
「くっ、ごめん! 誰だか知らない持ち主」
最中、たまたまそこにあった停めてあった車に、ヒカルは目をつけた。
「うおおおおお!」
渾身の力を込めてヒカルはその車を持ち上げた。そしてそれをバットのように振り回す。
「飛べッ! 吹っ飛べッ!」
吹っ飛びこそはしないものの、車で殴られる霊獣は勢いよく地面に同心円の亀裂を入れ倒れ込む。運良く攻撃を免れた者も、その危険性に恐れをなしヒカルと距離を取る。おかげでヒカルと霊獣には微妙な間合いが出来ていた。
「まだまだァ!」
どこの誰の物かも分からない鈍器(車)のおかげで、ヒカルは優位に戦えていた。が、やはり人様の物を無断で拝借するのは、緊急事態とは言えよろしくなかったのかもしれない。
ついに天罰がヒカルに下った。
「んんんんッッ!!」
声にならない叫びが、ヒカルから発された。と同時に車は乱暴に下ろされ、というか落ち、そしてヒカル本人は地面にうずくまる。
「あぁ〜、腰がぁぁああ!」
よくあることだ。重い物を無理やり振り回せば、腰は悲鳴をあげる。戦闘中とは思えない、情けない叫び声がこだまする。
「何をやってる、アイツ……」
ツバサが遠目から状況を見つつ、呆れて言った。
「……」
そして自身を取り囲む霊獣の群れを見て、瞬時に判断した。
「チッ、世話が焼ける」
ツバサは自身を取り囲む霊獣の群れをかき分け、ひとっ飛びしてヒカルの前に立った。
「何をしている?」
「腰、腰やった……」
「そうか…………動くなよ」
「ウェ?」
次の瞬間、ツバサの動きは実に早かった。
うずくまるヒカルの肩に手を置いて、そして膝を背中につけた。
「あの、何をなさ—」
ヒカルが言い切るより先に、ツバサは膝で背中を押し出して、海老反りのポーズを無理やり取らせた。
グキリと音がしたと同時に激痛が襲い、ヒカルは再度情けない叫び声をあげ、もんどりうって倒れた。
「あ、あで……」
「寝るな、起きろ」
「う、うーん……」
「治っただろ?」
「言えよ! そうならそうと!」
そう元気よく、ヒカルは詰め寄って抗議したが、ツバサはうっとおしがってヒカルのことを押し除けた。
「こっちにだって心の準備があるだろ……」
とヒカルが言うとツバサは「そんなもの知らん」と言いのけた。
ほんっっとコイツって奴は……とヒカルは文句を垂れそうになったが、よくよく考えるとこのロクに時間のない状況で取れる行動としてはベストな気もする。
だからヒカルは結局文句は言わなかった。代わりに
「……でもありがとうよ」
と、少々ぶっきらぼうに言った。
「別に……。今は戦ってくれる奴が多い方がいいからそうしただけだ。お前のためじゃない、俺のためだ」
「……」
そう答えたツバサの横顔を、ヒカルは何も言わずに見ていた。ただ、出来ることならこう言ってやりたかった。
『素直じゃねぇ!』
が、言ったらただでさえ多い敵がさらに1人増えそうだったのでやめておいた。
「……」
「なんだその目は……」
「別に」
「だったらとっとと戦え! この老人」
「うっせぇ、俺は25だよ! ピチピチだ!」
軽口を叩き合う余裕?も見せながら、2人は再度霊獣の群れの中へ突っ込む。
「変身ッ!」
混沌とする戦いの最中、ヒカルは能力を用いてヒーロー・ブリリアンへとその姿を変えた。
その名の通り、光を纏った拳で哀れな霊獣を次々と打ち砕いていく。
「なかなかやるじゃない。出し惜しみなんかしなけりゃ、痛い思いしないで済んだのにな」
その背後ではツバサが、"熊"の中でも最も強力なグリズリーの力と爪を使って、霊獣を引き裂いていた。
「出し惜しみじゃねぇよ。この数だとどう考えても持久戦になるだろ。乱発出来る能力じゃないし、いざって時までとっておきたかったんだ。温存だよ温存」
「それでピンチになってるんだから、ただの馬鹿野郎だな」
「うぐっ……」
痛いところを突かれた。
やっぱりコイツが1番の強敵だなとヒカルは思う。
「まぁこれ以上足は引っ張るなよ。次はないからな」
「はいはい分かってますよッ!」
そう答えるとヒカルは空高く跳んだ。金色のボディの輝きが、その後ろから照る太陽の光を受けて眩い輝きへとなる。
「久しぶりにこんな陽の下で戦えるんだ。この技を受けてみろ!」
全身の輝きが両脚へ全て収束し、スパークする。
「サンシャインスパーク!」
高らかに叫んだヒカルが竜巻のように回転しながら群れに突っ込んだ。
ガガガガッッッ!!
1体、2体、3体、4体、蹴られた霊獣は4方向に飛んでいき、それぞれ爆炎を上げた。それに巻き込まれる形で次々と、実に10数体に及ぶ霊獣が一挙に葬り去られた。
「でもあんま減ってねぇな……」
倒しても倒しても霊獣は襲い来る。何度も、何度も、無限にいるのではと錯覚するほどに。
「ハァ……ハァ……ハァ」
「くっ……」
そして、多勢に無勢という言葉もあるように、善戦していた2人も戦いが始まってから10分も経つ頃には疲労の色が隠せなくなり、防戦一方で凌ぐのがやっとだった。
そうこうしているうちに、霊獣の群れはじわりじわりと病棟入口へと邁進していた。
「ここは絶対に通さん……絶対に!」
大粒の汗を垂らしながら、ツバサは入口の自動ドアの前に立ち塞がる。
「想像以上に……こいつらタフだな。数が多いのに、雑魚じゃない」
長年連れ添った相棒のような佇まいで横に立つヒカルもまた、すっかり肩で息をしている。
「だが、それでも俺たちは戦わなければならない。そして勝たなければ!」
拳を握りしめ、自分に言い聞かせるようツバサは言う。その言葉には魂が込められていた。
「……お前も、人の子だな」
「人間なんだから当然だろう」
ヒカルの呟きを、ツバサは聞き逃さなかった。疲れからか、少し苛立っている口調だった。
「いや、人間なのに、人じゃない怪物はいるぜ」
「……その話、今しなきゃか?」
「いや、後でいい。この戦いに勝った後で!」
「……フン」
2人の抵抗は続く、倒れては立ち上がり、傷ついても決して立ち止まらない。圧倒的な数に、たった2人で立ちはだかる。諦めず、何とか愚直に霊獣の数を減らしていく。
「負けるもんか!」
「俺は勝ち続ける!」
『『願いのために!!』』
それぞれが抱く譲れない願い、信念、それがボロボロになった2人を支えている。
そしてそれが、ついに奇跡を呼ぶ。
それは2人の体力が尽き果て、気力だけで戦っていた時だ。彼方から声がした。
「ヒカル君!」
「ヒカル!」
「! この声は」
その声を聞いたヒカルは、マスクの下で顔を綻ばせた。
「テツリ! カオル! 来てくれたのか」
「ええ! でもヒカル君がいるとは知らなかった」
「俺はお前がなかなか帰らないから心配しててな、そのうち霊獣の気配もして、慌てて千里眼使ったらお前がピンチになってるのが見えたから急いで来た」
テツリとカオルは口々に言う。
特にテツリは、目の前のボロボロのヒカルに驚きを隠せないようだ。しかしもっと驚いたのは……
「! この男は……」
ツバサの存在だった。1度テツリはツバサに殺されかけたが故に、思わず嫌悪の目でツバサのことを見てしまう。
「お前は……あの時の病人か」
ツバサの方も一応テツリのことは覚えていたらしい。
唯一その時その場にいなかったカオルは蚊帳の外で、疎外感を感じたのか憮然とした表情を浮かべていた。
「元気そうだな……」
「ヒカル君! なんでこの人が!」
「後で話す! 今は4人で力を合わせて……こいつらを片付けよう」
テツリの抗議をやんわり受け流すと、ヒカルは霊獣の群れに鋭い目線を送った。
「"4人で"、か……」
ツバサが呟く。
「何か文句あるか?」
「いや……頼もしい、助っ人たちだ……」
「嫌味な言い方……」
テツリの心中は複雑怪奇であった。次いで「なんでこんな奴と一緒に……」と愚痴を零すと、「まぁいいじゃないか、こういう奴なんだから」とヒカルはなだめた。
しかしまぁ、そうは言っても4人ともやることはちゃんと分かっている。
なんのコンタクトもなく、全員がズラっと横1列に並んだ。
「……さぁ、行こうかみんな!」
「……フン」
「僕も頑張ります……みんなのためにも」
「稼ぎ時だな、儲けもんだ」
ズダッッ!!
集いし戦士たちは、霊獣の群れに向けて走り出す!