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亡者よ、明日をつかめ  作者: イシハラブルー
第2章 死闘激化
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第二編・その1 白




 いよいよ3月、暦の上ではれっきとして春だが、まだまだ桜が咲くには程遠い。

 そしてそれは彼らにとっても同じであった—



「おっかしいなぁ、こっちであってるはずなのに……」


 交通量の多い通りを歩く佐野ヒカルは、あたりを見渡しながら歩いていた。


「確かにこっちの方に向かったのを見たんだけどな」


 ヒカルはそんなことをボヤキながら、さっきから生垣に沿ってぐるぐると道を行ったり来たりしていた。

 何をしているのかというと、ここまで尾けていた人物を見失ったので、それを探している。

 探している人物の名前は藤川ツバサ、獣の力を使い戦う、クールな男である。


「あの格好ならすぐ見つかると思ったらのに」


 ツバサの格好はいつも決まって真っ黒の外套だ。この日もそうだった。夜ならいざ知らず、日中ならそれなりに目立つし見つけるのは容易なはずだった。

 だがかれこれ10分は、ヒカルは彼のことを見つけられないでいる。

 目に入るのはパジャマ姿で散歩する人たちばかりで、黒の外套を着た人の姿はそこにない。

 にもかかわらず、ヒカルがこのあたりを回ってばかりなのは、この近くにツバサの確かな気配があるからだ。


「……帰ろっかな」


 ヒカルは急に自分のしていることがアホらしくなってきた。

 なぜなら、ヒカルがツバサの後を尾けて、それで得られるものはせいぜい好奇心の潤い以外無く、ただの徒労にしかならないのである。


「はぁ……」


 じゃあなんでそもそもヒカルがツバサの後を尾けようと思ったのかというと、仮にその時に理由を尋ねられたとしてもヒカルは答えられなかった、つまり完全に発作的なものである。




⭐︎




 ヒカルがツバサのことを見かけたのは、ほんの20分ほど前、ハンバーガーショップの2階にいた時であった。

 3段重ねのチーズバーガーは跡形もなく平らげられ、カップに入った飲み物は氷が溶けた水であった。ストローにも何度となくかじられた跡がついていた。

 そのテーブルの向かい側には、昨夜ヒカルたちとチームを組んだばかりの今川(いまがわ)カオルが座っていた。本来ならここにもう1人、上里テツリも加わっている予定だったのだが、彼はまだ来ていない。ヒカルの推測では、昨夜の深酒が原因だと思われる。

 店内は比較的学生が多く、店の雰囲気もいい意味で軽い感じだったのだが、窓際のそのテーブルだけ異質な空気が漂っていた。


「……」


 カオルは真剣な眼差しで自身のスマホの画面を凝視していた、そこにあるのは4つの折れ線グラフの推移。

 時折細い息を吐いたり、目を細めるだけで言葉は発しない。

 そしてヒカルの方も、ちょっと話しかけることは出来なかった。


「……便利な能力だなぁ」


 と、控えめな声でカオルの能力への羨望をあらわにするのが限界であった。

 そんなヒカルが羨むカオルの能力は、どんなものでも視ることが出来る、絶対視。彼に見えないものはない。真後ろだろうと、銀河の彼方だろうと彼は見通せる、極め付けには未来さえも視ることが出来る。

 どんな攻撃も、防御も、カオルにはお見通しだ。不意打ち、奇策の類も、一切意味をなさなくなる、凶悪な能力だ。

 そして凶悪な能力は実務上でも有用だ。カオルが今やっているのは、株価の売買の取引、もちろん未来視を使って、将来上がる株だけを買い、これから下がる持ち株は売り払っている。

 恐ろしいことに、未来視を用いれば、デイトレードもリスクゼロで大金をせしめるだけのものとなる。スマホをポチポチするだけで数十、数百万の利益が発生するのだ。

 もっとも、カオルには元々デイトレードの技術と才能があったから、能力を使わなくても利益を出せる。能力を使うのは、念のための確認作業の意味合いが大きい。

 実際、カオルが能力を得たことによって得た収入は、得る前と比べても1.2倍から、いってもせいぜい1.5倍くらいの差しかない。


「……」


 そんなこんなでカオルはスマホをいじって、ヒカルがボーッとしている間にもいくらも稼いでいるのだが、それを見ていたってヒカル的には何も面白くない、酷く退屈だ。

 それから逃れるように、ヒカルはふと視線を窓の外、交差点へと下ろした。

 都内なだけあって、一目で数えられそうにないほどの人が歩いていたが、その中でヒカルの目を引いたのが、黒い外套を着て、肩で風を切るように歩く男、藤川ツバサであった。


「ちょっと散歩行ってくる」


「んあ」


 そんなやりとりを交わした後に、ツバサの尾行を開始した。かえすがえす言うが理由はない、突発的な行動だ。

 ゲーム参加者は互いを気配で察することが出来ること、ツバサの目ざとさから、普通の尾行よりももっと距離を取らなくてはならなかったが、実はヒカル、警官時代から尾行はわりと得意な部類だったので、この悪条件の中でも最初のうちは上手くやっていた。

 しかし最初のうちは頑張っていたヒカルも、ツバサが分岐路を右左遠慮無しに曲がるせいで困難はさらに極まり、ついには見失ってしまったのだ。

 そして今はただ、尾行前と同じようにボーッとしているだけである。違うのは歩いているかそうでないかくらいだ。


「よし、かーえる」


 心の中でそう言うと、ヒカルは回れ右した。


「おじさん、おじさん」


 ん? 誰か呼んでるのか? まぁ俺じゃないだろ、だって俺まだ25だし……。

 

「おじさん、おじさん」


 ……俺なのか。ズボンを引っ張られる感触によって、ヒカルはようやく呼ばれているのが自分だと理解した。そして自分が、子供からしたらおじさんであることも……。

 そういう複雑な胸中でいたヒカルは、自分のことを見上げる女の子に対して、引きつった笑みを浮かべるのが精一杯だった。


「ど、どうしたのかなぁ」


「これ、しろいおねぇさんの」


「白いお姉さん?」


 女の子の手には銀色のシャーペンが握られていた。


「おねぇさん、ないちゃうから」


 そう言って、女の子はヒカルにシャーペンを渡すと、嬉しそうに駆けていった。


「あ、おい、前見て走れよー…………えーと」


 一旦整理しよう。まず、"しろいおねぇさん"とは何か? ヒカルにはすぐ分かる。

 ここは病院の近く、さっきからパジャマ姿の患者と思われる人たちを何度も目にしているので、"しろいおねぇさん"とはつまり、付き添いの看護師さんのことだろう。

 "ないちゃう"とはつまり、このシャーペンを落とした看護師さんは困っているだろうということだろう。


「つまり落とし物を届けてくれってことか」


 そう言って、ヒカルは生垣の向こうにある病棟を見上げた。


「病院か……」


 ヒカルは病院が嫌いだ、とりわけ大きい病院は特に。

 なぜならヒカルにとって病院は、大切な人を連れて行っては、返してくれなかった場所だからだ。その独特の香りを嗅ぐと、ヒカルの脳裏には悲しみの記憶が今も蘇る。だから病院はきらいだ。

 風邪をひいても「病は気からだ!」と強情を張り、最終的に意識が朦朧(もうろう)として、抵抗する気概がなくなってようやく、ナルミに連れられ渋々診察を受けるハメになるくらい嫌いだ。

 ただ、こと人助けが絡むというなら例外だ。若干段差につまずきながらも、ヒカルは病院の敷地に入り、真っ直ぐ入り口の自動ドアから中へ入った。





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