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亡者よ、明日をつかめ  作者: イシハラブルー
第1章 ゲームスタート
17/116

第四編・その5 俺の名はツバサ




 もうすぐ1日が終わる。水平線の彼方に夕陽が沈んでいく中、西の空はオレンジ色に染まり、東の空には白い星空が広がっていた。空は夕方から夜へとグラデーションされ、見渡せば淡く、幻想的な風景が自然と目に飛び込んでくる。

 しかし目の前に広がる幻想的な風景に、外套を着た男が目を向けることはなかった。

 戦いはまだ終わっていない。ヒカルと戦い、これを撃破とまではいかずとも、実質無力化にまで追い込んだ男は、さらに白装束の男の元へと向かった。

 このゲームの参加者には、お互いに引き付け合う性質がある。だから男が白装束を見つけることは容易であった。

 2人が鉢合わせたのは、夕陽を浴びて首長竜のようなクレーンの影が映しだされた、四方をコンテナに囲まれた広場であった。

 遮蔽物もない場所で、2人はすぐに相手のことに気づいた。そしてお互い、相手の顔を見据えながら歩み寄った。


「やぁ、君、まだ生きてたんだね。てっきり海の藻屑になったものだとばかり思ってたよ」


 顔が見えなくても分かる笑顔で、白装束は向かい合う男に対して嫌味ったらしく言った。


「……まぁな。あれくらいどうってことないさ」


 さも当然だと言わんばかりの表情で、男がそう返すと、白装束は乾いた笑いをあげ、空を仰いだ。


「口が減らないねぇ、君も」


「お前ほどじゃないさ」


「いやいや、君の方がだいぶ毒舌だよ。舌戦なら、私はもう潔く自分の負けを認めるしかないよ」


 白装束は肩を揺らしておどけてみせた。


「そうか。だがその認識は1つ訂正する必要があるな」


「訂正?」


 白装束は男の言葉の意味が分からない様子。


「舌戦()()じゃなく、舌戦()だろ?」


「……意味が分からないね」


 本当は分かっている、分かってはいるが、念押しと、威嚇も兼ねて白装束は聞き返す。

 しかしそんな意図を知ってか知らずか、男は平然とこう返した。


「お前は今から俺と戦い、そして破れる。そしてゲームからも脱落する。そういう意味だ」


「おいおい、勝手に決めて貰っちゃ困るなぁ。我が神の力の凄さがまだ分からないのかな?」


 そう言うと、白装束は火球を生成し、それを男の方へ向け撃った。

 動かなくとも当たることはない、ただの威嚇射撃だったが、男の背後にあるコンテナには、その火球の大きさの穴が開いていた。

 白装束はどうだと言わんばかりに首を傾けた……が。


「その神の力とやらも大したことないよな。あれだけ派手にやって、結局人を殺せない程度の力しか出せてないんだから、底が知れてるよ」


 男はさらりと答えた。


「ホント、君は面白い奴だな。君ほど神を馬鹿にした奴……他にいないよ」


 わざとらしい少し低い声で白装束は言った。その感情は言わずもがなだ。


「全く、あのまま尻尾を巻いて逃げることも出来ただろうに、わざわざ私に会いに来たということは、よっぽど勝つ自信がおありのようだね?」


「分かるか」


 白装束の問いかけに男は笑って答え、そして流れるように鋭い目つきで睨みつけた。


「まぁ勝算がなければ、俺はわざわざお前と戦う必要はないからな」


「そう言えば、君、今トップなんだっけ? 変身する彼が言ってたね」


 そう言ったところで、白装束は一瞬硬直した。


「彼も生きてたんだ?」


「あぁアイツも生きてた。さっきまで、軽く一線交えてたんだ。俺と違って無事ではなさそうだったがな」


「へぇそうかい。君はともかく、彼は完全に死んだものと思ってたよ。流石、ヒーローは運も味方に付くんだね」


「確かに、それは同感だな」


 この返答が意外だったらしく、白装束は小さく「へぇ」とこぼした。


「……羨ましいかい?」


 その質問に、男はあからさまに顔をしかめた。


「……別に。俺は別に運が無くても、勝ち残れる自信はある、自力だけでな」


「運も実力のうちって言わないかい?」


「そんなもの……ただの敗者の言い訳だ」


 そう言い訳だ、そう言うと男は目を閉じた。


「それをこれから、お前にも教えてやるよ」


「残念だけどそれは無理だ。君は私に敗北する運命にある。我が神がそう告げている」


「だとしたら、その神は相当いい加減なことを言ってるな……」


「ふふ……」


 戦いの場に夜風が吹き始めた。そびえ立つクレーンは天秤の針のように揺れる。まるでどちらが勝者にふさわしいか、測りかねているように。

 

「勝つのは俺だ。とっとと潰してやる」


「仕方ない。神の裁きを君に!」


 白装束が手を動かした、と同時に男は横へ走り出すした。

 白装束が操るカマイタチを巧みにかわしながら、男はその姿を翼を持つある獣へと変える。翼をはためかせ、足が宙に浮く。

 ズバッッ!


「ウッ!」


 しかしその直後、カマイタチで脇腹を切られた。そのせいでバランスを崩し、離陸に失敗した男は盛大に転倒した。

 だがたとえ激痛が襲ったとしても、いつまでも這いつくばったまま無様を晒すわけにはいかない。

 男は汗を流しながらも立ち上がろうとするも、突然体が鉛のように重くなった。


「チッ、また重力操作か」


「ハハ、ご名答。もう臭いも通用しないぞ、今度こそお前は逃げられない。このまま圧を加え続ければどうなるか、分かるな?」


「くっ」


 男の傷からは血が流れ続ける。このまま圧を加えられ続ければ、いずれ致死量超えの血を絞り出されてしまう。死は時間の問題だ。


「君はもうジワジワと死に向かっている。さぁどんな気分かな」


「……その言葉、お前にそのままそっくり返す」


「私の気分なら、今はとても晴れ晴れとしている。邪魔者が1人、もうすぐいなくなるからね。……何がおかしい」


 意味深に笑う男に、白装束は問いかける。何をどう考えても、誰がどう見ても、白装束が優位に立っていることは明白であった。しかし男は笑うのをやめない。


「負け惜しみか?」


 白装束が尋ねると、男はこう返した。


「俺の気分も、全く同感だ。邪魔者が消えてくれて、せいせいする」


 白装束はその答えに眉を潜めた。「何をおかしなことを……」そう思ったが、ふと白装束は自身の体の異変に気づく。

 最初に感じたのは鼻の違和感。ふと触れると血が垂れていた。そしてそこからは早かった。

 ガクンッ!


「!」


 急に白装束は立てなくなった。まるでベロベロに酔っ払っている時のように、頭が揺れ、脚元が覚束なくなった。

 そしていつのまにか真っ平な地面の上で、白装束は四つん這いの体勢から一切の動きが取れなくなった。平地に必死になってしがみついた、そうでなければ奈落の底に落ちてしまいそうで。


「は、はに(なに)ひた(した)


 白装束は頭を押さえながら男に尋ねた。呂律が回らない。


「さぁ何だろう」


 重力の拘束が弱まり、それから脱した男は白装束に近づくと躊躇(ためら)うこともなく蹴り飛ばした。


「ほ、ほのへ(おのれ)!」


 反撃に撃った火球も全くの的外れで、悲しくも明後日の方向に飛んでいく。


「は、はぁああはああ!」


 うずくまる白装束は絶望の声を上げた。呂律の回らない口で「こんなはずは。こんなはずは」と壊れたように呟いた。


クサマ(貴様)ァ、わらひのかはら()になひを」


「鼻だけじゃなく、耳も塞ぐべきだったな」


 そう言って、男はひたすらに白装束のことを痛めつける。

 痛めつけられ、仰向けに横たわる白装束、その頭上を何匹かの影が飛んでいた。それを見て白装束は「あっ」と声を漏らし、そして異変の原因を理解した。


「コウモリ……ひょおおんは(超音波)か」


「正解だ。今更分かったところでもう手遅れだがな」


 そう言うと男は空へと飛んでいった。


「トドメだ!」


 男は再び姿を変える。今度は……


「く……鯨!」


 15メートルはある巨大な鯨だ。それが空から降ってくる、白装束へと。

 立てない、動けない、白装束は最後の抵抗として両手をかざした。


「神よ! どうか!」


 その声は、直後の地響きによってかき消された。だが、どうやら白装束の願いは、ギリギリ神に届いたらしい、巨大な鯨は宙に浮いた。

 そして男が手を払うと、それは簡単に吹き飛んだ。


「貴様、やって……くれたな」


 死に至りこそしなかったが、それでも押し潰されかけた白装束は甚大なダメージを負い、血を吐きながらヨロヨロと立ち上がった。


「くっ、浅いか」


 吹き飛ばされた男はもう1度立ち上がると、頭に角を生やして突進する。

 ただ、アドリブかつ少しばかり勝負を焦り過ぎていた。冷静さを欠いた一撃で、反撃の隙だらけであった。


「落ちろぉおおッ!」


 白装束が叫んだ。

 すると空から雷が落ち、突進する男に直撃した。雷に打たれた男は2、3歩歩くと、焦げた匂いを発しながら前のめりに倒れた。


「逆、王手だ……う、ゲホゲホッ」


 しかし白装束の方ももう限界で、血の塊を吐くと、胸を押さえ両膝をついた。

 その瞬間、雷に打たれた男は気力でバッと立ち上がり、今度は腕から生やした角で串刺しにしようと、白装束目掛けて飛び込んだ。


「!」


「!」

 

 男が伸ばした角は鼻先で止まった。

 しかし本来ならば角は間違いなく刺さっていたはずだった。そうならなかったのは、邪魔が入ったから他ならない。

 そして足首に触感を覚えた男は、後ろを振り向いた。


 やはりそうか—


 わざわざこのタイミングで邪魔する奴なんて1人しかいない、腹立ち紛れに男はその名を呼んだ。


「佐野……ヒカルッ!」


 案の定、そこにいたのはヒカルであった。ヒカルが男の足首を掴んで、ダイブを止めたのだ。

 おそらく必死だったのだろう。ヒカルの息は荒く、足首を掴んだ右手はギリギリまで伸びていた。


「ま、間に合っ……た」


「お前また邪魔を!」


 当然、1度ならず2度までも邪魔をされた男は怒った。ボロボロのヒカルの握力など大したことはない、少しばかり足を振るとその手は簡単に外れた。

 そうして男は立ち上がってヒカルを見下ろした。男もまたボロボロで、その息は怒りに関係なく荒かった。


「……なぜお前は邪魔をする! なぜ人が死ぬことをそこまで毛嫌いする! お前にも譲れない願いがあるだろ、勝ちたくないのか!」


「……勝ちたいさ」


「……だったらッ」


「けど、みんなにも出来る限り幸せになって欲しい。ゲームを生き延びれば、また審判を受けられる。闇に落ちなくて済む。死なないことで、より良い結果が出せるんだ。それに—」


 ヒカルは息を飲んだ。それによって生じた一拍が、決して意図したわけではないその一拍が、男の意識を魔のように強く引きつけた。


「それに……俺はもう、死はたくさんなんだよ。たとえそれが見ず知らずの他人でも、俺に襲いかかる敵だとしても、死ぬのは嫌だ」


「……そうやって全ての人を救えるとでも思うのか」


「思わないさ。けどこうやって、手を伸ばせば救える命は救いたいんだよ」


 その言葉に男は目を泳がせた。動揺していた、明らかに。

 ムカついた。とにかくムカついた。

 言い返そうと思えば、多分言い返せた。それなのに、男は何も言い返せなかった。というより……


「……お前は、どうしようもない甘ちゃんだ」


 上手く返す言葉が見当たらない男は、とりあえず罵倒することにした。

 だがその口調は萎んでいた。これ以上、何かキレの良い言葉も思いつかない。

 男は居心地の悪さから逃げるように、ヒカルに背を向けてツカツカと歩き出した、追い詰めた白装束に一瞥もせずに。


「あ、待ってくれ!」


 ヒカルが声をかけると男は振り返らず足を止めた。


「しつこいぞ! まだ何か用があるのか」


「……これ、お前のじゃないか?」


 そう言われては振り返るほかなかった。そして、男は"これ"と言われた物を凝視した。

 ヒカルが男に見せたのは、小屋で拾った、デフォルメされたフクロウの飾りが付いた金色のペンダントだ。


「!」


 男は反射的に手を自分の胸にやる。首元には何もついていなかった。


「……あぁ、そうだ」


 それが自分の物であると分かった途端、男は(きびす)を返してヒカルに歩み寄り、そのペンダントを受け取った。

 そのペンダントはすぐさま男の首元へと巻かれた。


「お前、こんな可愛いの着けるんだな。誰かからのプレゼントか?」


 何となく、ペンダントの可愛さと男のクールな雰囲気にミスマッチを感じたヒカルはそう尋ねた。

 しかし男のそれに対する答えは、鋭い目線だけであった。

 つまり聞くなってことか……。

 そう察したヒカルはそれ以上何も言わずに、立ち去ろうとする男の背中を見守っていた。


「……1つだけ言っておこう」


 不意に男は口を開いた。

 何を言う気だ、とヒカルは少し身構えた。


「……ツバサ。藤川ツバサ、それが俺の名だ」


「……は?」


「いつまでもお前と呼ばれるのは気に障る。まぁ別に好きに呼んで構わない、一応教えるだけ教えておく」


 そう言い残すと、男の姿はコンテナの影へと消えていった。


「……なんだよ、アイツ」


 これはどう判断すれば良いのか?

 ヒカルには分からなかった、ただ1つ分かったのは、男……いやツバサとはまた会いそうだと言うことだ。






プロフィールNo.4 藤川ツバサ


クールでハンサム、だが性格がキツすぎる、そして攻撃的。

実は21歳とかなり若い。が、ゲーム参加者の中には彼よりも若いのが1人いる。

能力は全身、ないしは体の一部を動物に変身させること、でも動物のことは別にそこまで好きでは無い。ツンデレ的な意味でも無く。

どうでもいいが名前がツバサなのは彼の両親が、彼のことをお腹の中にいるうちから名前で呼びたかったために男女兼用の名前の中から名付けたからである。その両親は既に他界している。

彼の死因はいわゆる労災と言われる類いの物。

……正直現段階だと語りづらいキャラである。


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