第四編・その3 交錯
「全く、彼は一体何を言っているんだ?」
ヒカルの『戦いをやめろ』という発言を聞いて、白装束は首を傾げた。
「さぁな……おめでたい頭をしているんだろ」
外套を着た男も相変わらず、ヒカルの発言に対しては聞く耳を持たない。
ヒカルの呼びかけによって、一旦は外套を着た男と白装束に身を包んだ男の戦いは中断された。
しかし呼びかけも虚しく、2人は戦いをやめようとはしなかった。すぐに気を取り直し、再び臨戦態勢へと入る。
「おいやめろ! やめろって言ってるだろ!」
ヒカルはなおも戦いをやめるよう呼びかけた。手を大袈裟に振り、必死で自分の意思をアピールした。
『戦うな。死から遠ざかれ』それがヒカルの決めた意思である。
「来るな! 戦う覚悟もない奴が、邪魔をするな」
2人の間に割り込もうと歩むヒカルのことを男が睨みつけると、ヒカルはその剣幕にたじろいで足を止めた。
しかしそれでもヒカルは決して決めたその意思を曲げることはなかった。
「お前たちは、戦う相手を間違えている。俺たちが戦えと言われているのは霊獣で、他の参加者じゃないはずだ!」
もはや蚊帳の外になっている霊獣を、ヒカルは指差した。
「だからなんだ? 他の参加者を蹴落とすことは何も禁止されてはいない、ルールの範囲内の戦略だ。それをどうして否定されなきゃならない」
「同感だね。これも勝つための戦略の1つだ。確かに君の言う通り、他人を脱落させる必要はないし、君の博愛の思想はとても見上げたのものだと思う。
けど、それを他人にも押し付けるのは、失礼ながら、少々自分勝手ではないかな?」
「! 自分勝手なんかじゃない!」
「自分勝手だろ。自分の独自ルールを押し付けてるんだから」
しかしプライドの高いこの2人がヒカルの意見をその程度の指摘で受け入れるはずもなく、一斉に拒否の言葉が飛び出てくる。
それらの言葉に、ヒカルは静かに拳を握った。その感情は怒りというか、悲しみだ。
「……お前ら、死を何だと思ってる!」
正直この2人の返答ならこんな物だろうとヒカルは思っていた。思っていたが、その上で感情が昂ってしまう。
命を軽視した考え、行動を許容することなど、ヒカルの性ではあり得ないことだった。
「言っとくけど死はな……愛してくれる人を悲しませる、最悪なんだ。そんな風に戦略とかなんだで、軽々しく選んじゃいけないものだろ!」
しかし2人の反応は悲しいくらいに冷ややかであった。
「なんだよ、その顔は」
表情を全く崩さない外套の男に、ヒカルは憤った。
「……別に、他人が死んでそいつの身内が悲しもうが、別に俺には関係のない話だ」
「それに私たちは既に1度死んでいる。それでいて私が生き返っていることを知っている人は私以外にいない。
ありえない話だが、仮に私が死んでも、誰も悲しみなんてしない。ひっそり死ぬだけだ」
「……俺もそうだ。仮にもう1度死んでも、悲しむ奴はいない。
まぁ、どっかの甘ちゃんは、違うみたいだけどな」
男は鼻で笑った。
「……お前が人を殺したと知ったら、お前を愛する人も悲しむぞ」
「ハハッ、それ、本当に言う人がいるんだね」
「……ただの常套句だな」
「いや、不変の真理だ」
静かな埠頭で、その声は響いた。しかしその言葉は2人の心に響くことはなかった。
すると男はヤレヤレといった感じのため息をついた。
「……もう早くどっか行け。お前が何を言おうが、俺たちは戦い続ける。勝者になるその時まで」
「……そうか」
ヒカルは右腕を顔の前を通すように突き上げた。
「なんの真似だ」
男は知っていた。この動作がヒカルの能力解放のプロセスであることを。そしてそれはすなわち戦う意思を示す行為であることを。
「なら俺は戦う、この戦いを止めるために」
右手を引き、目元でピース。しかし顔に笑顔はない。
「変身!」
無愛想にウィンクすると、星型のエネルギーの壁が展開され、それを潜り抜けるように纏うとヒカルの姿は輝かしいヒーローの姿へと変わる。
「ほぉ、面白い能力だねぇ。神に逆らうヒーローか、なかなか絵になりそうだ」
「あくまで、戦うんだな」
「そうだ。それが俺たちの運命だ」
白装束は右手を構え、男は外套をはためかせた。
「来い! 現実を教えてやる」
「誰も死なせやしない。うぉぉおおお!」
猛然とヒカルは突進、2人は身構えたが、そのまま殴りかかると思いきやヒカルは大ジャンプで2人を飛び越えた。
予想外の行動に2人は、頭上を跳ぶヒーローを突っ立ったままずっと見上げていた。
「あっ!」
そして2人がヒカルの狙いに気付いた時にはもう遅かった。流れ星のような急降下キックが霊獣に炸裂する寸前、邪魔だてする暇もなく、霊獣はまんまとヒカルによって倒されてしまった。
爆炎の中から立ち上がるその姿は、まるでテレビで見るヒーローさながらであった。
「お前、横取りしやがったな」
「ついでで倒されたら霊獣も浮かばれないからな。いがみ合ってたお前らが悪い」
「くっ、イチイチ癪に障る奴だな、お前は」
「しかしこれは困ったね。せっかくの供物が消し飛んだときた」
「どうする、まだ戦うのか」
もう倒すべき霊獣はいなくなった。ならばもう戦う必要性も低くなっただろう、と言わんばかりの口ぶりだった。
「ああ戦うさ、お前は気に入らないからな」
男はヒカルに突進した。自身の能力を用いて作り出したサイの角で串刺しにしようと猛然と走った。
それをヒカルは跳び箱のように跳び越えた。着地も綺麗に決まれば完璧だったのだが、それは突風によって阻まれた。もちろんただの突風ではない、白装束が自身の能力で起こした意図的な風だ。
「な、なんだこれは」
「仕方ない。霊獣の代わりに、君たちを神への供物にするとしよう」
あまりの突風にヒーローに変身してなお、ヒカルは立っていられなかった。
膝をついて、腕をクロスに組んで必死に耐え凌ぐだけだった。
「これは神風だ。君は逆らえない」
「はぁ、神? お前、神なのか?」
「違う、私はただの神官だ。これは我が神の力だ」
「おわっ!」
その状態から間髪入らず火球までもが襲った。無慈悲な連撃に耐えられず、ヒカルは吹っ飛ばされた。さらに受難は続く。
「はぁっ!」
「ひでっ!」
立ち上がろうとした矢先、たまたま飛ばされた先で待ち受けていた男に頭をきれいに蹴り飛ばされた。
「イテテ、ちきしょう、実質俺だけ1対2かよ」
「当然だろう」
そして執拗に殴りかかる男に対して、ふとヒカルは思った。
「て言うかお前は今トップなんだから他の奴蹴落とす必要ないだろ! 逃げた方がいいだろうよ!」
男の跳び蹴りを冷静に捌きながら、ヒカルはツッこんだ。
「お前は後々邪魔になる、だから倒す」
着地を華麗に決め、振り返りながら男は腕に生やした角で突き刺しにかかる。
しかしヒカルはそれを掴んで背負い投げで投げ飛ばした。
流石、元警官なだけあって、肉弾戦には目を見張るものがある。
「! フィスタームドリジェクション!」
飛んできた火球を光を纏った拳で弾き返す。
「うーん、なかなかの身のこなしだね」
「……熱っち!」
「アラ、じゃあ冷ましてあげようか」
今度は打って変わって水流による攻撃。火球と違って水流を弾くことは出来ない、だからかわす。
「せっかく冷やしてあげようとしてるんだから当たりなよ?」
「気持ちだけ受け取っとく」
「まぁまぁ、そう……遠慮せずに!」
白装束が両手を天へ振り上げた。すると異変が起きる。
「うぇ? なんだこの揺れ、地震か?」
地響きが始まったのだ。
「いや違う、地震じゃない」
男は聞き逃さなかった、地響きに隠れた水の音に。そしてすぐにその音の正体は現れた。
「な、なんだこれ! 噴水?」
目の前に吹き上がった巨大な水柱。樹齢1000年を超えたバオバブと遜色ないほどに高く噴き出したそれが轟音をたてる。
あまりの凄さに、ヒカルも男も息を飲んで見上げていた。
「神の恵みだ、ありがたく受け取れ」
水柱は大波となって怒涛の勢いで2人に迫り来る。
この一撃で、白装束は2人を一気に片付けにかかったのだ。
「これはヤベェ!」
ヒカルは飛び越えようとするも、人知を遥かに超え大波に抗う術はなく、あっさりと呑み込まれた。男も同じく呑み込まれ、一瞬でその姿は消えた。
「水流は運命と同じ、逆らうことなんて出来ない。たとえ君がヒーローだとしてもね。
神に仕える私に勝つことなんて、初めから不可能だったのだ」
波はしばらくの間、埠頭で音を立て、しばらく経ってからあたり一面に広がる水たまりとなった。
もうその時には2人の姿はその場に無く、静寂が全てを支配していた。