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亡者よ、明日をつかめ  作者: イシハラブルー
4章 黒き炎が身を焦がす
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第六編・その2 強襲する電脳の海




 ヒカルは独り、国道沿いの淡いオレンジに染まるトンネルを歩いていた。

 横を通り過ぎていく車は赤いテールランプを灯し、残光を灯している。もうすっかり夜だ。

 今日はどこらで野宿するかなとそろそろヒカルが考え始めていると、ポケットのスマホが鳴る。そして手に取って繋がるなり


「おう! 今暇か!」


 と、元気のいいハキハキとした声が耳に刺さり、ヒカルは顔をしかめてスマホを遠ざけた。電話をかけてきたのはヒナだ。


「ああ、ヒナちゃんか。……番号教えたっけ?」


「教えただろぉ」


「そうか……全然覚えてねぇや。それはさておきどうした? 何か用か?」


「暇か?」


 懲りずにヒナが聞いてくる。

 何か試されているような……。そんな気がしつつヒカルは「……まぁ暇だけど」と恐る恐る答えた。


「しりとりやらね?」


 ヒナの口から出てきた言葉は夢想だにしないものだった。


「…………ん?」


 あまりの唐突さにヒカルは困惑した。混じりっけのない、純度100%の困惑だ。

 聞き間違いも検討して、しばし黙り込んで真意を考えた。が、すぐにヒナの思考を読もうとする行為の無為さに気づき、「なんで?」と尋ねた。するとヒナは「それがさぁ」と言って語り出す。


「今アタシら警察署にいんだけど」


「は?」


 ”警察署”という単語にヒカルは過剰反応する。


「……何があったんだ」


「それがさ、ナギサの奴がやべぇ奴に危うく殺されかけてさ。アタシがソイツぶん殴ってぶっ倒してやったのよ。で、仲良くさっきまで取り調べだったんだよ」


「……それ、本当なのか?」


「こんなことで嘘ついてもしゃーねぇだろ」


「それでナギサは? 怪我はないのか?!」


「ああ、怪我はねぇよ。無傷だ無傷だ」


「そうか……。それは何よりだ。ナギサもそこにいるのか?」


「おう、いるいる」


 今、ナギサとヒナは警察署の入口から入ってすぐにある受付スペースにいる。夜の警察署はまるで世界から切り離されてしまったかのように、不気味なほどに静かだ。

 取り調べを終えた後、こんなこともあったんだし送っていくよと、1人の女性警官が申し出てくれたので、2人はその好意に甘えることにした……までは良かったのだが、その女性警官は車の鍵を取りに行くと言ったきり、未だ戻ってきておらず、おかげで2人も帰れず仕舞いでいる。ヒカルへの電話は暇つぶしに困ったからであった。


「……様子はどんな感じ?」


 昨日の今日で心配するヒカルが神妙な顔つきで尋ねると、ヒナはスマホを手で覆って声を潜めた。


「まぁそっちの方は無傷な訳ねぇよな。かなり参ってる、全然寝れてなかったみたいだし……。ちょっと考える隙があると昨日のこと思い出してるんだろうな、表情が曇ってる」


「そうか……」


「今はふ菓子貪ってるけどな」


「は?」


 ヒカルが驚きの声をあげる。


「だって帰れんことにはご飯も食べれんのじゃよ。アタシもお腹ペコペコだ、なんか無性にカツ丼食べたい気分だわ、ハハ」


 ヒナはお腹をさすっていた。


「まだ繋がんないの?」


 と、ナギサがヒナに尋ねていた。


「んじゃ代わろうか」


 そう言うとヒナはナギサにスマホを押しつけた。


「もしもしヒカルさん? ごめんね変な電話かけて」


「おお、ナギサちゃん。なんか殺されかけたって聞いたけど、大丈夫か? 怪我は?」


「ええまぁ、ちょっと首に虫刺され跡ついたくらいで2、3日したら消えると思う。体はピンピンですよ」


「そっかそっか、それは何よりだ」


「まぁ正直首にナイフを突き立てられた時は、ああ私はここまでなんだって、血の気が引きましたよ。もしヒナちゃんが駆けつけてくれなかったらって思うと……ゾッとします。本当にヒナちゃんには……感謝してもしきれない」


 そう言うとナギサはヒナにニコリと笑いかけた。ヒナには本当に心の底から感謝するばかりだ。


「いやぁぁ、あん時は流石のアタシも正直頭真っ白だったわ。やっぱ無心って強ぇんだな」


 と、ヒナはあっけらかんといった感じに言った。


「しかしなんだってナイフなんて突きつけられたんだ? なんかあったのか?」


 事件の方に興味を抱いたヒカルが尋ねる。


「ううん何も。ただ歩いてたら突然話しかけられて、なんか変な聞いてきてさ。それを断ろうとしたら激昂したの」


「変なこと?」


「『お前も魔法少女にならないか』ってな」


 横からヒナが茶々を入れた。


「で、私がそれを断ったらナイフを突きつけて脅しをかけて無理やり【はい】って言わせようとしてきたんですよ。まぁ誘い方は微妙に違いましたけどね」


 我ながら中々信じがたい話だとナギサは思い、苦笑いした。

 男にナイフを突きつけられるのも、その男に魔法少女に勧誘までされるなんて、金輪際起こりえないだろう。今となって過去のことになれば、なんだかおかしな出来事だ。

 けれど話を聞いていたヒカルは、不安と驚きで苛まれた顔をして立ち止まっていた。


「ヒカルさん?」


 突然黙り込んでしまったヒカルをナギサは呼ぶ。


「おい! その男もその警察署にいるのか?!」


 ヒカルが血相を変えて尋ねると、ナギサは「そう……ですけど」と首を傾げた。


「そこは危険だ!! すぐに逃げた方がいいっ!!」


 ヒカルが叫ぶような強い口調で言い、ただならぬその様子にナギサとヒナは顔を見合わせる。だが、もう遅すぎた――


「うわぁぁああッ」


 どこかから悲鳴が響いた。さらに

 ザザザザザッッ!!

 というアナログテレビの砂嵐のような音が響き渡り、一瞬であたりはグレーアウトした。


「!?」


 そして再び目を開いた時、2人はその目を疑った。一体何が起きたのかと思い、ナギサは首を回す。

 さっきまで署内にいたはずなのに、天井は吹き抜けになって、明るい曇り空が見えている。それに壁もなくなり言うなれば外にいる状態だ。草原とも違う毒々しい緑色の固い大地には、銅色の建築物らしきものが建ち並んでいるが、それらにはドアもなければ窓もない。ただの塊である。

 ヒナはそんな変わり果てた世界の風景を眺めながら、この風景をどう形容するか頭を悩ませていた。まぁ既存の概念ならサイバーパンクが1番妥当だなと納得し、ヒナはウンウンと頷いた。


「おい! ナギサちゃん!! ヒナちゃん!! 何があった?! 聞こえたら返事をしてくれ!!」


 署内での悲鳴はヒカルにも聞こえていた。

 通話はまだ生きている。けれどヒカルが何度呼びかけようと2人からの返答が返ることはなかった。


「くそっ!」


 2人の身に何か起きたことはもはや確定的だ。そしておそらく氷上ハレトが絡んでいるのだろうと踏み、ヒカルは急いで走り出した。




⭐︎




 2人がどこの警察署にいたのか、ヒカルは分からなかった。

 だから2人の元に行くために出来ることと言えば、がむしゃらにヒナが暮らすマンションと近いところにある署を片っ端から巡ることだ。

 そうして奔走しているうちに、ヒカルはようやく正解の警察署に辿り着けた。もっともそこにあるはずの警察署は、きれいさっぱり無くなっていたのだが……。代わりに警察署があったはずの地面には、サイケデリックな虹色をした穴が空いていた。

 穴を覗き込んだヒカルは小さく息を呑む。終わりが見えない……。どこまでも、落ちていけそうだった。

 と、ヒカルが覗き込んでいるまさにその時、背後に気配を感じヒカルが振り向くと、いつの間にやらテツリも駆けつけていた。


「テツリ、どうしてお前まで……」


「魔法少女の力を察したから、近くに氷上ハレトがいると思って飛んできたんですよ」


 テツリは憮然とした表情で言った。


「……なるほど」


 そう呟きヒカルは穴の方を見やる。その呟きの前にあった妙な間が、テツリは引っかかった。


「ヒカル君こそ、なんでこんなところに」


 その問いに答えるべきか、考えてヒカルは一瞬口ごもったが、「ナギサちゃんが中にいる」と正直に答えた。テツリの目が一瞬ピクつく。


「筒井さんが?」


「ああ、他にも巻き込まれた子がいる、まだこの中に……」


 2人は肩を並べて穴を見下ろす。

 この先がどうなっているのか……見当もつかない。困難が待ち受けているかもしれない……。

 けれどそんなことはどうでも良かった、2人にとって。


「テツリ、力を貸してくれないか」


「構いません。筒井さんは、僕の数少ない大切な教え子です。これ以上アイツの毒牙に、大切な人を冒させはしないッ!」


 握りしめる銀の剣が震え、その目は怒りに燃えている。


「決まりだな……急ごう」


 ヒカルがテツリを見やって静かに言った。覚悟はとうに決まっている。

 2人は次々飛び込んでいった、電脳の海へ。




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