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亡者よ、明日をつかめ  作者: イシハラブルー
4章 黒き炎が身を焦がす
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第六編・その1 玉砕、討ち取ったり




 昼下がりに目覚めた筒井ナギサがリビングの扉を開くと、そこには髪を下ろした絶世の美女がいた。ナギサの心は令嬢然とした静かな美貌にときめきかけたが、


「よ、おそようさん」


 そんな美女、もといヒナは、いつものようにニへヘッと端正な顔つきには似つかわしくない豪快な笑顔を浮かべ、突進した。


「ナギサは寝起きも可愛いなぁ!」


 そう言ってヒナはナギサのことを猫かわいがりし、ナギサはときめきかけた心もどっか行き、死んだ目でそんな彼女のなすがままに身を任せた。


「そろそろいいかな?」


「おう、ありがとよ」


 堪能したヒナは鼻を高くして、ナギサを解放した。

 そのまま鼻歌交じりに、途中だった洗濯物を手際よくベランダの物干し竿に吊していく。

 口を開けば狂人……もとい超がつくお調子者なのに、容貌は街を歩いていれば男から声をかけられることが珍しくないほど、罪深いほどに抜群なものだから、エプロン姿も様になっている。


「お、そうだ。ナギサん分も飯作っといたから、チンして食えよ」


「……ありがとう、ヒナちゃん」


 それになんだかんだいって根っこの部分は優しいし義理堅い。今日だって泊めてくれたのは、憧れの先生に拒絶されてショックを受けた自分を心配してくれたからだと、ナギサは知っている。

 ボサボサの髪もふわりと整え、身支度を済ませたナギサは作ってもらったハムエッグと付け合わせのサラダ、それとツナ入りのホットサンドを頬張っていた。テーブルの対面にはヒナが座る形だ。ヒナは既に昼食も終えているので、ただナギサのことを見守っている。


「どうよ美味いでしょ?」


「うん美味しいよ」


「はー良かった良かった。飯食って美味しいって思うなら、大丈夫だ」


 ヒナは腕組みしてウンウンと頷いた。


「ぶっちゃけ昨日も寝れてなかっただろ? 夜通し寝返り打ってたし、心配だったんだよなぁ」


「うん……まぁね……ヒナちゃんには敵わないなぁ」


 ナギサはため息をつく。


「それで、どうすんだ?」


「へ?」


 突然の問いかけにナギサはキョトンとする。だが問いかけたヒナの方も、腕を頭の後ろで組んで同じような顔をした。


「へ? じゃないだろ。その先生とやらには会えねぇのか? 会って一発かましてやる気概とかねぇのかよ?」


「1発かますってどういうことよ? それに会うったって、居場所もわかんないし。もう私から言いたいことは言ったから……無駄だったけどね……」


 言いながらナギサの目は徐々に徐々に下に落ちていった。するとヒナは眉間に皺を寄せ、「はぁ?!」と身を乗り出した。


「何言ってんだナギサ、おめぇ1番大事なこと言ってないじゃんか」


「え? そんなことは……」


 ないけどと言いかけた彼女の言葉を遮るようにヒナは言う。


「お前その先生とやらに好きだって言ったか?」


 静まりかえる食卓、サンドイッチかぶりつきかけて大口を開けたまま固まるナギサ。

 困惑を挟み……そして理解する。

 途端、ナギサの顔が真っ赤に染まる。


「え? えええ?! なんでなんで?!」


 ナギサは衝撃で椅子をガタンと鳴らしながら立ち上がる。


「はて? アタシが聞き逃しただけで言ったか?」


「ま、待ってよ! 別に私、上里先生のこと好きだなんて一言も言ってないよ?! 言ってないよね?!」


「あん? どう考えても好きだろ?」


 一分の揺るぎもない確固たる口ぶりに、ナギサは頭から湯気が出るくらい恥ずかしかった。

 ヒナに上里先生とのこと話したことなんてもちろん無い。一応、教師を志したきっかけや、高校時代の一生徒一教師としての話くらいなら何回かした。

 その数回で、見透かされててるなんて……。どんだけ分かりやすいの私、とナギサは顔をテーブルに突っ伏した。ひんやりして気持ちよかった。


「で、告白しねーの?」


「するわけないじゃん!」


 ナギサは食い気味に否定する。


「なんで?」


「なんでって、全ッ然そう言う空気じゃないじゃんっ!! 分かってるよね、上里先生は心に傷を負ってるんだよ。そんな時に告白だなんて、弱味につけ込んでるみたいじゃんっ!! フェアじゃないよ!」


 けれどヒナは顎に手をやり首を傾げる。


「でもよぉ、自暴自棄になってんなら、自分が好かれてるってすげぇ救いじゃね? 告白したら先生も救われるかもよ」


「て、適当だなぁ……」


「いやアタシは本気で言ってるぞ。ていうか人間関係で嘘ついてからかってもつまんないし」


「…………」


 そう言われてナギサは黙り込む。確かにヒナはおちゃらけた言葉ばかりで、いつも真意は見えないが、誰かを傷つけるような言葉は断じて言わない人間だ。

 つまり意味するところは、本気(マジ)で告れ……と? いやいやいや、そんなこと急に言われてもと、ナギサは首を横にブンブン振った。


「無理だよ、無理無理。それに第一人が弱ってるところにつけこむなんて……そんな風邪みたいなことしたくないよ……」


「ケッ、こういうのは勢いが肝心だってのによぉ~」


 ヒナは呆れて肩をすくめた。


「ていうか、ヒナちゃんが気づいてるなら、先生も気づいてるんじゃないかな……」


 ナギサは顔を両手で隠して言った。


「それさ、自分で言ってて説得力無いって思わねぇ?」


「…………」


 そう言われ、黙り込むナギサの様子に、ヒナは「図星か、どうにもいかんねこれは」とますます肩をすくめる仕草をした。

 とはいえ、この純情少女には是非とも一歩踏み出してもらいたいと思っている訳で、


「この際ハッキリ言ってみろよ。薄々察してたって、口にされるまでは絶対の確定じゃないだし、勝負決めて来いよ。守ってばっかじゃ勝てねーぞ、お前スモールフォワードだろ、オフェンスだオフェンス」


 と彼女なりの言葉で背中を押そうとしたのだが、


「ま、まだ慌てる時間じゃない……よ」


 と、ナギサはどこかで聞いたことがあるセリフで、頑なに先に進もうとはしなかった。


「……すでにロスタイムだろーが」


 それにしても、傷心のあまり復讐に身を堕としたテツリをどうするか話していたはずなのに、いつの間にやら告白するかしないかに話題がすり替わっているのだが、それにナギサが気づくことは永遠に無かった。




⭐︎




 夕方、夕食など諸々の買い出しに出かけたナギサとヒナは、ドラッグストアを訪れていた。


「ほぉ今日はキャベツが安いな。春キャベツって芯まで美味いんだよな、それだけは青虫と同感だなぁ。うおっ、ふ菓子半額引きだと!? これは買うっきゃないじゃないか!」


 ヒナは早足で店内を周り、琴線に触れた商品を手に取ると、本当に必要な物とそうでないものを仕分けて籠に放り込む。


「おっとナギサ、お前も500円までなら好きなもん買っていいかんな。あ、端数は切り捨てな」


 と、そう言ったヒナがふと商品棚から視線を外すと、てっきりついてきてると思っていたナギサの姿がなかった。

 店内はそこまで広いわけでもないので、商品のジャンルごとに区分けされた棚を巡っているとすぐにナギサの姿は見つけることが出来た。化粧品コーナーにナギサはいた。

 珍しいこともあるもんだなと、ヒナは声も足音も殺し、そっとナギサの側に近寄る。ナギサはヒナが近くにいるのにもしばらく気づかず、熱心にメーカーごとの口紅のサンプルを手に取って見つめていた。


「……買ってやろっか?」


「うあっ! ビックリした!」


 話しかけられてようやく気づいたナギサは驚いた。


「今更だな、結構前からいたぞ」


「そうなの?」


「嘘だぞ」


 ヒナは腰に両手を当て、頬を膨らませた。


「で、どれを気に入ったんだ?」


「え? あっ、これはその……」


 ナギサはバツが悪そうに、手に持っていた口紅のサンプルを元の位置に戻した。と、置かれたサンプルをヒナが手に取る。それはほんのり青みがかったバラ色のリップだった。


「へぇ意外だな、こういう色が好きなんだな?」


「いや別に好きってわけでもないけど、たまにはね、毛色を変えてもいいからね」


「ふぅん」


 ヒナは何か言いたげな顔をしていたが、特に何も言わなかった。けれどこのタイミングで突然、いつもは化粧のケの字にも興味ありませんって感じのスポーツ少女が、口紅1つに熱心なのを見るとなんだか微笑ましい。

 ちなみに告白の件に関しては、まず言う言わないの以前に、会う手立てがないからということで、消極的な結論が下された。なおこの決定に関し、ヒナが大層不満を漏らしたのは言うまでもない。


「買わねーの?」


 ヒナはサンプルと同じ商品を突き出して言ったが、ナギサは「とりあえずいいや」とその商品を棚に戻してしまった。


「じゃあアタシが買おっと」


 そう言うとヒナは口紅を買い物籠の中に放り込んだ。


「あとは……うーん……」


 ヒナはチラチラと横目でナギサを見ながら、化粧品コーナーに並ぶ煌びやかなコスメを鑑定するように眺めだした。


「なまじ元が良いから、あんまりゴテゴテしないでナチュラル系の方が良いな……。んじゃそうなると……」


「い、いやホントに大丈夫だから」


 ナギサがヒナの考えていることをおおよそ察し、商品に伸ばす手を掴んで止めた。


「必要なら私、自分で買うからさ。ヒナちゃんが買いたい物買ってよ」


「……ホントに必要になったら買うのか?」


 ヒナが怪訝な目つきでナギサを見る。そんな視線による追及から逃れるように、ナギサは化粧品コーナー自体から足早に去って行く。


「ありゃ本格的にダメそうだな」


 あの有様じゃいつまで経っても必要な時なんて来ないだろう。

 見かねたヒナは数点の化粧品とその他諸々の雑品を籠に放り込み、会計を終えた。




⭐︎




 目的の買い物も終えて、ナギサとヒナは2人で帰路につく……はずだったのだが、どうやらヒナがドラッグストアに手袋を置いてきてしまったらしく、ナギサは鍵だけ預かって、ヒナのマンションへ向かっていた。

 商店街から住宅街に入るつれ喧噪はだんだんと遠くなる。来た時はずっと話に夢中だったから気づかなかった。それに陽も沈みかけ、街灯に乏しい路地だったのも相まって、あたりはなんだか不気味だ。


「私もヒナちゃんについてくべきだったな」


 ナギサは自身のせっかちさを後悔した。下手に1人で帰るより、多少と遅くなっても2人での方がよっぽど安全だった。今からでも、引き返して迎えに行くべきだろうか? そんなことを考えつつも歩を進めていたのだが、ナギサはピタリと立ち止まる。

 ほんの十数メートル先のコンクリート壁に、痩せた男が腕組みしてもたれかかっているのを視界に捉えた。

 ナギサは気づかないふりして何事もなく通り過ぎようとしたのだが、


「ねえ君」


 と男の方から話しかけてきた。それも聞こえないふりをして過ぎ去ろうとしたのだが、肩をガッと掴まれ、無理やり相対させられた。


「ちょっ……なんですかっ!」


 その手を払いのけるとナギサは後ずさる。安全圏を取ろうとしたのだ。すると男はあからさまに不機嫌な顔になって舌打ちまでした。


「何もクソもないんだよ」


 と高圧的な低い声と共にズケズケと歩み寄るその男はナギサの服の肩の辺りを掴んで、彼女を壁に押しつけた。いわゆる壁ドン……なのだがナギサは恐怖しかなかった。

 この男、見た目に反して、彼女が全力で押しのけようとしても大木のように動かない。


「離してよ、警察呼ぶよ」


「あんま騒がない方がいいぞ?」


 ハレトは折りたたみ式のナイフを取り出し、ナギサの首筋に当てた。「騒いだらどうなるか分かるな?」とイヤらしく念押しして。ナギサは理不尽な恐怖に涙を浮かべる。


「泣くな泣くな。こう見えてボクは寛大だ。今から言う簡単なセリフを、ボクの指示通りに言えたら解放してあげるよ。いい? 今からボクが『ボクと契約して魔法少女になってよ』って言うから、そしたら君は『はい』と答えればいい。ね、簡単でしょ? それじゃ早速やってみよう。ボクと契約して、魔法少女になってよ」


「あっ、あっ……」


「どうした。はいって言えば良いんだ。ホラ、さっさと言え……早く!!」


 刃先が皮膚を突き、一滴の血が伝る。

 殺される! 死の恐怖に屈し、ナギサが思わず「はい」と言ってしまいかけたその時――

 何か猛然と駆けてくる足音と、ガサガサと何か擦れるような音が、だんだんと聞こえてくる……と思えば――


「どりゃぁぁああっ!!」


 と奇声というか、かけ声というか、雄叫びというか、なんと形容して良いか分からない声が発され、それと同時にナギサの視界から痩せた男が一瞬で消えた……代わりにヒナがそこにいた。

 駆けつけてきたヒナは一切ためらうことなく本気のグーパンを痩せた男の頬に見舞い、その渾身の一発でノックアウトした。


「てめぇナギサに何しやがる! ぶっ飛ばされてぇのか!?」


 と、既に盛大にぶっ飛ばした後で、ヒナは気絶して地面に倒れる男を見下ろして凄んだ。


「おい大丈夫かナギサ」


 ヒナは男の襟首を掴んで締め上げながら振り向く。その問いにナギサは壊れた人形のようにコクコクと頷く。


「……ありがとうヒナちゃん」


 やっとのことでその一言を絞り出すと、ナギサは壁に寄りかかった。そうでないと、立っていられなかったのだ。


「なに、良いって事よ、怪我はないか?」


「……首のとこがちょっとチクッとするくらい。大したことないよ」


「そっか良かった良かった。まぁ不幸中の幸いだ。にしてもコイツやべぇ奴だな」


 男が落としたナイフをハンカチで拾い上げたヒナが呟く。刃渡りは首に刺せば普通に死ねる。まぁ傷害罪は厳しくとも、現状でも銃刀法違反でなら余裕だろうなと、ヒナは男から目を離さずスマホを手に取った。

 しばらくして通報を受けた警察が駆けつけ、男は気絶したまま最寄りの警察署にしょっ引かれていった。だが、これがこれから巻き起こる波乱の序章だということを、2人は知らなかった。




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