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亡者よ、明日をつかめ  作者: イシハラブルー
4章 黒き炎が身を焦がす
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第四編・その5 各々の道を征く




「眠っていたヒカルは太陽の眩しさに目を腕で遮った。


「……ん?」


 木製のベンチの上でヒカルは疑問符のついた声を発し、眉をひそめ周囲に気を配る。そこはさっきまでいたはずのビル街ではなかった。


「ここは……」


 ヒカルは硬いベンチに寝かせられたせいで凝り固まった体を起こし、何か場所が分かるような物を探したが、あたりには公園らしい緑の多い景色が広がっているばかりで手がかりはなかった。


「何があったんだっけ……?」


 寝癖のついた頭をボリボリかきながら、ヒカルは寝起きの記憶を呼び起こす努力をした。と――


「やっと、目覚めましたか……」


 背後から聞こえてくる声、聞き慣れたものよりかは少しばかり冷たい声に、ヒカルは眠気なんて吹っ飛んで、それで首もねじ切って吹っ飛ばさんばかりの勢いで振り向いた。

 驚愕の表情を向ける先には、仏頂面のテツリが立っていた。顔を直接見るのは、あの日以来だ……。左目の潰された傷跡も、黒く変色し痛々しく刻まれていた。


「テツリ……」


 ヒカルが発したその一言には、悲喜交々の感情が詰め込まれていた。


「無事だったのか……。ここはどこだ? 氷上ハレトたちはどうした?」


 矢継ぎ早に繰り出される質問に、テツリは「フッ」と吐き捨てるように笑い


「まぁね。ここは近くにあった公園、氷上ハレトたちならあいにく仕留め損なった」


 と、必要最低限の答えを淡々と述べた、時間を惜しんでいるように。

 実際テツリは、早くハレトたちを見つけ出し、殺してやりたい気持ちで一杯であった。鎧が砕け散っても、秘めた思いまで砕けることはなかったのだ。


「起きたなら僕はもう行きます。それじゃ」


 テツリはもはやヒカルに用なんてないので、さっさと立ち去ろうとした。が……


「……」


「なんです? せっかく拾った命、捨てたいんですか」


 無言で肩を掴まれたテツリは、剣呑な態度を露わにしてヒカルに脅しをかけた。言葉だけに飽き足らず、背負っていた剣にまで手を伸ばし……。

 流石にヒカルもそれが決して単なる脅しではないことを、1度その身に思い知らされたこともあって、一瞬後ずさった。けれど――

 今を逃したら、次はいつ会えるかも分からない……。そう思ったヒカルは意を決して「お前に話して欲しい人がいる」とテツリに言った。


「僕に話したい人?」


 テツリは怪訝な顔でヒカルを見ていた。

 ヒカルはそんなテツリを余所にスマホを鳴らした。そしてそれが繋がるとスマホを突き出し、テツリは渋々受け取った。


「もしもし」


 テツリが不機嫌を隠さずにそう言うと、電話口からは「え?」という困惑の声と、それから間を置いて「先生?」と尋ねてくる声がした。


「その声……ナギサさん、ですか」


 冷静を装ってはいたが、テツリは内心驚いたし、冷や汗もかいていた。


「僕に何の用でしょう?」


「先生、大切な人を殺された報復に、その人を殺した人を殺そうとしているっていうのは本当なんですか?」


 と、それを聞いてますます驚いたテツリはスマホの通話口を手で覆った。

 しかしよくよく考えれば分かる。なんでナギサさんが復讐について知っているか……あり得る情報の入手経路は1つ。

 その1つを睨み付けながら、テツリは咎める口調で言う。


「なんで無関係なナギサさんに、僕と氷上ハレトの一件について話したんですか……」


「悪かったよ。お前の過去を教えてもらった代わりに、お前の今について話したんだ」


「だからって」


「悪かったとは思ってる……。けど勘づかれたんだよ、お前と何かあったって。俺、顔にすぐ出るから」


「……それにしたって余計な真似を」


 テツリは長い長いため息をつき、「ああもしもし」と放置していたスマホを耳に当てた。


「ナギサさん、そうですね……ヒカル君の話は事実ですよ、紛れもない」


「……そうなんですね」


「……ショックですか?」


「…………先生は、私が知る人の中で誰よりも優しい。だから、そんな風になるなんて、思いもしなかった」


 電話口から聞こえてくるナギサの声は泣きそうになっていた。


「踏みとどまるのは無理なんですか」


「……はい」


「それは……私の頼みでもですか」


 その問いにテツリは目を伏せた。


「……残念ながら」


 けれど思いが変わることはなかった。例え大切な教え子に止められたとしても、もう大切な人を喪った悲しみと、奪ったハレトへの怒りと復讐心は止められない……。


「踏みにじられた人生は決して取り戻すことは出来ない。だからその無念を晴らすには、その人生を踏みにじった奴自身を踏みにじるしかないんです。この世には、どうしようもなく性根のねじ曲がった悪人がいるってやっと気づいた……そいつらさえいなければ、良い人がもっと生きやすくなるのに」


「そのために良い人の先生が、手を汚さないといけないんですか……。傷ついた人たちの受け口になる、そんな道もあるんじゃないですか……」


 ナギサは穏やかに、諭すような口調で言ってみた。しかしテツリは


「僕じゃあ守ってあげられなかった……2度も失敗した」


 そう言って彼女の提案を否定した。そしてテツリはちらりとヒカルを見る。


「僕もどんな困難も乗り越えて、弱いものたちを傷つける悪を打ち倒すヒーローになりたかった」


「先生! お願いです、もう一度、もう一度立って上がって下さい。先生は、私の憧れで、理想だから……誇れる人でいて欲しい」


 ナギサの声はお願いから懇願へと変わっていた。なんとかテツリを踏みとどまらせようと必死だ。


「……僕なんて、君が目標にする先生に相応しくないから。期待に応えられなくて、ごめんね、弱い先生で」


 もう交わす言葉はない。ナギサは言葉を失いただ泣くばかり。それを慰める言葉すら、今更どの口でかけるんだと思ったテツリは、無情で電話を切った。すると電話を持つ腕が、力無くダラリと垂れる。


「テツリ……」


 2人の会話を黙って聞いていたヒカルは、悲しげな目をテツリに向けていた。


「もう僕は行きます」


 スマホを投げ渡したテツリは肩を落とし、歩き去って行こうとした。その背中にヒカルが叫ぶ。


「待てよテツリ、ナギサさんはお前のことを信じてるんだぞ。お前はその気持ちを踏みにじるのか!!」


「僕は僕を生きているんです。今の僕は、復讐に生きている」


「それを誰も、望んでなんかいないんじゃないか……」


「…………そんなの僕の知ったことか!!」


 テツリは振り返って叫んだ。その目は涙で潤んでいた。


「……これ以上干渉するな……僕のことを思うなら」


 もう、全てを振り払う気持ちで、テツリは走った、決して振り返ることなく。




⭐︎




 手術中と白文字で書かれた赤いランプの灯が消えると、ストレッチャーに乗せられたマイが看護師たちに運ばれて出てきた。


「先生、マイの容態は?」


 ハレトが運び去られていくマイを尻目に、恐る恐る医師団の最後尾を歩いて銀縁メガネをかけた初老のベテラン医師に尋ねると、彼は立ち止まり目を泳がせた後、ハレトの目を真っ直ぐ見つめ答える。


「ベストは尽くしましたが……ハッキリ申し上げますと予断を許さない状態です。腹部には3箇所も内臓まで到達している傷があり、うち1つは小腸を完全に貫いていました。傷跡が焼け焦げたせいで出血が少なかったのは不幸中の幸いでしたが、その火傷自体もかなり酷く、気管も相当やられています。右腕の欠損、あちこちに負っている骨折を初めとした外傷から察するに、かなりの至近距離から強い衝撃を体に受けたようです。正直、助かるかどうかは……仮に助かったとしてその後についても……覚悟をしておいた方が良いと、お伝え申し上げます」


 処置を済ませた医師の報告を、ハレトは沈痛な面持ちで聞いていた。

 正直、長々とした話の半分ほどは頭に入らなかったが、マイが危篤だということは……否が応でも思い知らされた。


「……どれくらいなら持たせられる?」


 沈黙の果てにハレトが切り出した。


「持たせる……と言いますと?」


「1週間か、1日か、それとも1時間か? どれくらいなら、命を保証できる?」


「それは……分かりかねます」


 見解を求められた医師は申し訳なさそうにその()()を答えた。


「それだけ重傷ってことか。何か、手の施し用はないのか?」


「打てる手は……打ったつもりです。もう私たちに出来ることは、マイさんが助かるのを祈ることしか」


「……祈ったら助かるのかよ」


 そうハレトが露悪的に言ってやると、医師は黙り込んでしまった。

 

「……しょうがない、何かあったらすぐにボクに伝えろ」


「どちらへ?」


「……医者に手が打てないなら、もう奇跡に縋るしか無いだろ」


 そう告げたハレトは、光り輝く廊下の先へ飲み込まれていった。


「待ってろよ、必ず回復魔法が使える魔法少女と契約してくるから」




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