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亡者よ、明日をつかめ  作者: イシハラブルー
4章 黒き炎が身を焦がす
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第四編・その3 その優しさは弱さか




 魔法少女を差し向けた当人であるハレトとマイは、現場からそれほど遠くはない10階建てビルの屋上から、水晶を介してヒカルと魔法少女の戦いに対して高みの見物を決め込んでいた。

 戦い……と言っても、それは今のところ無抵抗なヒカルがひたすら(なぶ)られているだけだ。

 それもひとえに、マイが立案した策略のおかげである。


「なんでもっと早く気づかなかったんだろうな。こんな画期的な方法」


 ハレトが大層ご満悦な様子で言った。


「彼は優しい。例え自分を殺しに来ている相手でも、軽々に殺せやしない。ならばその優しさを逆手に取れば良いだけのこと。もっと早くに気づくべきでしたね」


「今までも実質、人質みたいなもんだったけどな。けど今度は違う」


「下手に動けば即刻ドカン。抵抗が死に直結している」


 マイは手で爆発を表現しながらそう言った。するとしばしの沈黙の後、ハレトが尋ねる。


「あの爆弾って本物なの?」


「そうですよ」


 尋ねられたマイが当たり前のように答えると、ハレトは顔を引きつらせた。


「ちょっと待てよ……どっから持ち出したんだ」


「作ったんですよ。そこまで難しくありませんよ」


 マイはこれまたサラッと言ってのけたが、ハレトは「作った?! しかも簡単?!」と目玉が飛び出そうになるほどの衝撃を受けていた。


「別に自作する必要は無かったんですけどね。爆発するまでは爆弾かなんて判別不能なんですから、可能性だけで抑止力には十分です、それに誤爆も怖いですし」


 けれどいざ作ろうと構想を練り始めてみると、これが中々面白くて、ついつい6発も、中には調合を変えた物まで作ってしまったのだとマイは付け加える。


「ホント、なんでも出来るんだなお前」


 ハレトはマイの器用さにもはやドン引きするまで至っていた。とりあえず絶対に味方でいてくれて良かったと。




⭐︎




「クソッ……」


 後ずさりするヒカルは膝をついた。すっかり肩で息をする苦しげな彼に対し、魔法少女は剣の面でピンヒールをポンポン叩きながら悠然と迫る。

 だが2人とも、死の淵に立たされていることには大差ない。ハレトたちがその気になれば、この瞬間に肉片に変えることすら出来る。命の主導権を、彼らは握らせて貰えていなかった。


「どうすりゃいい……」


 魔法少女が振りかざす剣を避けながら、ヒカルはずっと考えていた。

 けれどこんなの、どうしようも無かった……。


「んなろ――」


 何度もそう思って、つい平手を振り上げただろうか。

 だがそのたびに「おっと手を下ろしなさい……」とマイが制止し、暗に彼女を殺すことをほのめかした。


「?! ……クッ」


 何の罪もない不幸な少女の死を盾にされては、ヒカルは何も出来ない。

 ただただハレトたちの言いなりになって、一切手を上げず、良いように打ちのめされるばかりだ。


「うぐぅッ!!」


 ヒカルはまたも剣撃に伏せられ、地を舐めるよう倒れた。

 いつの間にか金色のボディは砂埃で薄汚れ、剣で斬られた刀傷と、ピンヒールでの踏みつけによってできた弾痕のような小さな穴でボロボロに……。

 そんな姿をハレトたちは嘲っていた。

 高みの見物を決め込んでいる彼らは、安全にいるという優位に酔っていたのだ。

 本当は自分達も見下ろされていることに気づかずに……。

 空を駆る黒い影は、ようやく彼らを見つけ出すと、手に持つ剣を太陽に掲げる。

 やがてハレトが口の端を嬉しそうに上げていることに目ざとく気づくと、影は怒りの黒炎を光線にして放った。

 ハレトたちがそれに気づいたのは、光線がハレトの肩を撃ち抜いてからだった。


「う……うぁぁあああッッ!!」


 一瞬、何があったかを理解する間があいてから、ハレトが情けない悲鳴を上げた。

 マイの「ハレト様!!」という叫びも彼を正気に戻すには至らず、痛いやら、肩が燃えてるやらで訳が分からなくなってしまったハレトは狂乱し、走り回っている。

 その時追い打ちの黒炎弾が1発炸裂。

 爆風に(あお)られたその弾みでハレトはバランスを崩し、柵から落ちた。


「ハレト様ッ!!」


 するとマイは躊躇なくハレトを追って、空飛ぶホウキ片手に頭から飛び降りる。

 マイは体を矢のようにピンと伸ばした姿勢で、可能な限り加速した。

 それで何とか先に落ちたハレトの足首を掴んだ途端、マイはホウキに浮力を発生させ、地面との激突をギリギリ数秒のところで回避した。


「ハレト様! 大丈夫ですか!?」


「ううぅぅ……いてぇよぉ……」


 ハレトは問いかけに呻き声で返す。マイは苦痛を和らげるため「【痛くない痛くない……】」と催眠をかけようとしたが、ハレトは「ダメだ全然痛いよお……」と告げると、そのまま意識を飛ばした。


「ハレト様!?」


 マイは膝の上のハレトを揺すぶったが、意識は早々には戻ってきそうになかった。

 と、黒い影が音を立てて彼女の背後に降り立つ。


「……ッ、上里テツリィ」


 振り返ったマイは隻眼を血走らせ、歯を食いしばり凄んだ。しかしどうにも不味いことは彼女は分かっていた。

 だからたまたま、マイたちがビルから落ちてくるところを見ていた、白髪頭のガタイの良いトラックの運ちゃんが「おいおい大丈夫かネーチャン?」と親切で近寄ってくると、マイはその目を睨み、


「【あの男を取り押さえて!!】」


 と催眠をかけた。さらに近くで手をこまねいていたサラリーマンらしき男にも


「【お前もあの男を止めろ!!】」


 マイはそう命じ、2人の男をテツリにけしかけた。


「う……うぉぉおおッッ!!」


 哀れ、手に落ちた2人の男は両手を上げて、テツリに掴みかかった。だが――


「邪魔だ!!」


 テツリは容赦なくその2人を殴り飛ばした。

 瞬殺――。本気で殴ったから、2人はすぐさま昏倒させられた。

 が、その一瞬の隙でマイはホウキにまたがり飛んでいた、ハレトを連れて。

 当然、迷うことなくテツリも後を追って飛ぶ。

 テツリは手のひらに収まる程度の黒炎で、ビルの合間を縫って飛ぶマイたちを狙い撃った。

 次々飛び交う黒炎はカラスの群れか、はたまた闇に引きずり込もうと伸びる触手か、何にせよテツリの意思が投影され、マイを撃ち落とすため躍起になっていた。

 マイは個性豊かな軌道を描いて飛ぶ無数の火球を、巧みな空中制御でかわし続けたものの、ついにその1発を背に受けた。


「うっ……」


 当たった瞬間、燃え広がる火の手に押され、マイはその身を地面に投げ出さざるを得なかった。

 飛んでいた勢いのまま、地面で擦れるマイの背中。ただ彼女の最後の意地で、ハレトは抱きかかえられている。


「は?! お前らまでどうしてここに」


 ヒカルは困惑しつつ言った。

 偶然にもマイが落ちたのは、ヒカルと魔法少女が戦っていた、降り注いだ車の残骸が散乱する道路だった。

 何故マイがこんなところに……それにハレトも連れて……しかもなんかボロッボロ? ヒカルは困惑しきりだったがふと気づく。

 これは千載一遇のチャンスじゃないか。そう思い至るなり、ヒカルは一挙に走り出した、爆弾を巻かれた魔法少女の下ヘ。

 対してマイもその行動の意図を察し、ポケットをまさぐる。

 起爆装置のスイッチを求め、右手がさまよった。

 マイが筒状の起爆装置を握ったのと、ヒカルの手刀が爆弾付きチョッキを切ったのは同時だ。

 そして親指が赤いスイッチを押した時、ヒカルは脱がした爆弾付きチョッキを空に放り投げる瞬間だった。


 ドォォオオッ!!


 オレンジ色の閃光と共に、爆弾は爆発した。遅れて火薬の香りが……空からやって来た。


「ま、間に合った…………」


 ヒカルは長い息をつき、その場にへたり込んだ。視線を落とせば、ちゃんと両手もくっついている。


「まだだ……まだです!」


 だがその安堵、隙を狙うマイの声が響き渡る!!


「【やれ!! イル!!】」


 その声に呼応して、ヒカルの背後で魔法少女が剣を振り上げた。


「?!」


 ヒカルはハッとなって膝をついた態勢で振り返るも、もう間に合わない。

 銀の剣が、ゆらり……揺らめき……。

 腕をクロスして身を守ろうと、ヒカルは顔を背ける。が――


 キィィィンッ!!


 甲高い音と共に、三日月状の黒いスラッシュ光線が、振り上げた剣を跳ね飛ばした。さらに――


 ドドドドドドッッ


 黒炎が雨のように、魔法少女の周囲に降り注ぎ、爆煙にその姿を隠した。


「僕から逃げられると思ったか……」


 追ってきたテツリが、そんな呪いの言葉を吐きながら降り立った。




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