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亡者よ、明日をつかめ  作者: イシハラブルー
4章 黒き炎が身を焦がす
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第四編・その2 激戦のプレリュード




 食品スーパーに設置されている防犯カメラ、そのうちの1つは店の軒先の隅から駐車場全体を見守れる角度で設置されており、いつも駐車場に停めてある全ての車を映し出している。

 それが今日、決定的な映像を捉えることになることを、まだ誰も知らない。

 けれどその時は、獲物に狙いをつける捕食者のように……。そっと、静かに、音を殺して、にじり寄って来ているのだ。

 時刻は午前10時を過ぎた頃、駐車場に停めてある車は疎らで、店内には店員も含め人が10人もいない閑散とした状態だった。

 だが突如……。



 ドンッッッ!!



 と大きな音と微かな振動、そして遅れて聞こえてくるアラーム音。

 たまたま店内の中でも駐車場側の窓の付近にいた客と店員は、みな「なんだ?」と揃って窓ガラスの外を伺った。

 そして事態を確認しに外に出ていった数人は、今度は「何事か?!」と、目を丸くしたり、あるいは顔を突き出したりするなど、各々が驚愕か怪訝の態度を取った。

 なんせ駐車場で車が1台、見事にひっくり返っているのだ。

 何があったら、車が転覆なんてするのか……。目撃者はいなかったが、防犯カメラは決定的な瞬間を始終まできっちり捉えていた。

 事件はたった30秒足らずの出来事だった。

 駐車場に停めてあった、4台の車。そのうちの1台の、白のセダン型の赤い普通乗用車が、若干コンクリートの地面に沈んだ……かと思った次の瞬間――

 突如湧き出た間欠泉に当てられ、車が突然飛び上がったのだ。勢いよく飛び上がった車は一旦カメラからフレームアウトしたが、やがて重力に引かれて落っこちた、真っ逆さまに。

 元々車が停めてあった場所の地面には、陥没して出来たような大きな孔が空いていた。それと、そこから逃げていく鮫の背ビレのような物も。

 それが地面に残した切り跡は、一目で追えないほど、どこまでも伸びていた。




⭐︎




 ヒナが運転するジープは、ナギサも含めた5人を乗せ、一行は運動公園から北にあるヒナが暮らす賃貸マンションの方面へ向かっている。

 車内でヒナは、カーラジオから聞こえてくる報道に、真面目な顔で耳を澄ましている。

 元より高スペックなヒナが本気を出せば、ラジオの情報を元に、より安全かつ混み合わない道を選んで、最速で帰宅するくらい訳ないことだ。

 一方ナギサは、助手席でスマホの今回の霊獣に関するニュースを調べていた。その顔は不安に満ちている。

 と、霊獣がいる場所から離れ、そろそろ家も近く、張り詰めた緊張の糸が少しは緩められたのか、ヒナがポツリと口を開く。


「佐野っち、大丈夫かな?」


 今この車内におらず、運動公園で別れたヒカルにヒナは思いを馳せた。

 ヒカルは彼女たちが逃げ出す少し前、用事が出来たと言って足早に去ってしまっていた。

 だからヒナたちに、ヒカルが今どこでどうしているか知る由はない。ただ1人、ナギサを除いては……。


「頑張って……」


 そうナギサは心の中で呟いて、助手席の窓から背後を振り返り見た。そんなどこか哀愁漂う彼女に、ヒナが「化け物いんの東だから逆だぞ」という無粋なツッコミを入れるのであった。




⭐︎




 霊獣は道路上に乗り捨てられた車列を切り裂きながら、背ビレで地表を切り裂きながら、地中を進み続ける。

 未だ背ビレ以外にその姿を見せないが、切り裂かれた車が上げる爆炎が、地中にいる霊獣の居場所を遠くからでも分かるように教えている。

 それを頼りに駆けつけたヒカルはブリリアンに変身し、追いついて切れ味鋭い背ビレを掴み、引き抜こうとするも引きずられ、しまいに手を滑らせて勢いのまま転んでしまう。

 今度は大ジャンプで霊獣を跳び越え立ち塞がると、今度は押し合いになった。


「ッ……なんてパワーだ……」


 体ごとの全力の押し合いで、ヒカルは足で地面を抉りながら後退している。と――


 ボシュッッ!!


 聞き慣れない音を耳にした、と思う間もなくヒカルは宙を浮いていた。

 そして次の瞬間にはワゴン車のバックウインドウに叩きつけられて、空を見上げていた。

 全身が痛い。それにどういう訳かズブ濡れだ。

 だが既に背ビレが迫ってきている。

 ヒカルが飛び避けてすぐ、タンクを切断されたのか、ワゴン車が爆炎を上げた。それでもなお、しつこい背ビレが炎も裂いて追ってくる。

 ヒカルは背ビレを躱し際に殴って見る。が、やはりダメだ。なんとしても本体を引きずり出さないことには戦いにならない……。


「クソッ!!」


 防戦一方のヒカルが車の影にかがみ、身を潜めた。もっとも、そう長くは持たないだろう。


「地面に引きこもりやがって、喰らいかかって来たらカウンターもできんのに」


 そっと様子を覗いながらブツブツと愚痴を吐くヒカルであったが、その時背後に人の気配が舞い降りるのを感じ取り、慌てて振り向く。

 だが見上げたヒカルの口からは「テツリ!」と驚きの叫びが飛び出した。

 降り立ったのはテツリ、そのまま彼はキョロキョロ何か探すようあたりを見渡している。


「……なぁテツリ、ちょっと協力してくれないか?」


 ヒカルが言った。この打つ手無しの状況を打破する救いを、ヒカルはテツリに求めたのだ。

 だがテツリはあたりの確認を終えるとヒカルの願いを無視して、そっぽを向いた。


「待ってくれテツリ!!」


 語気を強めたヒカルの呼びかけに、テツリは踏み出そうとした足を戻す。


「頼む……俺には今、お前の力が必要なんだ! 俺に協力してくれ!! 一緒にあの霊獣を倒そう!!」


「…………だから?」


 しかしヒカルの懇願も虚しく、そう言い捨てたテツリはあっけなく飛び去ってしまった。さらにヒカルにとって不幸だったのは、このやりとりで霊獣に居場所が知れてしまったことだ。

 猛然と大地を潜行し迫る霊獣に気づいたヒカルはとっさに跳び上がった。

 こうなれば半ばヤケクソだ……。

 地面の上にでないなら、地面を下に下げれば良い!! そんな逆転の発想に至ったヒカルは空中で竜巻のように回転し始める。

 そしてキラメキエナジーを纏った両脚で、霊獣の背ビレめがけてスタンプした。



 ドガガガガッッッ!!



 コンクリートの舗装が板チョコのように砕け、そして地面も抉り掘り返される。すると背ビレの下にあった霊獣の本体が、ついに白日の下に晒された。

 現れた霊獣は、口には鮫のような鋭い牙を並べ立て、ヒレのような4本足を持っていた。


「よっしゃ、やっっと会えたな……この恥ずかしがり屋」


 しかしこの鮫のような四足歩行型の霊獣は狡猾だった。すぐさま有利な地中に潜ろうと頭を地面に擦り付ける。


「おい待て! 逃がすか!」


 また地中に逃げられては、倒しきれない。

 ヒカルは必死の形相をマスクの下に浮かべ、背後から背ビレを掴んだ。

 同じ土俵に立った今、ヒカルと霊獣の力関係は逆転し、霊獣はヒカルの力に抗えず、引きずられてしまう。額の噴気孔から撃たれる、圧縮水弾も、背中を取ったヒカルには通用しない。


「ふぬぅぉぉおお」


 ヒカルは霊獣の巨体を一挙に頭の上まで持ち上げると「でりゃぁぁああ!!」のかけ声で投げ飛ばした。

 霊獣はひっくり返った。しかも背ビレが地面に突き刺さり、ガッチリ固定された。4本足をバタつかせてみても、短足が地面を蹴ることはない。


「へっ! 手こずらせやがって」


 もはや霊獣は、まな板の上の鯉。ヒカルは腕をグルグルと回し、身動き取れない霊獣に殴りかかろうとした……がその時――


 ガタガタガタ…………


 何かが軋む音がそこかしこから発される。

 一つ一つは微かでも、それが集まれば不穏な轟音と成る。

 ヒカルはバッと飛び退いた。

 すると目の前で、次々と浮かび上がる大きな塊。それらはドアがもげていたり、フロント部分がひしゃげていたが、それらは紛れもなく車であった。


「なんだよこれ!」


 キャトルシミュレーションに遭ったが如く、浮き上がる数多の車。

 訳が分からず、ただただ立ちすくんであたりを漂う折々の車を伺うヒカル。

 浮き上がった車両群は、やがてひとかたまりに収束し、大きな大きな一本の鉄の棒に。


「え?」


 ヒカルはその巨大な鉄の棒と、未だジタバタしている霊獣とを交互に見た。


「おいおいまさか……」


 が、そのまさか……。次の瞬間、鉄の棒が唸りを上げて振り下ろされ霊獣を……というより道路の半分くらいをぶっ叩いた!!


「んんッッ!!」


 ヒカルは衝突の余波に巻き込まれ、簡単に道路脇のビルの壁まで吹っ飛び叩きつけられた。


「痛ってぇぇ……」


 後頭部を押さえてヒカルは立ち上がる。目の前ではまだ車が降り注いでいた。

 霊獣は……姿は見えないが、生きてはいないだろう。ヒカルは確信した。

 あれが直撃して、生きていられるはずがなかった。

 それにしても、一体誰がこんなことを……。疑問に思うヒカルの前に、土煙の中から現れる人影が。


「……ハッ、またお前らの差し金かよ」


 黒いローブに身を包み、見参した新たな魔法少女を目し、ヒカルは呆れ果てた。


「しつこいのはお前も同じだろ」


 魔法少女からハレトの声がした。けれど彼女の口は動いていない。ハレトは魔法少女に仕掛けたスピーカー越しに語りかけている。


「散々散々、ボクたちの思惑を超えて生き延びやがって……。でも、今回ばかりはどうだろうな?」


 問いかけるようなその声色には、嘲笑の感情が混じっていた。


「今度は何を企んでいる」


 ヒカルがそう言うと、ハレトはニヤリと笑う。その背後ではマイもまた口の端に笑みを寄せていた。


「見せてやれイル」


 ハレトがそう命じると、イルと呼ばれた魔法少女は身を包む黒いローブを脱ぎ捨てた。


「おい、何だその包み……」


「さぁなんだろうな?」


 とぼけるハレトに、ヒカルは魔法少女を指さしていたその手をワナワナと震わせた。

 この魔法少女、今までのフリフリの衣装で着飾っていた魔法少女たちと異なり、黒く分厚い防弾チョッキを着ていた……だけならまだしも、その上から意味深な小包を巻きつけられていたのだ。


「まぁご安心下さいよ。あなたが無駄な抵抗をしないなら、何も起きやしませんから」


 マイの語りかけにヒカルは息を呑んだ。


「まさか本当に……」


「さぁどうでしょうね? 疑うんなら、どうぞご自由にご抵抗なさいよ」


 やっとのこと絞り出した声を、マイは容赦なく覆い潰すよう言った。そしてハレトが続けざまに言った。なるべくして憎たらしく。


「さて、じゃあ戦おうか、存分に」




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