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亡者よ、明日をつかめ  作者: イシハラブルー
4章 黒き炎が身を焦がす
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第四編・その1 テツリの過去




 最近、陽気だけは穏やかな春の日が続いている。

 おかげさまで冬の間はみすぼらしかった木々も、今は青々とした葉と膨らみかけた新芽を蓄え、咲き誇る時を待ちわびるばかりだ。

 緑の広がるとある運動公園内のバスケットコートの脇には、公園に生える木々のうち1番太い桜の木が生えているが、その大木の幹にペッタリ背を預け、ヒカルは死んだように眠りこけていた。

 バスケットコートから騒がしい声が聞こえているはずなのに、眉一つピクリとも動かず、もはや木と一体化していた。と――


「…………んん?」


 体を揺さぶられ、ヒカルは目を醒ました。


「どなた……」


 目ぼけ眼を擦り、ヒカルは背中を伸ばすと、自分を見下ろしていた顔を見つめた。その顔に見覚えはあった、会ったのは1度だけだが、ちゃんと彼女のことも覚えている。


「君は確か……テツリの教え子の……」


「ええやっぱり佐野さんなんだ。こんなところで会うなんて思いもしないから、てっきり人違いかなって。妙なところで会いますね」


「……君はどうしてここに?」


 ヒカルが尋ねると、ナギサは天真爛漫な笑顔を浮かべ、「そりゃバスケしに来たんですよ」とバスケットコートを指さして答えた。


「……俺、いつここ来たんだろ」


「どういうこと?」


「それになんか頭も痛い……ガンガンする」


「…………それ二日酔いじゃ?」


「ああ」


 その突っ込みでヒカルは思い出した。

 最近は色々あって、眠れない日が続いていた。されど霊獣は都合なんて考えずに連日現れるし、休めないと体はすぐにボロボロだ。だから昨夜、ヒカルは鳴賀と連絡をとって、()()()()()()()()()に、アルコールを入れることにした。

 だが抱え込んだストレスを肴にヒカルの酒は進みに進み、ビールの中瓶でテーブルに工業地帯を形成した……ところまでは思い出せた……が、その後の記憶は完全に黒塗りだ。ただなぜか、滝のような冷や汗が……。


「あの……大丈夫ですか?」


 青ざめるヒカルにナギサは尋ねる。だがヒカルは放心したまま、「ハハ……これは謝罪だぁ……」と肩を落として笑った。


「? なんかよく分かりませんけど、なんかあったんですね?」


「流石に分かるか……」


「これでも私、教師の卵ですからね! 人の気持ちには機敏じゃなくっちゃ!」


 そう言ってナギサは胸を叩き、鼻を高くした。


「おーいナギサ、何やってんのー」


 呼び声にナギサが振り向けば、そこにはスポーツウェアを着た、長身の友達が長髪を風になびかせ、駆け寄ってきていた。


「あ、ゴメン、ヒナちゃん」


「もー、とーつぜんどっか行っちまうんだから。お前は靴下の片っぽか」


 ヒナちゃんと呼ばれるその子は、ナギサの額を小突く。


「ん?」


 と、ナギサの隣に立つヒカルの目と、ヒナの目が合った。

 これはこれはどういうことだぁ? 

 ヒナはヒカルの顔を見つめながら思索を巡らせたが、やがて目を輝かせ、何か分かったような顔をした。


「えーなになに、アンタもついに春が来たのかー! 南極が青々と苔むしたのかー」


「ん? ああ、全ッ然そういうのじゃないから。この人は私の恩師の友達の人」


「なーんだ、裏切られたのかと思った。まぁ裏切りも嫌いじゃないけどなっ」


「別に裏切るも何もないんだけどなぁ、個人の自由だよ」


「私の愛を、受け取れよ……」


 ヒナがキメ顔でそう言った。

 寒風が吹いて、木の葉が1枚ヒュルリ舞う。ヒカルが思わず、「面白い子だね」と率直な感想を述べると、「ですよねっ」とナギサはなぜか誇らしげだった。


「あ、私この人とちょっと話あるから。ね?」


 突然話を切り出されると、ヒカルは「え? ああ、そうだね」と、歯切れ悪く答えた。


「でも良いの? バスケしてたんじゃないの?」


「あ、そうだ」


 思い出したようにナギサが言う。


「んじゃついでにアンタも来いよ」


「「え?」」


 ヒナの突然の提案に、ナギサとヒカルの声がユニゾンした。と、ヒナがヒカルに詰め寄って、間近からマジマジとその顔を見つめる。


「な、なに?」


 ヒカルがゴクリと喉を鳴らす。


「フッ、アンタも見たくないか? ヒナちゃんの飛龍地斬ドリブル」


「ひ、ひりゅうちざん……?」


 聞き慣れない言葉を反芻させると、ヒナは自信満々の顔で「ああ」と。その声はくぐもった、いわゆるイケボを意識した声であった。

 何か、彼女には引き込まれるような魅力を感じる。まるでブラックホールのような……


「見たいです……」


 無意識のうちに、ヒカルはそう力強く答えていた。





⭐︎




「俺、体力には自信あるんだけどな……」


 ひとしきりバスケットボールを楽しまされたあと、ヒカルは息を整えながらそう呟くと、コート内に設置されているベンチに座り込んだ。


「お疲れ様でーす。いい汗かけました?」


 ナギサは額を汗ばませながらもケロッとした様子で、ヒカルの横に腰掛けた。


「ああ、散々弄ばれたよ。全然ボール捕れなかった」


「ハハ、佐野さん、ヒナちゃんに気に入られてましたね」


「てか俺、バスケは素人だけど。あの子は飛び抜けて上手くないって思ったのは、勘違い?」


「ヒナちゃん高校時代、全国2位になったチームでパワーフォワードのレギュラーだったんですよ」


「そりゃ強ーわ」


 ナギサからヒナの経歴を簡単に説明され、ヒカルは納得した。


「でもスッキリした。やっぱスポーツって楽しいな」


 ヒカルは穏やかな笑みを浮かべ、目をつぶる。


「……君に一つ、聞きたいことがある」


「なんですか?」


「テツリってさ、何があって教師を辞めたんだ?」


「え……」


 その問いにナギサは目を泳がせた。


「なんで私にそんなこと聞くんですか……。本人に聞いたら良いじゃないですか……」


「聞けないんだ、こっちも色々あってな……。だから、君に聞くしかない」


 真剣な顔でヒカルが向き直った。そんな顔で見つめられては、断りづらい。けれど、いくらヒカルがテツリの友達だろうと軽々に話して良いような話でもなくて、ナギサは苦悩した。


「知りたいんだ、俺、テツリが何を背負ってるのか。どんな後悔が、アイツを苦しめてきたのか……。今度こそ本当に向き合いたいんだ、アイツと……。だから頼む!」


 ヒカルが頭を下げた。その様子に観念したのか、ナギサはようやく口を開く決意を固めた。


「あれは、まだ2年前のことなんですけど……」


 そう切り出すと彼女は、記憶を辿って遠い目をしながら、ポツリポツリと語り始める。


「私が高校2年の時の最初の担任が、上里先生で、クラス替えの時はクラスメイトが32人いたんです。けど、結末から言うと、その中の1人……荒俣マサアキ、みんなはマサって呼んでた男子が、亡くなってしまったんです」


「…………亡くなったというのはその、イジメ」


「いえ! そういうのは断じてありませんでした!」


 ナギサはヒカルの想像を、強い口調で否定した。


「そういうクラスの和に関しては、本当に先生は一生懸命みんなに気を配っていましたので。まぁ時々空回りしてましたけど」


 と、ナギサは昔を懐かしむように目を細めた。


「死因については車に轢かれたのが原因でした。乗ってた車の運転手や助手席にいた人が言うには、突然マサが歩道から飛び出してきたそうですけど、ただその日は雨が横殴りに降っていたらしくて視界も悪かったので、本当は自殺じゃなくて不幸な事故だったんじゃないかって、話もあって……」


「……でもどっちか分からないってことは、自殺してもおかしくない事情があったのか?」


 ヒカルの指摘は的を射ていたらしい。その指摘にナギサはコクリとうなずいた。


「私も詳細までは知らないんですけど……。マサは早くに父親を亡くして、それからシングルマザーの家庭だったらしいんですけど、ちょうどクラス替えの時期くらいに連れ子同士の再婚があったそうなんです。私はマサと割と仲良くって話す方だったんですけど、どうも義父との関係が良くなかったぽいんですよね……。だからここらへんの事情が動機として処理されたのかもしれないんですけど……」


 と、そこまで言ってナギサは黙ってしまう。仲が良かったと言っても、一クラスメイトに過ぎなかった彼女が持つ情報はここまでで、これ以上は絞りだそうにも無理があったのだ。


「なるほどな……。でもその子が死んだ時期と、テツリが辞めた時期が前後するんだな?」


「はい。マサが死んですぐ、先生は病気で休職、結局そのまま会えずに私たちは1年後に卒業して、音信不通だったので、先生が死んでたことも私たちは知らなかった」


 ヒカルは顎を拳に乗せ考える。おそらくだが、テツリの中ではその子の死は自殺によるものだとなっていて、()()()()()()()()ことがトラウマになっているのだろう。

 時折見せた力への渇望は教え子を守れなかった弱い自身への後悔、そしてミウの死なせたことで、そのトラウマがフラッシュバックしたことで感情が爆発、暴走……と、ヒカルは何となくテツリの心打ちを組み立てていった。けれど――

 一体どうすれば良いんだ……。ヒカルは頭を抱えたい気持ちで一杯だった。

 その時だ。


「うぉぉおおおお!!」


 どこからともなく、誰かの叫び声が近づいてきて


「コークスクリューパーンチ!!」


 気づけばヒカルは頬に、冷たくて硬い感触を当てられた。


「うわっ、なんだよ」


「なんだとはなんだよ、せっかくヒナちゃんがアンタたちにジュースの差し入れを持ってきたんだぞ。何珍獣見つけたみたいな顔してんだよ。ほれ、ナギサ」


 そう言ってヒナはナギサには普通に持っていたコーラのボトルを手渡した。


「俺にも普通に渡してくれよ……」


 そう呆れつつ、まぁ好意には変わりないので、ヒカルも受け取ったコーラを口に……した瞬間吹き出した。瞬間「おいおいきたねーな」というヒナの声が聞こえたが、ヒカルはむせながら受け取ったペットボトルの中身をマジマジと観察した。


「お前これ麦茶じゃんか!!」


「そうだぞ?」


 手を頭の後ろに組んで、さも当然だと言わんばかりなすっとぼけた表情でヒナは言うが、パッケージは完全にコーラなのだ。おまけに「コークスクリューパーンチ!!」であたかもシャレをかけているように思えるのに、中身が麦茶だなんて夢想だにしない。


「いやー最初はナギサに出すつもりだったんだがな。なんかアンタ弄んだ方が正しい気がしてな。見込み通り、良いリアクションだったぜ」


 顔の間近に突き出されたサムズアップを、ヒカルはそっと降ろさせた。と、そのやりとりの裏で


「うわ! これ振ったでしょ!!」


 というナギサの声。ナギサが持っていたコーラからは泡が吹き出て、零れていた。いち早く差し入れるため、全力で走ってきた故の不可抗力だ。

 気づけば2人とも、後ろ暗い過去について考えていたことなんてすっかり忘れ、ヒナを中心にキャンキャン騒いでいた。




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