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亡者よ、明日をつかめ  作者: イシハラブルー
4章 黒き炎が身を焦がす
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第三編・その1 落日




 カラスが鳴き、夕方の公園はうっすらオレンジに色づく。

 穏やかで綺麗な狭間の時間だが、どこか物悲しい気持ちになるのは、きっとこの時間は、遊びに行った子供が友達と別れ、帰らなければいけない時間だから、その頃の記憶がそうさせるのだろう。

 木製のベンチに座る鳴賀は物寂しい表情で視線を前にやりながら、その隣に同じような顔で座るヒカルに尋ねた。


「傷は痛みますか?」


「いえ……大丈夫です。傷ってほど、大したモンじゃないです。ただの打撲ですから」


 答えるヒカルの視線もまた、少し先の地面を見据えていて、2人は視線が交わることはない。ついでにヒカルは、奢ってもらった未開封のコーヒー缶のプルタブを弾いて落ち着かない様子でいた。


「まさかあの上里さんが……ねぇ」


 ヒカルから経緯の説明を受けた鳴賀は、そこでようやくさっきの黒い鎧騎士の中身がテツリであったことを知り、最初は目を瞬かせ驚いた。けれどヒカルは”あの日の夜”、実際にその目でテツリの変貌を目撃したのだ。そのヒカルが語る顛末は、鳴賀に事実だと思わせるのに充分だった。


「…………」


 それにしても、2人とも今日は口数が少なく、沈黙が長い。

 2人とも、今回の星崎ミウの件に関しては一枚噛んでおり、その護衛に失敗した結果、テツリが復讐に身を染めることを招いた故、やりきれないったらない。

 もし、自分達がもっと上手いこと立ち回れていたら……ミウも救えて、テツリもこうはならなかったのでは……。そう思って……。

 気まずい空気の中、口も利けずにいた2人であったが、しばらくして鳴賀の方が口を開く。


「……復讐心を抱く気持ちに関しては、分からないでもない」


 その言葉にヒカルが反応して、視線をやった。


「大切な人を喪えば、誰だってその原因が憎らしく感じるものです。それが悪意によるものであったら、なおさらです……」


 そう語る鳴賀の目が据わっていたことに、ヒカルは何か漏れ出る闇を見た気がした。


「ですが彼は、そこで踏み留まることが出来る人間だと、信じていたのですがね。……残念でならない」


 鳴賀は頬杖ついてため息をつく。


「俺もそう思って……いや、違う、そう信じたかった。けど、時々アイツに何か、危ういところがあるのは感じていました。でもアイツならきっと乗り越えられるって……簡単に考えていたのかもしれない……」


 ヒカルはうなだれた。思い返せば、兆候が出ていたのは最近でない。最近、特におかしな言行が目立っていただけで、何かテツリという人間の奥底に眠る、ドス黒い闇を感じることは、今になって思い返せば節々にあった。

 俺がもっと、ちゃんとテツリと向き合っていたら……。そう後悔し、ヒカルは頭を抱える。

 その様子を見かねたのか、鳴賀は立ち上がり、


「あまり自分を責めるのは、程々にしておきなさい。決してあなただけに、責任があるわけではないんですから、私にも責任の一端はある」


 そうヒカルを慰めると、鳴賀はヒカルの背に手を添えた。


「1つ聞きますが、あなたはまだ、上里さんを信じているのでしょうか?」


「ええ……まぁ」


 けれどそう言いつつ、ヒカルは腕をギュッと握った。


「もう向こうは……俺のこと、友達だとは思っていないみたいですけど」


 感情が一周してヒカルは苦々しく笑う。鳴賀もまた、ヒカルを安心させるために笑みを浮かべ


「大丈夫です。口にしたことが全て本心とは限らない。心の奥底なんて、本人にだって、ましてや他人が分かるようなものではありません。今は少し視野狭窄と錯乱状態に陥っているだけで、あれが上里さんの本心だとは限りません」


 と優しくも力強い口調でハッキリと言い切り、おかげでヒカルの気も多少は和らいだ。「ありがとうございます」と礼を言える程度には。


「さて、そろそろ4時ですか」


 左腕の腕時計で鳴賀は確認する。

 そろそろ署に戻り、業務に戻らなければ。そう思った鳴賀だったが、ふと思い出す。そして「あっ!」という素っ頓狂な声を漏らす。

 ハレトらに追われたせいで、すっかり忘れていた事を、完全に思い出した。

 今日なぜここに来たか? 参考人に会うためである。


「ああ……この格好じゃ、面談は取り消しですかね……」


 一瞬走ってマンションまで行こうかと思い、一歩踏み出した鳴賀であったが、自分の姿を見て考え直す。

 黒いスーツは巻き込まれた激戦により、すっかり海水と泥にまみれている。特にズボンの裾は目も当てられない惨状だ。

 流石に汚れに汚れたこのスーツ姿で会いに行く失礼は、流石に憚られる。

 少なくとも今日は出直すべきだが、果たして今日起きたことを話して大丈夫だろうか? いや、絶対信じては貰えないだろう……。


「ああこれは、始末書ものですね……」


 サボりのレッテルが貼られることに鳴賀は肩を落とした。何も事情を知らないヒカルは疑問符を浮かべた顔で鳴賀のことを見やっていたが。


「とにかくあなたは、あなたが思う正しい道を進みなさい。その方が、後ろ向きになるよりかは、幾分かよろしいはずですから」


 そう言い残し鳴賀は去って行った。そんな彼をこれから待っているのは、「どこで油を売ってたんだ!!」という上司の叱責と参考人への謝罪であるのだが、彼はとりあえず前向きに進むことにした。




⭐︎




 その夜。ハレトたちは都内の邸宅には戻らず、東海地方のどこかのキャンプ場で2人、焚き火を囲っていた。

 何となく、家には帰りたくなかったのだ。

 本来、自分の家というものは、いわばゆりかごのようなもので、宿主に安らぎを与える場所であるべきはずなのだが、現在ハレトは常に追われる身だ。

 その体で、特定される危険がつきまとう、固定された住所に住まうというのはどうにも不安が拭えなかった。

 だからハレトは未踏の地に安息を求めた。

 たまたま公園から自宅が北方面だったから、その逆の南へ進路を取り、マイの体力が尽きるまで飛び、辿り着いたのが、東海のキャンプ場である。


「やれやれ、弱ったことになりましたね」


 焚き火を見つめるマイは、落ち着いた口調でそう漏らした。


「弱ったってどれのことだ?」


 ハレトもまた、焚き火を見つめながら落ち着いた口調で尋ねた。するとマイは笑って答える。


「いっぱいありますよ。佐野ヒカルの件、上里テツリの件、鳴賀の件、それと、契約解除方法がバレてしまった件、いっぱいありますよ」


「本当だなぁ。なんで落ち着いてられるんだろう」


「火には心を落ち着かせる効果があるんですよ。まぁ例外はありますがね」


「確かに……」


 この目の前のユラユラと揺らめく火はずっと見ていられる。けれど骨まで焼き尽くすが如き、黒き業火はむしろ……。

 さっきまでの恐怖を思い出したハレトは首を振ってそれを払おうと努めた。


「それでどうするよ? これから。何か良い案はないのか?」


「まぁやることは決まってますよ。佐野ヒカル、上里テツリ、あとついでに鳴賀を処せば良いのですよ。そうすれば魔法少女の契約のヒミツを知る者もいなくなる。問題はどうやってコロコロするか……」


「ホント、お題目だよな……」


 正直もう、何度彼らに挑んだかは覚えていなかった。けれどそれだけ、失敗したのは分かっている。ハレトはため息をつく。情けなさがつかせた、ため息だった。


「なんかボクたち、毎度毎度色々惜しいとこまでは行ってんのに……邪魔されすぎじゃね? ハァ……」


 再度ハレトはため息をつく。今度のため息は、疲労感から来るものだった。

 何度やっても上手くいかない。天が自分たちを見放している……。これではまた挑んでみたところで、結果は変わらないのではないか……。

 これも果たして焚き火の力なのか? ハレトはやる気までも削がれていた。


「最悪、あと十数日を気ままに過ごすだけでも充分か」


「……私はハレト様には、もっと生きて欲しいって思ってますよ」


「え?」


 ハレトが思わずマイを見やると、彼女は憑きものが落ちたような、ただの優しい顔でハレトを見ていた。


「私はハレト様にはこれから先、叶うならあと60年は生きて欲しい。決して誰かに虐げられることもなく、風の吹くまま気の向くまま、自由に……。だから私は、あなたを勝者にしたい」


「…………」 


 その言葉に、ハレトの頬が微かに朱に染まる。初めてだ、こんな事を言われたのは。親にだってそんな類いの言葉をかけられたことはない。

 なんだかんだ言って、我が儘を通して迷惑をかけた自覚はあった。恨まれていても仕方ないと、ハレトは思っていた。けど、違った。

 急に黙り込んだハレトを気遣ってか、「さーて、明日はまた、契約者探しですかね」と軽口を叩き、マイは肩を伸ばした。


「そうだな、良い娘が見つかればいいな。……出来ればヒーラーが」


 その呟きは聞こえることなく、静寂が訪れた。





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